キザシ 8
騎士団精鋭十名と戦うことになったマディラ。
王妃の最低限の魔術使用を認められる代わりに、騎士団側は対魔術装備を着用していたが、次々と倒される。
後方に残っていたトップ騎士が剣を振る。
それはほとんど正確だったが、マディラはその剣の腹に指先を添え、軌道をわずかにずらした。
たったそれだけで、必殺の一撃は空を切る。
次の瞬間、半割りの木刀がトップ騎士の胸当てを打ち、彼の身体は後方へ吹き飛び、地面を転がった。
結果、マディラだけが立っていた。
ドレスの裾に少し砂がついた程度で、呼吸すら乱れていない。
騎士団長が時間を数え始める。
「一」
静寂。
「二」
観覧席の侍従長が無言でその様子を見ている。
「三」
ジュリアンは腕を組み、マディラを見ていた。
「四」
マディラが肩の力を抜く。
終わったと思ったのだろう。
光の刃も消えている。
「八」
その時だった。
地面に突っ伏していた二人の騎士が動いた。
倒れたふり。
意識を失ったように見せかけ、機会を待っていたのだ。
一人は背後から低く飛びかかる。
もう一人は横から足を狙う。
観覧席がざわめいた。
「卑怯だ」と誰かが言いかけたが、騎士団長は止めなかった。
実戦に近い形を望んだのは騎士団側である。
不意打ちもまた実戦の一部だった。
マディラは振り返らなかった。
しかし、身体だけが動いた。
背後から伸びた腕を、半身でかわす。
そのまま相手の手首を取る。
捻るのではなく流す。
騎士の勢いをそのまま地面へ落とす。
同時に、足元を狙ったもう一人の剣を軽く跳んで避ける。
着地した足が、その騎士の剣を踏んだ。
動きを封じる。
そしてマディラは、空いた手に小さな光の球を作った。
それを地面へ向けて落とす。
音は小さかった。
だが光は円を描いて広がり、二人の身体を一瞬だけ包む。
衝撃は最小限。
殺傷力もない。
ただ、全身の力を抜くには十分だった。
二人はその場に崩れ、今度こそ動かなくなった。
騎士団長が、改めて時間を数えた。
「一」
今度は誰も動かなかった。
「二」
倒れている騎士たちの呼吸はある。
意識もある者が多い。
だが立てない。
訓練場の空気が変わっていく。
驚きから、沈黙へ。
沈黙から、理解へ。
騎士団は今、自分たちが何を見ているのかを理解し始めていた。
王妃は強い。
そんな簡単な話ではない。
彼女は、戦い方そのものが違う。
剣も、打撃も、魔力も、地形も、相手の呼吸も、すべてを同じように使う。
「九」
騎士団長は倒れた十人を見渡した。
そして。
「十」
静かに手を上げた。
「勝負あり」
その声が訓練場に響いた。
しばらく誰も動かなかった。
歓声もない。
拍手もない。
ただ、誰もがマディラを見ていた。
彼女はその視線を受けても、相変わらず平然としている。
半割りの木刀を軽く振り、光の残滓を払うようにしてから、ジュリアンの方へ歩いてきた。
「これでいいかしら」
ジュリアンは少しだけ笑った。
「十分だよ」
「そう」
「疲れていないの?」
「少し……」
「少し?」
「靴に砂が入った」
ジュリアンは思わず額に手を当てた。
倒れている騎士たちが、その言葉を聞いて複雑な顔をする。
十名がかりで挑み、王妃を一度も膝をつかせることができなかった。
その王妃の不満が、靴の砂だけ。
騎士団長は静かに歩み寄り、深く一礼した。
「王妃殿下」
マディラは彼を見る。
「十名全員が十秒以上戦闘不能。この勝負、騎士団長として正式に認めます」
観覧席の侍従長が、わずかに目を伏せた。
彼もまた、結果を否定できない。
「王妃殿下の勝利です」
マディラは少し考えた。
「そう」
あまり興味がなさそうだった。
だが騎士団長は続ける。
「今後、王妃殿下の剣術、戦術、警備に関するご助言は、騎士団として尊重いたします」
その言葉に、倒れていた騎士たちが一斉に視線を伏せた。
悔しさはある。
屈辱もある。
けれど、反論はなかった。
結果がすべてだった。
マディラはようやく少しだけ困った顔をした。
「別に、偉そうに口を出したいわけじゃないのだけれど」
ジュリアンが横から言う。
「そういう問題ではない」
「そうなの?面倒ね」
「君が面倒にしたんだ」
「私は聞かれたから答えただけよ」
それも事実だった。
ジュリアンは苦笑する。
騎士団長は、二人のやり取りを聞きながらもう一度頭を下げた。
「陛下」
「何だい」
「警備全体についても、再検討いたします」
侍従長の顔がわずかに動いた。
だが、口は挟まない。
この場で見たものを前に、従来の主張をそのまま押し通すのは難しかった。
ジュリアンは短く頷く。
「頼む」
マディラはそこでようやく、話の本題に気づいたようにジュリアンを見た。
「警備?」
「後で説明する」
「また何か企んでるの?」
「君との時間を守ろうとしているだけだ」
マディラは少しだけ目を逸らした。
周囲の騎士たちは、どう反応すればいいのか分からない顔をしている。
訓練場に、ようやく少しだけ空気が戻った。
だが、その日を境に騎士団の王妃を見る目は明確に変わるだろう。
守るべき王妃。
それは間違いではない。
しかし、彼女は守られるだけの存在ではなかった。
国王を守れる王妃。
騎士団十名を相手に、ドレス姿で一度も膝をつかなかった女。
そして呪文を唱えず、ただ有り余る魔力と異様な戦闘勘だけで戦場を制する存在。
その事実を、誰もなかったことにはできなかった。
マディラはそんな周囲の動揺など知らない顔で、木刀を訓練場に残して出ていく。
「フレデリックのところへ行くわ。お昼寝から起きる頃なの」
「……そうか」
ジュリアンは苦笑しながら見送った。
その背中は、いつもの穏やかな王妃そのものだった。
だが足元に倒れた十人の騎士たちが、その穏やかさの意味を変えていた。
侍従長も、騎士団長も、若手騎士たちも。
その日、全員が理解した。
王妃マディラの実績は、たった今、作られたのだ。
――――――――――
新王即位から2年
ドワーフの二人組、グリンとボリンは、グリーンフレードム国の、森の片隅で熱心に地面を掘り進めていた。
彼らはギャンブル仲間が借金のカタにくれた、宝物の古い地図と言われるものを手に入れた。
この場所で何か価値のあるものを見つけられると確信していた。
「グリン、もっと奥を掘ってみろ。何かに当たった気がするぞ。」
ボリンが土をかき分けながら言った。
グリンは手に持ったシャベルで力強く掘り進めると、硬いものにぶつかる音がした。
「何だこれ?石か?」と、彼は疑い深げに見下ろした。
ボリンもその音を聞いて、興奮気味に土を払い始めた。
「いや、石じゃない。もっと……丸い。何かの壺か?」
土を掘り進めるたびに、壺の形がはっきりとしてきた。
古びた陶器の壺は、青銅の装飾が施され、何世紀も経ったような風合いをしていた。
「開けてみよう。」
ボリンが力強く言い、手を伸ばして壺の蓋を握りしめた。
グリンは少し不安そうだ。
「宝物だったらいいけど、中に何か呪われたものが入っていたらどうしよう?」
ボリンは無視して蓋をひねった。
すると、壺の中から奇妙な煙がゆっくりと立ち上がる。
空気をかき混ぜるように渦巻き始めた。
煙はどんどん濃くなる。
やがてグリンとボリンの周りに漂い、ふわりと浮き上がると、一瞬で形を変え始めた。




