10 修羅場の立会人
「お待たせ、お腹空いたよね」
アランが厨房から夕食を持ってきてくれた。
トレイに黒パンと野菜くずのスープ、そして干し肉とチーズ。
「チーズは厨房のコックさんからもらったよ。エリアが体調崩したって言ったら、サービスしてくれた」
「ありがとう、アラン」
エリア(ロザンナ)が言った。
二人は小さいテーブルで顔を突き合わせて夕食を食べた。椅子が一脚しかないので、エリアはベッドの縁に腰掛けた。
食べ終えると、アランはタバコを二本出してニッコリ笑った。
「一服するよね」
「もちろん!」
アランは一本吸うと隣の部屋に帰った。
エリアはアランが居なくなるとにぎやかだった部屋が殺風景になって、その落差に戸惑った。
再びベッドに横になって、想いを巡らせた。
(まず思ったのは、ジルベルト様……長官が想像以上に有能だったことだ。いつもはジルベルト長官の話から、汚職のヒントを掴んで捜査して解決するパターンだった。
しかし、屋敷で会ったジルベルト長官は、半年間の女断ちというクリスティーナの条件を逆手に取って、部下を男の使用人として潜り込ませた。
これが実践的な訓練になるのは間違いない。
でも、ここに女はクリスティーナと私しかいないぞ。そもそもジルベルト長官は、これまで私には一切手出しはしなかった。
なぜだろう?
私があんなに熱い眼差しで見ていても反応はなかった。
タイプじゃないのかなー。
職場でジルベルト長官に近づくと、ほんのり女の残り香がする。ジャスミンの香りだ。
私はてっきり婚約者のクリスティーナの香水の匂いだと思ってた。
しかし、面接のときに会ったクリスティーナからは、ローズの香りがした。
ジルベルト長官の女好きは本当なのだろう。……どんな女なんだろう。気になる。気になるけど、私にその中に割って入るチャンスはあるのだろうか?)
エリアはあれこれ考えているうちに、うとうとして、眠りについた。
エリアは夜中に目が覚めた。
使用人部屋の中に月明かりが射し込んで明るかった。
身体を起こしてベッドから降りると、机の引き出しに入れた紙巻きタバコを一本取り出した。
アランからのプレゼントだ。
今吸うべきか迷った。
(アランと一緒に吸ったほうが楽しいよね)
机の前の窓を開けた。窓の桟に腰掛けて裏庭と山並みの上の満月を見た。
その満月が流れる雲で隠れた。
バラ園の方に目をやると、黒いシルエットが動いた。
風に揺れる葉ではなく、人の頭部のように思えた。
(バラ園の奥は東屋だ。こんな夜中に誰だろう?)
エリアは胸騒ぎがした。
貴族の屋敷を狙った野盗の恐れがないとはいえない。
エリアは晒し布で胸をきつく巻いた。
鞄の二重底を開けて、黒い警棒を取り出した。
その実体は吹き矢の筒だ。
隕石から作られた硬質な金属の筒。警棒としても剣を折るほどの強度を持っていた。
それを掴んで外に出た。
エリアは暗闇に目が慣れてきた。
もともと夜目が効くほうだ。
バラ園の通路に入った。エリアは身をかがめながら進んだ。
東屋に人のシルエットがあった。
それも二人だ。
エリアが向かおうとしたら、
「もしかして、エリア?」
と声が背中の方から来た。
エリアが振り返ると、通路の角にクリスティーナがしゃがんでいた。
エリアは心臓が飛び出そうになった。
「あ、はい」
「やっぱりエリアだ。なんでここに来たの?」
クリスティーナが言った。
「裏庭で人影らしいものを見かけたからです」
「あー助かった。じゃ、立会人になってね」
「えっ、立会人って」
「修羅場の立会人よ!」
満月を隠していた雲が流れて、東屋を月明かりが照らした。
ジルベルトの横顔が見えた。
そして相対したのは、風に揺れる長い髪をした、ドレス姿の女。
女の手を握ったジルベルトは、女の上体をぎゅっと抱きしめた。
隠れたエリアのもとに、甘い雰囲気が漂ってきた。
(……これって、逢引じゃない?)
エリアは警棒の筒を力強く握りしめた。
「なにそれ、変なもの持ってるのね」
「警棒です」
「それ貸して」
「えっ」
エリアは警棒を手渡した。
「こいつでジルをぶん殴ってやる!」
クリスティーナは言った。




