第41話 冒険者としての一歩
朝のリーヴェルには、焼きたてのパンの香りが漂っていた。
宿屋の二階にある小さな客室で、ユウキは窓から差し込む陽光に目を細めた。夜明けからそれほど時間は経っていないらしく、通りを行き交う人々の足音に混じって、荷車の車輪が石畳を転がる音が聞こえてくる。
寝台から身体を起こすと、昨夜考え続けていたことが、再び頭の中に浮かんできた。
ヒカリ。
古びた剣に残されていた、遥か昔に地球から来た女性の声。
同じ世界から来た人間が、自分よりずっと前にこのエルディアで生きていた。その事実は、今もユウキの胸に不思議な感覚を残している。
『あなたの価値は、生まれ持った数字だけでは決まりません』
あの言葉を思い出すたびに、ユウキは灰の鉱山で過ごした日々を考えてしまう。
何も選べなかった頃。
生きるために命じられた仕事をこなし、いつ食事を与えられるのか、明日も無事に目を覚ませるのかさえわからなかった日々。
それが今では、自分たちで仕事を探し、受けるかどうかを決められる。
小さなことのようでいて、ユウキにとっては信じられないほど大きな変化だった。
「……今日は、ちゃんと前に進まないと」
独り言を漏らしながら寝台を降り、壁に立てかけていた鉄製ショートソードへ視線を向けた。
ガルドから借りた、9級の片手剣。
先日の迷宮探索で初めて魔物を斬ったその刃には、手入れをしてもなお、戦闘の記憶が残っているように感じられた。
ユウキは剣を手に取り、鞘の留め具を確かめる。
今日の目的は、冒険者ギルドで新しい依頼を探すことだ。
ただ依頼を受けるだけではない。これから自分たちが、何を目指して冒険者として生きていくのか、その道筋を考える日でもあった。
◇◆◇
一階の食堂へ降りると、トーマの明るい声が飛んできた。
「ユウキ! こっち、こっち!」
窓際の四人掛けの席で、トーマが大きく手を振っている。目の前にはすでにパンとスープが用意されており、彼は食事に手をつけるのを待ちきれない様子だった。
向かい側ではバルドが温かな茶を飲んでいる。
鉱山では年齢を感じさせるほど疲れた顔をしていたこともあったが、最近は少しずつ血色がよくなってきた。それでも、深く刻まれた皺や節くれ立った指には、長い年月の苦労が残っている。
その隣でドランは、食堂の喧騒など気にも留めず、小さな紙に何かを書き込んでいた。
「おはようございます。何をしてるんですか?」
ユウキが尋ねると、ドランは紙から目を離さないまま答えた。
「支出の整理だ。宿代と食費、それから今後必要になる道具を大まかに書き出している」
彼の手元には、細かな数字と品目が整然と並んでいた。
ドランは一度だけ筆記具を止めると、空いていた椅子を顎で示す。
「先に食べておけ。話はそれからでもできる」
「はい」
ユウキが席につくと、トーマは待っていたとばかりにパンをちぎった。
「ねえ、今日って何の依頼を受けるつもり?」
「まだ決めてないけど、まずはギルドで相談しようと思ってる」
「だったらさ、そろそろ討伐依頼もやってみたくない?」
トーマは期待に満ちた表情で身を乗り出した。
その勢いに、バルドが茶の入った器を静かに置く。
「討伐か。戦闘経験を積む必要があるのは確かだが、相手を選ばんとな」
「わかってるよ。いきなり強い魔物と戦いたいわけじゃないって」
トーマは少しだけ口を尖らせたあと、自分の左腕へ目を落とした。
先日の迷宮でロックラットに傷つけられた場所だ。
ユウキの治癒魔法によって傷は塞がっている。それでも、あのとき魔物の歯が腕をかすめた感触までは、消えていないのだろう。
「……でも、あのときはみんなに助けられてばっかりだったからさ。次はもうちょっと役に立ちたいんだ」
普段の明るい口調とは違う、少し控えめな声だった。
ユウキはすぐに返事をせず、トーマの横顔を見つめた。
あの戦闘で、トーマは確かに危険な目に遭った。
けれど、彼の素早い動きがなければ、二匹のロックラットを相手に四人が連携することも難しかったはずだ。
「トーマは十分助けてくれたよ。俺一人だったら、絶対に勝てなかった」
「……そうかな?」
「うん。それに、俺だってもっと強くなりたいと思ってる」
トーマは一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに笑った。
「そっか。じゃあ、一緒だね」
二人のやり取りを聞いていたバルドが、穏やかな表情でパンを手に取る。
「強くなろうと思うのは悪いことじゃない。ただ、強くなるために命を落としては意味がないからな。そこだけは忘れるなよ」
「うん!」
トーマの返事を確認したところで、ドランが手元の紙を四人の中央へ滑らせた。
紙には宿代や食費のほかに、武器、防具、灯り、保存食、包帯といった項目が並んでいた。
「さて、強くなる話も大切だが、その前に考えることがある」
ドランが指先で武器の項目を軽く叩く。
「今の装備はすべてガルドからの借り物だ。貸与期間は七日間。返却の期限が来る前に、自分たちの装備をどうするか決めておかなければならん」
「あっ……そうだった」
トーマは腰の短剣に視線を落とした。
二本とも10級の鉄製短剣で、決して高級品ではない。しかし、彼にとっては初めて自分の戦い方に合った武器だった。
「これ、気に入ってるんだけどなあ」
「購入できるかどうかは、ガルドに聞いてみればいい」
ドランは淡々と答えたが、その目は数字を追っている。
「ただし、武器だけを買って終わりというわけにはいかん。防具も必要だし、依頼に出れば消耗品も減る。手元の金を全部使えば、次の宿代にも困ることになる」
バルドが腕を組み、しばらく考え込んだ。
「まずは今日、どんな依頼があるのか確かめよう。そのあとで、必要な装備に優先順位をつければいい」
「そうですね」
ユウキは紙に並んだ項目を見つめながら、静かに頷いた。
奴隷だった頃、自分たちが働いて得たものの行き先を考えることなど許されなかった。
今は違う。
働いて得た報酬を、何に使うのか自分たちで決められる。
武器を買うのか。
宿代として残すのか。
それとも、より安全に冒険するための道具を揃えるのか。
その一つひとつが、自分たちの未来へ繋がっているのだ。
◇◆◇
冒険者ギルドへ到着した頃には、朝の賑わいがさらに増していた。
大きな木製の扉を開くと、ざわめきとともに革や金属の匂いが鼻をくすぐる。
酒場を兼ねた一角では、昨夜の成果を語り合う冒険者たちが笑い声を上げていた。受付の前にはいくつもの列ができており、背負い袋を膨らませた男が素材らしきものを職員へ差し出している。
壁際に設置された依頼掲示板も、多くの冒険者で賑わっていた。
ユウキたちは人の少ない端の方へ移動し、貼られた依頼書を確認する。
「うわぁ、こんなにあるんだ」
トーマが目を輝かせた。
依頼書には、町の住民や商人、周辺の村々から寄せられた仕事が並んでいる。
薬草の採取。
街道沿いの害獣調査。
荷運びの護衛。
古い地下水路の点検。
そして、魔物の討伐。
同じ冒険者の仕事でも、その内容は驚くほど幅広かった。
ユウキは手近な依頼書へ目を向ける。
【依頼書】
依頼名:指定薬草の採取
推奨冒険者ランク:F
依頼内容:
指定区域に自生する薬草を十束採取する。
基本報酬:銀貨1枚
その隣には、街道の調査依頼が貼られている。
【依頼書】
依頼名:街道周辺の害獣調査
推奨冒険者ランク:F
依頼内容:
街道付近の害獣の出現状況を調査し、ギルドへ報告する。
基本報酬:銀貨2枚
さらに視線を動かしたところで、トーマが一枚の依頼書を指さした。
「ユウキ、これ!」
そこには森狼の討伐依頼が記されていた。
【依頼書】
依頼名:森狼の討伐
推奨冒険者ランク:E
依頼内容:
街道周辺で確認された森狼の討伐。
基本報酬:銀貨5枚
「銀貨五枚だって! 結構高いよ!」
トーマの声には隠しきれない期待が混じっていた。
確かに、ほかの依頼と比べれば報酬は大きい。
しかし、ユウキが気になったのは、その上に記された文字だった。
「……推奨ランクはEだね」
「うん。でも、俺たちも前に魔物を倒してるし……」
トーマはそこまで言ってから、言葉を止めた。
おそらく、岩牙獣の姿を思い出したのだろう。
ユウキも同じだった。
魔物を倒した経験があることと、どんな魔物にも勝てることは違う。
「一度、セシリアさんに相談してみよう」
そう提案すると、トーマは依頼書を惜しそうに見つめながらも、素直に手を離した。
「……そうだね」
四人は掲示板を離れ、受付へ向かった。
◇◆◇
「おはようございます、ネクシアの皆さん」
セシリア・アルノーは、四人の姿を見つけると柔らかな笑みを浮かべた。
彼女の前には書類がいくつも積まれていたが、手際よく分類していた束を端へ寄せ、ユウキたちへ向き直る。
「今日は新しい依頼をお探しですか?」
「はい。これから本格的に冒険者として活動していきたいと思っていて……」
ユウキがそう答えると、セシリアは嬉しそうに目を細めた。
「それはよかったです。皆さん、これまでの依頼でも丁寧に仕事をされていますから」
その言葉に、ユウキは少し照れくさくなった。
まだ大したことはしていない。
そう思っていたが、セシリアの表情を見る限り、社交辞令だけでもなさそうだった。
「ただ、討伐依頼にも興味があるんですけど、俺たちのランクで受けられるものがあるのかわからなくて」
「なるほど。それでしたら、先に冒険者ランクについて詳しく説明しておきましょうか」
セシリアは手元の引き出しから一枚の資料を取り出した。
それを四人が見やすい向きに置き、最上段を指さす。
【冒険者ランク】
Fランク:新人冒険者
Eランク:初級冒険者
Dランク:初級上位冒険者
Cランク:中級冒険者
Bランク:上級冒険者
Aランク:最上級冒険者
Sランク:最高位冒険者
「冒険者ランクは全部で七段階です。皆さんが現在登録されているFランクは、新人冒険者として最初に与えられる階位になります」
説明を聞きながら、トーマは資料の上から下へ指を滑らせた。
「FからSまで……結構あるんだね」
「はい。ただし、依頼をたくさん達成すれば、必ず最上位まで昇格できるというわけではありません」
「どういうことですか?」
ユウキが尋ねると、セシリアは少しだけ姿勢を正した。
「ギルドが評価するのは、単純な戦闘能力だけではないからです。依頼の達成率や報告の正確さ、規則の遵守、依頼者からの信頼なども、重要な判断材料になります」
彼女は続けて、掲示板の方へ視線を向けた。
「例えば、強い魔物を討伐できる冒険者がいたとしても、その人が依頼内容を無視したり、周囲の住民に危険を及ぼしたりするようであれば、安心して仕事を任せることはできませんよね?」
バルドはその説明を聞きながら、感心したように顎を撫でた。
「なるほど。冒険者ランクというのは、腕っ節の強さだけでなく、仕事を任せられる信用の証でもあるわけか」
「そのとおりです」
セシリアは頷き、今度は森狼の討伐依頼について説明を始めた。
「こちらはEランク推奨の討伐依頼です。Fランクの皆さんが受注する場合、ギルドによる実力確認など、追加の条件が必要になります」
「……やっぱり、簡単には受けられないんだ」
トーマが肩を落とす。
しかし、セシリアはそこで話を終わらせなかった。
「でも、焦る必要はありませんよ。皆さんはすでに、地下水路の作業や灰脈の迷宮での採取活動を経験しています。そうした実績もきちんと記録されていますから」
「前の仕事も、評価に入るんですか?」
ユウキが顔を上げた。
「もちろんです。危険な魔物を倒すことだけが、冒険者の仕事ではありません」
セシリアは微笑んだ。
「大切なのは、任された仕事を確実に達成することです」
ユウキはその言葉を胸の中で繰り返した。
確実に達成する。
当たり前のことのように聞こえるが、そこには想像以上の重みがあった。
依頼を受けるということは、その仕事の結果を誰かが必要としているということでもある。
自分たちの行動が、誰かの生活や安全に繋がっている。
そう考えると、冒険者として働くことへの見方が、少しだけ変わった気がした。
◇◆◇
「そういえば、もう一つ聞きたいことがあるんです」
ユウキは少し迷ってから口を開いた。
「この前、導魔晶石を採りに行った灰脈の迷宮って、どのくらい危険な場所だったんですか?」
その質問を聞いたセシリアは、一瞬だけ表情を曇らせた。
「……岩牙獣との遭遇については、報告を受けています」
彼女は机の端に置かれた書類へ目を向ける。
「皆さんが無事に帰ってきてくださって、本当によかったです。あの区域での出現は想定外でしたから」
バルドが静かに口を開いた。
「指定された採取区域だったから入れたが、迷宮全体としてはもっと危険な場所なんだろう?」
「はい。灰脈の迷宮は、Dランクダンジョンに分類されています」
「Dランク……」
ユウキは思わず繰り返した。
自分たちはFランク冒険者だ。
その二段階上の文字が、目の前の資料に記されている。
セシリアは別の紙を取り出し、冒険者ランクの資料と並べた。
【ダンジョンランク】
Eランク
Dランク
Cランク
Bランク
Aランク
Sランク
「ダンジョンはEからSまでの六段階で評価されています。冒険者ランクとは異なり、Fランクは存在しません」
「……一番下でもEなんだ」
トーマが呟いた。
「はい。ダンジョンは、比較的危険度の低い場所であっても、魔物や環境による事故が発生する可能性がありますから」
セシリアは資料のDランクの位置を指先で示した。
「ただし、ダンジョン全体のランクと、内部のすべての区域の危険度が一致するわけではありません。灰脈の迷宮でも、浅い指定区域は採取目的で利用されており、条件付きでFランク冒険者の立ち入りが認められていました」
ドランは興味深そうに資料へ身を寄せた。
「ダンジョンのランクは、そこにいる魔物の強さだけで決まるわけではないんだな?」
「ええ。階層の深さ、通路の複雑さ、環境の厳しさ、罠、魔物の種類や生態など、さまざまな要素を総合して判断します」
セシリアは説明を続けた。
「例えば、魔物自体はそれほど強くなくても、毒性のある霧が発生する場所や、複雑な通路のために帰還が難しい場所は危険度が高くなります。逆に、強い魔物が生息していても、行動範囲が限られているため、比較的安全に利用できる区域が存在することもあります」
バルドはその話を聞きながら、灰脈の迷宮で見た岩壁を思い出しているようだった。
「鉱山でも同じことが言える。掘りやすそうな岩盤でも、上の地層が不安定なら危険だ。表面だけでは判断できん」
「まさに、そのとおりです」
セシリアは頷いた。
さらに、同じランクのダンジョンでも、生息する魔物が大きく異なることを説明してくれた。
岩石地帯に適応した魔物が多い場所。
森林や湿地に暮らす魔物が集まる場所。
集団で獲物を追う魔物が多い場所もあれば、縄張り意識が強く、侵入者を執拗に追いかける魔物が存在する場所もあるという。
「同じDランクだからといって、前に探索した場所と同じ感覚で入るのは危険です。事前に情報を集め、必要な準備を整えることが大切なんですよ」
ユウキは、先日の岩牙獣の姿を思い浮かべた。
岩壁を突き破る音。
通路を塞ぐ巨大な身体。
逃げ道を探しながら、仲間の位置を確認したあの瞬間。
もし、あの魔物の性質を事前に知っていたら。
あるいは、もっと慎重に周囲を調べていたら。
結果が変わっていた可能性もある。
「……ダンジョンに入る前から、冒険は始まっているんですね」
ユウキが呟くと、セシリアは柔らかな笑みを浮かべた。
「ええ。その考え方は、とても大切だと思います」
話の終わりに、彼女はSランクダンジョンについても触れた。
各大国には少なくとも一つ以上のSランクダンジョンが存在し、その危険度は通常のダンジョンとは比較にならないという。
国家によっては軍や専門の調査隊が管理し、経験豊富な冒険者であっても自由に立ち入ることはできないらしい。
トーマは目を輝かせながら話を聞いていたが、ふと、隣のユウキへ顔を向けた。
「……いつか、俺たちもそんな場所に行けるのかな?」
ユウキはすぐには答えなかった。
今の自分たちは、Dランクダンジョンの浅い区域でさえ、無事に帰ることが精一杯だった。
Sランクという言葉は、あまりにも遠い。
けれど。
「……いつか行けるくらい、強くなれたらいいね」
そう答えると、トーマは嬉しそうに笑った。
「うん!」
バルドは二人の様子を見ながら、静かに肩をすくめた。
「まずは目の前の依頼からだな」
その現実的な言葉に、ドランも小さく笑みを浮かべた。
◇◆◇
「ところで、皆さん」
ランクについての説明が一段落したところで、セシリアが別の書類を手に取った。
「前回、灰脈の迷宮で岩穿ち鼠を討伐されたと報告されていますよね?」
「はい。二匹です」
「その際、魔物の素材は回収されましたか?」
その質問に、ユウキは思わずトーマと顔を見合わせた。
素材。
言われてみれば、魔物の牙や爪を持ち帰ろうなどとは考えていなかった。
戦闘が終わったあとも、導魔晶石の採取と周囲の警戒で精一杯だったのだ。
「……回収していません」
ユウキが申し訳なさそうに答えると、セシリアは責める様子もなく微笑んだ。
「初めての戦闘でしたからね。無理もありません」
「素材って、売れるんですか?」
トーマが尋ねる。
「はい。魔物の身体には、武器や防具、魔導具、錬金術などに利用できる部分があるんです」
その言葉を聞いて、ドランが顔を上げた。
「加工素材になるのか」
「ええ。もしお時間があるようでしたら、素材買取窓口で詳しい説明を受けてみませんか?」
ユウキは仲間たちへ目を向けた。
トーマは興味津々といった様子で頷き、バルドも特に異論はなさそうだった。
ドランに至っては、すでに素材の加工方法について考え始めているように見える。
「……ぜひ、お願いします」
ユウキが答えると、セシリアは受付の奥へ続く通路を示した。
「では、こちらへどうぞ」
◇◆◇
素材買取窓口は、受付から少し離れた場所にあった。
大きな作業台の上には木箱や革袋が並び、壁際の棚には魔物の牙や爪、乾燥させた皮、鉱石などが種類ごとに保管されている。
部屋の奥からは薬品と乾いた革の匂いが漂い、何か硬いものを削るような音も聞こえていた。
「おう、セシリア。どうした?」
声のした方を向くと、革の前掛けをつけた男性が作業台から顔を上げた。
年齢は四十代ほどだろうか。
短く切り揃えた茶色の髪には少し白いものが混じっており、太い指には細かな傷がいくつも残っている。
「グレンさん、こちらは新人冒険者パーティーのネクシアの皆さんです。魔物素材について説明していただけませんか?」
「なるほど。新人か」
グレンと呼ばれた男性は、四人を一人ずつ見渡したあと、豪快に笑った。
「俺はグレン。ここで素材の査定と買取を担当している。素材について知りたいなら、ちょうどいい場所に来たな」
「よろしくお願いします!」
ユウキたちが挨拶すると、グレンは作業台の上を片づけ、木箱からいくつかの素材を取り出した。
最初に並べられたのは、形の異なる三本の牙だった。
細長く鋭いもの。
根元が太く、緩やかに曲がったもの。
そして、表面が灰色に変色した短い牙。
「さて、まず覚えてほしいのは、魔物を倒したからといって、身体の全部が売れるわけじゃないってことだ」
グレンは細長い牙を手に取り、ユウキたちが見やすいように持ち上げた。
「これは魔物の牙だ。種類によって硬さも形も違うが、加工に向いているものは武器や工具に使われる」
「……剣にも使えるんですか?」
ユウキが尋ねる。
「ああ。ただし、牙をそのまま長剣にするわけじゃない。金属の刃に組み合わせたり、短剣の一部に加工したり、特殊な武器の素材として使うことがある」
グレンは牙を置くと、今度は厚みのある黒い皮を広げた。
表面には細かな鱗のような模様があり、触れると普通の革よりずっと硬い。
「こっちは防具向けの素材だ。魔物の皮や鱗、甲殻なんかは、適切に加工すれば鎧や盾の補強材になる」
バルドが興味深そうに皮の端を指で押した。
「……確かに、普通の革より丈夫そうだ」
「だろう? ただし、硬けりゃ何でもいいってわけじゃない。防具は動きやすさも大事だからな」
グレンは皮を持ち上げ、折り曲げるようにして見せた。
「例えば、いくら頑丈でも腕を曲げられないような鎧じゃ、戦いにくくて仕方がない。素材の硬さだけじゃなく、重量や柔軟性も考えて加工する必要があるんだ」
トーマは自分の腕を見下ろし、想像するように曲げ伸ばししていた。
「そっか。硬い鎧を着れば絶対安全ってわけじゃないんだね」
「そういうことだ」
グレンは満足そうに頷いた。
続いて取り出したのは、小さなガラス瓶だった。
中には淡い緑色の液体が入っており、瓶を傾けると粘り気のある液面がゆっくりと動く。
「じゃあ、これは何だと思う?」
トーマが興味津々で顔を近づけた。
「……薬?」
「惜しいな。魔物から採取した分泌液だ」
「分泌液?」
「ああ。種類によっては錬金術の材料として使われる」
錬金術という言葉を聞き、ユウキは首を傾げた。
「錬金術って、薬を作る技術なんですか?」
「薬も作るが、それだけじゃない。異なる素材を組み合わせたり、その性質を変化させたりして、普通の加工では作れないものを生み出す技術だ」
グレンは瓶を作業台へ戻した。
「治療に使う薬品もあれば、金属加工を助ける薬剤、特定の魔力反応を起こしやすくする調合品なんかもある。もちろん、材料の扱いを間違えれば危険なものだってあるがな」
ドランは瓶の中身をじっと見つめていた。
「……なるほど。素材そのものの強度や形だけではなく、性質を利用するわけか」
「おっ、話が早いな」
グレンは嬉しそうに笑った。
「お前さん、技術者か?」
「鉱山設備の修理や加工をしていた」
「それなら、素材の扱いにも向いてるかもしれん。魔物の素材は見た目が似ていても、加工方法がまるで違うことがある。知識がなければ、せっかくの素材を駄目にしちまうんだ」
ドランは関心を深めたようで、作業台の上に並んだ素材を一つずつ観察し始めた。
◇◆◇
「それから、素材には品質というものがある」
グレンは木箱から二本の牙を取り出し、横に並べた。
形も大きさもよく似ていたが、一方は先端まで滑らかな形を保っているのに対し、もう一方は半ばで欠け、表面にも細かなひびが入っていた。
「この二本は同じ種類の魔物から採れたものだ。さて、どっちが高く売れると思う?」
「……こっち、ですよね?」
ユウキは傷のない牙を指さした。
「正解だ」
グレンは頷いた。
「無傷の牙なら、形を活かした加工ができる。だが、欠けていると使い道が限られるし、加工の途中で割れる危険もある」
「同じ魔物でも、値段が変わるんですね」
「ああ。それに保存状態も重要だ。皮を濡れたまま放置して傷めたり、必要な器官を乱暴に取り出して壊したりすれば、査定額は下がる」
トーマは腕を組み、しばらく考え込んでいた。
「……じゃあ、魔物と戦うときから素材を傷つけないようにした方がいいのかな?」
その質問に、グレンの表情が少し真剣になった。
「考え方としては間違っていない。だが、新人のうちは素材の値段より、自分たちの命を優先しろ」
グレンは二本の牙を作業台へ置いた。
「牙を傷つけないように頭を狙うのを避けた結果、魔物に噛みつかれたんじゃ意味がない。素材を綺麗に残す工夫は、確実に勝てるようになってからで十分だ」
その言葉を聞いて、ユウキは先日の戦闘を思い返した。
自分たちは、ロックラットを倒すだけで精一杯だった。
牙を残すだとか、皮を傷つけないだとか、そんなことまで考える余裕はなかった。
けれど、いつか経験を積み、落ち着いて戦えるようになれば、素材の状態にも気を配れるようになるのかもしれない。
「……まずは、生きて帰ることですね」
ユウキが答えると、グレンは満足そうに笑った。
「そうだ。そのうえで、持ち帰れる素材を確実に持ち帰ればいい」
次にグレンが取り出したのは、見覚えのある灰色の牙だった。
「ところで、お前たちは岩穿ち鼠と戦ったそうだな?」
「はい!」
トーマが顔を上げた。
「二匹倒しました!」
「なら、これを見てみろ」
グレンは灰色の牙をユウキたちの前へ置いた。
「岩穿ち鼠の前歯だ」
ユウキは思わず身を乗り出した。
確かに、あの魔物の口元から伸びていた鋭い前歯と同じ形をしている。
「岩穿ち鼠は硬い岩を削るために、頑丈な前歯を持っている。状態のいいものなら、小型の工具や加工用の部品として使われることがある」
ドランは牙の表面を観察しながら、小さく唸った。
「……岩を削るための構造か。確かに、工具へ応用できそうだな」
「ほかにも、魔物によっては特殊な感覚器官や体内組織が、魔導具や錬金術の研究素材になることもある」
グレンは説明を続けた。
「ただし、そういう部分は素人が見てもわかりにくいし、取り出すのも難しい。無理に解体して壊すくらいなら、持ち運べる大きさの魔物はそのまま運んでくれた方がいい場合もある」
「……丸ごとですか?」
「運べるならな。もちろん、大きな魔物なら必要な部位だけ回収する方法もあるが、最初はギルドへ相談してくれ」
バルドは話を聞きながら、何度か深く頷いていた。
「採掘と似たところがあるな。価値のある鉱石でも、乱暴に掘れば割れる。取り出し方を知らなければ、損をするわけだ」
「まさにそういうことだ」
グレンはバルドに向けて親指を立てた。
そのあとも、四人は素材の保存方法や買取の流れについていくつか質問した。
素材の価値は、種類と品質だけではなく、需要によっても変わるという。
希少だからといって必ず高値で売れるわけではなく、加工する職人や錬金術師から求められている素材ほど、安定した価格がつきやすいらしい。
さらに、依頼報酬と素材の買取代金は基本的に別のものとして扱われるが、依頼によっては討伐した魔物の素材提出が達成条件に含まれる場合もあると教えられた。
説明が終わる頃には、ユウキの頭の中は新しい知識でいっぱいになっていた。
冒険者は魔物を倒すだけではない。
危険を判断し、必要な素材を見極め、それを適切に持ち帰る。
その一つひとつが、仕事としての価値を持っているのだ。
◇◆◇
素材窓口を出ると、セシリアは受付へ戻る前に四人へ向き直った。
「どうでしたか?」
「すごく勉強になりました」
ユウキが答えると、彼女は安心したように微笑んだ。
「それならよかったです。最初は覚えることが多くて大変だと思いますが、少しずつ慣れていけば大丈夫ですよ」
トーマはまだ興奮が冷めないようで、隣を歩くドランに話しかけていた。
「ねえ、ドランさん。さっきの牙、工具にするならどんな形がいいと思う?」
「用途によるな。削るために使うのか、穴を開けるために使うのかで、加工方法は変わる」
「そっか! じゃあ、次に魔物を倒したら見てみたいな」
「まずは無事に持ち帰ることだ」
そう答えるドランの口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
その様子を見ていたセシリアは、何か思い出したように手を打った。
「そうでした。皆さんにご紹介したい依頼があるんです」
「依頼ですか?」
ユウキが顔を上げる。
「はい。皆さんのこれまでの経験を考えると、ちょうどよい内容だと思います」
セシリアは受付へ戻ると、整理していた書類の中から一枚の依頼書を取り出した。
それを四人の前へ広げる。
【依頼書】
依頼名:リーヴェル東方・旧採石道の魔物生息調査
依頼区分:調査・採取
推奨冒険者ランク:F
依頼内容:
旧採石道周辺に出現する魔物の種類と行動範囲を調査し、指定された鉱石試料を採取する。
達成条件:
・指定区域の調査
・確認した魔物の報告
・鉱石試料の提出
基本報酬:銀貨3枚
追加報酬:
有用な調査情報や、指定品質の素材を提出した場合、査定に応じて加算。
ユウキは依頼書の内容をゆっくりと読み進めた。
旧採石道。
町の東側にある、かつて石材を運ぶために使われていた道らしい。
最近になって魔物の目撃情報が寄せられるようになり、周辺の安全確認と鉱石試料の採取を兼ねた調査が必要になったという。
「この依頼なら、皆さんの得意分野を活かせると思います」
セシリアは説明を続けた。
「採掘経験のある方がいますし、周囲の警戒や魔物の確認も必要になります。何より、討伐が必須ではありません」
バルドは依頼書を手に取り、採取区域について詳しく尋ねた。
セシリアが地図を広げると、彼は指定された道筋を指で辿り、周囲の地形を確かめていく。
「……なるほど。採石場そのものの奥へ入るわけではないんだな」
「はい。今回は旧採石道の周辺が対象です。危険な区域へ無理に進む必要はありません」
バルドは一度だけ地図から顔を上げ、ユウキたちへ視線を向けた。
「わしとしては、悪くない依頼だと思う」
「鉱石試料が必要なら、わしも手伝える」
ドランは地図の端に記された採取地点を確認しながら答えた。
「道具さえ揃えれば、対応できそうだ」
「俺は周りの見張りだね!」
トーマが嬉しそうに言った。
ユウキは三人の顔を順番に見た。
バルドの採掘技術。
ドランの精密作業。
トーマの機動力と警戒能力。
そして、自分の鑑定や掘削の技能。
確かに、この依頼なら四人の力を活かせる。
ユウキは依頼書へもう一度視線を落としたあと、セシリアへ顔を上げた。
「……この依頼を、受けたいです」
セシリアは微笑み、受付の記録台帳を開いた。
「わかりました。では、ネクシアの皆さんで受注手続きを進めますね」
紙へ筆記具を走らせ、依頼内容とパーティー名を確認する。
ユウキたちはそれぞれ冒険者カードを提示し、必要な登録を済ませた。
「これで受注手続きは完了です」
セシリアは依頼書を差し出した。
「ただし、出発前に装備を確認してください。皆さんはまだ武器を借りている状態ですよね?」
「……はい」
「旧採石道でも魔物に遭遇する可能性があります。できれば防具も含めて、装備を整えてから向かうことをおすすめします」
ユウキは依頼書を受け取りながら、朝食の席で話したことを思い出した。
宿代。
食費。
武器。
防具。
これから冒険者として生きていくためには、どれも欠かせないものだ。
「……ちょうど、みんなで装備を買おうって話していたところなんです」
「それなら、ガルドさんのお店で相談されるとよいと思いますよ」
セシリアは穏やかに微笑んだ。
「武器はもちろんですが、皆さんの戦い方に合った防具についても教えてくださるはずです」
「はい。明日、行ってみます」
ユウキが答えると、セシリアは最後に一つだけ付け加えた。
「皆さん、どうか無理はしないでくださいね。依頼を達成することも大切ですが、全員が無事に帰ってくることが一番ですから」
その言葉を聞いて、バルドは深く頷いた。
「ああ。肝に銘じておこう」
ユウキも、トーマも、ドランも、それぞれ真剣な表情で頷いた。
◇◆◇
ギルドを出た頃には、太陽が町の中央広場を明るく照らしていた。
石造りの噴水からは澄んだ水が絶え間なく流れ、近くでは子どもたちが笑い声を上げながら走り回っている。
その賑やかな景色を眺めながら、ユウキたちは広場の端にあるベンチへ腰を下ろした。
ユウキの手には、新しく受注した依頼書がある。
薄い紙一枚。
けれど、そこには自分たちの名前と、これから果たすべき仕事が記されていた。
ユウキはしばらく、その文字を見つめていた。
「……どうしたの?」
隣に座ったトーマが顔を覗き込む。
「さっきから、ずっと依頼書見てるけど」
「あ、うん。なんだか……不思議だなって」
「不思議?」
「自分たちで仕事を選んで、お金をもらえるんだなって思って」
ユウキは小さく笑った。
「当たり前のことなのかもしれないけど、俺にはまだ、ちょっと信じられなくて」
トーマはすぐには答えなかった。
彼もまた、灰の鉱山で働かされていた一人だ。
食事を与えられるかどうかさえ、監督官の機嫌に左右されていた日々。
どれほど働いても、自分たちの手元に報酬が残ることはなかった。
そんな生活を送ってきたからこそ、ユウキの言葉が理解できたのだろう。
「……俺もさ」
トーマは噴水へ目を向けた。
「あの鉱山にいた頃、外に出られたら何をしたいかって、いろいろ考えてたんだ」
「……うん」
「美味しいものをいっぱい食べたいとか、好きなところに行ってみたいとか。そんなことばっかりだったけど」
少しだけ照れくさそうに笑い、トーマは続けた。
「でも今は、もっと強くなりたい。みんなと一緒に、いろんな場所へ行ってみたいんだ」
ユウキはその横顔を見つめた。
トーマの言葉には、迷いがなかった。
誰かに命じられたからではない。
自分自身が、そうしたいと思っている。
そのことが、ユウキにはとても眩しく感じられた。
「……俺も、同じだよ」
ユウキが答えると、トーマは嬉しそうに顔を向けた。
「本当?」
「うん。まだ怖いこともいっぱいあるけど……みんなとなら、少しずつ進んでいける気がする」
二人の会話を聞いていたバルドは、噴水の向こうに広がる町並みを眺めながら、静かに息を吐いた。
「わしも、こんな日が来るとは思わなかったな」
その声には、穏やかな感慨が混じっていた。
「長いこと、あの鉱山で働いてきた。自分の好きなように生きるなんて、とうに諦めていたつもりだったんだが……」
バルドは節くれ立った手を見下ろし、ゆっくりと握り締めた。
「人間というのは、案外しぶといものだな」
その言葉に、ドランが小さく笑った。
「今さら気づいたのか?」
「そうかもしれんな」
バルドも笑みを浮かべる。
ドランは膝の上へ置いた紙を広げ、書き込んでいた支出の項目を確認した。
「感傷に浸るのも悪くないが、まずは目の前の問題を片づけよう。明日はガルドの店へ行く。武器と防具の値段を確かめ、予算の範囲で何を揃えるか決めるぞ」
「はーい!」
トーマは勢いよく立ち上がった。
「俺、軽くて動きやすいやつがいい!」
「それはわかっている」
ドランは呆れたように答えたが、その声はどこか柔らかかった。
「だからこそ、値段だけで決めるなと言っているんだ」
「じゃあ、ドランさんは?」
「わしか? そうだな……工具の扱いにも支障が出ない装備がいい」
バルドは自分の腕を軽く叩いた。
「わしは盾と合わせて使える防具だな。守護者として、まずは前に立てるだけの備えが欲しい」
三人がそれぞれの希望を口にする中で、ユウキは少し考え込んでいた。
自分は剣士だ。
前衛として戦う以上、敵の攻撃を受ける危険もある。
けれど、治癒魔法を使えることを考えると、仲間のもとへ素早く移動できる身軽さも必要だ。
重い鎧で全身を固めればいいというわけではないのだろう。
「……俺は、動きやすくて、ちゃんと身体を守れるものがいいです」
ユウキが答えると、バルドが満足そうに頷いた。
「自分の役割を考え始めたな」
その言葉に、ユウキは少し照れくさくなった。
まだ、何もわかっていないことばかりだ。
けれど、自分たちに何が必要なのかを考えることなら、今からでもできる。
明日は装備を選ぶ。
そのあとは依頼へ向かい、調査と採取を行う。
報酬を受け取り、少しずつ装備を整え、経験を積み重ねていく。
そうした一つひとつの出来事が、いつか自分たちの力になるのだろう。
ユウキは手元の依頼書を丁寧に折りたたみ、鞄へしまった。
空を見上げると、雲の隙間から差し込む陽光が、石畳の上に柔らかな影を落としている。
遠くで鳴る鐘の音。
行商人たちの呼び声。
噴水の水音。
そのすべてが、今は自分たちの生きる世界の一部だった。
「……頑張ろう」
ユウキが小さく呟くと、隣にいたトーマが笑顔で拳を突き出した。
「もちろん!」
その拳に、ユウキもそっと自分の拳を合わせる。
バルドは二人を見守りながら穏やかに笑い、ドランは支出を書き込んだ紙を丁寧に折りたたんだ。
ネクシア。
かつて、何も持たず、自由さえ奪われていた四人。
今はまだFランクの駆け出し冒険者で、使っている武器も借り物にすぎない。
それでも、昨日より今日、今日より明日へと、確かに歩みを進めている。
灰の鉱山で繋がった四人の絆は、今度は彼ら自身の未来を切り開く力になろうとしていた。
その先に、どれほどの困難が待ち受けているのか。
今の彼らには、まだ想像もできない。
けれど、たとえ道が険しくとも、一人で歩く必要はない。
仲間がいる。
帰る場所がある。
そして、自分たちの意思で選べる明日がある。
ユウキは三人の顔を見渡し、自然と笑みを浮かべた。
「……行きましょう。明日から、もっと忙しくなりそうです」
トーマが元気よく返事をし、バルドが腰を上げる。ドランも紙を懐へしまい、四人は並んで歩き始めた。
彼らの足取りは、まだ決して力強いものではない。
それでも、その一歩一歩は誰かに強いられたものではなく、自分たちの意思によって踏み出されたものだった。
――第41話 完。




