3 籠の中のイヌワシ——助けに参ります
王都貴族地区のカペッロ男爵の屋敷。
仕事を終えて帰って来たロザンナは、ジルベルトからの手紙を読んだ。読み終えると手紙を机の上に置いた。
机の引き出しから葉巻を一本取り出した。シガーカッターで先っぽを切る。
種火箱から火をつけて椅子から立ち上がると、窓辺に近寄って窓を開けた。
外に向かって煙を吐く。
まるで籠の鳥だ。
ジルベルトは、クリスティーナの“愛という籠”に閉じ込められていた。
ただ、ジルベルトが小鳥ならばその行為は理解できたかもしれない。
しかし、ジルベルトは大型の鳥類だ。
それも猛禽類のイヌワシだ。
ロザンナは子供の頃、田舎の屋敷でイヌワシが檻に入れられているのを見たことがあった。
気高い猛禽類が狭い箱に閉じ込められているのを見て憤怒した。
イヌワシはこんな場所にいるべきではない。青空高く飛び上がるべきだ。
ロザンナは明け方に鍵を外してイヌワシを逃がした。檻から出たイヌワシは、ロザンナを見て、出ていいのかという仕草を見せた。ロザンナはうなずいた。するとバタバタと羽ばたいた。
空を滑空する姿は、とても美しかった。空を旋回して山の方に行ってしまった。
そのイヌワシとジルベルトはよく似ている。
ジルベルトの飄々とした姿しか知らないクリスティーナは間違っている。
ジルベルトは、尋常な人物ではない。
監察官の仕事場の机に座っていることは、ほんのわずか。いつもいろんな部署に出かけては話をする。
帰ってきたらロザンナに事細かく報告するのだが、その内容が凄まじかった。
──相手の話した言葉を一語一句伝えてくれるのだ。
それは創作ではなく事実だった。相手の言葉をすべて覚えているのだ。それを飽きずに何時間でも話せる。とてつもない能力だった。
ロザンナは幼い頃の友達を思い出した。一緒に郊外に写生しに行ったとき、彼女は一切筆を取らなかった。
「家で描く。だから見てるだけ」
と笑っていた。
翌日、絵を持って来た。それはこと細かな自然の風景だった。滝の流れ落ちるさまや、飛び交う燕がリアルに描かれていた。とても十歳の絵とは思えなかった。まるで宮廷画家のようだとロザンナは思った。
「どうしてあの場で描かなかったの?」
ロザンナが問うと、
「風景全部覚えたから家で描いたほうが楽だもの」
と言った。
ロザンナは、その子の生き写しがジルベルトだと思った。彼は人の言葉をそのまま暗記できるのだ。しかも話した相手の表情や息遣いまで再現できる。まさしく異能者。天が与えた才能。
ロザンナが活躍できたのは、ジルベルトの報告があったからだ。
ロザンナには人の話から本質を見抜く慧眼があった。それもジルベルトあってのことだ。
はたしてこれだけ有能な人物を半年間も檻の中に閉じ込めていていいのだろうか? その間、貴族や商人の汚職がはびこるのではないか。
ロザンナは自問した。
ジルベルトを檻から解放して青空に飛ばしたい。
その想いがあった。どんどん胸の中で広がった。
「私はジルベルト長官を救ってみせる。絶対に」
ロザンナは机の灰皿に葉巻を押し付けて火を消した。
クローゼットを開けた。中には潜入用のいろんな衣装が並んでいた。
可愛い花柄のドレスからシックな夜会用のドレスや監察官の制服。そしてメイド服や男装の服装一式。
「ジルベルト様、あなたを助けに参ります!」
自分が放った言葉でロザンナの胸の奥が、キュンとうずいた。




