11 カツラの下
深夜の東屋でドレス姿の女を抱きしめるジルベルト。
その甘い雰囲気を切り裂くように重々しい空気が迫ってきた。
立ち上がったクリスティーナが、バラ園の通路を、まさに花道のように堂々たる姿勢で歩いた。
東屋で不穏な気配を察したジルベルトが、怒りのオーラを放つクリスティーナに気づいた。
「えっ、クリスティーナ?」
「なによ、そのすっとぼけた声は」
ジルベルトは慌てて抱きしめた女を脇にやった。
エリア(ロザンナ)は遅れてクリスティーナの背後からついてきた。
エリアは、二人のやり取りを怖がっている浮気の相手を見た。
クリスティーナのような派手な美しさではなく、まだ童顔の少女だった。
ジルベルトの趣味嗜好が変わったのか、クリスティーナとは真逆の清楚な女だ。
「やっと浮気の現場を押さえたわ」
クリスティーナのドスの効いた声。後ろのエリアが身震いするほどの迫力があった。
ジルベルトは、クリスティーナの右手の警棒(吹き矢の筒)を見た。
おどおどした表情が、一転して引き締まった。
「それで、僕を殴るのか?」
「そうよ。ちょっとぐらい痛い目に遭わないと、あなたは反省しない」
「許してほしい」
「いいや、絶対に許さない。その子、私とタイプが真逆じゃない。女の私が見ても可愛いわね。私はそんな無垢な表情ができないのよ。憎たらしい」
──憎たらしい。
その言葉で、ジルベルトの女は泣き出しそうになった。
エリアは二人を見比べた。
(クリスティーナは情熱の激しい気性の持ち主。
イメージするのは、赤い薔薇だ。
それに比べて、ジルベルトの女は、童顔だけど清楚さを感じさせる雰囲気。
こちらのイメージは、ジャスミンの花だ)
「やっと証拠が見つかった。これまでジルの服からほかの女の香水の匂いがしても、謝るだけで許していたけど、今回は違うわ……」
「たかが浮気ぐらいで……」
ジルベルトが言った。
「ジル、あなたは何もわかってない。貴族の令嬢にとって婚約期間とは単なる恋人ごっこではないのです。一番美しく価値のある若い年月をあなたに捧げ、他のすべての出会いや可能性の扉を自ら閉ざしたのです。
あなたと一緒に生きることを夢見ていたのに、一時の情欲で無惨にも踏みにじられた気持ちがわかりますか?」
クリスティーナが諭すように言った。
「僕はクリスを愛してる」
──愛してる。
その言葉を聞いて、クリスティーナは遠い目をした。
「私には夢がありました。共に領地を支えて家庭を築き、歴史を紡いで行くはずだった未来。それは儚く消え去ったのです。
明日から私は社交界で『婚約者に裏切られた哀れな女』『男を繋ぎ止められなかった不甲斐ない令嬢』として好奇と哀れみの視線にさらされるのです」
「クリスを幸せにするのが僕の生きがいだ。信じてくれ!」
ジルベルトが叫んだ。
「ジル、あなたは私の『あなたを信じる心』を殺害したのです。信頼していたあなたに裏切られて、私に向けられた微笑みも、耳元で囁かれた甘い愛の言葉も、すべて『偽物だったのか』と過去を毒に変えました。
肉体の傷なら、いずれ癒えるでしょうが『一番大切な婚約者に切り捨てられた』という魂の傷は死ぬまで消えません」
「どうか……許してほしい」
ジルベルトの声が弱々しかった。
「『浮気を許してほしい』などとほざく、その心根が心底憎たらしい!」
クリスティーナが険しい顔で右手の警棒を振り上げた。
ジルベルトの頭部めがけて、一気に打ち下ろした。
エリアが防ごうと手を差し出したが、二人のやり取りに見とれていて、一瞬遅れた。
ジルベルトとクリスティーナの間に、浮気の女が割り込んだ。
ボキッ、と鈍い音がした。
女は肩に、警棒の一撃を食らった。
──い、痛いよ。
女は顔をしかめて床に両膝をついた。
「……これで許してください。ジルベルトさんは浮気などしていないのです」
浮気の女は自ら頭に手をやってカツラを取った。
カツラの茶髪の下から金髪が現れた。
エリアは目をぱちくりさせた。
カツラを取ったら、見慣れたアランの顔が現れた。
「アラン、大丈夫か?」
ジルベルトが言った。
「長官、僕のことより、クリスティーナ様のケアをお願いします」
アランは顔をしかめて鎖骨を手で押さえた。
「浮気女がアラン? これはどういうことなの……」
クリスティーナは呆然と立ち尽くした。




