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第21話 守るための決断

 ――ガキィン!


 狭い換気通路に、金属同士がぶつかる鋭い音が響いた。


 エルヴィンが左手に握った金属棒で帝国兵の剣を受け止め、そのまま刃を横へ滑らせる。兵士の体勢が崩れた隙に一歩踏み込もうとしたが、右肩の傷が疼いたのか、苦痛に顔を歪めて後退した。


「エルヴィンさん!」


「大丈夫だ。君たちは出口を開けろ!」


 声こそ力強かったものの、足取りは覚束ない。包帯代わりの布には新しい血が滲み、金属棒を握る左手も震えていた。


 兵士が剣を構え直す。


「エルヴィン殿! なぜ奴隷を庇うのです!」


「彼らは第三坑道の崩落から生還した者たちだ。事情を聞く前に斬り捨てるつもりか!」


「しかし、逃亡を図っています!」


「だからといって、ここで殺せば何もわからなくなる!」


 エルヴィンの言葉に兵士は一瞬ためらったが、後ろに控えていた別の兵士が前へ出た。


「全員を拘束しろ。抵抗するなら、手足を傷つけても構わん!」


 二人の兵士が剣を抜き、横に並ぶ。


 通路は人が二人並べる程度の幅しかない。その奥にはさらに兵士たちの灯りが揺れており、まともに戦えば押し切られるのは明らかだった。


 出口側では、ドランが錆びついた鉄格子に工具を差し込んでいる。


「くそっ、あと一本だというのに!」


 バルドが金具を押さえ、トーマはその横でエルヴィンの落とした杖を拾った。


 ユウキは壁にもたれながら、必死に周囲を見渡した。


 出口まで、およそ五歩。


 兵士まで、十歩もない。


 その間にエルヴィンが立っている。


 今の自分には、兵士を倒す力はない。


 身体を動かすだけで脇腹が痛み、足首の鎖も自由を奪っている。HPが二しか残っていない以上、次の一撃を受ければ命を落としかねなかった。


 それでも、何もしないわけにはいかない。


 ユウキは壁に手をつき、足元へ意識を集中させた。


 振動感知が、兵士たちの踏み込みと、通路の奥から伝わる不規則な揺れを捉える。


 第三坑道の崩壊は、まだ続いていた。


 ――ミシッ。


 頭上で小さな音がした。


 ユウキが顔を上げると、天井の端に細い亀裂が走っている。


 鑑定を使った。


【鑑定結果】


名称:第五坑道・旧換気口周辺

状態:崩落危険


備考:

天井支持部に損傷あり。

継続的な振動によって崩落する可能性が高い。


 ユウキは息を呑んだ。


 ここで戦い続ければ、全員が生き埋めになる。


 兵士も、仲間も、区別なく。


「エルヴィンさん! この場所は崩れます!」


 エルヴィンが振り返る。


「何だって?」


「天井が限界なんです! これ以上暴れたら、全員巻き込まれます!」


 先頭の兵士が鼻で笑った。


「奴隷の言葉など信用できるか!」


 そう言って剣を振り上げる。


 エルヴィンが金属棒を構え直したが、その瞬間、ユウキは叫んだ。


「右に避けてください!」


 振動感知が、兵士の踏み込みを捉えていた。


 エルヴィンは咄嗟に右へ身を引く。


 剣が空を切り、刃先が岩壁へ当たった。


 ――ガンッ!


 乾いた音とともに、天井から砂が落ちる。


 その直後、亀裂がわずかに広がった。


 兵士たちの表情が変わる。


「本当に崩れるのか……?」


 ユウキは声を張った。


「今すぐ下がってください! ここで戦ったら、あなたたちも死にます!」


 兵士たちは顔を見合わせた。


 だが、隊長らしき男は剣を下ろさない。


「逃亡者の言葉に惑わされるな! 前へ出ろ!」


 その命令に、ユウキは奥歯を噛みしめた。


 自分が何を言っても、簡単には聞いてもらえない。


 ここで戦わずに済ませる方法は、本当にないのだろうか。


 そう考えた瞬間、背後から声が響いた。


「ユウキ!」


 トーマだった。


「鉄格子が動いた!」


 振り返ると、ドランとバルドが力を込め、錆びついた鉄格子を外側へ押している。


 下の固定具が外れ、鉄格子は少しずつ傾いていた。


 その隙間から、冷たい朝の空気が流れ込んでくる。


 出口だ。


 しかし、まだ人が通れるほど開いていない。


 ユウキは目を細めた。


 前方には兵士。


 背後には出口。


 そして、今にも崩れそうな天井。


 この状況で、全員が助かる方法。


 考えろ。


 誰かが犠牲になることを前提にしてはいけない。


 バルドやドランが必死に作った機会を、無駄にするわけにもいかない。


 ユウキは一度だけ息を整え、顔を上げた。


「バルドさん、ドランさん! 鉄格子を開けることだけに集中してください!」


 二人が振り返る。


「エルヴィンさんは兵士を止めてください。でも、戦わなくていいです。時間を稼げれば十分です!」


 エルヴィンが苦笑する。


「簡単に言ってくれるね」


「お願いします!」


 そして、トーマへ向き直った。


「トーマは出口が開いたら先に出て、外が安全か確かめてほしい。兵士がいたら無理に進まず、すぐ知らせて」


 トーマは一瞬驚いたが、すぐに頷いた。


「わかった!」


 ユウキは胸の奥で、強く息を吐いた。


 全員に役割がある。


 自分だけで戦う必要はない。


 仲間を信じて、それぞれにできることを任せればいい。


 その考えが、これまでよりも自然に浮かんできた。


 ◇◆◇


 帝国兵が踏み込んだ。


 エルヴィンは左手の金属棒を横に構え、迫る剣を受け流す。


 ――ガキン!


 刃が滑り、兵士の身体が横へ流れた。


 そこへ二人目が突きかかる。


 エルヴィンは後退しながら杖を振ろうとしたが、右肩に痛みが走り、動きが遅れた。


 剣先が胸元へ迫る。


「危ない!」


 ユウキが叫ぶ。


 その瞬間、トーマが拾っていた杖を床へ滑らせた。


 杖は兵士の足元に入り込み、踏み込んだ足がわずかに乱れる。


 エルヴィンはその隙に身体を捻り、剣を避けた。


「助かった!」


 トーマが小さく頷く。


 しかし、兵士は怒りの表情を浮かべた。


「このガキ!」


 男がトーマへ向かって踏み出す。


 ユウキは反射的に身体を動かしかけた。


 だが、今の自分では間に合わない。


 そのとき、バルドが横から飛び出した。


「触るな!」


 太い腕が兵士の肩を押し、男を岩壁へ押しつける。


 兵士は体勢を崩したものの、すぐに肘を振り上げた。


 バルドの頬に衝撃が走る。


「ぐっ!」


 後退するバルドへ、剣が振り下ろされる。


 ユウキの胸が凍りついた。


「バルドさん!」


 しかし、刃が届く寸前、ドランが横から工具を突き出した。


 鉄製の棒が剣の腹を叩き、軌道を逸らす。


 ――ガンッ!


 剣先が石床へ食い込んだ。


「今だ、下がれ!」


 ドランの声に、バルドはトーマを庇いながら出口側へ後退する。


 兵士たちは追おうとしたが、エルヴィンが杖を拾い直して立ちはだかった。


「これ以上進むな!」


 左手に握った杖の先端が、青白く輝く。


「氷盾!」


 薄い氷の壁が通路中央に現れ、兵士たちの進路を塞いだ。


 だが、エルヴィンは魔力を使い果たしかけていた。


 氷壁は不安定に揺れ、表面に細かな亀裂が走っている。


 そのとき、頭上から大きな音が響いた。


 ――ミシミシッ。


 天井の亀裂が広がる。


 ユウキはすぐに叫んだ。


「エルヴィンさん、下がって!」


 魔術師が後退した直後、氷壁の向こうで石片が落下した。


 ――ドガン!


 兵士たちが慌てて身を引く。


 床を転がった岩が、通路中央を塞いだ。


 完全な崩落ではない。


 しかし、双方の間には瓦礫が積み上がり、簡単には近づけなくなった。


 ユウキは息を呑んだ。


 偶然とはいえ、戦闘が中断された。


 今なら。


「ドランさん!」


「わかっとる!」


 ドランが最後の金具へ工具を差し込む。


 バルドも隣から鉄格子を押した。


 ――ギギギッ!


 錆びついた金具が悲鳴を上げる。


 そして。


 ――ガコン!


 最後の固定具が外れ、鉄格子が外側へ大きく傾いた。


 冷たい風が一気に流れ込む。


 朝の薄明かりが、暗い通路を照らした。


「開いたぞ!」


 ドランが叫ぶ。


 トーマが真っ先に鉄格子の隙間へ身を滑り込ませた。


 数秒後、外から声が返ってくる。


「大丈夫! 近くに兵士はいない!」


 ユウキの胸が高鳴った。


 自由への道が、ついに開いた。


 ◇◆◇


 しかし、全員が外へ出ようとした瞬間、背後から低い声が響いた。


「待て」


 エルヴィンだった。


 彼は出口の手前で足を止めていた。


 ユウキが振り返る。


「エルヴィンさん?」


 魔術師は苦しそうに息を吐きながら、通路の奥を見つめている。


「私は、ここから先へ行けない」


 その言葉に、ユウキは息を呑んだ。


「どうしてですか?」


「私は帝国の魔術師だ。君たちと一緒に逃げれば、帝国への反逆とみなされる」


 エルヴィンは小さく笑った。


「それに、私が戻れば追跡を遅らせられるかもしれない」


 ユウキは黙り込んだ。


 確かに、その可能性はある。


 エルヴィンが帝国兵に説明すれば、少なくとも自分たちがどこへ逃げたのか、すぐにはわからないかもしれない。


 しかし、相手は重傷だ。


 このまま戻れば、どうなるかわからない。


「でも、あなたは怪我をしています」


「それくらいはわかっている」


 エルヴィンは静かに答えた。


「君たち全員を連れて逃げるより、私が残る方が合理的だ」


 その言葉に、ユウキは胸の奥が痛むのを感じた。


 合理的。


 帝国の人間たちは、何度もその言葉を使ってきた。


 誰かを犠牲にすることも、必要なら仕方がないと言う。


 しかし、本当にそれでいいのだろうか。


 ユウキはエルヴィンを見つめた。


「俺は、あなたを置いていきたくありません」


 エルヴィンは困ったように笑った。


「君は本当に頑固だね」


「そうかもしれません」


 ユウキはゆっくりと息を吸った。


「でも、俺たちが助かったのは、あなたが戦ってくれたからです。それなのに、ここで見捨てるのは違うと思います」


 エルヴィンは何も言わなかった。


 そのとき、バルドが近づいてきた。


「坊主」


 ユウキが振り返る。


 バルドは静かに続けた。


「お前の気持ちはわかる。だが、あいつ自身が残ると言っているんだ」


 ユウキは唇を噛んだ。


 そうだ。


 自分が助けたいと思っていても、相手には相手の意思がある。


 無理やり連れていくことが、必ずしも正しいとは限らない。


 ユウキはエルヴィンへ向き直った。


「本当に、残るんですか?」


「ああ」


「俺たちを逃がすために?」


「それもある」


 エルヴィンは小さく頷いた。


「だが、私自身のためでもある。帝国に戻って、確かめたいことができた」


 ユウキの心臓が跳ねた。


 その言葉の意味を、何となく理解してしまったからだ。


 エルヴィンは、自分の能力を失っている。


 それに気づき始めている。


 そして、その原因がユウキにあることを、疑っているのかもしれない。


 ユウキは震える手を握りしめた。


 今ここで、真実を話すべきだろうか。


 話せば、エルヴィンは怒るかもしれない。


 それでも、黙ったまま別れることはできなかった。


「エルヴィンさん」


「何だい?」


 ユウキは深く頭を下げた。


「あなたに、謝らなければならないことがあります」


 エルヴィンの表情が変わった。


 ユウキは顔を上げ、まっすぐに目を見つめた。


「俺は、あなたの鑑定の技能を奪いました」


 周囲の空気が凍りつく。


 バルドも、ドランも、驚いたようにユウキを見た。


 エルヴィンは、しばらく何も言わなかった。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「それは……どういう意味だい?」


 ユウキは静かに答えた。


「俺には、相手の技能を奪う力があります。ただし、相手が死んでいるか、動けなくなっているときしか使えません」


 エルヴィンの瞳が揺れた。


「私が意識を失っていたときか」


「はい」


 ユウキは頷いた。


「あなたが俺を助けてくれて、そのあと魔物に襲われて……俺たちは逃げられなくなりました」


 声が震える。


「鑑定があれば、逃げ道を見つけられるかもしれないと思ったんです。でも、勝手に奪っていい理由にはならないって、わかっています」


 エルヴィンは黙っていた。


 ユウキは続けた。


「本当に、ごめんなさい」


 長い沈黙が流れた。


 遠くでは、崩落した瓦礫を兵士たちが動かす音が聞こえる。


 時間は残されていなかった。


 しかし、ユウキは目を逸らさなかった。


 エルヴィンはゆっくりと目を閉じた。


 そして、深く息を吐く。


「そうか」


 それだけだった。


 怒鳴られると思っていた。


 剣を向けられるかもしれないとも考えていた。


 しかし、エルヴィンは静かにユウキを見つめた。


「正直に話してくれたことには感謝する」


 ユウキは息を呑んだ。


「だが、簡単に許せることではない」


 その言葉に、胸が締めつけられる。


 当然だった。


 相手が大切にしてきた技能を、自分は奪ったのだから。


「君が何をしたのか、私にもまだ整理できていない。だから、今は答えを出せない」


 エルヴィンは静かに続けた。


「それでも、一つだけ言えることがある」


「何ですか?」


「君は、自分のしたことから逃げなかった」


 ユウキは目を見開いた。


「その点だけは、覚えておこう」


 エルヴィンは小さく笑った。


 しかし、その笑みには痛みが滲んでいた。


 ユウキは何も言えなかった。


 許されたわけではない。


 それでも、真実を伝えることはできた。


 それが、今の自分にできる精一杯だった。


 ◇◆◇


 ――ゴゴゴゴッ!


 通路全体が大きく揺れた。


 天井から石片が落ち、瓦礫の向こうで兵士たちの怒号が響く。


「崩れるぞ!」


 ドランが叫んだ。


「もう時間がない!」


 エルヴィンはユウキの肩へ手を置いた。


「行きなさい」


「でも!」


「君たちは生きろ。私は、私の意思でここに残る」


 その声は、驚くほど落ち着いていた。


 ユウキは唇を噛んだ。


 自分が選んだこと。


 自分が奪ったもの。


 その結果に責任を持つこと。


 そして、相手の意思を尊重すること。


 それらをすべて背負うのは、簡単ではない。


 それでも、ここで立ち止まれば仲間まで巻き込んでしまう。


 ユウキは深く頭を下げた。


「必ず、また会いに来ます」


 エルヴィンは少し驚いた表情を浮かべた。


「君は、本当に変わった少年だ」


 そして、小さく頷いた。


「生き延びたら、そのときに続きを話そう」


 ユウキは顔を上げた。


 その目には、涙が浮かんでいた。


 しかし、泣いている時間はない。


 バルドがユウキの身体を支え、ドランが出口へ向かう。


 トーマは外側から手を伸ばしていた。


「ユウキ! 早く!」


 ユウキは最後に一度だけ振り返った。


 エルヴィンは瓦礫の向こうへ視線を向け、左手で杖を構えている。


 重傷の身体。


 失われた鑑定。


 それでも、帝国の魔術師として、自らの意思でそこに立っていた。


 ユウキは小さく頷いた。


 そして、仲間たちとともに鉄格子の向こうへ身を滑り込ませた。


 ◇◆◇


 冷たい風が頬を撫でた。


 土の匂い。


 濡れた草の匂い。


 そして、遠くから聞こえる鳥の声。


 ユウキは顔を上げた。


 そこには、夜明け前の森が広がっていた。


 木々の向こうには、薄い青色の空が見える。


 鉱山の中では、決して見ることのできなかった景色だった。


「外だ……」


 トーマが呟いた。


 その声は震えていた。


 バルドも空を見上げる。


 深く刻まれた皺の間から、涙が一筋流れた。


「ようやく……」


 それ以上、言葉が続かなかった。


 ドランは何も言わず、鉄格子の方を見つめている。


 長い間、あの場所に縛られていた。


 自由を奪われ、働かされ、いつ死ぬかわからない日々を過ごしてきた。


 それが今、終わろうとしている。


 ユウキは胸の奥が熱くなるのを感じた。


 しかし、まだ安心はできなかった。


 帝国兵は追ってくる。


 第三坑道の封印も崩れかけている。


 そして、リナの居場所もわからないままだ。


 ここから先も、危険は続く。


 ユウキはゆっくりと息を吸った。


 冷たい空気が肺へ流れ込む。


 それだけで、胸がいっぱいになった。


「みんな、行きましょう」


 三人がユウキを見る。


 ユウキは森の奥へ視線を向けた。


「まだ安全じゃありません。少しでも遠くへ離れないと」


 バルドが頷いた。


「ああ。そのとおりだ」


 トーマも拳を握った。


「今度こそ、捕まらないようにしよう!」


 ドランは小さく笑った。


「なら、まずは森の中へ入るぞ。ここで立ち止まれば、すぐに見つかる」


 ユウキは頷いた。


 そして、仲間たちとともに歩き始めた。


 ◇◆◇


 その頃。


 第三坑道の最深部では、巨大な石の扉が静かに崩れ始めていた。


 赤黒い魔法陣は、ほとんど消失している。


 灰色の外套をまとった男は、崩れた足場の向こうから扉を見つめていた。


「封印は、もう保たないのか」


 隣の魔術師が震える声で答える。


「このままでは、内部の存在が外へ出てしまいます」


 男は唇を噛んだ。


 そして、静かに命じた。


「帝都へ緊急報告を送れ」


「内容は?」


 男は扉を見つめた。


 その中心には、青白い光が揺らめいている。


 そして、どこか遠くから、幼い少女の声が聞こえた。


『ユウキ……』


 男は目を細めた。


「封印対象が、異界人の少年を呼んでいる」


 魔術師が息を呑む。


「それでは……」


「ああ」


 男は静かに答えた。


「少年を逃がすわけにはいかん」


 その言葉と同時に、石の扉が大きく震えた。


 ――ドォォン!


 最後の封緘術式が砕け散る。


 扉の奥から、黒い影がゆっくりと這い出してきた。


 それは、人間の形をしていた。


 しかし、身体の輪郭は不安定に揺れ、赤黒い光が全身を包んでいる。


 男は息を呑んだ。


「何だ、あれは……」


 影がゆっくりと顔を上げる。


 その瞳は、何も映していなかった。


 そして、低い声が響いた。


『返せ』


 男の背筋が冷たくなる。


『奪ったものを、返せ』


 その声は、少女のものではなかった。


 ◇◆◇


 森の中を進むユウキは、突然足を止めた。


 胸の奥で、略奪の権能が激しく震える。


《未登録の魂魄反応を検出》


《固有権能「略奪」が異常共鳴しています》


《警告:封印領域から未知の存在が出現しました》


 ユウキは息を呑んだ。


 頭の奥で、少女の声が響く。


『逃げて』


 か細い声だった。


『まだ、戻ってこないで』


 ユウキは森の奥から、鉱山の方向へ視線を向けた。


 そこには、夜明け前の空が広がっている。


 しかし、その一角だけが赤黒く染まっていた。


 何かが、目覚めた。


 そして、その何かは、自分と繋がっているのかもしれない。


 ユウキは拳を握りしめた。


 今の自分には、戻って戦う力はない。


 だから、まずは生き延びなければならない。


 もっと強くなる。


 力だけではなく、心も。


 いつか、誰かを本当に守れるようになるために。


 ユウキは静かに息を吐き、仲間たちの後を追った。


 自由を手にした少年の旅は、ここから始まる。


――第21話 完。

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