8 潜入捜査失敗
翌朝、エリア(ロザンナ)は馬房の掃除を命じられた。
厩舎に入ったら、糞尿の臭いで顔を思いっきり歪めた。
馬房には六頭の馬がいた。それを厩舎の前に出して逃げないように繋いだ。
馬は、新しい世話係のエリアを興味深げに見ていた。
アランは馬の鼻面を撫でた。
二人とも作業着に長靴姿だ。糞尿まみれの藁を取り替えるのが、今朝の仕事だ。
エリアは糞をスコップで掬って台車に載せた。
尿で汚れた藁は処分して、寝床の床を乾かしてから新しい藁に変えた。
そしてアランは、鉄爪という道具で蹄にたまった泥と糞を掻き落とした。
さらに馬のブラッシング。
フケや汚れを取ってもらって、馬は機嫌良さそうに尻尾を振った。
この大変な仕事をアランは嬉々としてやっていた。
「エリアも馬を怖がらないね。ひょっとして乗馬できるの?」
「はい。乗馬していました」
「うわぁ、すごいね」
「アランさんのほうがすごいです。馬のあつかいも手慣れていますね」
「へへへ、動物好きだからね」
アランは照れて笑った。
(昨夜のことを思い出した。本当に楽しかった)
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ノックの音でドアを開けると、アランが立っていた。
「良かったらタバコ吸う?」
アランは紙巻きタバコをケースから取り出して、エリアに見せた。
「何で僕がタバコ吸うの分かったの?」
「僕は隣の部屋なんだ。壁が薄いから『葉巻が吸いたいなー』って大きな声は丸聞こえだよ。同好のよしみで一本どうかと思ってさ」
エリアはタバコを一本受け取った。
「ありがとう」
「いいってことさ。でも君は葉巻を吸いたいって言ったよね。やはり貴族階級の人なの?」
(うっ、バレてる。こんなところで反論するのは最悪だ)
「僕の部屋で一服しませんか? いろいろ教わりたいこともあるので」
アランの顔が輝いた。
「いいの? なんか女の子の部屋に初めて入るようで、緊張するなー」
(それって、もしかして……)
エリアは冷や汗が出た。
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エリアが馬の背後に回った。
『あっ、しまった!』
その時、アランの忠告が頭をよぎった。
《馬の後ろに行くときは、絶対に声をかけていかないと駄目だ。馬は臆病だから蹴られるよ》
ブルルル──!
馬が背後を気にして唸った。
次の瞬間、後ろ足が跳ねた!
まともに食らったら、大怪我だ。
エリアは後ろに飛び下がった。
勢い余って馬房の柱に後頭部を打ちつけてしまった。
ゴォン、と鈍い音がした。
エリアの視界が暗くなり、意識を失った。
「エリア、大丈夫!?」
エリアは遠くで声を聞いた。
やがて視界が開けた。目の前にアランの顔があった。
「大丈夫……後頭部を少し打った。あっ、たんこぶできてる。痛い……」
エリアが身体を起こそうとしたら、作業着の前ボタンが外されていて、胸の晒し布が露出していた。慌てて胸元を腕で隠した。
「ごめん、蹴られたと思って身体に傷があるか確かめようとしたんだ。そしたら……」
困惑するアランにエリアが言った。
「私が女だってこと、秘密にしてくれる?」
「訳ありなんだろ? いろいろ勘ぐることはあるけど……僕は誰にも言わないよ」
「ありがとう」
その言葉を聞いたアランが下を向いた。暗い表情だ。
「どうしたの?」
エリアが聞いた。
「もう君の部屋でタバコは吸えないね」
「関係ないよ。アランとタバコ吸ってお喋りするの楽しいし」
「ほんと?」
「……うん」
アランが満面の笑みを浮かべた。
「ロザンナ、潜入捜査失敗だな」
二人が振り返ると、厩舎の入口にジルベルトが立っていた。




