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希望 1

ニーベル 王宮の中庭


「パット、パットーっ!」

髪の短い金髪の男の子が、木の剣で素振りをしていた。

5-6歳くらいだろうか。

少し年下の従兄弟が自分を呼ぶ声がしたので、手を止めて声がした方に顔を向ける。

「なんだよ、ジュリ。そんな慌てて」


元々遊ぶ約束をしていたから、王子はこうして庭で彼を待っていたが、予定時間に遅刻しているわけではない。


ハァ、ハァ、と息を切らせて駆け寄ってきた、濃紺の髪が印象的なおかっぱ頭の少年。

呼吸を整えながら、興奮したように質問をしてくる。

「パットは、神の存在を信じてますか?」

「ハァ?慌てて来て、聞く質問がそれかよ。神?信じないことはないけど、会ったことないからなぁ……なんで??」


図書館の奥深くにある、限られた者しか入れない部屋で見かけた禁書の数々。

書物の一つに、5つの異世界の話が載っていた。

ジュリアンは当然、それ等を持ち出せないので、できる限り記憶した。

ニーベルにおいては、異世界間を自由に行き来されては困るので、その存在は国民の大多数には隠されている。

よって、他世界に関する書物等は禁書扱いとされている。

その情報は、ごく限られた者にしか知られていない。


「今日見つけた書物によると、『世界はまず金の世界が父の手によって作られ、その後黒、そして他の3つの世界が作られた。』らしいですよ!」

「——ってか、お前またあんなところに忍び込んだのかよ。いい加減やめろよな」

呆れたように、活発そうな少年が注意をする。

さして気にしてないジュリアンが、濃い緑の瞳をキラキラ輝かせて話を続ける。

「できることなら、父と呼ばれる、神々の始まりの人に会ってみたいなぁ!」

「会ってどうするんだよ」

「どういう思想のもとに何が作られたとか、どうやって作るのとか……もうそりゃあ、不思議に思っている事全部ですよ!」

「ジュリアン様?ねぇ、ジュリアン!」



――――――――――



「え?」

気がついたら、ジュリアンのアメジスト色の瞳が、最愛の人を映し出していた。

自分の顔を不思議そうに覗き込んでいる。

ジュリアンは扉(ゲート)を通った時に、髪は紺色から銀髪に、瞳の色も緑から紫色に変化していた。

だが、マディラは変わらずエメラルドの髪、藍色の瞳のまま。

「どうしたの?考え事?何かニーベルでやり残したことでもあるの?」


グリーンフレードム国のアルバス城の敷地の端。

ニーベル城地下に繋がっている扉(ゲート)がある祠から、城内への移動する馬車の中。

窓の枠に肘をついて、ぼーっと車窓を眺めていた。

別れ際にパトリックに言われた事。

それをきっかけに、無意識に昔のやり取りを思い出していた。


よくもまぁあんな古い話を……。

興奮して話していた当の本人が、すっかり忘れていた。

まさか、こんなに色んな世界を行き来する日が来るなんて、あの時は夢にも思っていなかったが。



――――――――――



緑の世界。

赤の世界の「対となる世界」。

赤、青の世界に比べ、土地の面積が海より広いのか、緑の世界と呼ばれている。

人間界で、いわゆる魔法使いや妖精と言われる者達が住んでいる。

だがニーベル人と違い、多くの人は特殊能力を持たないか、有していてもその能力はそこまで高くはない。


その中で、グリーンフレードム国は、緑の世界で最小の大陸面積を有する。

言い伝えによると、この国はある特殊結界に守られており、不思議な能力を持った者の比率が、緑の他の国に比べて高い。

また、黒、赤、青には存在しない、金の世界への唯一の扉(ゲート)が、この国内のどこかにあると言われている。

故に、グリーンフレードムは「聖なる大地」「天にいと近き場所」という別名がついている。


そういった、緑の世界の他の国にはない特殊性ゆえ、強い能力者の維持がこの国の大変重要な課題になってくる。

そして、ジュリアンがたまたま出会った、小柄な老人が遂行しようとした特務である、ニーベル王家から養子を迎える理由がここにある。



――――――――――



「——大丈夫だよ。なんか最後の最後までパトリックに声をかけられて……ほんとお節介な人だなと思ってさ。他の貴族の嫉妬を避けるために、人前では険悪な雰囲気を出していたけど。」

「もう会えないの?」

ジュリアンの返事に対し、寂しそうにマディラが質問をする。

「そんなことはないんじゃないかな。国交自体は存在しているので。尤も、人間界にいた時だって、頻繁に会っていた訳ではないから、今更って感じだけどね。」

ジュリアンは、少し肩をすくめながら、どこか遠くを見つめていた。


「……心配といえば、国境の軍事侵攻の件は、この後どうするんだろうね。」

彼の言葉には一抹の不安が潜んでいる。

「赤の世界の一強であるニーベルが滅ぶことはあり得ないから、多少の内乱はあるにせよ、そのうち落ち着くと思ってはいるけど……」

冷静を装っていたのを感じ、マディラがさらに質問をする。

「せめて、そっちの問題が解決してからできてもよかったんじゃないの?」 

「解決って、どういう状況を指しているかわからないけど、下手に巻き込まれたら出国自体危うくなるし……。それに——」

彼は少し間を置いて、マディラの目をじっと見つめ、そして優しく彼女の手を握り言葉を足す。

「君の体の変化は、時間が経つごとに誤魔化せなくなるのだから、出国は早いに越したことはない。——で、なんで声をかけたの?」


「あの木、見て。すっごくおっきいの!」

マディラ側の車窓から見える、この国の象徴で、国土のちょうど真ん中に生えている巨大樹を指差している。


「——あれは聖なる巨大樹、エルニドと申します。」

今まで沈黙を貫いていた、二人の向かいに座っていた若い使者が答える。

彼の名はジョナサンという。ジュリアンより少し年下だろうか。

強い意志を感じさせる切れ長の目が特徴。

瞳の色も髪も濃い茶色で、長すぎず短すぎず、耳のラインにかかる程度。

サイドは少し短めに切り揃え、後ろは軽く流す形。少し額が見えるように髪をまとめ、清潔感がある。

上質な布で作られた深いグレーのシンプルな柄の、動きやすさと品格を兼ね備えたデザインの服を着ている。

養子交渉の窓口となったウィリアムの孫で、祠でマディラたちを迎え、城まで付き添ってくれている。


マディラ達が雑談をしているうちに、城の玄関が見えてきた。

馬車が正面玄関に到着し、扉が開かれ、まずジョナサンが降りる。

「ジュリアン王子、マディラ様、どうぞ城内にお入りください」

そう言いながら、扉を手で押さえながら彼は恭しく礼をしている。


ジュリアン王子という表現に違和感を示し、戸惑いの顔をするマディラ。

祠でジョナサンと顔を合わせた時にもそう呼ばれていた。

聞き間違いかと思っていたが、そうではないらしい。

彼女のその表情を見て何かを察したジュリアン。

マディラをエスコートしつつ耳元で「後で説明する」と小声で伝えた。


衛兵に案内され、場内の回廊の赤い絨毯の通りにゆっくりと進む二人。

壁には絵画やタペストリーが飾られているが、国の中央の方角を見ると、やはりエルニドが窓から見えており、とても印象的だ。


城内でまず控えの間に通されたので、二人は謁見に際し、身なりが整っているか確認をし合う。

マディラは、さっきの気になった件を聞きたかった。

間も無く執事や侍従が現れ、すぐに呼び出しを受けたので、慌ただしく二人は謁見の間へ案内された。

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