第38話 初陣
冒険者ギルドの扉を開けると、朝の喧騒がユウキたちを迎えた。
掲示板の前には依頼を探す冒険者たちが集まり、受付では職員たちが忙しそうに書類を整理している。
見慣れ始めた光景だったが、今日の目的はこれまでと違っていた。
迷宮へ行く。
古びた剣の術式回路を修復するため、導魔晶石を採取する。それが今日のネクシアの目的だった。
「……少し緊張するね」
ユウキが呟くと、隣を歩くトーマが笑った。
「俺は楽しみ!」
「遊びに行くわけじゃないんだぞ」
バルドが言うと、トーマは少しだけ表情を引き締めた。
「わかってるって!」
ドランは手元の紙へ視線を落としていた。
昨日、元魔導具研究者のオルフェン・ヴァイスから渡された、導魔晶石の特徴を記した覚え書きだ。
「まずはギルドの許可を得る。それから装備を揃える。迷宮へ入るのは、そのあとだ」
「はい」
ユウキは頷き、三人とともに受付へ向かった。
「おはようございます、セシリアさん」
「あら、ネクシアの皆さん。おはようございます」
セシリア・アルノーが笑顔で迎えてくれた。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「灰脈の迷宮で、導魔晶石を採取したいんです」
その言葉を聞いた瞬間、セシリアの表情が少し真剣になった。
「迷宮ですか」
「はい。オルフェンさんから、術式の修復に必要だと聞いて……」
ユウキは書類を差し出した。
セシリアは内容を確認し、台帳を取り出す。
「なるほど。オルフェン先生からの採取依頼ですね」
「Fランクでも受けられますか?」
「条件付きで可能です」
セシリアは説明を始めた。
「灰脈の迷宮では、第一層の指定区域に限り、Fランクの冒険者でも採取活動が認められています。ただし、魔物討伐を目的とする依頼は受けられません」
バルドが頷いた。
「目的は採掘だ。魔物と戦うつもりはない」
「それなら問題ありません。ただし、魔物を見つけたら、まず撤退してください」
トーマが首を傾げた。
「もし襲われたら?」
「自衛のための戦闘は認められています。しかし、逃げられる状況で追いかけたり、指定区域の外へ進んだりしてはいけません」
セシリアは四人を見渡した。
「皆さんはまだ冒険者になったばかりです。まずは無事に帰ることを第一に考えてくださいね」
「わかりました」
ユウキは答えた。
セシリアは書類へ印を押す。
「では、装備と必要な物資を揃えたあと、もう一度いらしてください。確認が済んだら許可証を発行します」
ドランが頷いた。
「まずはガルドの店だな」
四人は受付を離れた。
◇◆◇
武具店『鉄火の槌』。
店内には今日も槌の音が響いていた。
「おう、来たか!」
店主のガルドが作業台の向こうから顔を上げる。
「昨日の剣のことか?」
「それもあるんですけど……実は、迷宮へ行くことになって」
ユウキが答えると、ガルドの手が止まった。
「迷宮?」
「灰脈の迷宮です。導魔晶石を採りに行こうと思っています」
ガルドは四人を見つめた。
「……お前ら、武器も持ってねえだろ」
「はい」
「防具は?」
「ありません」
ガルドは大きなため息をついた。
「まったく……」
そして、作業台の下から大きな木箱を引っ張り出した。
中には、使い込まれた武器が何本も収められていた。
「昨日、少し整備しておいた」
「……これって?」
トーマが目を輝かせる。
「全部中古だが、まだ使える。お前らに貸してやる」
四人は驚いて顔を見合わせた。
「本当に、いいんですか?」
ユウキが尋ねる。
「ああ。ただし、七日間だけだ。手入れをして返すこと。壊したら修理費を負担してもらう」
ガルドは腕を組んだ。
「それが条件だ」
バルドが頭を下げる。
「ありがたい。助かる」
「礼は無事に帰ってから言え」
ガルドは鼻を鳴らした。
最初に渡されたのは、ユウキの剣だった。
【貸与装備】
名称:鉄製ショートソード
分類:片手剣
等級:9級
状態:整備済み
ユウキは剣を受け取った。
軽い。
以前、店で持たせてもらった長剣よりも扱いやすい。
「……持ちやすいです」
「お前の体格なら、それくらいがちょうどいい」
ガルドは頷いた。
「剣士だからといって、最初から重い剣を使う必要はねえ」
次に、バルドへ木と鉄で補強された盾が渡された。
【貸与装備】
名称:木鉄盾
分類:盾
等級:9級
状態:整備済み
バルドは盾を腕へ固定し、持ち上げた。
「……ほう」
思ったより安定する。
守護者のジョブによって高まった耐久力と、盾術による動作の補助。
まだ盾の扱いに慣れていないはずなのに、身体が自然に構え方を理解していた。
「盾は腕だけで受け止めるものじゃねえ。足と身体全体で衝撃を逃がせ」
ガルドが説明する。
「覚えておこう」
バルドは頷いた。
トーマには、二本の短剣。
【貸与装備】
名称:鉄製短剣
分類:短剣
等級:10級
数量:2本
状態:整備済み
「うわぁ……!」
トーマは嬉しそうに短剣を握った。
「軽い!」
「斥候なら、動きやすさを優先した方がいい」
ガルドは言った。
「ただし、短剣は間合いが短い。近づきすぎれば反撃を受けるぞ」
「はい!」
最後に、ドランへ小型の鎚が渡された。
【貸与装備】
名称:片手鎚
分類:鎚
等級:9級
状態:整備済み
ドランは鎚を受け取り、重心を確かめた。
「……悪くない」
「扱えそうか?」
「工具とは違うが、感覚はわかる」
ドランの言葉に、ガルドは笑った。
「よし。なら、裏で少し試していけ」
こうして四人は、初めての武器を手にした。
◇◆◇
武具店の裏にある訓練場。
そこには木製の人形が並んでいた。
「まずは剣士からだ」
ガルドがユウキを指さす。
「はい!」
ユウキは剣を抜き、木人の前へ立った。
剣術Lv.1。
ジョブを取得したとき、基本的な構え方や剣の振り方が知識として刻まれた。
しかし、実際に身体を動かすと、思っていたより難しかった。
「肩の力を抜け」
「……はい」
「足を開きすぎるな。動けなくなるぞ」
ユウキは姿勢を修正した。
すると、少しだけ剣が扱いやすくなった。
「……あっ」
「そうだ。その感覚を覚えろ」
ガルドは頷いた。
「普通に一度振ってみろ」
ユウキは剣を振り下ろした。
ガンッ!
木人に刃が当たる。
しかし、衝撃が腕へ伝わり、剣先がぶれた。
「……っ」
「力任せに振るな。刃筋を意識しろ」
「はい」
ユウキは頷き、もう一度構えた。
今度は、剣術Lv.1で習得した武技を意識する。
二段斬り。
二度の斬撃を連続して繰り出す基本武技。
「……二段斬り!」
身体の内側から、わずかな魔力が流れ出す。
一撃目。
続けて二撃目。
ガンッ、ガンッ!
二度の衝撃が木人へ伝わった。
「……できた!」
ユウキの顔が明るくなる。
先ほどの通常攻撃とは違い、二つの斬撃が自然に繋がっていた。
しかし、その直後。
「……あれ?」
魔力が減った感覚を覚えたユウキは、意識を自分自身へ向けた。
略奪Lv.1。
その固有権能に備わる、自己の魂盤を確認する力。
ユウキの視界に、見慣れた青白い文字が浮かび上がる。
【魂盤:STATUS】
名前:ユウキ・コバヤシ
ジョブ:剣士
レベル:2
HP:36 / 36
MP:6 / 8
「……MPが減ってる」
ガルドが頷いた。
「当たり前だ。武技は魔力を使って身体の動きを補助するからな」
「……そうなんですね」
「二段斬りなら、基本的に二MPだ」
ユウキは視界に浮かぶ数字を見つめた。
つまり、何度でも技を使えるわけではない。
「普通に剣を振るだけなら、MPはいらないんですよね?」
「ああ。武技を使わずに斬るなら消費しねえ」
ガルドは頷いた。
「重要なのは、武技に頼りすぎないことだ」
ユウキは魂盤を閉じ、真剣な表情で頷いた。
周囲の誰も、ユウキの目の前に文字が浮かんでいたことには気づいていない。
次はバルドだった。
盾を構え、ガルドの木製の棒を受け止める。
「行くぞ!」
「堅守!」
ガンッ!
盾へ衝撃が伝わる。
しかし、バルドの身体は大きく崩れなかった。
「……おお」
バルドが驚く。
守護者のジョブ。
盾術Lv.1。
武技、堅守。
それらによって、防御姿勢が安定している。
「……MPが二減ったな」
バルドは冒険者カードで自分の状態を確認した。
「そうだ。堅守も魔力を使う」
ガルドが答えた。
「だが、普通に盾を構えるだけならMPは消費しない。使いどころを考えろ」
「なるほど」
バルドは頷いた。
トーマは木人の周囲を軽く走りながら、二本の短剣を構えた。
「……すごい」
トーマが呟く。
「前より身体が動きやすい!」
斥候のジョブによって高まった敏捷性と器用さ。
その恩恵を、本人も感じていた。
「双牙突き!」
二本の短剣が素早く突き出された。
トンッ、トンッ!
しかし、攻撃後に身体が前へ流れた。
「……あっ!」
「近づきすぎだ」
ガルドが言った。
「短剣は届く距離まで近づく必要がある。だが、攻撃したあとに逃げられる位置も考えろ」
トーマは真剣に頷いた。
「わかった!」
そのあと、冒険者カードを確認する。
「……あ、俺もMPが二減ってる」
「武技だからな」
ガルドは答えた。
最後はドランだった。
片手鎚を構え、木人の胴体へ狙いを定める。
「……重打」
ゴンッ!
木人が大きく揺れた。
ドランは鎚を見つめる。
「……なるほど」
普段の工具の扱いとは違う。
魔力によって、衝撃を与える動作が補助されていた。
「今のも二MPだ」
ガルドが言う。
「……理解した」
ドランは頷いた。
長年の技術と、ジョブによって得た武技。
その二つを組み合わせれば、戦闘でも役に立つ。
しかし、武技には限りがある。
それを四人は理解した。
◇◆◇
訓練を終えると、ガルドは四人を集めた。
「いいか。覚えておけ」
ガルドは指を一本立てる。
「MPを使うこと自体は、危険じゃねえ」
ユウキが顔を上げた。
「……そうなんですか?」
「ああ。魔力は使えば減る。それだけだ」
ガルドは続ける。
「だが、MPがなくなった状態で、無理やり武技や魔法を使おうとすると話は別だ」
「……どうなるんですか?」
トーマが尋ねた。
ガルドの表情が真剣になる。
「精神に負担がかかる」
ユウキは息を呑んだ。
「精神に……?」
「ああ。頭痛、めまい、吐き気。無理を重ねれば、意識を失うこともある」
ガルドは腕を組んだ。
「MPがゼロなら、普通は技を使えない。だが、無理やり発動しようとする奴もいる」
「……発動できるんですか?」
「できる場合もある。だが、必ず成功するわけじゃねえ」
ガルドは四人を見渡した。
「だから、MPがなくなったら無理をするな」
ユウキは静かに頷いた。
「……わかりました」
MPがあるうちは、武技や魔法を通常どおり使える。
消費しただけで、精神的疲労が蓄積するわけではない。
しかし、MPがゼロの状態で無理に力を使おうとすれば、精神へ負担がかかる。
その違いを、ユウキは覚えた。
◇◆◇
訓練を終えた四人は、武具店を後にした。
その後、必要な食料と水、灯りを揃え、冒険者ギルドで装備の確認を受けた。
セシリアは四人の装備を確認し、迷宮への入場許可証を発行する。
「今回は第一層の指定区域だけです。奥へ続く通路には入らないでください」
「わかりました」
「魔物を見つけても、無理に戦わないこと。危険だと思ったら、素材を諦めて撤退してくださいね」
「はい」
ユウキは頭を下げた。
こうして、ネクシアは初めての迷宮探索へ向かう準備を整えた。
◇◆◇
翌朝。
リーヴェルの町を出た四人は、灰脈の迷宮へ向かった。
道の両側には草原が広がり、遠くには灰色の岩山が連なっている。
歩いて半日ほど。
ようやく、岩肌に開いた大きな洞窟が見えてきた。
「あれが……」
トーマが呟いた。
「灰脈の迷宮」
入口には木製の柵が設置され、ギルドの管理員が立っていた。
四人は許可証を提示する。
「ネクシアか」
管理員は書類を確認した。
「第一層の指定区域までだな。迷ったら無理に進まず、入口へ戻れ」
「はい」
「魔物に遭遇したら、まず撤退だ」
バルドが頷く。
「心得ている」
四人は入口へ向かった。
ユウキは静かに息を吸った。
迷宮。
魔物が生息する場所。
貴重な鉱石や素材が眠る、未知の地下空間。
灰の鉱山とは違う。
今は、自分たちの意思でここへ来ている。
危険だと思えば、引き返すこともできる。
そして、隣には仲間がいる。
「……行きましょう」
四人は迷宮へ足を踏み入れた。
◇◆◇
迷宮の内部は、ひんやりとしていた。
岩壁には灰色の鉱石が露出し、ところどころに青白い結晶が淡く光っている。
水滴が落ちる音。
風が通路を抜ける音。
遠くから聞こえる、何かの擦れるような音。
ユウキは周囲を見渡した。
暗い地下通路。
冷たい岩壁。
湿った空気。
灰の鉱山を思い出す。
けれど、今は鉄の枷がない。
鞭を持った監督官もいない。
そして、隣には仲間がいる。
「……大丈夫?」
トーマが尋ねた。
「うん」
ユウキは微笑んだ。
「大丈夫だよ」
バルドが口を開く。
「まずは隊列を決めよう」
四人は足を止めた。
「トーマが先頭で周囲を確認する。ユウキとドランは中央。わしが最後尾を守る」
「わかった!」
トーマが頷く。
斥候のジョブを持つ自分が先頭。
その役割に、少し緊張しているようだった。
「無理に一人で進むなよ」
バルドが言う。
「うん!」
四人は、ゆっくりと歩き始めた。
◇◆◇
しばらく進んだ頃だった。
「……待って」
トーマが小さく手を上げた。
全員が足を止める。
「どうした?」
バルドが尋ねる。
トーマは前方の岩陰を見つめていた。
「……何かいる気がする」
ユウキも目を向ける。
しかし、薄暗い岩陰には何も見えない。
「気のせいかもしれないけど……」
トーマが呟いた。
ドランは静かに頷く。
「気になるなら、近づかずに確認しよう」
ユウキは地面へ片手を置いた。
振動感知Lv.1。
かつて岩穿ち鼠から奪った技能だ。
意識を集中すると、地面の奥から微かな震えが伝わってきた。
「……いる」
ユウキが呟く。
バルドが顔を向けた。
「何かわかるか?」
「はい。岩陰の向こうで、何かが動いています」
その瞬間だった。
ガリッ。
岩を削るような音が響いた。
暗闇の中で、小さな影が動く。
そして――。
ギィィッ!
甲高い鳴き声とともに、一匹の魔物が飛び出してきた。
灰色の毛皮。
岩のように硬い突起。
鋭く伸びた前歯。
「……岩穿ち鼠!」
ユウキが叫んだ。
岩穿ち鼠。
灰の鉱山でも遭遇したことのある、ランク1の魔物だった。
ユウキはすぐに鑑定を発動する。
【鑑定結果】
名称:岩穿ち鼠
種族:魔獣族・鼠型
魔物ランク:1
レベル:4
HP:35 / 35
MP:4 / 4
【能力値】
STR(筋力):13
VIT(耐久):10
AGI(敏捷):12
MAG(魔力):2
MND(精神):4
DEX(器用):14
【技能】
振動感知 Lv.1
掘削 Lv.2
「……レベル四!」
ユウキは息を呑んだ。
自分より二つ高い。
しかも、筋力と敏捷性はユウキを上回っている。
ランク1とはいえ、油断できる相手ではなかった。
「退くぞ!」
バルドが声を上げた。
しかし、その直後。
ガリッ!
背後の岩陰から、もう一匹が姿を現した。
「……二匹!?」
トーマの顔が青ざめる。
前と後ろ。
二匹のロックラットが、四人を挟む位置に現れていた。
バルドが盾を構える。
「落ち着け! わしが前を抑える!」
ユウキは剣を抜いた。
手が震える。
木人相手とは違う。
目の前にいるのは、生きた魔物だ。
鋭い歯。
素早い動き。
一歩間違えれば、命を失うかもしれない。
「……大丈夫」
ユウキは自分へ言い聞かせた。
一人ではない。
ネクシアの仲間たちがいる。
「……行きます!」
◇◆◇
最初に動いたのは、前方のロックラットだった。
ギィッ!
甲高い鳴き声とともに、地面を蹴って飛びかかってくる。
「……速い!」
ユウキが剣を構える。
しかし、身体が反応するより先に魔物が迫った。
その瞬間。
「堅守!」
バルドがユウキの前へ出た。
盾を正面へ構える。
ガンッ!
鋭い前歯が盾へ衝突した。
「……ぐっ!」
バルドの足がわずかに滑る。
しかし、身体は大きく崩れなかった。
守護者。
盾術Lv.1。
武技、堅守。
その発動によって、MPが二消費される。
しかし、その代わりに防御姿勢が安定し、魔物の突進を受け止めることができた。
「……受け止めた!」
トーマが声を上げる。
バルド自身も驚いていた。
確かに衝撃は強い。
それでも、以前の自分より安定していることがわかった。
「……なるほどな」
バルドは低く呟いた。
「これが、守護者の力か!」
その直後、後方のロックラットが動いた。
ギィィッ!
ドランへ向かって飛びかかる。
「ドランさん!」
ユウキが叫ぶ。
しかし、ドランは慌てなかった。
片手鎚を握り、魔物の動きを見極める。
長年、工具を扱ってきた経験。
重心。
重量。
力を加える角度。
その感覚が、身体に染みついていた。
「……重打!」
ゴンッ!
鎚がロックラットの側面へ叩き込まれた。
魔物の身体が地面へ転がる。
「ギィッ!」
ドランはすぐに距離を取った。
「……硬いな」
鎚から伝わる感触。
岩のように硬い部分へ攻撃が当たったらしい。
しかし、確かに魔物の体勢を崩せた。
「ユウキ、今だ!」
ドランが叫ぶ。
「はい!」
ユウキは剣を構えた。
目の前の魔物は、まだ体勢を立て直せていない。
しかし、ユウキは二段斬りを使わなかった。
MPは八。
身体強化も、治癒魔法も、魔力を必要とする。
最初から武技を連発すれば、すぐに魔力が足りなくなる。
「……まずは、普通に!」
ユウキは踏み込み、剣を振り下ろした。
ガッ!
刃が岩の突起に当たり、弾かれる。
「……っ!」
それでも、剣を引き戻し、もう一度斬りつけた。
ザシュッ!
今度は、露出した脇腹へ刃が当たった。
「ギィィッ!」
魔物が悲鳴を上げる。
ユウキは慌てて後ろへ下がった。
生き物を斬った感触が、手に残っている。
「……当たった」
しかし、まだ終わっていない。
魔物は傷つきながらも、再び立ち上がった。
「ユウキ、下がれ!」
バルドの声が響く。
もう一匹が、盾の脇を抜けようとしていた。
その瞬間。
「俺が行く!」
トーマが飛び出した。
斥候のジョブによって高まった敏捷性。
短剣術Lv.1。
それらを活かし、魔物の横へ回り込む。
「……双牙突き!」
二本の短剣が素早く突き出された。
一撃目。
トンッ!
二撃目。
ザクッ!
短剣が魔物の脇腹へ突き刺さった。
MPが二消費される。
「ギィッ!」
魔物が身体を捻った。
しかし、トーマは攻撃後の姿勢を崩していた。
「……あっ!」
魔物の尾が、トーマの足元を払う。
「うわっ!」
トーマは地面へ転がった。
バルドが盾を構え、追撃を防ぐ。
今度は武技を使わず、通常の防御で衝撃を受け止めた。
ガンッ!
「……ぐっ!」
先ほどより衝撃が重い。
しかし、なんとか持ちこたえた。
「トーマ、下がれ!」
「はい!」
トーマは短剣を握り直した。
技能を習得したからといって、必ず攻撃が成功するわけではない。
技を使えても、敵の反撃を見切れるとは限らない。
実戦は、訓練とは違う。
そのことを、四人は身をもって理解し始めていた。
◇◆◇
「……一度、距離を取るぞ!」
バルドが叫んだ。
四人は狭い通路から、少し広い場所へ移動した。
しかし、二匹のロックラットは追ってくる。
逃げるだけでは、背後から襲われる危険があった。
ユウキは荒い呼吸を整えた。
剣術Lv.1。
身体強化Lv.2。
今の自分には、二つの戦闘に役立つ技能がある。
しかし、どちらも使い方を間違えれば、魔力を無駄に消費してしまう。
「……使いどころを考えないと」
ユウキは小さく呟いた。
MPは八。
まだ武技を使っていないため、最大値のままだ。
ユウキは意識を集中した。
「身体強化」
身体の内側を、温かな魔力が巡る。
腕。
脚。
胴体。
全身へ、力が広がっていく。
身体強化Lv.2。
筋力、耐久力、敏捷性、器用さを一時的に高める技能。
今回は短時間だけ使用する。
魔力の消費を抑えながら、必要な瞬間に力を集中するためだ。
MPが二消費され、残りは六。
ユウキは剣を構えた。
「……行ける」
バルドが声を上げる。
「ユウキ、わしが正面を抑える!」
「はい!」
「ドラン、横から頼む!」
「ああ!」
バルドが盾を構え、前へ出た。
ロックラットが飛びかかる。
ガンッ!
今度は通常の防御。
武技を使わず、盾の角度を調整して攻撃を受け止めた。
その隙に、ドランが側面へ回り込んだ。
鎚を構える。
しかし、今回は武技を使わなかった。
「……ここだ!」
ゴンッ!
通常攻撃で魔物の後脚を叩く。
重打ほどの威力はない。
それでも、関節に近い部分へ衝撃を与え、魔物の動きを鈍らせた。
「ユウキ、今だ!」
ドランが叫ぶ。
「はい!」
ユウキは地面を蹴った。
身体強化によって、踏み込みが少し速くなる。
しかし、勢いをつけすぎれば、攻撃後の姿勢が崩れてしまう。
ユウキは訓練場で言われたことを思い出した。
『最後まで気を抜くな』
足元を意識する。
剣を構える。
狙いは、岩の突起が少ない脇腹。
「……二段斬り!」
魔力が剣を握る腕へ流れる。
一撃目。
ザシュッ!
魔物の身体を斬りつける。
二撃目。
さらに踏み込み、刃を振り抜いた。
ザンッ!
「ギィィッ!」
ロックラットが大きく跳ねる。
そして、地面へ倒れ込んだ。
数秒。
十数秒。
魔物は小さく痙攣したあと、動かなくなった。
ユウキは剣を握ったまま、荒い息を吐いた。
身体強化を解除する。
今回の二段斬りで、MPはさらに二消費された。
残りは四。
精神的な疲労は感じない。
しかし、呼吸は荒く、身体には戦闘による緊張と疲れが残っていた。
「……倒した?」
トーマが小さく呟いた。
ドランが慎重に魔物の様子を確かめる。
「……ああ。死んでいる」
ユウキは深く息を吐いた。
初めて、自分の剣で魔物を倒した。
しかし、喜ぶ余裕はなかった。
「まだ一匹いる!」
バルドが叫んだ。
ユウキは顔を上げた。
◇◆◇
残ったロックラットは、バルドの盾を避けるように動いていた。
すでに傷を負っている。
しかし、まだ十分に動けるようだった。
「……逃げるなら、逃がしてやろう」
バルドが言った。
ユウキも頷いた。
今回の目的は魔物討伐ではない。
導魔晶石の採取だ。
しかし、その瞬間。
ギィィィッ!
ロックラットが大きく鳴き、トーマへ飛びかかった。
「……っ!」
トーマは反射的に身体を捻った。
鋭い歯が左腕をかすめる。
「うわっ!」
トーマは地面へ転がった。
腕から血が流れる。
「トーマ!」
ユウキが叫ぶ。
バルドが盾を構え、魔物の追撃を防いだ。
ガンッ!
ドランも片手鎚を構え、バルドの横へ並ぶ。
「ユウキ、トーマを頼む!」
「はい!」
ユウキはトーマへ駆け寄った。
「大丈夫!?」
「……痛いけど、動ける」
トーマは顔をしかめながら答えた。
傷は深くない。
しかし、血が流れている。
ユウキは意識を自分の魂へ向けた。
略奪Lv.1に備わる、自己状態の確認能力。
視界の端に青白い文字が浮かぶ。
【魂盤:STATUS】
名前:ユウキ・コバヤシ
ジョブ:剣士
レベル:2
HP:36 / 36
MP:4 / 8
残りMPは四。
治癒魔法Lv.3。
消費MPは三。
まだ、一度なら通常発動できる。
「……治癒魔法!」
淡い光が、トーマの腕を包んだ。
傷口が少しずつ塞がっていく。
流れていた血が止まり、痛みが和らぐ。
「……あっ」
トーマが驚いた。
「痛くない……」
ユウキは安堵した。
「よかった……」
治癒魔法の使用によって、残りMPは一。
もう一度同じ魔法を使うための魔力は残っていなかった。
しかし、精神的疲労は生じていない。
MPがある状態で、必要な分だけ魔力を消費したからだ。
ユウキは視界の表示を閉じ、剣を握り直した。
「……俺も行きます!」
そのとき、トーマが声を上げた。
「待って!」
ユウキは振り返った。
「……どうした?」
トーマは立ち上がり、短剣を構えた。
「俺も行く」
「でも、腕は……」
「もう大丈夫!」
トーマは笑った。
「俺だって、ネクシアの一員だから」
ユウキは少し驚き、それから頷いた。
「……わかった。でも、無理しないで」
「うん!」
二人は並んで前へ出た。
◇◆◇
残ったロックラットは、バルドの盾へ何度も飛びかかっていた。
しかし、バルドは落ち着いていた。
守護者のジョブ。
盾術Lv.1。
長年の労働で鍛えられた身体。
それらを活かし、通常の防御だけでも攻撃を受け止めていた。
「……今だ!」
バルドが声を上げた。
ドランが側面へ回り込む。
鎚を構え、魔物の後脚へ攻撃を加えた。
ゴンッ!
「ギィッ!」
動きが鈍る。
その瞬間、トーマが声を上げた。
「ユウキ、右から!」
「わかった!」
トーマが左へ回り込み、ユウキが右へ動く。
魔物は一瞬、どちらを狙うべきか迷ったように動きを止めた。
トーマは短剣を構えた。
しかし、双牙突きは使わない。
通常の刺突。
右手の短剣で牽制し、左手で脇腹を狙う。
ザクッ!
「ギィッ!」
魔物の身体が揺れた。
ユウキは剣を構えた。
二段斬りを通常発動することはできない。
残りMPは一。
必要な二MPに足りていなかった。
無理に力を引き出そうとは思わなかった。
今の自分に必要なのは、目の前の敵を確実に捉えることだ。
ユウキは深く息を吸った。
魔物の動きを見る。
トーマの攻撃で体勢が崩れている。
ドランが後脚を傷つけている。
バルドが正面を抑えている。
今なら。
「……はぁっ!」
ユウキは踏み込んだ。
剣を振り下ろす。
ザシュッ!
魔物の側面へ刃が入る。
続けて、剣を引き戻す。
武技ではない。
自分の身体を使った、普通の斬撃だ。
「……もう一度!」
ユウキは足を踏み込み、刃を振り抜いた。
ザンッ!
「ギィィッ!」
ロックラットが悲鳴を上げる。
そして、地面へ倒れ込んだ。
今度こそ、動かなくなった。
◇◆◇
戦闘が終わった。
迷宮の通路に、静寂が戻る。
ユウキは剣を下ろした。
呼吸が荒い。
腕が少し震えている。
それは魔力を消費したことによる精神的疲労ではなかった。
実際に命を懸けて戦った緊張。
剣を振り続けた身体の疲れ。
そして、生き物を殺したという実感。
そのすべてが、ユウキの身体に残っていた。
「……終わった?」
トーマが呟いた。
ドランが慎重に確認する。
「ああ。二匹とも死んでいる」
バルドは盾を下ろした。
「……ふぅ」
その額には汗が浮かんでいた。
「みんな、無事か?」
ユウキが尋ねる。
トーマは左腕を見せた。
「俺はユウキに治してもらった!」
ドランも頷く。
「わしは問題ない」
バルドは肩を回した。
「少し衝撃は受けたが、動ける」
ユウキは深く息を吐いた。
「……よかった」
誰も命を落とさなかった。
それだけで、胸がいっぱいだった。
そのとき。
――ピコン。
小さな音が、ユウキの頭の中へ響いた。
「……え?」
視界の端に、青白い文字が浮かび上がる。
【魂盤通知】
戦闘経験値を獲得しました。
対象:
岩穿ち鼠×2
レベルアップ条件を満たしました。
「……レベルアップ?」
ユウキは呟いた。
トーマが顔を上げる。
「えっ!? ユウキ、今何か言った?」
「……レベルが上がったみたいなんだ」
「本当!?」
ユウキは意識を集中した。
すると、見慣れた青白い文字が視界に浮かび上がる。
略奪Lv.1によって確認できる、自分自身の魂盤。
そこに表示された数字は、戦闘前とは確かに変わっていた。
【魂盤:STATUS】
名前:ユウキ・コバヤシ
種族:人間(異界者)
年齢:17
ジョブ:剣士
レベル:3
HP:36 / 39
MP:1 / 9
【能力値】
STR(筋力):10
VIT(耐久):8
AGI(敏捷):10
MAG(魔力):3
MND(精神):12
DEX(器用):12
【固有権能】
略奪 Lv.1
【技能】
嗅覚強化 Lv.2
身体強化 Lv.2
採掘 Lv.1
振動感知 Lv.1
鑑定 Lv.2
治癒魔法 Lv.3
剣術 Lv.1
【称号】
異界からの漂流者
空白の魂
「……レベル三」
ユウキは目を見開いた。
確かに、レベルが上がっている。
最大HP。
最大MP。
筋力。
耐久力。
敏捷性。
器用さ。
いくつもの数値が、わずかに上昇していた。
しかし、MPの現在値は一のままだった。
最大値が増えても、消費した魔力がその場で回復するわけではない。
「……本当に、強くなってる」
ユウキは小さく呟いた。
魂盤を閉じて顔を上げると、バルドが笑った。
「初めての実戦だからな。得るものも多かったんだろう」
トーマも自分の冒険者カードを確認した。
「……あっ!」
嬉しそうに声を上げる。
「俺も上がってる!」
【STATUS】
名前:トーマ
ジョブ:斥候
レベル:3
HP:35 / 38
MP:5 / 8
【能力値】
STR(筋力):10
VIT(耐久):9
AGI(敏捷):13
MAG(魔力):3
MND(精神):10
DEX(器用):14
「やった!」
トーマが笑った。
バルドとドランも、それぞれ冒険者カードを確認したが、二人にはレベルアップの表示は出ていなかった。
「わしは変わらんな」
バルドが呟く。
「わしもだ」
ドランが答えた。
ユウキが首を傾げる。
「どうしてですか?」
「レベルが高くなるほど、次のレベルまでに必要な経験値が増えるからだろう」
ドランは答えた。
「……なるほど」
ユウキは頷いた。
レベルアップ。
ジョブによる補正。
技能による動作の補助。
武技による一時的な強化。
それらが、自分たちを強くしている。
しかし、今回の勝利は、それだけで得られたものではなかった。
バルドが攻撃を防いだ。
ドランが隙を作った。
トーマが素早く動き、魔物の注意を引いた。
そして、ユウキが剣を振るった。
誰か一人でも欠けていたら、もっと危険な戦いになっていただろう。
「……これが」
ユウキは小さく呟いた。
「パーティーで戦うってことなんだ」
バルドが頷いた。
「ああ。わしらは、一人で戦っているわけじゃない」
トーマが笑った。
「ネクシアだもんね!」
ドランも静かに頷いた。
「互いの得意分野を活かせば、できることは増える」
ユウキは三人を見渡した。
「……はい!」
そのときだった。
ユウキは、地面に倒れたロックラットを見つめた。
そして、ある力の存在を思い出す。
略奪。
自分だけが持つ、特殊な固有権能。
自分の魂盤を確認することもできるが、その本質は別にある。
死亡、あるいは完全に無力化された対象から、技能を一つ奪う力。
灰の鉱山でも、この力を使ってきた。
しかし、使うたびに対象の記憶が流れ込んでくる。
そして、魂蝕値が上昇する。
決して、何の代償もない力ではなかった。
「……そうだ」
ユウキは小さく呟いた。
バルドが顔を向ける。
「どうした?」
「……魔物の身体を、少し調べてもいいですか?」
ユウキは慎重に答えた。
バルドは頷いた。
「構わん。ただし、周囲には気をつけろ」
「はい」
ユウキは剣を鞘へ収め、倒れたロックラットへ近づいた。
◇◆◇
岩穿ち鼠。
魔獣族・鼠型に分類される魔物。
硬い岩を削るための鋭い前歯と、地中の振動を感知する能力を持っている。
ユウキは魔物の傍らへ膝をついた。
今の自分には、すでに振動感知Lv.1がある。
しかし、掘削Lv.2は持っていない。
しかも、今回の目的は導魔晶石の採取。
掘削技能があれば、役に立つかもしれない。
「……略奪」
誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
瞬間。
視界に青白い文字が浮かび上がる。
【固有権能:略奪 Lv.1】
対象:岩穿ち鼠
種族:魔獣族・鼠型
状態:死亡
【奪取可能技能】
振動感知 Lv.1
掘削 Lv.2
奪取可能数:1
技能を選択してください。
ユウキは表示を見つめた。
振動感知は、すでに習得している。
ならば、選ぶべき技能は一つだった。
「……掘削Lv.2」
その文字へ意識を向ける。
【技能選択】
対象技能:掘削 Lv.2
奪取を実行しますか?
【はい】 【いいえ】
ユウキは一瞬、迷った。
この力を使えば、確かに強くなれる。
しかし、同時に自分の魂へ何かが蓄積していく。
魂蝕。
その正体は、まだ十分に理解できていない。
どこまで増えれば危険なのか。
何が起きるのか。
それすら、わからなかった。
「……でも」
ユウキはロックラットを見つめた。
仲間を守るため。
そして、今後生きていくため。
使える力を増やしたい。
その思いも、本当だった。
「……はい」
ユウキは静かに選択した。
その瞬間だった。
ゾクリ。
背筋に冷たいものが走る。
「……っ!」
視界が、一瞬だけ暗くなった。
そして、頭の奥へ奇妙な感覚が流れ込んでくる。
暗い地中。
湿った土の匂い。
硬い岩を削る前歯。
狭い通路を進む身体。
振動で外敵の位置を知る感覚。
それは、自分の記憶ではなかった。
ロックラットが生きていたときの、断片的な記憶。
言葉ではない。
理屈でもない。
ただ、本能と感覚だけが流れ込んでくる。
「……うっ」
ユウキは思わず額を押さえた。
頭の奥が、きしむように痛む。
身体が一瞬、ふらついた。
しかし、その感覚は長く続かなかった。
数秒後。
視界が元に戻る。
【固有権能:略奪 Lv.1】
技能奪取完了。
獲得技能:
掘削 Lv.2
対象は当該技能を喪失しました。
魂蝕値:上昇
ユウキは荒い息を吐いた。
「……はぁ……」
新しい技能を手に入れた。
それは確かだった。
しかし、同時に奇妙な感覚が残っている。
自分の中に、自分ではない何かが混ざったような感覚。
これは、MPを無理に使ったことによる精神的疲労ではない。
略奪という固有権能に伴う、別の負担だった。
魂蝕。
奪ったものが増えるほど、魂へ影響が蓄積していく。
そのことを、改めて思い知らされた。
「……大丈夫か?」
背後から、バルドの声がした。
ユウキは慌てて顔を上げた。
「……はい」
「顔色が悪いぞ」
「少し、疲れただけです」
バルドは心配そうに見つめた。
「無理はするなよ」
「……はい」
ユウキは小さく頷き、ゆっくりと立ち上がった。
略奪によって得た力。
その恩恵と代償。
どちらも、自分自身が背負っていかなければならない。
ユウキは静かに息を整えた。
◇◆◇
四人は周囲を確認し、少し離れた場所へ移動した。
バルドが口を開く。
「……さて、どうする?」
ドランが答えた。
「本来なら、ここで引き返してもいい」
トーマが顔を上げる。
「えっ、でも導魔晶石は?」
「まだ採っていない。だが、魔物と二匹も戦ったんだ。危険があることは十分わかっただろう」
トーマは少し考え、それから頷いた。
「……うん」
ユウキは岩壁を見つめた。
近くには、青白く光る鉱石が見えている。
もしかすると、目的の素材はすぐそこにあるかもしれない。
「……少しだけ、確認してもいいですか?」
バルドが尋ねる。
「どうするつもりだ?」
「近くの岩壁を鑑定してみたいんです。もし導魔晶石があるなら、短時間で採れるかもしれません」
バルドは岩壁を見た。
「採掘自体は、わしが状態を確認しよう。危険な亀裂があれば、すぐに中止する」
ドランも頷いた。
「結晶の取り出しはわしが補助する。時間がかかるようなら撤退だ」
バルドは三人を見渡した。
「……わかった。ただし、危険を感じたらすぐに戻るぞ」
「はい!」
ユウキは岩壁へ近づいた。
そして、意識を集中する。
「……鑑定」
青白い文字が浮かび上がった。
【鑑定結果】
名称:導魔晶石を含む鉱脈
分類:鉱石資源
等級:未判定
備考:
魔力伝導性を持つ結晶を含む。
採掘により素材を取得可能。
「……ありました!」
ユウキが声を上げる。
バルドが顔を向けた。
「導魔晶石か?」
「はい!」
ユウキは岩壁を指さした。
「この中にあるみたいです!」
バルドは満足そうに頷いた。
「よし。なら、岩盤の状態を確かめよう」
バルドは採掘槌を取り出し、岩壁を軽く叩いた。
コン。
コン、コン。
音を聞き、細かな亀裂を確認する。
採掘Lv.3。
長年の経験によって磨かれた技能。
「……この辺りなら、慎重に掘れば問題なさそうだ」
そのとき、ユウキは新しく得た技能を思い出した。
掘削Lv.2。
ロックラットから奪った力。
岩を削り、地中を進むための技能。
ユウキは岩壁へ手を当てた。
すると、不思議な感覚が生まれた。
岩の硬さ。
割れやすい方向。
力を加えるべき場所。
それらが、以前より少しわかるような気がした。
「……ここ」
ユウキは岩壁の一部を指さした。
「この辺り、少し割れやすい気がします」
バルドが目を細めた。
「……ほう」
そして、岩の表面を確認する。
「確かに、そこには細い割れ目がある」
バルドは頷いた。
「だが、ここから無理に削ると上の岩まで動く可能性がある。最初は別の場所からだな」
ユウキは顔を上げた。
「……なるほど」
「掘りやすい場所と、安全に掘れる場所は違う」
バルドは静かに言った。
「それを覚えておけ」
「……はい!」
ユウキは頷いた。
掘削Lv.2。
新しく得た技能。
確かに役に立っている。
しかし、安全に採掘するためには、採掘Lv.3を持つバルドの経験が必要だった。
ドランも工具を取り出す。
「結晶が見えてきたら、細かい部分はわしがやろう」
「ああ。頼む」
バルドが頷いた。
トーマは通路の先へ視線を向ける。
「俺は周りを見てるね!」
「頼んだぞ」
バルドが答えた。
こうして四人は、それぞれの役割を確認した。
バルドは採掘の中心。
ユウキは掘削の補助。
ドランは精密作業。
トーマは周囲の警戒。
ネクシアの初めての迷宮探索は、まだ終わっていなかった。
そして。
そのさらに奥で、何かが静かに動き始めていることを、四人はまだ知らなかった。
――第38話 完。




