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離別 7

ここは……


目を覚ました真唯佳はボーっと天井を見つめる。

自分の部屋……

夜とは違う薄暗さの中で、ベッドに入っている自分に違和感を覚え、時計を見やる。

午後5時を回ったところだったとわかり、この暗さは外の天気の悪さのせいだと気づく。

何でベッドに入ってるんだろう……体調、悪かったっけ?

上半身をゆっくり起こしながら記憶の糸をたどっていった。

突如、色々なことが頭を駆け巡る。


蒼と放課後、教室で二人きりになったところでキスされたこと

彬と蒼が対峙していたこと

彬が風翁に、傷つけられていたこと


アアアアアアアアアアッ


あまりに激しい記憶の衝撃に、思わず悲鳴に近い叫び声をあげる。


あたし……あたし……っ!

ダレニモアイシテモラエナイ——

生まれたときからずっと、そしてこの世界に来てもそうだった。


「真唯佳」

彼女の大声を聞きつけ、ノックとともに部屋のドアが開き、彬が現れる。

「どうした、大丈夫?」

彼はそういいながら、室内に入ろうとしたところ——


「こないで!」

真唯佳がそれを静止する。

「こないで……誰も近づかないで!あたしが……あたしが馬鹿だったのよ。

そうよ、何も知らない私を、みんなが利用しようとして近づいて、だまして……

違うの、何も知ろうとしなかった、知る必要があったの、わかっていたのに……」

そういいながら彼女は涙を流す。

「こうなること、ホントはきっとわかっていたの、でも現実から目を背けていた……

甘えたかったのよ、きっと。でも、もういいの、誰も信じない。

そうよ、だって私、はじめから一人だったのだから!」

そう叫びながら、彬と、いつの間に駆けつけた叉夜をにらみつける。

「真唯佳様……」

家の外で低く鳴り響く雷鳴だけが、部屋を支配している。


「叉夜」

彬が静かに口を開く。

「しばらく……数分か数時間かわからないが、この扉が再び開くまで、しばらく二人きりにしてくれないか?」

「彬様?」

「彼女と二人で話したいことがある」

叉夜が彬の顔を心配そうに見つめ、しばしの沈黙のあと、「わかりました」と小さくつぶやく。


「ありがとう」

「本当に……大丈夫ですか」

「大丈夫だよ」そう、彬は伏目がちにやんわりと答える。

「では」そういい彼女はその場を離れた。


室内からそっと扉を閉め、叉夜の気配が遠くに行くのを確認し「さて……と」といいながら、部屋の奥へ歩を進める彬。


「こないでって言ってるでしょっ」

怒りに満ちた叫び声で、真唯佳は彼に静止を促す。


彬はそっと部屋の奥の窓を指さして言った。

「窓を、閉めるんだよ。雨が吹き込む前に」

真唯佳のベッドの奥の窓が開いていることを指摘する。


真唯佳は何も言えず、彼がそっと窓を閉めるのをただ見つめる。

部屋の奥まで進む口実を得た彼は、窓を閉めてそのまま、ベッドの近くある真唯佳の勉強机の椅子に腰をかける。


「体調、大丈夫?色々あったから……負傷しているなら、早めに処置しないと」

「あたしのことなんか、もうほっといてよ、話すことなんて、何もないわ!」

彬の声掛けに対し、攻撃的に返事をした彼女の口調は、一時期記憶喪失になり人格さえも変わっていたことを微塵も感じさせない、いつもの真唯佳だった。

どうやら、あの屋敷で力を放出した時に、自らあの強力な催眠術の促進剤を完全に解毒したらしい。

——だがあの一件で、彼女の心の傷が増えてしまった。


「もう、誰も信用することはできない、と」

そう、彬はポツリと呟く。


「私は、はじめから一人ぼっちなのに、いつか誰か私のことを気にしてくれる人が現れるって、心のどこかで夢見ていた。

ばかよね……、そんなわけないのに。そんな物好きはきっと何か裏があるはずなのに……」

真唯佳は、自虐的にそう答える。


「だって……あなただって言ったじゃない。

蒼君と出会ったときに『気をつけないと、不自然なほど強引に近づいて、彼は危険だ』って。

私、あの時は言うこと聞かなかったけど……、やっぱり、あなたの言うとおりだったわ。

彼は……、彼は私に好意があったのではなく、初めから復讐のために利用——っ」

そこまで言って、彼女はポロポロと泣き出し、涙で声を詰まらせ、ぎゅっと両手で布団を握りしめる。


「ただ……利用……しただけだった。……でも、じゃあもっと不自然に近づいてきた人はどうなるの?

人の弱みに付け込んで……いえ、ひょっとしたら弱みを作ったのかも、……そうなのね?」

自問自答をし出した彼女は、ハッと何かに気づいたように、そういって彬の顔を見つめる。


「……あなたが来なければ、きっとおうちも燃えなかった!」

彼の方をきっと睨んで、真唯佳はそう叫び出す。

一瞬、彬の顔が硬直する。


その点は、彬も何度か考えたことはある。

自分があの日、あの場所でイグナシオに会わなければ、彼女が火事や育ての親について傷つくことはなかったのではないかと。

しかし、風翁と火の風水師が刺客だった時点で、より残酷な仕打ちが起きなかった保証はどこにもない。

——起きてしまった過去は、変えられない。


「そうよ……、あなた英知殿ですものね。きっと、とてつもない壮大な野心があって、あたしには想像もつかないけど……、出世とか、強大な力を手に入れるためとか……、ともかくものすごい何かがあって、凡人の知能しかない私は……まんまと計略に引っかかって。

……きっとそうよ、だって風翁も言っていたもの、あなたのこと……、とてつもなく腹黒い人間だって。

ニーベル人はもともと、ドライで他人をいかに蹴落とすかしか考えてない人種だけど、あなたはその中でもずば抜けてその才能があるんでしょ?

物静かな好青年の皮を被って、とてつもなく冷徹な人間だって」

そこまで一気に話し、もう一段強く布団を握り締め、止めどなく流れる涙を拭おうともせず、彼女は悔しさを滲ませた声で呟く。


「……ただ利用するために、何年もずっとそばにいた——」

「——違う!」

真唯佳の言葉をさえぎるように彬が叫ぶ。

滅多に大声を上げない彼だけに、一瞬真唯佳は驚いて彼を見つめる。


「……それだけは、違う」

もう一度、つぶやくように同じセリフを言う彬。


しばしの沈黙の後、ふうっと長いため息をつき、何かを決心した彬は言葉を続ける。

「……本当のこと、言うよ。誰にも話した事のない、僕の本当の胸のうちを。

それを話して君に何かを求めるわけではない。ただ、聞いてほしい」

そう、ポツリと呟く彬。


見つめ合う二人。

窓を閉めたはずなのに、一層激しさを増す雨音だけが、真唯佳の部屋にやけに響いていた。

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