葛藤 2
王宮内
マディラは、早速父との謁見のために玉座の間に入ると、復籍の儀式を早急に執り行う、見合いをするように告げられた。
国王はそれだけを言い終えると、踵を返して背を向けた。
マディラは一人残され、父の言葉の重みを受け止めながら、胸の奥にわずかな決意が生まれるのを感じていた。
再び王宮での生活が始まる——だが、その道のりは決して平坦ではないだろう。
国王が去った直後、重厚な扉が再び開かれた。
荘厳な衣をまとった儀式の司祭たちが、無言のままゆっくりと歩み寄ってくる。
彼らの顔には感情はなく、まるで機械のように整然とした動きを見せた。
王女は、彼らの無言の招きに従い、静かに立ち上がる。
「お迎えにあがりました、姫様。」
声がかかったのは、先頭に立つ老司祭からだった。
深い声に重みがあり、長い歴史と伝統を背負っていることが感じられる。
王女は一瞬だけ玉座の間を見回し、深い息をついてから頷いた。
そして、そのまま司祭たちの後に続く。
彼らの歩みは遅く、重い。
まるでこれから行われる儀式の重圧が、その足取りにも影響を及ぼしているかのようだった。
廊下を進むたびに、城の厳粛な静寂がマディラ達一行を包んでいた。
石造りの廊下に響く靴音だけが、長く引き伸ばされた時間を刻むかのようだった。
長い廊下を抜け、いくつかの角を曲がり、地下に入り、やがて儀式の場に通じる扉の前に立つ。
そこは、厳粛な雰囲気に満ちた場所で、厚い木製の扉には古くからの魔法の紋章が刻まれている。
——地上の別棟の斎場ではなく……地下の??
確かな記憶が彼女にあるわけではない。
だが、無意識に、負の感情が込み上げてくる。
「どうぞ中にお入りください。」
老司祭は静かに言葉を発し、彼女に敬意を払うように一歩下がる。
マディラは頷き、緊張感を胸に抱きながら、ゆっくりと扉に手をかけた。
その瞬間、扉の向こうからは冷ややかな空気が漏れ出し、彼女を迎え入れるかのように流れ込んでくる。
深く息を吸い込み、心を落ち着けると、彼女は意を決して扉を押し開けた。
部屋の中は、厳粛な儀式の空気で満ちていた。
石壁に囲まれたその部屋は、外界から隔絶されたかのようにひっそりと静まり返っていた。
中央には儀式の祭壇が置かれ、古い文字が刻まれた石碑と、幾つもの燭台が並んでいる。
燭台の炎が揺らめき、まるで彼女を試すかのように踊っていた。
マディラは一歩一歩、慎重に足を進めながら祭壇近くに設置された椅子に腰をかける。
その時、だ。
扉の向こうに広がる薄暗い空間に、数名の儀式執行官が静かに待ち構えていた。
彼らは皆、頭から深くフードをかぶり、顔は布の仮面で覆われている。
黒い布に包まれた彼らの姿は、闇に溶け込むかのようで、まるで人ならざる者たちのように感じられた。
彼らは、無言のまま一斉に彼女に向かって近づいてきた。
儀式執行官たちは、まるで滑るような動きで彼女を取り囲み、彼女の周囲に立った。
彼女は一瞬、彼らの無機質な動きと覆い隠された顔に戸惑いを覚えたが、それでも一歩も引かず、決意を秘めたままその場に留まった。
「姫様に、儀式の準備を。」
低く響く声が、フードに隠された一人から発せられる。
彼の声には、どこか冷たい響きが宿っていた。
マディラはその冷たさに気づいたが、彼女には選択肢はない。ただ、彼らの指示に従うしかなかった。
儀式執行官たちは一人、また一人と近づき、慎重に手を動かしながら、彼女の衣装や小物の調整を始めた。
彼らの手つきは極めて正確で、彼女が再び王家の一員として迎え入れられるための準備が進められているように見えた。
しかし、マディラはどこかその冷淡で機械的な動きに既視感を感じた。
その冷徹さは、ただの儀式の準備ではなく、何か別の意図を秘めているかのようだった。
姫は彼らの手が触れるたびに、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
心の奥底で何かが警鐘を鳴らしている。
ニーベルでの記憶は曖昧だが、母親が亡くなった後に、ここに連れてこられたのが最後だったのではないか。
全てが整った後で、頑丈な鎖がついた鉄製の手枷と足枷が装着される。
え……一体何が??
そう思うと同時に目隠しをされ、額の周りに何かが巻きつけられる。
「すぐに済みますから」
そう、不気味な老師祭の声が耳元でしたかと思ったら、猿ぐつわがかまされて、声が出せない。
「それでは今から儀式を執り行う」
そう宣言された瞬間、周りから複数の声で呪文の詠唱が始まる。
マディラは最初、静かに耐えようとしたが、突然身体の中に鋭い痛みが走った。
その痛みは、まるで内側から魂が引き裂かれるかのようで、全身を支配する。
そして、頭に巻かれた何かが、どんどんキツくなっていく。
彼女の手は、無意識に椅子の肘掛けを握り締め、指先が白くなっていく。
「うぅぅぅぅぅぅ……!」
悲鳴を抑えようとしても、口から漏れ出す声は止められない。
猿ぐつわが嵌められているが、それでもうめき声が漏れる。
儀式執行官たちは冷酷に、何一つ変わることなく淡々と詠唱を続けていた。
彼らの目には、マディラの苦しみなど微塵も映っていない。
姫の体は、徐々に制御不能の震えに襲われ、筋肉が痙攣し始めた。
肌が汗で冷たく湿り、呼吸が乱れていく。
息を吸おうとするたびに、肺に火が燃え上がるかのような息苦しさが彼女を襲い、彼女は喉を絞るような音を立てた。
視界は徐々に暗く狭まり、彼女の意識はふわふわと遠のきそうになる。
儀式の進行と共に頭の痛みは更に深くなり、限界を超えた痛みに、ついに彼女の意識は途絶え、体は静かに椅子に崩れ落ちた。
――――――――――
広大な地下の斎場は、薄暗い光に包まれて静まり返っていた。
儀式の終わりを告げるかのように、かすかに冷えた空気が漂い、鈍く響く足音が唯一の音を作り出していた。
マディラは、硬い石の床に横たわり、柔らかな毛布がその身体にかけられていた。
彼女の手足には、かつて拘束されていたはずの手枷や足枷の重みはすでになく、椅子に座っていた感覚だけが脳裏に残っている。
「私は……なぜここに?」
姫の思考は混乱していた。
記憶を探ろうとしても、儀式を始める直前の瞬間だけがかすかに浮かび上がり、その後の空白が深く残っている。
謎の儀式は彼女の記憶から消え去り、ただ疲労感だけが全身にまとわりついていた。
やがて、斎場の扉が静かに開き、一人の女性が姿を現した。
彼女は、姫の新しい侍女として任命された者だった。
女性は無表情のまま、しっかりとした歩みで姫に近づき、膝をついて優しく声をかけた。
「姫様、儀式は無事に終わりました。お部屋へお連れいたします。」
その言葉に、マディラはわずかにうなずき、助けられるままにゆっくりと立ち上がった。
体の芯にまで広がる重みを感じながらも、女性に支えられながら地下の斎場を後にした。
彼女の視界に映る石造りの壁や装飾品は、どこか異様な静けさを放っていた。
王宮の寝室へ向かう長い回廊を進む間、姫の疲れた心は次第に緊張感を解いていった。
途中、皇太子夫妻の部屋や、幼い王子や王女たちの居室が並んでいる場所を通り過ぎると、かすかに聞こえる笑い声やささやき声が耳に届いた。
しかし、それらの音は今の彼女には遠く、まるで別の世界の出来事のように感じられた。
ようやくマディラの寝室に到着した時、侍女は丁寧に扉を開け、姫を優しくその中へと導いた。
寝室には柔らかいカーテンがかかり、暖かな色合いの布団が整えられていた。
姫は、深い疲労とともに静かにその場に腰を下ろし、深く息を吐いた。
「今夜はお休みくださいませ、姫様。ご体調が戻るまで、私がずっとお側におります。」
侍女は柔らかい声でそう告げ、退出のために一礼した。
マディラは再び目を閉じ、謎の儀式の記憶を取り戻そうとするものの、それはまるで霧の中に溶け込んでいくかのように曖昧で、つかみどころがなかった。
唯一残るのは、儀式の重圧とその後の深い安堵感だけだった。




