葛藤 16
ファラン家応接室
先日、王宮内で騒動を起こした件で、ユリウスは軟禁状態になっていた。
ジュリアンが事情聴取にきたが、文官が好きになれないユリウスは、まともに答えない。
そこに父レオナルドが慌てて帰ってきて、ジュリアンは陸軍最高司令官息子だと話す。
どうやら土翁は、この騎士団長親子に尊敬される漢のようだ。
その追加情報で、急にジュリアンへの態度を変えるユリウスを見て、彼はちょっと複雑な心境になる。
「今回は、父は関係ありません。たまたま僕が目撃者だったので、お伺いしているだけです。」と言ってジュリアンは騎士団長を宥めた。
父親は自分には人当たりはいいが、どうやら戦場では人が変わったように恐ろしいらしい。
仕事柄、ジュリアンは父の過去の戦績を分析したことがあるが、他の武官に比べて、おさめた戦果の数の桁が違うのだ。
これはどう考えても、能力が高いというより、若い頃は特に戦場で文字通り「暴れて」いたのではないかと、ジュリアンは推測している。
「鬼神」と呼ばれるのも納得していた。
「この度はこのバカ息子が姫に対して無礼なことをしました。王家と縁が持てる事を切望した息子が、焦って一人でやったことです、決して一家で企てたことではありません」と、レオナルドが丁寧に説明をする。
それに対し、ジュリアンも「騎士団のメンバーではなくファラン家に所属する、ユリウス殿の身の回りの世話をしている者が手伝ったことからも、騎士団長殿の知らないところであったことだと信じています」と返事をする。
そんなやりとりをした後、入手した情報を元に、王家の使者が姫の服用した薬の詳細を聞くために魔女のもとへ足を運んだ。
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城下町北の森 魔女の家
「でもそれで、わしの秘伝の配合を易々と教える理由にはならんだろ」
「ただでとは言わない、あるものをお礼の品として持ってきた」
なおも質問に答える気がない魔女。
仮面の男はコートの下から、透明な瓶に入った干からびた何かのしっぽのような物を見せる。
魔女の目が急に輝き、それが何か語り始める。
「それは、もしかして!超レアなドラコニック・ケラステスの尾か?神話に登場する幻のドラゴンと蛇の中間の生物で、力と寿命に恵まれた存在。その尾は干からびても魔法的な性質を失わず、特に変身や精神操作に関する薬に使われる!!」
仮面の男は無言で頷く。
お礼の品のおかげで、魔女は饒舌に、何をどのように調合したか詳細を話し始めた。
「そんなカスみたいな材料で……。効くのか?」
仮面の男は、成分を書き留めながら呆れた声で聞き返す。
「まぁ、これで成功確率は7割ってとこだ。結局は昂揚感と執着心を湧き上がらせて、疑似恋愛体験まで持っていけばいいんじゃろ」
だが彼女の最後の一言が、男はとても気になった。
「ま、冷凍しても10日間しか持たないから、早く使わないと成分が抜けてしまうけどな」
……まさか、要冷蔵保存?
「わしは、ちゃんと言ったと思うぞ。確実に効果を得たければ製造後3日以内に使い切れ、使用直前までしっかり冷やしておけ、と」
ユリウスが期待した効用がなかった理由がわかった。
恐らく薬を常温で保管していたので、成分が変質してしまったのだ。
早い話が、腐っていたのだ。
「一番効くやつ、と言われたが、一番扱いが楽なやつ、とは言われていない。だから、一番高値で売れるものを調合したまでよ」
魔女はしれっとそう答えた。
それにしても、と話題を変える魔女。
「あの女に関わると自分の首を絞めるだけではないのか?出生時の予言は知っておろう」
「貴様に指図されるいわれはない。ともかく、情報をくれたことには感謝する」
そう言って、仮面の男は、おもむろに透明な瓶から干からびた尻尾を取り出した。
先の方1/5ほどで折って、その10センチほどの切れ端を机の上に置く。
「あー!ひと瓶もらえるのじゃないのか??」
「すべて渡すとは言ってない。うちだって、そんな簡単に入手できる物じゃないんだ、これは」
魔女の非難の声を気にする事なく、そう言い残して、仮面の男は魔女の家から立ち去った。
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ヴィンランド家、夜遅く。
王宮での会食があったが和やかに終了し、ジュリアンが馬車にて帰宅をする。
正面玄関から自室に行こうとしたところ、執事に呼び止められる。
「マルゴー様がお見えです。応接室にお通ししようとしたところ、婚約者なのでおぼっちゃまのお部屋で問題ないと言われまして……」
「今日は会食があるから遅くなるのに?いつ来たの?」
「昼間に予定を確認しにいらして、そうお話したのですが、先ほどもう一度いらっしゃいまして」
「そうか、わかった。ありがとう」
彼は無愛想に了承する。
今夜は人と会うつもりはなかったが、そんな話を執事にしても酷だ。
「お邪魔しておりますわ。随分と遅いお帰りなのですね」
部屋に入るなり、婚約者にそう声をかけられる。
「文官は急な戦闘配備なんてないのだから早く帰ってきてくださいな。舞踏会でも途中退席されましたけど、もう少しお仕事を控えられてはいかがですか。」
「立場上、急遽仕事が入る事もあるし、本日のように会食もあります。」
「わかっていますけど、友達の旦那様はみんなもっと早く帰ってきていると聞いております。私を避けているのですか?」
彼らと一緒にするな、まだ身分が低く任せられる業務が限られるので夕刻になれば帰宅させられているだけだ。
マルゴーの友達の夫を数名思い出して、そう言いたくなるも、ジュリアンはグッと我慢する。
だから帰宅が遅いといっていたのか。
彼女と言い争っても不毛なので、彼は話をすり替える。
「避けているだなんて、そんなことありませんよ。ご要望について、すぐには難しいですが、何か良い策がないか検討します。こんな夜遅くに出歩いては、ご両親が心配されるでしょう。お送りしますから」
馬車を用意させて、ラングレー家にマルゴーを送り届ける。
馬車を降りる前、薄暗い車内で、隣に座る彼女がジュリアンに顔を向けて、唇を突き出している。
「結婚してからにしましょう、今はこちらで」
しばし考えたのち、ジュリアンは、彼女の手の甲にキスをした。
彼女は何か言おうとした。
だが屋敷の扉が開き娘を出迎える両親が現れた。
マルゴーに降りるように促し、自分も下車して挨拶をする。
「マルゴーさんが、業務でなかなか会えない僕との時間を作るために、夜に訪問してくださいました。こんな遅くの帰宅となったこと、申し訳ありません。今後、このようなことが起きないように、二人で話し合って参ります」
ラングレー夫妻から特にお咎めもなく、またマルゴーもジュリアンの紳士的な態度に納得して室内に入って行った。
帰りの馬車内。
暗い夜道を見ながら、これからの二人の関係をどう進めるべきかジュリアンは思案をする。
先ほどのマルゴーの手の甲へのキスを思い出す。
「結局のところ、あれが答えなんだろうな」
窓辺に頬杖をつき、ジュリアンはボソリと呟いた。




