旅立 1
王宮内 とある客間
ここには、数日前から、ある人物が宿泊していた。
小柄でやせ細った老人で、歳を重ねたことを示すように、顔には深い皺が刻まれている。
背は低いが、その姿勢には不屈の意志が感じられる。
彼の銀色に輝く髪は長く、後ろでしっかりと結われており、彼の厳格さを際立たせている。
老人は、独特な雰囲気を醸し出していた。
彼の衣装には異国の複雑な模様が刺繍され、だが格の高い威厳を示している。
彼が持つ杖には、紋章が彫り込まれている。
「一体、何日ここに滞在すればいいんだ」
彼の世話をするように命令を受けた、下級貴族や侍女たちが、老人の苛立ったその一言を聞き、顔を見合わせる。
だが彼らは、その答えを持ち合わせていない。
彼が部屋の時計をチラリと見やると、もうすぐ午前11時。
「もう我慢できんぞ、国王を探しに行く!」
そう言ったかと思ったら、老人は急にツカツカと扉の方に歩き出し、回廊に飛び出る。
「あ、お待ちくださいっ」
慌てた若い男性が数名、老人の後に続いて回廊に飛び出る。
老人が王宮の内部に突き進もうと、早歩きで道なりに進み、途中角を曲がった。
見失ってはまずいと、男性達が小走りで廊下を曲がると——。
「あ、——様」
「其方はひょっとして王族の者だな、国王と話がしたい!」
若者の一人が、廊下を曲がった先にいた人物の名前を呼ぶのと、老人が喋るのが同時だった。
「……これは何事か」
口を開いたのは、金の刺繍や紋章が華やかに施された、鮮やかな青いシルクのジャケットを着た青年。
状況を理解できず訝しげな顔をして立っていた。
老人は彼を一目見て、直感で、この人物に懇願をすれば国王との会談が実現すると判断した。
「それが、こちらの方は、さる方の命令で陛下との面談を希望されているのですが、なかなか調整がつかないと秘書官のマリウス殿に言われておりまして。
かれこれ数日、王宮内に滞在されているのです。
我々も、お世話をするように命令を受けているものの、今後どうすれば良いかわからず」
「そういうことだ、早急に面談の場を設定してくれ!」
老人と世話役の二人に畳み掛けられるようにしゃべられ、わかったわかったと宥める青年。
「マリウスがこちらの方と陛下の予定を調整していたか記憶にはないが、現在取り込み中なのは確かだ。わかるだろう」
そう言い、青年は若者達に顔を向ける。
「はい、今朝方より状況が一変したのは存じ上げております」
うん、と頷き、青年は言葉を続ける。
「私も、本日式典出席の予定があり、こうして早くこちらに移動したのだが、先ほど予定がキャンセルになった。そのような状況なので、陛下のご予定を確保するのは困難だと思うが——」
そこで一度言葉を切り、ふぅむと思案した上で、青年は再び話し出す。
「その一方で、客人に何日も無駄にご滞在いただいている状況はよろしくない。そこで、一旦私がお話を伺うというのはいかがでしょうか。」
ほぅ、と老人は、その代替案は悪くないという表情をする。
「立ち話で済まされる内容ではないと推察いたしますので、お部屋で伺いますよ。どちらにご滞在でしょうか」
老人たちが元いた部屋に向かって、その場にいた全員が歩き出した。
――――――――――
遡ること12時間前
ニーベル国西の国境付近には、グライマンダー部族という異文化の民がいる。
ニーベルの土地のほうがより豊かという事と、元々価値観が合わないらしい。
これまで異国の民は何度か侵入し金品を強奪したり、隙あらば自分たちの支配地を拡大しようと、いざこざを起こしてくる。
なので、この境界は普段から厳重な警備が引かれている。
昨夜、その部族が大規模な侵攻作戦を展開。
境界の壁を破壊し、侵入した隣国の戦士たちが、国境近くの駐屯地や付近の民家に押し入ったらしい。
ニーベル側に多数の犠牲が出たとの報告が王宮を駆け巡った。
――――――――――
王宮 謁見の間
今日は全体会議がないので、貴族達は各所属の予定に従って、いつも通り王宮に出仕をするはずだった。
だが緊急の報を受け、急遽会議召集通知を受け取った重臣たちが、謁見の間に続々と集まってくる。
西側の国境での出来事を確認し、対策会議が開かれるというのだ。
ジュリアンも、午後の予定を急遽変更して、この広間に集まっていた。
「マクシミリアヌスは?」
午後1時を過ぎ、国王が玉座につき、家臣一同を見てそう尋ねる。
国の一大事というのに、肝心の陸軍トップの姿が見えない。
「雷翁殿と、空軍陸軍の合同演習の予定があったため、昨日早く北方の基地に向けて移動中でした。現在連絡が取れており、もうすぐ王宮に到着すると聞いております」
陸軍副官である鉄翁が答える。
「雷翁はここにおるが?」
「陛下、あんなウスノロと一緒にしないでください。私なら北方基地までひとっ飛びです」
そう、五十代半ばのきれ長の鋭い目の銀髪の男性が答える。
髪は短く、シルバーグレーに染まった髪が頭にきっちりと整えられており、髪の両サイドは少し刈り上げられている。
目元には年齢を感じさせるシワがあるが、その眼差しには雷のような鋭さがある。
威厳を漂わせ、彼の持つ雷の力が年齢を超越したエネルギーを感じさせる。
土翁はもとより、多くの武官は雷翁と速さ勝負をしたら勝てない。
そもそも、国境での出来事の一報の後「西の国境に直接向かえ」という指示も出ていたらしい。
状況を見極めるために、土翁は一時、移動をせずその場に留まっていたと聞いている。
その後、王都に戻れという最終決定を受けた時には、会議に間に合わないことが明白だった為、王宮に留まっていた副官が招集に応じると調整されていた。
軍隊最大勢力のトップが緊急招集に間に合わない理由を、そう言った経緯を無視してあざける言い方を、陛下はじめ重臣が集まるところでする事に、息子は若干の悪意を感じた。
こんな時に、そんな些細なことで鬼の首を取ったような言い方をしなくてもいいのに。
この国の人は、何かにつけて人を貶めようとするのにはついていけないな、と彼は呆れる。
だが、国王は土翁がいるか確認したかっただけだった。
雷翁の発言を大して気にせず、会議を開始する。
「なるほど、まあ良い。現状報告をしろ」
鉄翁が陸軍として入手している情報と、現地から早馬で城内入りした、地方貴族である現場の指揮官から被害状況の説明がされる。
「あいつら……我が領土を侮るとは許し難い。目にもの見せてくれるわ」
報告を聞き終わると、国王は拳を強く握りしめた。
その眼光は冷たく鋭く、まるで嵐の前触れのようだった。
「英知翁、あいつらを駆逐してやる。直ちに対応を講じよ!掃討作戦の原案を練るように。皆のもの、英知に詳細情報を集約せよ」
そう指示を出し、国王は苛立ちを隠しきれず、肩を震わせながら謁見の間を後にする。
足音は重く、背中には怒りの炎が燃え盛っているかのようだった。
扉が閉まる瞬間、かすかに「あいつら、今度こそ……」と低く呟いた。
先ほどの報告者を中心に、すぐに別室で緊急対策会議が始まった。
ジュリアンが次々とデータを確認する。
敷地内で人が倒れている画像が多く、相手の負傷に関する情報を持っている者がいなかった。
「現場の資料はこれが全部ですか……?もしあれば、砦外の相手の侵入状況がわかるデータをください」
大規模な侵略を受け、多数の行方不明者が出ているという報告の割に、写真では爆破の規模が小さいことに、彼は違和感を覚える。
「どうした」
短く刈り込まれた黒髪の、鋭い目つきと精悍な顔立ち、無表情の顔ではあるが実直な鉄翁が、ジュリアンの様子に気付き、質問をする。
「資料が足らないのか、これで全部であるということは、もしくは——」
「もう少し経てば、情報がさらに集まると思う。これは速報なので」
側にいた、別の副官がそう答える。
「まぁ、そうですね。ただ、すぐにでも一時防衛ラインの陣形を固めたかったのです。現状は承知しました。皆様、ご協力ありがとうございます」
英知翁はそう言って散会を宣言した。




