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第37話 偏屈な魔導具研究者

 リーヴェルの東区には、ほかの地区とは少し異なる雰囲気が漂っていた。


 石造りの建物が密集し、道の両側には薬草店や古書店、魔導具を扱う小さな工房が並んでいる。


 窓辺に奇妙な水晶を飾る店もあれば、店先で見慣れない器具を分解している職人の姿もあった。


「……なんだか、変わった場所だね」


 トーマが辺りを見回しながら言った。


「東区には職人や研究者が多いらしい」


 ドランが答える。


「魔導具の修理や製作を専門にする者もいるそうだ」


「へえ……!」


 トーマは興味深そうに店先を覗き込んだ。


 ユウキもまた、周囲の光景に目を奪われていた。


 元いた世界にも、機械を修理する店や研究施設はあった。


 しかし、ここで扱われているのは魔力によって動く道具だ。


 光を灯すランプ。


 温度を保つ容器。


 遠くの相手へ短い言葉を届ける通信具。


 魔法が日常の道具として使われている光景は、何度見ても不思議だった。


「ユウキ、こっちだ」


 バルドの声に顔を上げる。


 四人は、セシリアから受け取った紹介状を手に、東区の奥へ向かっていた。


 目的は一人の研究者。


 古代術式の解析を専門としていたという、元魔導具研究者だった。


 昨日、武具店『鉄火の槌』で調べた謎の剣。


 あの剣には、現代のものとは異なる術式が刻まれていた。


 ユウキが触れたときだけ反応し、助けを求めるような声が聞こえる。


 そして、その声は「鍵」という言葉を残した。


 まだ何もわからない。


 けれど、何かが隠されていることだけは確かだった。


「……この人なら、何かわかるかな」


 ユウキが呟く。


「行ってみなければわからん」


 ドランが答えた。


「だが、古代術式に詳しいというなら、話を聞く価値はある」


 バルドも頷く。


「ああ。まずは会ってみよう」


 四人は、東区の外れにある一軒の建物へ向かった。



 ◇◆◇



 そこは、研究所というより古びた民家に見えた。


 二階建ての石造りの建物。


 外壁には蔦が絡まり、窓の一部は木板で補修されている。


 玄関の上には、小さな看板が吊るされていた。


【魔導具研究・解析】

【依頼のない者は立入禁止】


 その下には、乱雑な文字で別の注意書きが貼られている。


『商品の売り込みお断り』

『寄付の勧誘お断り』

『くだらない質問お断り』


「……最後のやつ、どういう意味?」


 トーマが首を傾げた。


「質問の内容による、ということだろうな」


 ドランが答える。


「俺たち、大丈夫かな……」


 ユウキが苦笑すると、バルドが扉の前へ進んだ。


「まあ、話くらいは聞いてもらえるだろう」


 そう言って、扉を叩く。


 コン、コン。


 返事はない。


 もう一度叩く。


 コン、コン。


 すると、建物の奥から声が響いた。


「帰れ!」


 四人は顔を見合わせた。


「……えっ?」


 トーマが呟く。


 バルドが咳払いした。


「すまん。冒険者ギルドから紹介されて来た者だが」


「ギルドだと?」


 奥から足音が聞こえた。


 やがて扉が勢いよく開く。


 現れたのは、小柄な老人だった。


 白髪交じりの灰色の髪は乱れ、顎には短い髭が生えている。


 片眼鏡をかけ、紺色の長衣にはインクの染みがいくつも付いていた。


 老人は四人を睨みつけた。


「何の用だ」


 ユウキは慌てて頭を下げた。


「は、初めまして。冒険者のユウキ・コバヤシです」


「名前など聞いとらん。用件を言え」


「えっと……古い魔導具について相談したくて」


「古い魔導具?」


 老人の眉が動いた。


 ユウキは紹介状を差し出した。


「ギルドのセシリアさんから、これを預かっています」


 老人は紹介状を奪うように受け取ると、封を開いて読み始めた。


 しばらくして、小さく鼻を鳴らす。


「……ふん。あの娘か」


 老人は四人を見渡した。


「古い剣に刻まれた術式、ねえ」


「はい」


「現物は?」


 ユウキは少し困った。


「今は武具店に預けてあります」


 老人の表情が険しくなる。


「現物も持たずに解析を頼みに来たのか!」


「す、すみません!」


 ユウキが頭を下げる。


 老人は大きくため息をついた。


「まったく……最近の若い者は」


 ドランが一歩前に出た。


「現物はないが、術式の構造については多少説明できる」


「ほう?」


 老人が顔を上げた。


「お前、魔導具を扱えるのか?」


「修理と精密作業は多少な。魔導具知識も持っている」


 老人は興味深そうにドランを見た。


「……なるほど」


 そして、突然身を翻した。


「入れ」


「えっ?」


 トーマが聞き返す。


「二度も言わせるな。話を聞くと言っておる!」


 老人はそう言って、建物の奥へ消えた。


 四人は再び顔を見合わせた。


「……変わった人だね」


 トーマが小声で言う。


「聞こえとるぞ!」


 奥から怒鳴り声が返ってきた。


「ひっ!」


 トーマは慌てて口を閉じた。


 ユウキは苦笑しながら、建物へ足を踏み入れた。



 ◇◆◇



 室内は、外観以上に奇妙だった。


 壁一面に本棚が並び、その中には分厚い魔導書や古い巻物が詰め込まれている。


 床には金属部品や結晶の破片が置かれ、机の上には複雑な魔法陣が描かれた紙が何枚も広がっていた。


 天井から吊るされた小さな魔導ランプが、青白い光を放っている。


「……すごい」


 ユウキは思わず呟いた。


 ドランも目を細める。


「古い研究資料が随分あるな」


「触るなよ」


 老人が即座に言った。


「壊したら弁償できる額では済まんぞ」


「わかっている」


 ドランは落ち着いて答えた。


 老人は机の向こうへ腰を下ろした。


「さて、用件を聞こう」


 ユウキたちも椅子へ座る。


「その前に、名乗っておこう」


 老人は片眼鏡を直した。


「わしはオルフェン・ヴァイス。元アルヴェイン王立魔導研究院の術式解析官だ」


 ユウキは驚いた。


「王立研究院……?」


「知らんのか」


 オルフェンは鼻を鳴らした。


「王国の魔導具研究を行う機関だ。まあ、今は関係ないがな」


 トーマが首を傾げる。


「どうして辞めたの?」


 オルフェンは不機嫌そうに答えた。


「研究に口を出す連中が多すぎたからだ」


「……なるほど」


 トーマはそれ以上聞かなかった。


 ユウキは姿勢を正した。


「オルフェンさん。実は、古い剣について調べているんです」


 そして、これまでの出来事を説明し始めた。


 武具店で見つけた中古の片手剣。


 鍔に刻まれた古い術式。


 鑑定Lv.2では読み取れない魔力反応。


 自分が近づくと、魔力測定具の反応が強くなること。


 そして、剣を握ると声が聞こえること。


 オルフェンは途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。


 話が終わると、ゆっくりと顎に手を当てる。


「……なるほどな」


「何かわかりますか?」


 ユウキが尋ねた。


「まだ何とも言えん」


 老人は即答した。


「だが、興味深い」


 その目には、先ほどまでとは違う鋭い光が宿っていた。


「ドランと言ったな」


「ああ」


「術式の形を覚えているか?」


「大まかには」


「なら、描け」


 オルフェンは紙と羽根ペンを差し出した。


 ドランは頷き、記憶を頼りに鍔の模様を描き始めた。


 複雑に交差する線。


 中央へ向かう細い回路。


 途中で途切れている部分。


 ユウキも隣から確認し、覚えている範囲で補足した。


 やがて、一枚の図が完成する。


 オルフェンはそれを手に取った。


 そして、表情を変えた。


「……ほう」


 片眼鏡を外し、図へ顔を近づける。


「これは……」


 ユウキが身を乗り出した。


「何かわかったんですか?」


 オルフェンは答えず、本棚へ向かった。


 分厚い本を何冊も取り出し、机の上へ積み重ねる。


 ページをめくる音だけが、部屋に響いた。


 しばらくして。


「……やはりな」


 老人が小さく呟いた。


「これは、現代の術式ではない」


 ドランが頷く。


「そう思っていた」


「それどころか、かなり古い形式だ」


 オルフェンは一冊の本を開き、ページを指さした。


 そこには、ドランが描いたものと似た模様が記されていた。


「古代の魔導具に使われていた、魔力記録式の回路だ」


「魔力記録式……?」


 ユウキが聞き返す。


「魔力を使って、音や情報を保存する技術の一種だ」


 オルフェンは説明した。


「現代にも似たものはあるが、古代の術式は構造が複雑でな。特定の条件を満たした者にだけ、記録を伝える仕組みも存在した」


 ユウキは息を呑んだ。


「じゃあ、あの声は……」


「記録された声かもしれん」


 オルフェンは言った。


「ただし、断定はできん。現物を調べていないし、術式も破損しているようだからな」


 ユウキは静かに頷いた。


 声の主が本当に存在するのか。


 それとも、過去に残された記録なのか。


 まだわからない。


 けれど、少なくとも声が聞こえる理由について、一つの可能性が見えてきた。



 ◇◆◇



「問題は、ここだ」


 オルフェンは図の一部を指さした。


 そこには、途切れた回路が描かれている。


「この部分が、本来の魔力経路を断ち切っている」


 ドランが顔を近づける。


「やはり、破損しているのか」


「ああ。おそらく、何らかの衝撃で削れたのだろう」


 オルフェンは続けた。


「この状態では、保存された情報が正常に伝わらない可能性が高い」


「……だから、声が途切れるんですか?」


 ユウキが尋ねる。


「可能性はある」


 オルフェンは頷いた。


「もっとも、修復したからといって、すべての情報が戻るとは限らん」


 その言葉に、ユウキは少し考え込んだ。


 剣の声は、助けを求めているように聞こえた。


 もし、術式を修復すれば、もう少し詳しいことがわかるかもしれない。


「……修理はできるんですか?」


 ユウキが尋ねた。


 オルフェンは腕を組んだ。


「できる可能性はある」


「本当ですか!?」


「ただし、材料が必要だ」


 ユウキは身を乗り出した。


「どんな材料ですか?」


 オルフェンは机の引き出しから、小さな鉱石の標本を取り出した。


 薄い青色をした結晶。


 内部には、細い光の筋が走っている。


「導魔晶石だ」


「どうましょうせき……」


「魔力を通しやすい性質を持つ鉱石でな。適切に加工すれば、破損した術式回路を補修する材料になる」


 ドランが興味深そうに結晶を見つめた。


「なるほど。魔力を伝える回路の代用品にするわけか」


「そうだ。ただし、普通の鉄や銅と違い、魔力の流れを乱しにくい」


 オルフェンは標本を机に置いた。


「今回のような古い術式では、素材の質が重要になる」


「……この石があれば、直せるんですか?」


 ユウキが尋ねた。


「部分修復なら、可能性はある」


 オルフェンは答えた。


「だが、わしの手元にある標本は少量だ。しかも、長い間保管していたせいで魔力の性質が変わっている」


「じゃあ、新しいものが必要なんですね」


「そういうことだ」


 ユウキは少し考えた。


「……その石、どこで手に入るんですか?」


 オルフェンは口元にわずかな笑みを浮かべた。


「迷宮だ」


 その言葉に、四人は顔を上げた。


「……迷宮?」


 トーマが目を輝かせる。


「ダンジョン!?」


 オルフェンは頷いた。


「リーヴェルの郊外に、灰脈の迷宮という場所がある」


 バルドの表情が引き締まる。


「魔物がいる場所か?」


「もちろんだ」


 オルフェンは平然と答えた。


「ただし、導魔晶石が採れるのは、比較的浅い階層だ。深部まで入る必要はない」


 ドランが腕を組んだ。


「浅層なら、採掘経験は役に立ちそうだな」


「ああ。石の見分けができる者がいれば、採取も難しくはない」


 オルフェンはそう言って、四人を見渡した。


「……お前たち、冒険者だろう?」


 ユウキは頷いた。


「はい。まだFランクですけど」


「なら、ちょうどいい」


 オルフェンは机から一枚の紙を取り出した。


「導魔晶石を採取してきてくれ」


 あまりにも当然のような口調だった。


 トーマが目を丸くする。


「えっ!? 俺たちが!?」


「ほかに誰がおる!」


 オルフェンが怒鳴った。


「いや、でも……!」


 バルドが口を開く。


「待ってくれ。わしらはまだ装備も整っていない」


「なら、整えればいい」


 オルフェンは即答した。


「それに、Fランクでも入れる区域があるはずだ。ギルドで確認しろ」


 ドランが頷いた。


「確かに、まずは条件を確認するべきだな」


 ユウキも頷いた。


 迷宮。


 魔物が生息する、未知の地下空間。


 灰の鉱山とは違い、自分たちの意思で入る場所。


 しかし、危険があることに変わりはない。


「……少し、考えさせてもらえますか?」


 ユウキが尋ねた。


 オルフェンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「好きにしろ。ただし、わしは素材がなければ修復できんぞ」


「……はい」


 ユウキは頷いた。



 ◇◆◇



 研究所を出ると、昼の陽射しが石畳を照らしていた。


 四人は少し歩いたところで足を止めた。


「……どうする?」


 バルドが尋ねる。


 ユウキは少し考えた。


 迷宮へ行けば、魔物に遭遇するかもしれない。


 自分たちは、まだまともな武器すら持っていない。


 ジョブを取得したとはいえ、実戦経験もほとんどなかった。


「……行ってみたいです」


 ユウキは静かに答えた。


 トーマが目を輝かせた。


「本当!?」


「うん。でも、準備をしてから」


 ユウキは続けた。


「今のままじゃ危険だし、まずはギルドで入れる場所を確認しよう」


 ドランが頷いた。


「それがいい。装備も必要だ」


 バルドはユウキを見た。


「お前は、あの剣のことが気になるんだな」


「……はい」


 ユウキは正直に答えた。


「声の正体が知りたいんです」


 その声が誰なのか。


 何を求めているのか。


 今は、まだわからない。


 けれど、助けを求める声を聞いた以上、何もせずにいることはできなかった。


 バルドは静かに頷いた。


「なら、わしらも協力しよう」


 ユウキは顔を上げた。


「……いいんですか?」


「何を今さら」


 バルドは笑った。


「わしらは同じパーティーだろう?」


 トーマも笑った。


「そうだよ! ネクシアなんだから!」


 ドランも頷く。


「ただし、無茶はしない。危険なら引き返す。それが条件だ」


 ユウキは三人を見渡した。


 胸の奥に、温かなものが広がる。


「……ありがとうございます」


 ユウキは深く頭を下げた。


 そして、顔を上げる。


「行きましょう。まずはギルドへ」


 三人が頷いた。


 四人は、再び歩き始めた。



 ◇◆◇



 その頃。


 武具店『鉄火の槌』。


 ガルドは作業台に置かれた剣を見つめていた。


 古びた片手剣。


 鍔には、損傷した古い術式が刻まれている。


 昨日の夜、初めて自分にも声が聞こえた。


『……鍵が、足りない』


 あの言葉が、頭から離れない。


「……まったく、厄介なものを仕入れちまったな」


 ガルドは小さく呟いた。


 そのとき、店の奥から若い職人が声をかけてきた。


「親方、これどうします?」


 差し出されたのは、古びた武器が入った木箱だった。


 使い込まれた剣。


 短剣。


 盾。


 鎚。


 どれも新品ではないが、手入れをすれば十分に使えるものだった。


 ガルドはその箱を見つめた。


 そして、昨日の四人を思い出した。


 まだ若い剣士。


 盾を必要としている年配の男。


 元気のいい少年。


 腕のよさそうな技工士。


「……そういや、あいつら装備がなかったな」


 ガルドは少し考えた。


 やがて、若い職人へ言った。


「その箱、こっちへ置いておけ」


「はい?」


「少し、使い道ができた」


 ガルドは不敵に笑った。


「明日、あいつらが来たら話してみるか」


 若い職人は首を傾げた。


「何かあるんですか?」


「いや」


 ガルドは答えた。


「ちょっとした、貸しだ」


 そう言って、作業台の上に並べられた中古の武具を見つめた。


 その視線の先には、一本の軽い剣があった。


 そして、盾、短剣、鎚。


 四人の新人冒険者に、ちょうどよさそうな装備だった。



――第37話 完。

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