希望 3
もう一つの試練の間
マディラが扉を開けると、そこは一面の砂漠だった。
ちょっと待って、ここを行けってこと?
こんなドレスで——と思った。
だが気づいたら服は謁見時の豪華なものから、シンプルなノースリーブの淡い水色のチュニックドレスになっていた。
靴も、白いフラットシューズに変わっていた。
——できることならやり直したい。
閉めたばかりの扉を開けようとしても、既に扉はなくなっていた。
後ろを含め360度、見渡す限り砂漠だった。
空には雲ひとつなく、太陽が容赦なく彼女を照りつけている。
視界の全てが砂の海。
どちらを向いても、地平線は見えるが町やオアシスといったものは一切見当たらない。
絶望に打ちひしがれていると、よく見たら、一点、地平線近くで光が見える。
頂点近くの太陽とは別物だ。
星?
それとも何かの人工物が太陽の光を反射している?
こういう時、ジュリアンがいたらその見分け方を教えてくれたかもしれない。
そもそも、ここは試練の「間」ってことだから、ずーっとひたすら歩けば実は壁にぶつかるかもしれない。
サハラ砂漠のような、本当の砂漠ではないのだから。
ともかくどこかに向かって歩いてみよう。
ここに立ち止まっていても仕方ないのだから。
そう思い、マディラは一歩ずつ歩き出す。
100歩くらい歩いたところで、彼女は違和感を感じた。
まず、日差しが暑くない。
こんなにカンカン照りだから、普通はもっと吸う息も熱いし、肌も突き刺すように熱いはず。
そもそも、地面の砂も全然熱くない。
厚底の靴ではないので、本当はソール越しに砂の熱を感じてもおかしくない。
ここの砂は、全くもって熱を帯びてなかった。
これなら、長時間歩けそう。
運が良ければあの光にすぐに近づけるかも——
歩くこと、恐らく数時間。
やはり、奇妙な空間だった。
太陽だと思っていた日差しが、全く位置を変えない。
あの地平線の光も、相変わらず光っているが、なんだか近づいている手応えもない。
なんだか、腹が立ってきたマディラ。
なんなの、この嫌がらせのような歩きにくい砂。
絶対、あそこまで歩いてみせる。
もう、ここまできたら、意地だ。
――――――――――
ジュリアンの試練の間
アルバス城の大広間。
ここで、豪華な宴が催されている。
ジュリアンがグラスの酒を飲み干すと、彼の周りの女性たちは一層親密に寄りそう。
彼は、目の前に広がるこの贅沢な光景と、その全てを掌握した感覚に酔いしれていった。
だが、急に何かが足らない気がした。
ジュリアンは女性達の動きを静止して、乱れた服装を整えて玉座を離れる。
先ほどのサロモンがいた場所に行く。
周りにいる女性の人数が増えており、彼は楽しそうに女性達との遊びに興じている。
「マディラは?」
「城外でしょ」
サロモンは興味なさそうにそっけなく返事をし、再び余興を楽しんでいる。
ジュリアンは眉をひそめ、足早に広間を後にし、城を出る。
そろそろ寝静まりそうな城下町を抜け、郊外との境の城壁の門をくぐる。
冷たい風が吹き抜ける。
城門から堀にかかる橋を渡って伸びる一本道は、まるで彼が手に入れた華やかな王国から隔絶された別世界のように、寂しげに広がっていた。
彼の歩調は自然と速くなり、静まり返った道をひたすら進んでいった。
やがて、道の先に古びた小屋が見えてきた。
屋根は苔むし、窓も割れかけているような粗末な佇まい。
ジュリアンは足を止めず、小屋の前まで辿り着いた。
——きっと彼女がいる。
小屋の窓から薄暗い明りが漏れており、人の気配がするので、確信をした。
小屋の扉をノックしてそっと開くと、薄暗いランプ一つで何やら作業をしているマディラを発見する。
薄暗い室内には、彼女以外いない。
雪こそ降っていないものの、凍てつく空気の中。
暖炉に火をともさず、寒さに震えながら針仕事をしている。
彼女は、上着も羽織らず、古びたブラウス一枚だけを身にまとっていた。
まるで寒さを感じることすら忘れてしまったかのように、地面にうずくまり、無言で針を動かしていた。
粗末な佇まいの小屋の中で、マディラの指先は冷えきっており、赤くなっているのが薄暗い中でもわかった。
だが彼女の顔は静かで、何かを求める様子もなく、ただ淡々と目の前の布に針を通している。
ジュリアンはその光景に言葉を失った。
華やかな城中の宴とは対照的に、ここには何の贅沢も、温もりも存在しなかった。
彼が手に入れた王座と栄光の陰で、婚約者はこの寒々しい世界に置き去りにされていたのだ。
扉を少し開けて、ジュリアンがのぞいているのに気づかないようだ。
「痛っ」
マディラは作業に集中していたが、突然、指をくわえる。
どうやら針で指をついたらしい。
見ていられなくなったジュリアンが、扉を大きく開けて入室する。
着ていたマントを、そっとマディラにかけてあげた。
「ありがとう」
突然彼が入室するも、彼女は特に驚いた風でもなく、小さな声でお礼を言う。
だがチラリと彼を見た後、また針仕事を続けている。
周りを見渡すと、ちゃんと暖炉が備え付けられており、薪も置いてある。
「これ、点けていいの?」
「あ、外に置いてたから、しけちゃって、つかないんだ……」
彼女は、残念そうにそう答える。
ふう、とあきれたようにため息をついた。
ブツブツ呪文を唱え、ジュリアンは薪を乾燥させてどんどん暖炉に組む。
そしてパチッと指を鳴らして、火をつける。
一気に部屋が明るくなった。
マディラの傍らに、大量の裸の小さい人形が積まれているのがわかった。
その傍に、服らしき布が大量に積んである。
ざっと数十体ありそうだ。
「何してるの」
彼が尋ねる。
まだ寒いのか、彼女は血色の悪い顔をこちらに向ける。
「これを今日中に仕上げないと。明日、孤児院でプレゼントするの」
彼女の表情に疲れが見えるが、しっかりとした目を向けて彼に答える。
「手伝うよ」
ジュリアンがそう声をかけるも、彼女は困ったような顔をして答える。
「え、でも駄目よ。あなたは王様なのだから、こんなところでこんなことしちゃ。パーティーに戻っていいのよ」
肝心なところで、いつもそうやって頼ってくれないんだ。
能力が解放された時も、妊娠した時も——。
マディラらしい。
「君だって立派な王女様だ。二人でやればすぐに終わるだろ。針と糸、余ってる?」
ジュリアンは彼女の横に座る。
何体分かの材料を集め、見よう見まねで作業を始めた。
暖炉の火がやっと部屋を暖め出した。
黙々と人形の服作りをしているジュリアンとマディラ。
ジュリアンは、実はそこまで針仕事に興味がない。
手伝うと言ったものの作業自体はそこまではかどっていない。
彼女は、この作業はおそらく好きでしてるのだろう。
だが、先ほどのように寒さに震えたり灯りに困るような暮らしはさせたくない。
さっきのサロモンの質問に答えるなら、多分それだ。
別に、更なる富や権力にはこだわっていない。
あるなら活用するけど、それをどこまでも貪欲に求めているわけではない。
そう思いながら、彼は慣れない針仕事を進めた。
何体か終わった後、マディラを見ると、さっきまで手付かずの材料が山のように残っていたのに、残すところあと4-5体分まで減っていた。
「あれ、早いね」
「ふふ、針仕事嫌いじゃないし……それに火をつけてくれたから震えが収まって、明るいから作業がしやすくなったから。ありがとう」
そう、マディラは微笑みながら答える。
さすが、中学時代「実技の鬼」と言われていただけはある。手縫いの作業もこんなに早かったとは。
「ひょっとして戦力外?」
ジュリアンは、考え事をせずに集中しても彼女のように早く縫える自信がない。
マディラはやんわりとそれを否定をする。
「そんなことないよ。あ、じゃあ、こっちを手伝って」
まだ何かあるのか?と彼は警戒をした。




