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第35話 声を宿す剣

 その剣は、どこにでもありそうな古びた武器に見えた。


 使い込まれた革の柄。


 細かな傷が刻まれた鞘。


 装飾らしい装飾もなく、刃には何度も研ぎ直された跡が残っている。


 けれど、ユウキには不思議と目を離すことができなかった。


「……本当に、声が聞こえるんですか?」


 ユウキの問いに、武具店の主人ガルドは肩をすくめた。


「さあな。少なくとも俺には聞こえたことがねえ」


「じゃあ、前の持ち主だけが?」


「そういうことだ。もっとも、あいつ自身も何を聞いたのか、まともに説明できなかったがな」


 ガルドは剣の柄を指で叩いた。


「それでも、剣を握るたびに声が聞こえると言い張って、とうとう手放しやがった」


 トーマがユウキの背後から覗き込む。


「……ちょっと怖くない?」


「怖いなら近づくなよ」


 ドランが答える。


「えっ、ドランさんは怖くないの?」


「怖いかどうかを決めるには、まだ情報が足りん」


「そういう問題なの!?」


 いつもどおりの二人のやり取りに、ユウキは少しだけ緊張がほぐれるのを感じた。


 しかし、剣へ向けた視線は外さなかった。


 誰もいない場所から聞こえる声。


 その言葉は、どうしても灰の鉱山での出来事を思い出させた。


 第三坑道の奥。


 あの暗闇の中で聞いた、少女の声。


『逃げて』


 そして。


『私たちは、まだ繋がっている』


 あの声の主が誰なのか、ユウキにはまだわからない。


 今もどこかで助けを求めているのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が落ち着かなかった。


「……触っても、いいですか?」


 ユウキは改めて尋ねた。


 ガルドは頷いた。


「ああ。ただし、いきなり抜くなよ」


「はい」


 ユウキはゆっくりと手を伸ばした。


 指先が、剣の柄に触れる。


 その瞬間――。


 トクン。


 心臓が、一度だけ強く脈打った。


「……っ」


 ユウキは思わず息を止めた。


 冷たい。


 古びた革に触れているはずなのに、指先から妙な冷たさが伝わってくる。


 けれど、それだけだった。


 誰かの声が聞こえたわけではない。


 目の前の景色が変わることもなかった。


「どうした?」


 バルドが尋ねる。


「……いえ」


 ユウキは小さく首を振った。


「少し、変な感じがして」


 ガルドが眉を上げた。


「変な感じ?」


「冷たいような……でも、うまく説明できません」


 ガルドは剣を見つめた。


「ふむ。前の持ち主も、最初は似たようなことを言っていたな」


「……そうなんですか?」


「ああ。もっとも、それが本当に剣のせいなのかはわからねえ」


 ユウキはもう一度、柄を握った。


 今度は何も起こらない。


 冷たさも、先ほどほど強くは感じなかった。


 気のせいだったのだろうか。


 そう考えかけたとき、ある技能の存在を思い出した。


 鑑定 Lv.2。


 エルヴィンから得た、対象の情報を読み取る技能。


 ユウキは剣へ意識を集中させた。


「……鑑定」



【鑑定結果】


名称:古びた片手剣

分類:武器・片手剣

等級:8級


材質:鉄を主体とした合金


付与効果:確認できません


備考:

刀身に通常とは異なる魔力反応あり。

詳細解析不可。



「……え?」


 ユウキは目を見開いた。


 魔力反応。


 しかも、詳細解析不可。


 昨日までに使った鑑定では、こんな表示を見たことがなかった。


 ユウキはもう一度、剣へ意識を向けた。


 しかし、結果は変わらない。


 名称も、等級も、普通の武器として表示されている。


 ただ一つ、魔力反応という項目だけが異質だった。


「……どうした、ユウキ」


 ドランが尋ねた。


 ユウキは少し迷った。


 鑑定を使ったこと自体は、隠す必要がない。


 しかし、妙な力に反応したという話をすれば、余計な関心を集めるかもしれなかった。


「……この剣、少し変わった魔力があるみたいです」


「魔力?」


 ドランの目が細くなった。


「魔道具なのか?」


「わかりません。鑑定でも詳しくは出なくて」


 ドランは興味深そうに剣を見つめた。


「なら、調べてみる価値はあるな」


 ガルドが腕を組んだ。


「魔力反応か。確かに、普通の剣とは少し違うのかもしれねえな」


「ガルドさんは、調べたことがないんですか?」


「ああ。うちには高度な鑑定魔道具なんざねえからな。刃の状態や重心なら確認できるが、それ以上は専門外だ」


 ガルドは少し笑った。


「それに、変わったものだからといって、必ずしも価値が高いわけじゃねえ。厄介な呪いがかかっている可能性だってある」


「……呪い」


 トーマが小さく呟いた。


「やっぱり、危ないやつなんじゃ……」


「まだ決まったわけではない」


 ドランが静かに答えた。


「だが、確認せずに使うのも危険だな」


 ユウキは剣を見つめた。


 ただの中古品ではない。


 それだけは、確かなようだった。



 ◇◆◇



「そもそも、こいつはどこから来たんですか?」


 バルドが尋ねた。


 ガルドは少し考えてから答えた。


「半月ほど前だ。旅の冒険者が、ほかの装備と一緒に持ち込んだ」


「旅の冒険者……」


「ああ。三十くらいの男だったな。名前は……確か、セインと言ったか」


 ガルドは顎に手を当てた。


「剣を手放した理由を聞いたら、夜になると声が聞こえると言いやがった」


「夜に?」


 ユウキが聞き返す。


「ああ。昼間は何ともないらしい。だが、夜になると誰かに呼ばれているような気がするそうだ」


 ガルドは言葉を続けた。


「最初は仲間の悪戯だと思ったらしいが、宿で一人になっても聞こえた。剣を部屋の外へ置いたら声が止んだって話だ」


 トーマの顔が青ざめた。


「……それ、絶対に何かいるって!」


「だからわからねえと言ってるだろ」


 ガルドは苦笑した。


「本人が疲れていただけかもしれねえし、魔道具の効果かもしれねえ」


 ドランが腕を組む。


「その冒険者は、剣をどこで手に入れたと言っていた?」


「そこまでは聞かなかったな。古い遺跡で拾ったようなことは言っていたが」


「遺跡……」


 ユウキは小さく呟いた。


 エルディアには、古い遺跡が数多く存在するらしい。


 魔導具の製造技術も、時代によって大きく異なると聞いたことがある。


 もしかすると、この剣にも何かの仕組みが残されているのかもしれない。


 ただ、今の鑑定Lv.2では読み取れない。


 詳しく知るには、もっと高度な知識か鑑定能力が必要なのだろう。


「……この剣、売り物なんですよね?」


 ユウキが尋ねる。


「もちろんだ。売れずに置いておいても仕方ねえからな」


「いくらですか?」


 ガルドは指を三本立てた。


「銀貨三枚だ」


「……三枚?」


 ユウキは驚いた。


 先ほどの新品の剣は銀貨十二枚だった。


 それに比べれば、ずいぶん安い。


「そんなに安くていいんですか?」


「中古だし、妙な噂もあるからな。刃は使える状態にしてあるが、訳あり品として値を下げている」


 ガルドは続けた。


「ただし、買うならよく考えろ。俺はその剣の安全性まで保証できねえ」


 ユウキは剣を見つめた。


 銀貨三枚。


 昨日、初めて働いて得た自分の取り分と同じ金額だった。


 そのすべてを使えば、この剣を手に入れられる。


 けれど、食費や宿代のことも考えなければならない。


 そして何より、この剣にはまだわからないことが多すぎた。


「……少し、考えさせてください」


「ああ。好きにしな」


 ガルドは頷いた。



 ◇◆◇



 四人は店の隅へ移動し、小さな声で相談を始めた。


「ユウキ、あの剣を買うつもりなの?」


 トーマが尋ねた。


「……まだ、決めてない」


「俺はやめた方がいいと思うな。声が聞こえる剣なんて、怖いし」


 その言葉に、バルドも頷いた。


「わしも、慎重になった方がいいと思う」


「……はい」


 ユウキは素直に答えた。


 自分でも、危険かもしれないことはわかっていた。


 それでも、剣から目を離せない理由があった。


 声。


 第三坑道で聞いた、あの少女の声。


 何の関係もない可能性は高い。


 けれど、もし何か繋がりがあったとしたら。


 その可能性を、簡単には捨てられなかった。


「ユウキ」


 バルドが静かに声をかけた。


「お前は、何か気になることがあるんだな?」


 ユウキは少し迷い、それから頷いた。


「……はい」


「話せることか?」


 ユウキは言葉を探した。


 第三坑道で起きたことは、すべて説明できるわけではない。


 あの少女との繋がりも、まだ自分で理解できていなかった。


「……前に、不思議な声を聞いたことがあるんです」


 バルドは黙って耳を傾けた。


「それを、思い出してしまって」


「そうか」


 それ以上、バルドは追及しなかった。


 ユウキは少しだけ胸が軽くなるのを感じた。


 ドランが口を開く。


「なら、まずは安全を確認できないか考えよう」


「安全を?」


「ああ。あの剣の魔力反応が何なのか、もう少し調べたい」


 ドランは店の奥へ目を向けた。


「わしには魔導具知識Lv.2がある。詳しいことまではわからんかもしれんが、何も調べずに買うよりはいい」


「……お願いします」


 ユウキが答えると、ドランは頷いた。



 ◇◆◇



「ガルドさん」


 ドランが声をかけた。


「ん?」


「あの剣、少し調べても構わんか?」


 ガルドは眉を上げた。


「お前、何かできるのか?」


「技工士だ。魔導具の知識も少しある」


「ほう」


 ガルドは興味深そうに笑った。


「なら、見てみろ。ただし、勝手に分解するなよ」


「わかっている」


 ドランは剣を受け取り、慎重に確認し始めた。


 柄の構造。


 鍔の形。


 刃の付け根。


 鞘の内側。


 一つ一つ、丁寧に調べていく。


 ユウキたちは、その様子を静かに見守っていた。


 やがて、ドランの指が止まった。


「……ん?」


「どうしました?」


 ユウキが尋ねる。


「ここだ」


 ドランは剣の鍔を指さした。


 そこには、細かな線が刻まれていた。


 装飾にしては不自然な、複雑な模様。


 ユウキは顔を近づけた。


「……魔法陣?」


「おそらくな」


 ドランが答える。


「ただし、かなり古い形式だ。今の魔導具に使われている術式とは違う」


「古い形式……」


「ああ。しかも、一部が削れている」


 ドランは指先で模様をなぞった。


「これでは、どんな効果を持つ術式なのか判断できん」


 ガルドも顔を近づけた。


「そんなものがあったのか」


「気づかなかったのか?」


「ああ。古い傷だと思っていた」


 ドランは剣を置いた。


「少なくとも、普通の片手剣ではなさそうだ」


 ユウキは静かに頷いた。


 やはり、何かがある。


 しかし、その正体はまだわからなかった。


「……危険なんでしょうか?」


 ユウキの問いに、ドランは首を振った。


「わからん。魔力を溜める術式かもしれんし、何らかの記録を保存するためのものかもしれん」


「記録……?」


「ああ。魔導具には、音や映像のような情報を残すものもある」


 ユウキは驚いた。


「そんなこともできるんですか?」


「高度なものならな。だが、これは術式が古すぎる」


 ドランは続けた。


「わしの知識では、これ以上は難しい」


 その言葉に、ユウキは少し考え込んだ。


 声が聞こえる剣。


 古い術式。


 鑑定でも読み取れない魔力反応。


 どれも、単なる偶然とは思えなかった。



 ◇◆◇



「……ガルドさん」


 ユウキは静かに声をかけた。


「何だ?」


「この剣、少しだけ持っていてもいいですか?」


「持つだけなら構わねえが、店からは出すなよ」


「はい」


 ユウキは剣を受け取った。


 今度は、しっかりと柄を握る。


 刃を鞘に収めたまま、両手で持ち上げた。


 思っていたより軽い。


 先ほどの新品の剣より、少し短いからだろうか。


 重心も手元に近く、持ちやすかった。


 ユウキは静かに呼吸を整えた。


 剣術Lv.1。


 ジョブを選んだとき、頭の中へ刻まれた剣の基本動作。


 その感覚を思い出しながら、鞘に収めた剣を構えてみる。


 しかし、腕の角度も足の位置も、まだぎこちなかった。


「……こう、かな」


 ユウキが小さく呟く。


 ガルドが腕を組んだ。


「ふむ。悪くはねえが、肩に力が入りすぎだ」


「……はい」


「剣は腕だけで振るものじゃねえ。足の動きと身体の向きを合わせろ」


 ユウキは言われたとおり、少しだけ姿勢を変えた。


 確かに、先ほどより安定する。


「……あっ」


「そうだ。その感覚を覚えろ」


 ガルドは頷いた。


「お前、剣を習ったことはあるのか?」


「……ほとんどありません」


「なら、基礎からだな」


 ユウキは小さく頷いた。


 ジョブで剣術を習得しても、身体が勝手に完璧な動きをしてくれるわけではない。


 今は、一つ一つ覚えるしかなかった。


 そのときだった。


 ――トクン。


 再び、胸の奥が震えた。


「……っ」


 ユウキの指が、剣の柄を強く握る。


 周囲の音が、一瞬だけ遠ざかったように感じた。


 そして。


『……聞こえる?』


 かすかな声が、頭の奥へ届いた。


 ユウキは目を見開いた。


「……え?」


 トーマが顔を向ける。


「どうしたの?」


 ユウキは答えられなかった。


 今、確かに声が聞こえた。


 少女のような、か細い声。


 けれど、第三坑道で聞いた声と同じかどうかはわからない。


『……お願い』


 もう一度。


 その声が響いた。


 ユウキは息を止めた。


 自分だけに聞こえているのだろうか。


 周囲を見る。


 バルドも、トーマも、ドランも、何も気づいていない様子だった。


 ガルドも首を傾げている。


「おい、どうした?」


「……今、声が」


 ユウキが呟く。


 店の中が静まり返った。


 トーマが顔を引きつらせる。


「……本当に聞こえたの?」


 ユウキはゆっくりと頷いた。


「はい」


 ガルドの表情が変わった。


「何て言っていた?」


「……聞こえるかって。それから、お願いって……」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 やがて、低い声で言った。


「……前の持ち主も、そんなことを言っていた」


「えっ?」


 ユウキが顔を上げる。


「最初は誰かに呼ばれている気がすると言っていた。だが、最後には助けを求める声が聞こえると……」


 ユウキの胸が強く脈打った。


 助けを求める声。


 第三坑道の少女。


 偶然なのだろうか。


 それとも。


『……お願い』


 声が、再び響いた。


『……見つけて』


 ユウキは息を呑んだ。


 見つけて。


 何を。


 誰を。


 問いかけようとした、その瞬間。


 声は途切れた。


 周囲の音が戻ってくる。


 鍛冶場から聞こえる槌の音。


 通りを歩く人々の声。


 トーマの不安そうな呼びかけ。


「ユウキ……?」


 ユウキはゆっくりと顔を上げた。


「……大丈夫」


 そう答えたものの、胸の奥の鼓動はまだ速かった。



 ◇◆◇



「……どうする?」


 バルドが静かに尋ねた。


 ユウキは剣を見つめた。


 今、確かに声が聞こえた。


 それが本当に剣から聞こえたのか、何らかの魔法によるものなのかはわからない。


 けれど、助けを求める声だった。


 そして、自分はその声を無視できなかった。


「……この剣を、調べたいです」


 ユウキは言った。


 バルドが頷く。


「そうか」


「でも、危険かもしれないのもわかっています」


 ユウキは続けた。


「だから、今すぐ使うつもりはありません。まずは安全かどうか、ちゃんと確かめたいです」


 ドランが頷いた。


「それがいい」


 トーマも小さく頷く。


「……俺も、そう思う」


 ユウキはガルドへ顔を向けた。


「ガルドさん」


「何だ?」


「この剣、少しの間だけ預かって調べることはできますか?」


 ガルドは眉を寄せた。


「貸せってことか?」


「はい。でも、勝手なお願いだってわかっています」


 ユウキは頭を下げた。


「もし何かあったら、ちゃんと責任を取ります」


 ガルドはしばらくユウキを見つめていた。


 そして、深く息を吐いた。


「……気持ちはわかるが、店の商品だからな」


「……はい」


「ただし」


 ガルドは続けた。


「お前らが本気で調べたいってんなら、方法はある」


 ユウキが顔を上げる。


「方法?」


「この店の裏に、古い修理場がある。今はほとんど使ってねえが、魔導具の簡単な点検もできる場所だ」


 ドランの目が細くなった。


「修理場か」


「ああ。そこで俺の立ち会いのもと、剣を調べるなら構わねえ」


「……本当ですか?」


「ただし、条件がある」


 ガルドは指を一本立てた。


「剣を勝手に抜いて振り回さねえこと」


 二本目。


「術式に無理に魔力を流さねえこと」


 三本目。


「危険だと思ったら、すぐに調査をやめること」


 ユウキは真剣な表情で頷いた。


「……わかりました」


 バルドも頷く。


「わしらも一緒に見ていよう」


 ガルドは少し笑った。


「なら決まりだ」


 そう言って、剣を布で包んだ。


「ただ、今日はもうすぐ店の仕込みがある。点検するなら明日の朝だ」


「明日……」


「ああ。明日の朝、また来い」


 ユウキは少しだけ迷った。


 声の正体を知りたい。


 けれど、焦って危険なことをするべきではない。


「……わかりました」


 ガルドは頷いた。


「それまで、こいつは俺が預かっておく」


 剣は布に包まれ、店の奥へ運ばれていった。


 ユウキはその姿を、静かに見送った。



 ◇◆◇



 店を出ると、午後の陽射しが石畳を照らしていた。


 人々は忙しそうに行き交い、商人たちの呼び声が響いている。


 いつもと変わらない、平和な町の景色。


 けれど、ユウキの心は落ち着かなかった。


『……見つけて』


 あの声が、頭から離れない。


 何を見つければいいのだろう。


 そして、あの声は誰のものなのだろう。


「ユウキ」


 バルドが声をかけた。


「はい」


「無理に一人で抱え込むなよ」


 ユウキは少し驚いた。


 バルドは続ける。


「わしらは、もう同じパーティーなんだからな」


 ユウキは胸の奥が温かくなるのを感じた。


 ネクシア。


 繋がり。


 絆。


 自分たちで選んだ名前。


「……ありがとうございます」


 ユウキは微笑んだ。


「でも、少しだけ考えたいんです」


「そうか」


 バルドは頷いた。


「なら、必要になったら言え」


 トーマも笑った。


「俺もいるからね!」


 ドランは腕を組んだ。


「調べるなら、わしも協力する」


 ユウキは三人を見渡した。


 不安はある。


 何が待っているのかもわからない。


 けれど、一人ではない。


「……はい!」


 ユウキは強く頷いた。


 そのとき、ふと胸の奥に、小さな違和感が生まれた。


 何かを忘れているような感覚。


 ユウキは立ち止まり、冒険者カードを取り出した。


 朝、治癒魔法を使ってから時間が経っている。


 MPも少しずつ回復しているはずだった。


 しかし、今はその数値よりも気になることがあった。


 剣に触れたときの、あの感覚。


 胸の奥で何かが震えた。


 あれは、ただの魔力反応だったのだろうか。


「……鑑定では、わからなかった」


 ユウキは小さく呟いた。


 鑑定Lv.2。


 今の自分には、まだ読み取れない情報がある。


 それなら。


 もっと強くなれば、何かわかるようになるのだろうか。


 ユウキは静かにカードをしまった。


 焦る必要はない。


 今は、一つずつ進んでいけばいい。


 そう思い、再び歩き始めた。



 ◇◆◇



 その夜。


 武具店『鉄火の槌』。


 店主のガルドは、作業を終えて店の奥へ戻っていた。


 古びた木箱の中には、先ほどの剣が収められている。


 ガルドは布を少しだけめくり、剣を見つめた。


「……妙なことになったな」


 これまで、あの剣を触った者は何人もいた。


 しかし、実際に声が聞こえたと言ったのは、前の持ち主と、今日の少年だけだった。


 それが何を意味するのか、ガルドにはわからない。


「まさか、ただの呪いじゃねえだろうな……」


 小さく呟き、布を戻そうとした。


 その瞬間だった。


 ――カチリ。


 微かな音が響いた。


 ガルドの手が止まる。


「……ん?」


 剣の鍔。


 そこに刻まれた、古い術式。


 その一部が、淡く光っていた。


 ほんの一瞬。


 それだけだった。


 しかし、ガルドは確かに見た。


「……おいおい」


 額に汗が浮かぶ。


 昼間は、何の反応もなかったはずだ。


 ユウキが触れたあとから、何かが変わったのだろうか。


 ガルドは慎重に布をかけ直した。


「……明日、詳しく調べるしかねえな」


 そう呟き、木箱の蓋を閉じる。


 そして、店の明かりを消した。


 暗闇が、静かに降りてくる。


 誰もいなくなった作業場。


 閉ざされた木箱。


 その中で、剣の鍔が再び淡い光を放った。


 そして――。


『……ようやく』


 かすかな声が、暗闇に響いた。


『……見つけた』


 その声を聞く者は、誰もいなかった。



――第35話 完。

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