離別 6
その時だった。
白い影が2階の蒼の背後から現れる。
「ゾフィロス様」
じっと、1階の3人のやり取りを聞いていた蒼が、白いフードの男が現れた事に気づく。
急に現れた、見た目が三十代の男は、負傷した姉弟を冷めた目で見下ろす。
「なんてざまなんだ。せっかくここまでお膳立てしたのに、小僧一人にあっさりと」
風翁ゾフィロス。
万物を構成する四元素の翁は、貴族の中でもかなり地位が高い。
こんな大物が黒幕だったとは。
どうりで、異世界への扉は彬たちが管理していたのに、真唯佳を狙っていた一味はニーベルに出入りできているとの情報があったわけだ。
風翁なら、禁忌の技を使えば、時空を切り裂き小さな隙間から異世界間を行き来することは可能だ。
国に見つかったら、当然罰せられることになる。
今この状態で、こんな大物を相手に勝てるのか。
本当に、死を覚悟して戦わないといけないかもしれない。
彬の背中を、冷や汗が流れるのを感じている。
「も、申し訳ありません!」
「もう良い、役立たずは目障りだ」
エアリアの謝罪に風翁はそう言って、蒼を後頭部を強く殴ってその場で気絶させると同時に、エアリアの胸を目掛けて真空の刃を突き刺し、無抵抗だった彼女はあっさり息絶える。
「貴様、なんてことを!」
イグナシオが風翁めがけて火球を投げようとすると、彼のすぐ目の前にガラスのような透明の防御壁ができる。
その結果、火球が屈強な男を目掛けて、ものすごい勢いで跳ね返ったため、彼は壁際まで弾き飛ばされ、そのまま床に崩れ落ちる。
そこに、風翁が真空刃を幾つも突き立て、弟にもとどめを刺す。
「数年かけて仕込んだ小芝居が、こんなあっさりと見破られるとは……。」
やれやれ、と言った口調で説明しながら、真唯佳が入った球と共に、風翁は1階に飛び降りてくる。
「——そうだよ、俺のクーデターの話を察知したオーロスと口論になり、誤って殺してしまった。こいつらには、王家から匿ってやると言ったら何も疑わずついてきた。特にそこの女は、同じ風の属性で俺を慕っていたため、あっさり騙されたよ。」
ゾフィロスは、冷めた目で彬を見つめながら、そう呟いた。
「末恐ろしいガキだな。シャドウアーマーをエネルギーだけで操る奴なんて初めて見たよ」
火の無い暖炉のそばに透明な球を置き、ゾフィロスは呆れた顔で彬を見つめる。
「やはり、ここで仕留めておくべきか。もしくは——」
そう言って、彼は彬の方に一歩ずつ近づく。
「命が惜しければ、どうだ、俺と組んで王家を滅ぼさないか。今ここで寝返っても、ニーベルから遠く離れたこの地で起きたことなど、奴らは察知できまい」
「お断りします」
彬が短くそう言った瞬間に、結界を張る間も無く真空の刃が飛んできて、彼の脇腹に突き刺さり、彬からグハッと声が出る。
傷口がパックリと裂けて、彬は夥しい量の血が流れているのを感じる。
自分の血で濡れた服がじっとりと冷たく、貧血で頭がぼーっとし、彼は立っているのがやっとだ。
大きな傷を塞ぐ力は、既に彼には残されていなかった。
「次は外さないぞ……命が惜しくないのか?なぜ国王にそこまで忠誠を誓う。奴は猜疑心の強い男だ。周りなど全く顧みず、どれだけ自分勝手な振る舞いをしているか、お前も知っているだろう」
風翁は、無表情だがゆっくりと、そして自信に満ち溢れた声で彬に話しかける。
ごおおおおお……
何かが振動する音が微かに聞こえる
「王党派急先鋒と目されている一方、ニーベル一狡猾な英知。お前の腹黒さは学院を飛び越えて王宮にも知れ渡っているぞ。お前こそ、姫を懐柔してどう利用する気だ?心の底では何を企んでいる」
「……別に何も企んでいません。陛下は完璧な方ではない。しかし、慕っている者をあっさり殺してしまうようなあなたについたところで、いつ何時寝首を掻かれるかわからない。僕には、あなたについていくという選択肢はありません」
既に満身創痍で、いつ意識を失ってもおかしくない状態にも関わらず、彬の頑なに寝返りを拒む。
その様子に、先ほどまで冷静だった風翁はかなり苛立ちをあらわにし、思わず彼の左頬を拳で思いっきり殴る。
その場で倒れ込むも、命乞いをするでもなく、むしろ無言で風翁を睨みつける彬。
「では望み通り、死んでしまえ!」
ゾフィロスはそう声を張り上げて叫び、両手で直径数十センチもある真空の刃を生成し、彬目掛けて振り下ろそうとした時。
やめてーーー!
先ほどから低く不気味に響いていた振動音が大きくなり、パリンと何かガラスのようなものが割れる音がした。
室内全体が、急にスポットライトに照らされたかのように明るくなり、全ての術が無効化される。
十数秒ほど光に包まれた後、室内は元の明るさに戻る。
彬とゾフィロスの間に、一人の少女が立っていた。
「もうやめて……本当はすべて見ていたけど見えない振りをしていた。この世界の他愛のない日常が心地よかったから……だけどこれ以上、私のために誰か傷つくのは、見たくない。」
風翁の方を向いて、そう言いながら立っていたのは真唯佳だ。
「みんなを巻き込んでしまって、ごめんなさい」そう呟く彼女は、泣いていた。
気づいたら、彬の傷は全て癒えていた上に、最低限の体力も戻っている。
右手を開いたり閉じたりして、彼は力の入り具合を確認する。
彬を殺そうと最大限に力を貯めていたのに無効化されて、すぐに次の術が繰り出せないゾフィロスは、腰に装着していた剣を抜いて真唯佳に切りかかる。
それに気づいた真唯佳は、瞬時に横にひらりとかわし、素早くゾフィロスの後ろに回り込んで、右手で勢いよく彼の肩口に手刀を振り下ろす。
彼女の手は光り輝いており、かなりの衝撃が彼に与えられたらしく、風翁は一撃で意識を失い、その場に倒れ込む。
その後すぐ、力の解放で相当体力を消耗したのか、真唯佳もそのまま意識を失い倒れ込もうとしたところ——
最後の力を振り絞り、彬が立ち上がり、彼女の体を抱きかかえるも、二人一緒に床に崩れ落ちた。
自分がクッションになったので、彼女には最低限の衝撃しか伝わってないことを願う。
皆が倒れこみ、あたりは静まり返っていた。
——彬様!
名前が呼ばれた気がして、彬がその声が聞こえた方に顔と向けると、小さな黒猫が走ってくる。
叉夜だ。
「先ほど、この建物の時空の裂け目からニーベルに入れたので、皇太子様に状況をお伝えしました。もうすぐ兵がやってきます」
それを聞いて、安堵した表情で彬が答える。
「……ありがとう。君は、真唯佳を連れて先に帰ってくれ。僕は……、この状況を説明したら家に帰るよ。」
わかりました、と言って人型に戻る叉夜。
彼女は、意識のない真唯佳を抱き、建物の外に出て行った。
終わった……これで全て——
崩れた壁に背をもたれかけて床に座ったまま、彬は目を閉じて静かに兵が来るのを待っていた。




