キザシ 5
アルバス城 騎士団の訓練場
マディラは半分になった木剣を構え、実戦経験がある中堅騎士の相手をする。
騎士が、さらに強く踏み込んだところ、木片が光った。
光の剣で騎士の剣が弾かれ、一撃で仕留められた。
騎士の喉元すれすれで光の刃が止まるが、騎士は背中から地面へ倒れ込み、しばらく動けなかった。
ジュリアンは深く息を吐いた。
驚きよりも、どこか納得があった。
やはりこの女性は、普通ではない。
人間界で異様な身体能力を見せつけていた時点で、分かっていたはずだった。
だが体育やダンスと、実際の剣技は違う。
目の前で見せられると、さすがに理解せざるを得ない。
マディラは守られるだけの王妃ではない。
護衛される側に置いておく方がおかしい。
しかし、それを認められない者もいた。
騎士団リーダーが口を開いた。
「見事です」
声は硬い。
褒めてはいるが、納得していない。
「ですが」
その一言で、空気が変わった。
「実戦で、一人ずつ順番に襲ってくることは稀です」
マディラは彼を見る。
「そうね」
「今の一戦だけで、王妃様の能力が証明されたとは思えません」
ジュリアンの表情が少し冷えた。
「それは」
だがリーダーは止まらなかった。
「相手は一人。しかも王妃殿下のお相手ということで、本人もどこか迷いがあったはずです」
倒された騎士が、悔しそうに唇を噛む。
迷いなどほとんどなかった。
それは本人が一番分かっているだろう。
だが騎士団リーダーは続けた。
「まぐれでないと示すには、実戦に近い形での検証が必要です」
マディラは少しも怒らなかった。
「あら、そう」
「王妃様」
「でも、ごめんなさい」
マディラは半割りの木剣を近くの台に置いた。
「もう行くわ」
「は?」
「フレデリックの世話の時間なの」
場の空気が一瞬抜けた。
あまりに日常的な理由だった。
今まさに、騎士団の面子を揺るがすような手合わせをした人間が、赤子の世話を理由に帰ろうとしている。
マディラはジュリアンを見る。
「じゃあまたね」
何事もなかったように、彼女は侍女を伴って訓練場を出ていった。
残されたのは、倒された騎士と、言葉を失った若手たちと、納得のいかない騎士団リーダー。
そして、面倒な事態を予感しているジュリアンだった。
案の定、マディラの姿が見えなくなるや否や、騎士たちが騒ぎ出した。
「陛下、今のはあまりにも」
「我々が王妃様に劣るという証明にはなりません」
「一対一なら偶然もあります」
「そもそも、術の使用を認めるなら剣術ではなく魔術戦では」
ジュリアンはしばらく黙って聞いていた。
彼らの不満も分かる。
男の意地。
騎士団の誇り。
王妃に一撃で倒された同僚を見た衝撃。
それをすぐに飲み込めるほど、彼らは柔軟ではない。
だが同時に、ジュリアンは内心で呆れてもいた。
実戦なら、「術を使うな」などと言っている暇はない。
相手がニーベル人の猛者ならなおさらだ。
勝てる手段を使う。
生き残るために最善を選ぶ。
それが戦いだ。
騎士団リーダーが一歩前に出た。
「陛下」
「何だい」
「王妃殿下の能力の、正式な検証を求めます」
「正式な検証?」
「はい」
倒された騎士は同僚に支えられて立ち上がり、悔しげに唇を噛んでいる。
周囲の騎士たちも、表向きは黙っているものの、納得をしていないことは明らかだった。
ジュリアンは彼を見た。
なるほど、そう来るか。
侍従長の息がかかっている男らしい言い方だった。
寝室周辺の警備を減らす話と、マディラの能力証明が、ここで繋がっている。
ジュリアンは短く息を吐いた。
「分かった」
場が静まる。
「なら次は3名で行う。3戦連勝」
騎士団リーダーの眉が動く。
「3名、ですか」
「そうだ。騎士団から選抜した3名。武器は訓練用。魔術なし。純粋な剣術と体術のみ」
ジュリアンの提案は冷静だった。
マディラの実力を確認するには十分。
同時に、王妃に過剰な危険を負わせない条件でもある。
「王妃の基礎的な近接戦闘能力を見るには、それで足りる」
騎士団側からすれば、決して不公平な条件ではなかった。
むしろ妥当だ。
三名が連戦して攻めれば、一人相手よりはるかに勝てる確率が高い。
しかも魔術を封じるなら、マディラの圧倒的な魔力量に押し切られることもない。
だが騎士団リーダーは、すぐには頷かなかった。
彼の背後にいる騎士たちの表情が硬い。
涼しい顔で木剣を割られた。
剣を握ったことがないと言いながら、同僚を一撃で沈めた。
しかも当の王妃は、勝ち誇るでもなく、王子の世話があると言って帰っていった。
それが余計に彼らの誇りを傷つけていた。
さらに。
騎士団リーダーには、侍従長から含められていることがあった。
国王陛下は、王妃殿下の能力を理由に夜間警備を減らそうとしている。
その主張を、安易に通してはならない。
実績がないという一点で押し返せ。
そう釘を刺されている。
だからここで、三名程度の検証で終わらせるわけにはいかなかった。
「恐れながら」
騎士団リーダーは低く言った。
「三名では不足です」
ジュリアンの目が細くなる。
「不足?」
「先ほどの一戦より、王妃殿下の実力を確認するなら、なおのこと実戦想定が必要です」
「具体的には」
「騎士団精鋭十名」
周囲がざわめいた。
ジュリアンは黙った。
騎士団リーダーは続ける。
「前線経験を持つ者を中心に選抜いたします。複数名による同時攻撃を認めていただきたい」
「論外だ」
即答だった。
「相手は王妃だ」
「王妃殿下の能力を警備体制の根拠にされるのは、陛下ご自身です」
「だからといって、十名で囲ませる理由にはならない」
「実戦では、敵が王妃殿下一人に配慮するとは限りません」
「訓練場で実戦と同じ危険を再現する必要はない」
「では、王妃殿下の能力を実戦上の根拠にすることも難しいかと」
その言い方に、騎士たちの一部が息を呑む。
国王へのかなり強い反論だった。
だがリーダーは引かなかった。
ジュリアンは彼を見据える。
「侍従長の差し金か」
騎士団リーダーは表情を変えなかった。
「私は騎士団の責任者として申し上げております」
「答えになっていないな」
「陛下の御身を守る責務があります」
「僕の安全を理由に、王妃へ無理難題を突きつけるのか」
「無理難題かどうかは、王妃殿下の実力次第です」
ジュリアンは短く息を吐いた。
これは単なる検証ではない。
交渉だ。
相手は騎士団の面子を守りたい。
侍従長は夜間警備を減らしたくない。
そしてジュリアンは、マディラが単なる守られる存在ではないことを認めさせたい。
ここで三名案を押し通せば、仮にマディラが勝っても「限定条件だった」と言われる。
十名案を飲めば危険は増す。
だが勝てば、騎士団も侍従長も黙らせられる。
問題は、マディラ本人が了承するかどうかだった。
「条件はマディラに確認する」
ジュリアンは言った。
「王妃本人の意思を無視して決める話ではない」
「恐れながら、陛下」
騎士団リーダーはすかさず返した。
「ここで即決いただけませんか」
ジュリアンの視線がさらに冷える。
「なぜ急ぐ」
「後日条件を変更されれば、今回の件を踏まえた検証の意義が薄れます。今ここで皆が見ている前で決めていただきたい」
沈黙。
ジュリアンは内心で舌打ちした。
完全に逃げ道を塞ぎに来ている。
今ここで決めなければ、騎士団側は「国王が王妃に都合よく条件を整え直した」と言うだろう。




