第36話 古き術式の秘密
朝の光が、リーヴェルの町を照らしていた。
石畳の通りには、焼きたてのパンを売る商人の声が響き、荷車を引く職人たちが忙しそうに行き交っている。
その中を、四人の冒険者が歩いていた。
ユウキ、バルド、トーマ、ドラン。
冒険者パーティー『ネクシア』。
結成してまだ間もない彼らには、十分な装備も、目立った実績もない。
それでも、胸にある冒険者カードには、確かに同じパーティー名が刻まれていた。
「なあ、ユウキ」
隣を歩くトーマが声をかけてきた。
「昨日の剣、本当に調べるの?」
「うん。ガルドさんと約束したから」
「……ちょっと怖いんだけど」
トーマは肩をすくめた。
「だって、声が聞こえる剣だよ? 呪われてるかもしれないじゃん」
その言葉に、ドランが口を開いた。
「呪いと決まったわけではない」
「でも、可能性はあるんでしょ?」
「ああ。だから調べるんだ」
ドランは淡々と答えた。
トーマは困ったように笑う。
「ドランさんって、こういうとき落ち着いてるよね」
「慌てたところで、わかることが増えるわけではないからな」
バルドが頷く。
「そのとおりだ。危険だとわかったら、すぐに引き返せばいい」
ユウキも頷いた。
昨日、あの剣から確かに声が聞こえた。
『……聞こえる?』
『……お願い』
『……見つけて』
あれが何を意味するのか、今もわからない。
灰の鉱山で聞いた少女の声と、同じ声だったのかも判断できなかった。
けれど、誰かが助けを求めているように感じたことだけは、忘れられなかった。
「……何かわかるといいですね」
ユウキが言うと、バルドは静かに頷いた。
「ああ。ただし、無理だけはするなよ」
「はい」
ユウキは微笑んだ。
昨日まで身体を苦しめていた傷は、治癒魔法で完全に回復している。
今朝、宿で確認したステータスも問題なかった。
【STATUS】
名前:ユウキ・コバヤシ
レベル:2
職業:剣士
HP:36 / 36
MP:8 / 8
魔力も、一晩の自然回復によって最大値まで戻っていた。
ただし、身体が治ったからといって、剣士としての経験まで増えたわけではない。
剣術 Lv.1。
まだ扱い慣れていない、最初の武器技能。
今日の目的は戦うことではなく、あの剣の正体を調べることだった。
◇◆◇
武具店『鉄火の槌』に到着すると、店の奥から金属を叩く音が聞こえていた。
カン。
カン、カン。
規則正しい槌の音。
昨日の旧水路で聞いた不規則な金属音とは違う。
ユウキは、ふとその違いを意識した。
「おう、来たか!」
店の扉を開けると、ガルドが奥から顔を出した。
煤のついた前掛け。
太い腕。
鋭い目つき。
いかにも鍛冶職人らしい男だった。
「おはようございます」
ユウキが頭を下げる。
「約束どおり来たな。ちょうど準備が終わったところだ」
ガルドは四人を見渡した。
「先に言っておくが、今日は調査だけだ。妙な反応が出たら、すぐにやめるぞ」
「わかりました」
バルドが代表して答えた。
「よし。なら、こっちだ」
ガルドは店の奥へ歩き始めた。
四人はそのあとを追った。
◇◆◇
店の裏手には、小さな石造りの修理場があった。
壁には工具が整然と並べられ、中央には頑丈な作業台が置かれている。
部屋の隅には、小型の魔導具がいくつか保管されていた。
ドランが興味深そうに周囲を見渡す。
「……なかなかいい設備だな」
「昔は魔導具の修理も請け負っていてな」
ガルドが答える。
「今は武具の仕事が中心だが、簡単な点検くらいならできる」
ドランは棚に置かれた器具を見つめた。
「魔力流路を調べる測定具まであるのか」
「使い方はわかるか?」
「多少はな」
ガルドは満足そうに頷いた。
「なら、話が早い」
作業台の上に、一本の剣が置かれた。
昨日の、古びた片手剣だった。
使い込まれた柄。
細かな傷のある鞘。
何度も研ぎ直された刃。
見た目は普通の中古剣にしか見えない。
それでも、ユウキの胸はわずかに高鳴った。
「……これですね」
「ああ」
ガルドは頷いた。
「昨日、お前たちが帰ったあとで、少し妙なことがあってな」
ユウキは顔を上げた。
「妙なこと?」
「夜、店を閉める前に確認したら、鍔に刻まれた模様が一瞬だけ光った」
「……光った?」
ドランが眉を上げた。
「ああ。ほんの一瞬だ。魔力を流したわけでも、何かを操作したわけでもない」
ガルドは剣を見つめた。
「これまで何度も扱ってきたが、あんな反応は初めてだった」
トーマが一歩後ずさる。
「……やっぱり怖いって」
バルドの表情も引き締まった。
「今日は慎重に進めよう」
ドランが頷いた。
「まずは外部から確認する。分解も、魔力の注入もしない」
「それでいい」
ガルドは作業台の脇へ移動した。
「じゃあ、始めるぞ」
◇◆◇
最初に剣を調べたのは、ドランだった。
布の上へ剣を置き、柄の構造や鍔の取り付け部分を慎重に確認していく。
金属製の細い棒で表面を軽くなぞり、傷の深さを確かめる。
「……なるほど」
ドランが小さく呟いた。
「何かわかりましたか?」
ユウキが尋ねる。
「昨日も気になったが、鍔のこの部分だ」
ドランは剣の付け根を指さした。
そこには、細かな線が刻まれていた。
一見すると装飾のようにも見える。
しかし、よく観察すると、いくつもの線が複雑に交差していた。
「単なる模様じゃないんですか?」
トーマが尋ねる。
「違うな」
ドランは首を振った。
「魔力を流すための回路に近い。だが、今の魔導具に使われる形式とはかなり違う」
「古い術式、ということですか?」
ユウキが尋ねる。
「ああ。少なくとも、わしの知識では見たことがない形式だ」
ドランは指先で線の一部を示した。
「ここを見てくれ」
ユウキは顔を近づけた。
細かな模様の途中が、不自然に途切れている。
「……削れてますね」
「そうだ。本来は繋がっていた回路が、途中で失われている」
ガルドが頷いた。
「古い武器だからな。傷くらいあるだろうと思っていたが……」
「これが術式なら、話は別だ」
ドランは慎重に剣を置いた。
「ただし、この程度の情報では何の術式なのか判断できん」
ユウキは剣を見つめた。
魔力を扱う仕組み。
しかも、古い形式。
昨日の声と関係しているのだろうか。
「……俺も、鑑定してみます」
ユウキが言うと、ドランは頷いた。
「頼む」
◇◆◇
ユウキは剣へ意識を集中した。
鑑定 Lv.2。
エルヴィンから得た技能。
対象の情報を読み取る力。
ただし、すべてを知ることができるわけではない。
「……鑑定」
目の前に、青白い文字が浮かび上がった。
【鑑定結果】
名称:古びた片手剣
分類:武器・片手剣
等級:8級
材質:鉄を主体とした合金
付与効果:確認できません
備考:
通常とは異なる魔力反応あり。
詳細解析不可。
昨日と、ほとんど同じ結果だった。
「……変わらない」
ユウキは呟いた。
鑑定で確認できるのは、名称と等級、材質。
そして、正体のわからない魔力反応だけ。
ドランが尋ねた。
「何か見えたか?」
「昨日と同じです。魔力反応はありますけど、詳細はわかりません」
「そうか」
ドランは少し考え込んだ。
そのとき、ガルドが口を開いた。
「なら、こっちの道具も使ってみるか」
ガルドは棚から、小さな金属板を取り出した。
中央には透明な石が埋め込まれている。
「魔力反応を測るための簡易測定具だ。強い魔力があれば、石が光る」
トーマが興味深そうに覗き込む。
「へえ!」
ガルドは測定具を剣の近くへ置いた。
ドランが操作部分を確認する。
「……なるほど。外部からの反応を測るだけなら、安全性は比較的高いな」
「ああ。ただし、古い道具だから精度は期待するなよ」
ドランは頷き、測定具を起動した。
透明な石が淡く光る。
次の瞬間、光は弱くなった。
「……反応が小さい」
ドランが呟いた。
ガルドが顔を近づける。
「魔力がほとんどないってことか?」
「いや」
ドランは首を振った。
「反応はある。だが、測定具が安定して読み取れていない」
透明な石は、小さく明滅を繰り返していた。
まるで何かに遮られているようだった。
「……壊れてるの?」
トーマが尋ねる。
「その可能性もある」
ドランは答えた。
「だが、測定具の問題なのか、剣の問題なのかは今の段階では判断できん」
ガルドは顎に手を当てた。
「ふむ……」
ドランは測定具を止めた。
「少なくとも、魔力反応があるというユウキの鑑定とは矛盾しない」
ユウキは小さく頷いた。
声の正体は、まだわからない。
それでも、この剣に何らかの魔力が残されていることは、確からしかった。
◇◆◇
「……一つ、試してみたいことがある」
ドランが言った。
ガルドが顔を上げる。
「何だ?」
「剣の近くに人がいるときと、いないときで、反応が変わるか確認したい」
ユウキが首を傾げた。
「人がいると、変わるんですか?」
「魔導具の中には、使用者の魔力に反応するものもある」
ドランは説明した。
「登録された使用者以外では起動しないものや、特定の条件を満たしたときだけ動くものもある」
「……なるほど」
「もちろん、この剣がそうだと決まったわけではない。可能性を一つずつ確かめるだけだ」
ガルドが頷いた。
「それくらいなら構わねえ」
ドランは剣を作業台の中央に置いた。
測定具を近くへ設置し、まずは全員が離れた状態で反応を確認する。
透明な石が、弱く明滅した。
「……これが基準だな」
次に、ガルドが近づいた。
反応は変わらない。
バルドが近づく。
やはり、変化はなかった。
トーマも試してみたが、結果は同じだった。
「……俺じゃ駄目か」
トーマが少し残念そうに呟く。
「何が駄目なのかわからないだろ」
ドランが答えた。
「……それもそうか」
最後に、ユウキが近づいた。
剣から一歩ほど離れた場所で立ち止まる。
「……ここでいいですか?」
「ああ」
ドランが測定具を確認する。
その瞬間だった。
透明な石が、かすかに明るくなった。
「……ん?」
ドランの目が細くなる。
ユウキが一歩近づく。
石の光が、さらに強くなった。
「……え?」
トーマが声を漏らす。
ガルドも身を乗り出した。
「おい、今……」
「ああ」
ドランは頷いた。
「反応が変わった」
ユウキは驚いた。
「俺が近づいたから……?」
「その可能性がある」
ドランは慎重に言った。
「ユウキ、少し下がってくれ」
「はい」
ユウキが二歩下がると、石の光は弱まった。
再び近づく。
すると、光が強くなる。
同じことをもう一度繰り返しても、結果は変わらなかった。
「……間違いなさそうだな」
ドランが呟いた。
トーマがユウキを見た。
「すごい! ユウキに反応してる!」
「……でも、どうして?」
ユウキは困惑していた。
自分が何かをしたわけではない。
魔力を流したわけでもない。
ただ、剣へ近づいただけだった。
そのとき、バルドが静かに口を開いた。
「ユウキにだけ反応する理由は、わかるのか?」
ドランは首を振った。
「わからん。特定の魔力の性質に反応しているのかもしれんし、別の条件かもしれん」
ユウキは少しだけ安心した。
今のところ、誰も自分の秘密には気づいていない。
異世界から来たこと。
略奪という固有権能を持っていること。
それらは、まだ三人にも話していなかった。
剣の反応がそれと関係しているのかどうかも、今のユウキにはわからない。
だからこそ、軽々しく結論を出すべきではなかった。
◇◆◇
「……もう一つ、確認していいですか?」
ユウキが尋ねた。
ガルドが腕を組む。
「何だ?」
「もう一度だけ、剣を持ってみたいんです」
ガルドは少し考えた。
「昨日みたいに声が聞こえるかもしれねえぞ」
「……はい」
「無理はするなよ」
「わかっています」
ガルドは剣をユウキへ差し出した。
ユウキは両手で受け取った。
冷たい柄。
使い込まれた革の感触。
剣を鞘に収めたまま、静かに握る。
その瞬間。
――トクン。
胸の奥が、強く脈打った。
「……っ」
ユウキは息を止めた。
昨日と同じ感覚。
胸の奥に、何かが触れたような違和感。
周囲の音が、少しだけ遠ざかる。
そして。
『……また、来てくれた』
かすかな声が聞こえた。
ユウキは目を見開いた。
少女の声。
けれど、姿は見えない。
『……お願い』
声は弱々しかった。
『……今度こそ』
「……誰?」
ユウキは思わず呟いた。
トーマが顔を上げる。
「ユウキ?」
しかし、ユウキには周囲の声が遠く感じられた。
「……君は、誰なの?」
もう一度、問いかける。
返事はなかった。
代わりに、短い言葉が聞こえた。
『……鍵を』
「……鍵?」
その瞬間、剣の鍔が淡く光った。
ドランが息を呑む。
「……っ!」
測定具の石も、一瞬だけ強く輝いた。
ガルドが声を上げる。
「ユウキ、剣を置け!」
その声で、ユウキは我に返った。
「……はい!」
剣を作業台へ置く。
光はすぐに消えた。
修理場に、静寂が戻る。
誰も、すぐには口を開かなかった。
◇◆◇
「……今、何が聞こえた?」
バルドが静かに尋ねた。
ユウキはゆっくりと呼吸を整えた。
「……また来てくれたって」
そして、少し迷ってから続けた。
「それから……鍵を、って」
「鍵?」
ドランが聞き返す。
「はい。でも、それ以上は……」
ドランは剣を見つめた。
しばらく考え込んでいたが、やがて静かに口を開いた。
「……なるほど」
「何かわかったんですか?」
ユウキが尋ねる。
「いや、まだ確証はない」
ドランは首を振った。
「ただ、この剣が何らかの情報を伝えようとしている可能性は高くなった」
「情報……」
「ああ。昨日は声が聞こえたという話だけだった。だが、今日はユウキが近づくことで魔力反応が変化した」
ドランは剣の鍔を指さした。
「そして、声が聞こえた直後に術式が光った」
ガルドも頷いた。
「つまり、偶然とは考えにくいわけだな」
「そうだ」
ドランは続けた。
「ただし、それが安全な仕組みなのかは別問題だ。誘導するための罠という可能性もある」
ユウキは剣を見つめた。
鍵。
誰かを探している声。
何かを伝えようとしている魔導具。
しかし、そのすべてが繋がっているとは限らない。
「……じゃあ、どうすればいいんでしょうか」
ドランはしばらく考えた。
そして、静かに言った。
「この術式を読める者を探すしかない」
「読める人……」
「古い魔導具に詳しい研究者か、専門の鑑定士だな」
ガルドが腕を組んだ。
「リーヴェルには、そんな奴がいるのか?」
「……わからん」
ドランは首を振った。
「ギルドに聞いてみるのが早いだろう」
バルドが頷いた。
「なら、セシリアさんに相談してみよう」
ユウキも頷いた。
「……はい」
それが、今できる最も安全な方法に思えた。
◇◆◇
「……ところで」
ガルドが口を開いた。
「結局、お前らはこの剣をどうするつもりだ?」
ユウキは顔を上げた。
剣はまだ、店の商品だった。
銀貨三枚。
決して高い金額ではないが、今の彼らにとっては大きな出費だ。
「……正直、迷っています」
ユウキは答えた。
「気になります。でも、危険かもしれないし、お金にも余裕がありません」
ガルドは頷いた。
「そうだろうな」
バルドが口を開く。
「無理に買う必要はない。まずは生活を安定させるべきだ」
ドランも頷いた。
「それに、装備は剣だけではない。盾も短剣も必要だ」
「……はい」
ユウキは小さく頷いた。
仲間たちの言うことは正しい。
今の自分たちには、銀貨三枚を簡単に使える余裕はない。
そのとき、ガルドが顎に手を当てた。
「……なら、こうするか」
「え?」
ユウキが顔を上げる。
「この剣、しばらく取り置きしてやる」
「……取り置き?」
「ああ。売らずに保管しておくってことだ」
ガルドは肩をすくめた。
「どうせ訳あり品で、今まで売れずに残ってた剣だ。数日くらい置いておいても変わらねえ」
ユウキは驚いた。
「……いいんですか?」
「ただし、いつまでもってわけじゃねえ。七日間だけだ」
ガルドは指を一本立てた。
「その間に、買うかどうか決めろ」
ユウキは少し考えた。
七日間。
その間に、情報を集めることもできる。
依頼を受けて、少しずつお金を貯めることもできる。
「……ありがとうございます!」
ユウキは深く頭を下げた。
ガルドは照れくさそうに鼻を鳴らした。
「勘違いするなよ。商売だからな」
トーマが笑った。
「でも、いい人だね!」
「うるせえ」
ガルドはぶっきらぼうに答えた。
その様子を見て、ユウキも少し笑った。
◇◆◇
調査を終えた四人は、武具店を後にした。
空はすでに昼近くの明るさになっていた。
人々が行き交う通りを歩きながら、ユウキは剣のことを考えていた。
『……鍵を』
あの声は、何を伝えようとしていたのだろう。
鍵。
扉を開けるもの。
何かを閉じ込めるもの。
あるいは、まったく別の意味なのかもしれない。
「ユウキ」
バルドが声をかけた。
「……はい」
「考え込んでいるな」
「すみません」
「謝る必要はない」
バルドは穏やかに笑った。
「だが、あまり一人で抱え込むなよ」
ユウキは頷いた。
「……はい」
トーマが隣へ並んだ。
「そうだよ! 俺たち、ネクシアなんだから!」
ユウキは少し驚き、それから笑った。
「……そうだね」
ネクシア。
絆。
繋がり。
同じ道を歩む仲間たち。
まだ、自分の秘密をすべて話すことはできない。
けれど、彼らと一緒に進んでいきたい。
その気持ちだけは、変わらなかった。
◇◆◇
その日の午後。
リーヴェルの冒険者ギルド。
受付では、セシリアがいつものように書類を整理していた。
「こんにちは、皆さん」
彼女は四人に気づき、微笑んだ。
「今日はどうされましたか?」
ユウキは少し迷ってから答えた。
「……古い魔導具について、相談したいんです」
「魔導具、ですか?」
「はい。古い術式が刻まれた剣があって……」
セシリアは興味深そうに顔を上げた。
「詳しく聞かせていただけますか?」
ユウキは、昨日からの出来事を説明した。
剣から声が聞こえたこと。
鑑定Lv.2では詳しい情報を読み取れなかったこと。
ドランが古い術式を見つけたこと。
そして、自分が近づくと魔力反応が強くなったこと。
ただし、第三坑道で聞いた声との関係については、まだ話さなかった。
セシリアは最後まで黙って話を聞いていた。
やがて、静かに口を開いた。
「……なるほど」
その表情は、先ほどまでの穏やかなものとは少し違っていた。
「何かわかりますか?」
ユウキが尋ねる。
「確かなことは言えません。ただ、少し気になる点があります」
セシリアは机の引き出しから、一冊の古い資料を取り出した。
「古代の魔導具には、現代では使われていない術式が刻まれていることがあります」
ドランが頷く。
「それは知っている」
「そして、その中には……特定の人物にだけ反応するものも存在します」
ユウキは息を呑んだ。
「……特定の人物?」
「はい。魂の性質や魔力の波長などを条件にして、起動する仕組みです」
セシリアは資料のページをめくった。
「ただし、詳しい仕組みは失われているものも多く、現在の鑑定技能では読み取れない場合があります」
ドランが腕を組んだ。
「なるほど。なら、今回の剣もその一種かもしれんな」
「可能性はあります」
セシリアは頷いた。
そして、少しだけ声を落とした。
「……ただし、気をつけてください」
「……はい?」
「古い魔導具の中には、使用者の魔力だけでなく、魂へ直接干渉するものもあります」
その言葉に、ユウキの背筋が冷たくなった。
魂。
その言葉には、覚えがあった。
略奪。
魂蝕値。
奪った技能とともに流れ込む、他人の記憶。
自分の力は、魂に深く関係している。
もし、あの剣が魂へ干渉するものだったとしたら。
「……危険、なんですか?」
ユウキが尋ねた。
セシリアは静かに頷いた。
「可能性はあります。ですから、専門家による鑑定を受けるまでは、使用しない方がよいでしょう」
ユウキは小さく頷いた。
「……わかりました」
セシリアは資料を閉じた。
「ただ、リーヴェルには古代術式に詳しい方が一人います」
ドランが顔を上げる。
「誰だ?」
「町の東区に住んでいる、元魔導具研究者の方です」
セシリアは少し微笑んだ。
「かなり変わった方ですが、知識は確かですよ」
トーマが首を傾げた。
「変わった人?」
「ええ。少し……気難しい方です」
セシリアは苦笑した。
「ただし、その方にお願いできれば、何かわかるかもしれません」
ユウキは仲間たちを見た。
バルド。
トーマ。
ドラン。
三人とも、静かに頷いていた。
「……その方に、会ってみたいです」
ユウキが答える。
セシリアは微笑んだ。
「わかりました。では、紹介状を用意しますね」
◇◆◇
その夜。
武具店『鉄火の槌』。
店の奥では、ガルドが一人、剣を見つめていた。
古びた片手剣。
銀貨三枚の、訳ありの中古品。
昼間、ユウキが触れたときだけ反応した不思議な武器。
ガルドは剣を布で包み、棚へ戻そうとした。
その瞬間だった。
――カチリ。
小さな音が響いた。
「……ん?」
ガルドの手が止まる。
剣の鍔。
古い術式の一部が、淡く光っている。
昨日と同じ反応。
しかし、今日は少し違っていた。
光が、一瞬では消えなかった。
細かな線が、ゆっくりと繋がるように輝いていく。
「……おいおい」
ガルドは思わず後ずさった。
何も触れていない。
魔力も流していない。
それなのに、術式が反応している。
そして。
『……まだ』
かすかな声が響いた。
ガルドは息を呑んだ。
今まで、自分には聞こえたことのない声だった。
『……鍵が、足りない』
少女のような、弱々しい声。
ガルドは動けなかった。
「……何だと?」
問いかけても、返事はなかった。
やがて光が消える。
修理場に、静寂が戻った。
ガルドは剣を見つめたまま、しばらく動かなかった。
そして、低い声で呟いた。
「……こいつは、ただの剣じゃねえな」
その声を聞く者は、誰もいなかった。
――第36話 完。




