旅立 10
ヴィンランド家 当主の書斎
部屋は豪華で重厚な家具に囲まれ、壁一面に並ぶ書物がその知識と権威を物語っている。
緊急招集当日参加に間に合わなかった父親が、次の作戦に向けて王都に戻っていた。
父親は書斎の奥の椅子に深くもたれている。
息子は、書斎の机を挟んで立ち、父親を見つめていた。
「——会議に間に合わなくてすまなかったな。幹部が足並みを揃えないと士気に関わると言われればそうだが……。最終判断は陛下がされるので、指示者として、俺はその場にいなくても大丈夫なんだがな」
自嘲気味に陸軍総司令官は息子に言った。
「で、何か話があるのだろう?」
「はい。本日、自分に対して新たな辞令が出ました」
ジュリアンは、昼に出されたマディラ姫と自分に対しての、国王の命令についての報告をする。
「お前はそれでいいのか」
父親はその報告を聞くと、しばらく黙り込みそして一言、重々しい声でそうジュリアンに質問をする。
帰国後すぐにまた異世界に行くことについてなのか。
伴侶としてマルゴーではなくマディラを選ぶと言う意味か。
マディラに対する予言を知ってもなお、そばにいるつもりかと言うことなのか——。
いずれにしても、ジュリアンの答えは一つだった。
「はい、そのような命令がでるように、自分で仕向けましましたので。」
父に対して、真剣な表情で自分の決意を伝えた。
その言葉には期待と覚悟が混ざっていた。
父親の反応が気になるのか、どこか不安な色も見える。
「なら、私からお前に言うことは何もない。元気でやってくれさえすれば。ラングレー家にとっては嬉しくない話だろうが、婚約は破棄しよう。母さんには私から話しておく。政治の世界とはそう言うものだとも。」
それを聞いて、ジュリアンは少しホッとする。
先日のマルゴーの切羽詰まった表情が思い浮かぶ。
一時的でも将来を考えた相手なのだから、悲しませたくないと想いは当然にしてある。
婉曲的に、「国王の命令で帰還時期不明の任務を通達された」くらいの理由で婚約の解消の話をジュリアンからしても、逆に「何年でも待っているから破棄だけはやめて欲しい」と言い出しかねない勢いだった。
——「早々に結婚したい」という彼女の提案から察するに。
最初から縁談に乗り気ではなかったことや、幼馴染の姫と異国の地で一緒になるので、戻ってくるつもりはない。
そこまで踏み込んだやり取りを想像すると、ちょっと躊躇ってしまう。
そして母親に対しても、やはり目の前でがっかりする顔を見たくない。
義理であっても娘ができるのを、それは楽しみにしていたのだ。
最終的には、冷徹な戦略家として淡々と話すことは覚悟していたが、父親から「自分から説明する」と言ってくれた。
渡りに船とは、まさにこのことである。
「俺は今回は前線に行くのか、それとも王都での指揮か……。その案はお前が作っていくのだろう?」
婚約とは全く違う質問が、土翁からされる。
「父上といえども、勅令発令前にその内容をお話しすることはできませんが、もう僕の手は離れていますので、もうすぐ発令されるはずです。そちらをご確認いただければ。」
そう言いながら、陸軍はどういう動きをするか思い出し、ジュリアンは一言だけ付け加える。
「母上が、悲しむようなことにはならないかと。」
「そうか。」
息子の回答に彼は穏やかな表情をし、静かにそう返事をした。
「お前が学院時代から、立案している戦略に目を通してきているが、時に若さも感じるが概ね良い内容だと思っていた。今回も期待している。」
「ありがとうございます」
「稀に人の気持ちがついてこないようなものもあるが、あれはわざとであろう。依頼主の浅はかさを突いたり、抵抗を示すための。」
流石父親というか、軍トップというか……。
普段から会話をする方ではない。
作戦を見ただけで核心をついたコメントをする彼に、ジュリアンは感心をした。
「それでは、失礼致します」
ジュリアンがそう挨拶をして深く一礼をし、退室しようと方向を変えて歩きだしたところ。
背を向けた彼に、ポツリと話す父親。
「モンティセルロとローザンティの間の娘だ。年も近い。そしてお前と顔見知りだ。
「不安要素」があるにせよ、ヴィンランドとしては、お前の縁談を検討する際、もしも彼女が国内にいたなら、当然一番の候補者になっただろう。
彼女は先日、突然帰国をした。状況が変われば検討事項も変わる。違うか?」
再度父親の方を向き直るも、彼は椅子に座ったまま窓の方を向いてしまったので、表情を窺い知ることはできない。
「父上……」
「今回の破談を負い目に感じる事はないし、お前は任務として異世界に行く。だが、帰ってくる場所はここだ。たまには二人で顔を見せなさい」
「ありがとうございます」
再度深々とお辞儀をして、ジュリアンは父の書斎を後にした。
二人で国から逃げるように、駆け落ち同然で行くのではない。
そして有事の際はここに帰ってきて良いのだと言ってくれた父親に、彼は感謝をした。
――――――――――
緑の世界への出発当日。
限られたものしか存在を知らない、王宮内地下の扉の前。
マディラとジュリアンはそこで待ち合わせをしている。
普段は使用することのない、内宮の端にある回廊から、ジュリアンが地下に降りたところでパトリックが待っていた。
「妹は既に扉の前にいる。お前に餞別だ」
皇太子は靴箱大の木箱を差し出す。
「これは……」
なぜ、こんなものがこの国に??
「そんなことは知らんよ。これを機会に返しておいてくれ。これを使いこなせるのは相当熟達して術者だけ、わが国最高の術者である父上でさえ完璧に使えるかわからないが、毒が抜けているお前なら、あるいは、ってとこだな。」
怪訝な顔をして箱の中身を確認するジュリアンに、真剣な眼差しでパトリックは言葉を続ける。
「平和な国に行ってもぼけることなく、有事の際に備えてちゃんと鍛錬を積んでおけよ。」
その皇太子の言葉に、表情を引き締めるジュリアン。
「妹を、よろしく頼んだぞ。あんな問題を抱え込んだ訳ありな姫だけど、俺の、大切な妹には変わりない」
「ええ」
「『グリンフレードム、聖なる大地。天にいと近き場所』。お前の夢も叶うかもしれないな。」
「……夢、ですか?」
パトリックが突然、何の話をしているかわからずに驚く。
「『父』の存在を確かめたいと言っていただろ。もしかしたら、そういう機会もあるかもしれないな。」
「……よくそんなこと、覚えてましたね。」
思い当たる節があったので、彼はすぐに納得をした顔になり、幼馴染に別れの挨拶をした。
ジュリアンが立ち去った後、皇太子は抱えていた二つの封筒を見つめた。
そのうちの一つを発火させ、完全な灰になったことを確認し、地上へと上がっていった。




