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キザシ 11


――――――――――



自分の生きている価値がわからなかった

親にも疎まれ、育ての親から虐待を受け、夫や周りの人間はきっと自分を利用しようとしている

ただ、生まれた来た子供は、愛情いっぱい育てれば、きっと自分のことを愛してくれる

そう思い、フレデリックを特別に思っていた

この子だけは、と


だが、その希望も虚しく、彼はどこかに行ってしまった


今後数百年、死にたくても死ねない自分

どんなに足掻いても、誰も自分を殺すことができない絶望

もう、何もかもがどうでも良かった


3食ちゃんと食べないと、周りが騒ぐので空腹でもないのにとりあえず食べる

時折呼ばれた気がして、エルニドの結界を見にいく

絶望の中、一日何もする気がなく、日中はただ座って過ごし、決まった時間にベッドに横になる

あと何十万日、こんなことをして過ごすのだろう


布団に入っていると、何かが自分に話しかける

だが、その日一日、何が起きたかなんて、どうでも良かった


ごくたまに、体の奥に温かいものを感じる

それについて、反応を示すことも出来た

だけど、それをして何になるのだろう?

もう傷つきたくない、何かに心を動かされたくなかった

そう思うと、全てがどうでも良かった


多くの人から、彼女は気が触れたと言われていた

しかし、意識はしっかりしていた

ただ全てに関し、鈍感でいたかった、何も感じたくなかった



――――――――――



後宮内 一の間 寝室


ある明け方、ベッドの中で突然目を覚ますマディラ。

辺りは薄暗い。夜ではなさそうだが、目覚めるにはまだ早い。

自分で、なぜこんな早くに目が覚めたのか不思議だったが、その時、一瞬部屋が明るくなる。

そして20秒ほど後に、遠くでドーンと音がすることを、何度か繰り返す。

多分、雷の音か光で目が覚めたのだろう。

10分ぐらい、その音と光を感じていただろうか。

その間、どんどん光と音の間隔が狭まり、音が次第に大きくなる。


バババッ


室内がフラッシュが走ったように一瞬明るくなり、より近くで落雷の音が聞こえた。

と同時に、彼女の体中に衝撃が走り、風翁との戦いの後の雷を連想させた。

昔の記憶が走馬灯のように走り抜ける。


小学校で彬に術を見られたこと

ずぶぬれで帰った時に本気で怒られたこと

蒼がキスをしたこと

数名に囲まれて見知らぬ屋敷で尋問されたこと

風翁と彬が対峙したこと

そして、雷が鳴る中で抱き合っていたこと——


周りから見れば、私を利用するために彼は傍にいるように見えるかもしれない。

だけど、本人同士にしかわからないこともある。

どうして私は、いつから彼を信じれなくなったのだろう。  

フレデリックがいなくなり、燃え盛る炎の中で自分の身を賭して守ってくれたことを思い出した。


隣で寝ていたジュリアンの頬にそっと触れた。

その瞬間、彼を起こしてしまう。

「……どうしたの……」

眠そうに彼は反応をする。

「あなただったのね、雷の夜、一緒にいたのは……」

隣にいる妻にそう話しかけられるが、直前まで熟睡していたのだ。

再び眠りそうになりながら、ジュリアンはすぐに少しだけ思考を開始する。


雷の……夜……

ああ、あの事か……


しばらくしてから思い当たり、そしてまた眠りに落ちそうになる。

朦朧とする意識の中で、彼女のその発言が何を意味しているか、彼は考えをめぐらす。


そして、ジュリアンは彼女の体に腕を回した。

安心したように微笑んで、そっとつぶやく。

「思い出したんだ……」

マディラは彼の反応を見て、同じように彼の体にそっと手を乗せる。

そうして、お互い微笑みながら目を閉じた。

安堵の中、お互い相手のぬくもりを感じながら再度眠りに落ちた。



――――――――――



1日の公務を終えたジュリアンが後宮に戻って来た。

王妃はこれまでと違って、1日、後宮でゆったりと過ごしていたらしい。

だが目の前の彼女は、ソファーでうつむき加減で腰を下ろしている。

正気を取り戻した喜びに満ちた雰囲気ではなかった。


しばらく沈黙が続いたあと、マディラが口を開く。

「……ねえ、ジュリアン」

「うん」

「私、もう大丈夫だと思う」

その言葉は、回復の宣言のようでいて、どこか距離を含んでいた。

ジュリアンは何も言わず、続きを待つ。


「でも……だからこそ、ちゃんと考えなきゃいけないと思って」

「……何を?」

少しだけ間があって。


マディラは視線を落としたまま、続ける。

「私が、ここにいていいのかってこと」

その一言で、会話の行き先は決まった。


ジュリアンは表情を変えない。

ただ、返す言葉を慎重に選ぶ。

「それは……どういう意味?」

「そのままよ」


小さく息を吸って。

「私、あなたのこと……よくわからないまま、ここまで来ちゃった」

マディラの声は静かだった。

「好きとか、そういうのも……正直、記憶を取り戻した今でもよくわからないし」

「……」

「それなのに、結婚して、子供までいて」


少しだけ言葉が詰まる。

「……なのに、あの子はもういない」

ジュリアンの指先がわずかに動く。

だが、何も言わない。


「私、ちゃんとした理由でここにいるわけじゃないのかもしれないって、今日ずっと考えてた」

「理由?」

「……あなたにとっての、何かの都合とか」

一瞬だけ、視線が上がる。

「だってあなた、そういう人でしょ」

否定はしない。

できない。


ジュリアンは、わずかに目を伏せる。

「だからね」

マディラは少しだけ柔らかく、しかし決意を含んだ声で続ける。

「今なら、まだ間に合うと思うの」

静かに、しかし確かに。


「私がいなくなれば、あなたはもっと自由になれる」

その言葉に、ジュリアンはようやく息を吐いた。

「……それ、本気で言ってる?」

「本気よ」

「君がいなくなって、何がどう自由になるのか、具体的に教えてほしいな」


少しだけ、いつもの調子に近い声音。

マディラは戸惑う。

「……少なくとも、私に縛られることはなくなるでしょ」

「縛られてるつもりはないよ」

即答だった。


「それに」

少しだけ視線を上げる。

「君がいない状態を“自由”って呼ぶなら、僕はずっと不自由でいい」

マディラは言葉を失う。


「結婚って——」

ジュリアンは、少しだけ言葉を選びながら続ける。

「最初から全部揃ってるものじゃないと思う」

一瞬、遠くを見る。


「昔、母親に言われたことがある。

"最初は好きじゃなくても、一緒にいるうちに、いつかそうなる"って」

小さく笑う。

「正直、当時はよくわからなかったけど」


少しだけ、マディラの方を見る。

「でも今は、あながち間違ってないとも思ってる」

マディラは、わずかに眉を寄せる。

「……それって、妥協ってこと?」

「違う」

きっぱりと否定する。

「選び続けるってこと」


沈黙。

「僕は、君といることを選んでる」

それは静かで、重い言葉だった。

「理由なんて、後からいくらでも付けられるよ。立場とか、役割とか、責任とか」

少しだけ苦笑する。

「でも、それ抜きにしても」


ほんの一瞬だけ、言葉を迷う。

「……君は、僕を“僕として”扱ってくれたから」

マディラの目が、わずかに揺れる。

「戦略とか、肩書きとかじゃなくて。ただの人間として。それだけで、十分すぎる理由だと思ってる」


長い沈黙。

外で、小さく風が鳴る。


抱き締めたい衝動に駆られたが、今はそれさえ彼女を追い詰めるかもしれない。

だから、ただ手を伸ばし、その頬にそっと触れた。

マディラはしばらくぼんやりと彼を見つめていた。


ジュリアンは指先を止める。

「……それに、フレデリック」

マディラの表情が一瞬歪んだ。


「僕は、彼が死んだとは思っていない。だから彼に再会する時は、二人一緒に」

マディラが顔を上げる。

「……どうして?」


ジュリアンはすぐには答えなかった。

だがそれは、慰めのためだけに口にした言葉ではなかった。

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