キザシ 7
アルバス城 訓練場
マディラの実力を正式に確認するために、騎士団から選ばれた十名が立っていた。
王妃が魔術を使う可能性を考慮し、対魔術師用の特殊装備を身につけている。
本来なら、実戦任務でしか使わないものだ。
それに対して、マディラはいつも通りのカジュアルなドレスに足元はフラットシューズ。
髪も簡単にまとめているだけ。
そして手にしているのは、先日自分で縦に半分へ割った木刀だった。
騎士たちの装備と並ぶと、あまりに場違いだった。
だが誰も笑わなかった。
先日の一戦を見た者は、もう笑えなかった。
「本当にそれでよろしいのですか」
騎士団長が確認する。
彼はこの対戦の審判役だった。
侍従長の意図も、騎士団側の面子も、国王の狙いも理解している。
だからこそ、どちらにも偏らない立場を取っていた。
マディラは手の中の半割りの木刀を見下ろし、軽く振った。
「ええ。これくらいがちょうどいいわ」
「防具は」
「いらない」
騎士の何人かが眉を動かす。
侮られていると受け取った者もいるだろう。
しかしマディラの声には挑発の響きはなかった。
本当にそう思っているだけだった。
ジュリアンは訓練場の端に立っていた。
表情は静かだ。
だが、彼の視線はマディラからほとんど離れない。
ルールは再度観覧者に確認されていた。
マディラが十秒以上地面に倒れる、または膝をつき動けない状態になれば騎士団の勝ち。
反対に、騎士団十名全員が十秒以上戦闘不能になればマディラの勝ち。
騎士団は十名同時に攻撃してよい。
マディラは魔術の使用を認められている。
ただし、訓練場外へ被害を及ぼさないこと。
マディラはその説明を聞いても、平然としていた。
まるでこれから茶会へ行く前に、少し道を塞がれているだけのように。
「王妃殿下」
騎士団長が最後に言う。
「危険を感じた場合は、こちらで止めます」
「分かったわ」
「騎士団側も」
十名が一斉に姿勢を正す。
「王妃殿下が相手であっても、検証である以上、手を抜くな」
「はっ」
空気が張り詰める。
風が止まったようだった。
ジュリアンが一歩前へ出た。
「始め」
短い声。
その瞬間、騎士たちが動いた。
十人全員が一度に飛びかかったわけではなかった。
それでは互いの動線を潰し合う。
最初に前へ出たのは三人。
正面、右斜め、左後方。
マディラの退路を塞ぐ配置。
さらに後ろで二人が術式を展開し、別の二人が次の突入に備えている。
残り三人は待機。
完全な波状攻撃だった。
王妃相手とは思えないほど容赦がない。
正面の騎士が打ち込む。
右から別の剣が足元を払う。
左後方からは肩を狙う一撃。
マディラは半歩だけ下がった。
その半歩で、三つの剣がすべて外れた。
「っ」
正面の騎士が表情を変える。
次の瞬間、マディラの半割りの木刀が光を帯びた。
呪文詠唱はない。
ただ魔力が流れ、木片の周囲に薄い光の刃が生まれる。
それはジュリアン扱うような、精密な呪文魔法ではなかった。
術式を組み、言葉で形を与える魔術ではない。
圧倒的な魔力量を、ただ目的へ向けて流し込む。
単純で、荒々しく、そして異様に強い。
光の刃が三度走った。
正面の剣を弾き、右の騎士の籠手を打ち、左後方の騎士の足を払う。
三人がほぼ同時に崩れた。
だが倒れきる前に、後方の術士役の騎士が動く。
対魔術師用の拘束具が投げ込まれた。
網のように広がる細い鎖で、魔力を吸い、動きを封じる装備だ。
マディラはそれを見上げた。
避けるには遅い。
そう見えた。
しかし彼女は木刀を使わなかった。
空いた左手を軽く払う。
光の球が生まれた。
拳ほどの大きさ。
それが鎖に触れた瞬間、破裂する。
爆発ではない。
光が膨らみ、鎖の動きだけを弾き飛ばした。
衝撃で術士役の二人が後ろへ転がる。
特殊装備がなければ、そのまま意識を失っていただろう。
「次!」
騎士団のリーダー格の一人が叫ぶ。
待機していた三人が一気に前へ出た。
今度は剣だけではない。
一人は盾で押し込む。
一人は槍に似た長柄の訓練武器で距離を取る。
一人は低く潜り、足を狙う。
マディラは動かない。
正面から盾が迫る。
その直前。
彼女はふわりと跳んだ。
高くはない。
ほんの少し、相手の視線から外れるだけ。
盾の縁に片足を乗せ、体重をほとんど感じさせずに踏み台にする。
盾役が目を見開いた時には、マディラはその肩を越えて背後に降りていた。
長柄武器の間合いが狂う。
足元を狙った騎士は、標的を見失う。
マディラの肘が一人の鳩尾に入った。
膝ではなく、肘。
剣ではなく、打撃。
特殊装備は魔力衝撃には強いが、身体の急所を正確に突かれることまでは防げない。
騎士が崩れる。
続けてマディラの足が低く回った。
足払い。
もう一人の膝裏を刈る。
三人目が振り向きざまに剣を振る。
光の刃がそれを受けた。
甲高い音。
次の瞬間、マディラの木刀が相手の喉元で止まる。
騎士は動けなかった。
「終わり?」
マディラが尋ねる。
その声に緊張も興奮もない。
ただ確認しただけだった。
しかしまだ終わっていない。
後方に残っていたトップ騎士が動いた。
彼だけは最初からマディラの動きを見ていた。
踏み込み。
間合い。
反応速度。
魔力の流れ。
おそらく、彼は今この場で一番冷静だった。
剣を低く構え、正面から迫る。
マディラがわずかに目を細めた。
初めて少しだけ興味を示した顔だった。
トップ騎士の一撃は速かった。
重いだけではなく、柔らかい。
受けさせ、流させ、その先を潰す剣。
マディラは光の刃で受けた。
だが、トップ騎士は押し込まない。
即座に引く。
次の攻撃。
さらに次。
これまでの騎士たちと違い、彼はマディラを倒そうとするより、動きを制限しようとしていた。
そこへ、倒れていない二人が左右から戻る。
三方向。
今度こそ逃げ場がない。
観覧席で誰かが息を呑んだ。
マディラはふと笑った。
そして、光の剣を消した。
騎士たちが一瞬だけ判断を誤る。
その一瞬で十分だった。
マディラの足元から光が弾けた。
地面が爆発したわけではない。
魔力が地表を叩き、砂と風が一気に舞い上がり、視界が白く霞む。
騎士たちは特殊装備で魔力衝撃を受け流した。
だが視界は防げない。
その白い砂煙の中を、マディラだけが迷わず動いた。
一人の手首を打ち、剣が落ちる。
もう一人の肩を叩き、身体が痺れたように膝から崩れる。
トップ騎士が気配だけで剣を振る。
それはほぼ彼女を捉えていた。
だがマディラはその剣の腹に指先を添え、軌道をわずかにずらした。
たったそれだけで、必殺の一撃は空を切る。
次の瞬間、半割りの木刀がトップ騎士の胸当てを正確に打った。
鈍い音。
王妃が放った衝撃緩衝の術の影響で光る。
そして彼の身体は後方へ吹き飛び、地面を転がった。
砂煙が晴れる。
訓練場には、十人の騎士が倒れていた。
膝をつく者。
剣を取り落とした者。
仰向けに息をする者。
誰もすぐには立ち上がれない。
マディラだけが立っていた。
ドレスの裾に少し砂がついた程度で、呼吸すら乱れていなかった。




