離別 4
「完全に、僕のミスだ」
そう言いながら、せわしくリビングとダイニングの間を行ったり来たりする彬。
真唯佳を見失って、しばらくは辺りを見てはみたものの、彼女が見つかるわけもない。
ひとまず帰宅をして叉夜に状況を伝える。
「火事という単語を、彼女に聞かせるべきではなかった」
そのことは、彼が普段から気をつけていたことだった。
未だ、育ての親を火災から救出できなかったのは自分のせいだと責めているので、そもそもニュースを含め、彼女の日常生活から、可能な限り火事という言葉を排除していたのだ。
最近だって、キャンプファイアの火を、真唯佳は自ら遠ざけていたのに。
よりによってこのタイミングで……
だが、後悔しているだけでは何も解決しない。
なんとか彼女の身の安全を確認し、保護しなければ。
今、室内を歩きながら彼が考えているのは、いくつか選択肢がある中で、どれが早く確実に彼女の行方を見つけられるか、であった。
その時
ピリリリリリ……
真唯佳の携帯電話に着信が入る。
どうやら、ちょっとそこまで出かけるだけだったので、リビングで充電したまま外に出ていたらしい。
ロックが解除できる状態だっだので、受話器ボタンを押し、無言でスピーカーに耳に当てる彬。
「ハロー、俺、いいもの拾っちゃった。返して欲しい~?何を拾ったか見たければ俺ん家へおいでよ」
いつものハイテンションの、若い男の声。
「上等だ、首を洗って待っていろ」
怒りを含んだ静かな声で、彬は答えた。
――――――――――
彬たちの家から、駅を挟んで反対側に行くこと10分程度。
少し街の外れに当たるので、家が少なくなって、その代わり空き地や閉じてしまった店、そしてちょっとした公園がある地域の中でも奥まったところに、広い敷地の洋館がある。
その昔、地元で財を成した実業家が住んでいたが、急に景気が悪くなったのをきっかけに破産をしたらしく、家主は蒸発したとのこと。
長いこと空き家だったが最近、若者が数名でこの家をシェアして住んでいるという噂があった。
その若者のうちの一人に、屈強な男が含まれていたのは、彬たちは少し前に知った。
そして、この場所に来るように指定したのが、各務蒼だった。
門の前に到着すると、少し隙間が空いていたので、彬と、猫に変身した叉夜が奥へと歩を進める。
屋敷の前の空間には、以前ちょっとした庭があったようだが、随分長いこと放置状態なのか、背の高い雑草が伸び放題である。
そして、その奥に屋敷があるらしいが、門の近くからはその様子が窺えないようになっていた。
誰も住んでいなければ、ちょっとした肝試しができそうな雰囲気である。
庭の端の側道を数十メートル歩くと、2階建の屋敷が見えてきた。
なかなか立派な建物で、間取りによっては、10人くらいは住めそうな大きさである。
2階はともかく、1階は窓を含め大部分が蔦で覆われている。
「ここで別れよう。僕は玄関から中に入るよ。君は庭の方から様子を伺って。万が一のことがあったら、よろしく頼む。」
彬がそう声をかけると、小道の、庭と反対側に生えている生垣の方に猫が消えていった。
建物の中央にある玄関の扉に歩を進める彬。
扉は閉まっており、呼び鈴などはなさそうだ。
鍵が開いているかノブに手をかけようとしたところ、勝手に扉が内側に開く。
「こちらの動きはお見通し、というわけか」
そう呟きながら、彬は中に入る。
古びた長い廊下を進み、手前の扉を開けると、そこには2階層分の吹き抜け大広間があった。
ダンスホールのような広さである。
「いらっしゃーい」
2階部分のキャットウォークから、ヘラヘラした態度の蒼が、ひらひらと手を振る。
彬は、そんな蒼を無言で睨みつける。
彼の後ろには、直径1メートルくらいの透明な球体の中で、宙に浮いたまま仰向けで眠っている真唯佳がいる。
「ちょっと聞きたいことがあってさ。」
と言って、2階の手すりに寄りかかりながら彼が見せたのは、手のひらサイズの催眠術の導入剤が入った茶色い遮光瓶。
「真唯佳ちゃんにこれを飲んでもらったわけよ。」
蒼が見せたのは、カウンセリングなどの目的で催眠術を施す、魔道士が使用する一般的なものではない。
投獄された犯罪者が自白しない時に使用する、かなり強力な劇薬だ。
相当な凶悪犯にしか使用しないため、あの薬瓶は監獄でも、制限エリアに入らないとお目にかかれない。
彬は我が目を疑った。
“学院”でも、選択科目で応用薬学を取らないとその存在すら知らされないあの薬を、どうやって入手したのか?
「君は、そんなものを彼女に……!」
「だって、そうでもしないと、強制的に能力を解放させるなんて無理じゃん」
彬の言葉に、無邪気に蒼は返事をするが、多分あの薬の恐ろしさを彼はわかっていない。
王家の姫レベルでは、死に至ることはない、が。
服用後にすぐに催眠術を施さない場合、数日間寝込むのも納得できた。
「で、彼女に能力を解放するように命じたんだけど、駄々こねるんだよね。
“私じゃなくて、もう一人が鍵を握ってる”って。
彼女、多重人格者だったんだね」
「……」
蒼の説明に、彬は無言で応じる、が。
——誰が、蒼と話していたんだ?
薬の影響がまだ残っていたとするなら、意識が潜っていたはずの真唯佳に、術を行使して無理やり能力を解放するように迫ったはずである。
なぜ、後天的に作られた彼女の人格が、自分の中に眠る「他の誰か」の存在を知っていたのであろうか?
彬はそんな疑問を抱くが、説明不足の点を質問をしても、恐らく彼から有益な情報が得られないであろう。
「じゃあ、もう一人に変わってよって言っても、歌がいるけど自分ではできないって言うわけ。
誰ができるか聞いたら、「彬が一時期よく歌ってくれた」って言うんだ。」
彬の反応を気にすることなく、蒼は経緯説明を続けた。
「命が惜しければ、その「歌」とやらを教えてくれないかな。そのためにお前を呼び出したんだよ」
なるほど。
本来の人格に催眠術をかけないと、能力を解放させられないのだと彬は理解したが。
歌?
そんなの、昔、歌ったか?と、彬は記憶を辿りながら、一つだけ心当たりがあった。
自分がたまに行使する独特な呪文の詠唱。
それは、一般的な術者では聞き取ることができないものだった。
しかし、完全には能力に目覚めていなかった当時の彼女が、すでに聞き取っていた事を彬は初めて知り、改めて姫の本来の能力の高さを思い知らされる。
「命なんて惜しくない、というか、君如きでは僕を倒せやしないさ。まぁ、でも教えてあげてもいいよ。もしも君がこういうことができたらね」
そう言いながら、彬は右手を突き出し、手から氷を打ち出して、2階の手すりを凍らせる。
「お前……、いつの間に”フローズンアリア”の詠唱を」
咄嗟に、凍て付く空気を避けながら驚いた顔をする蒼に、いつの間に入室してきたのか、一階の後方入り口から、屈強な男が口を挟む。
「いつか、グルームシェイドに稲妻を落とす時も、その芸を披露してくれたな」
その隣には、見慣れない淡いブルーの長い髪の女性が立っている。
彬が禁忌の術を行使する時、二部合唱のように、二つの呪文を同時に詠唱していたのを、真唯佳が覚えていた。
あの術は本来、術者が2名必要だが、彬は一人で行使していたのだ。
しかし真唯佳は、そういうことは出来ないらしい。
外部から強制的に彼女の人格を入れ替えたければ、あれを詠唱して術を行使しないといけないのか。
だけど、と彬は思う。
「そもそも、君は彼女に婉曲的に依頼を断られてるんだよ。彼女らは自分の意思で表の人格を決めているはず。「マディラ姫」は非常に人見知りが激しいからね。君と話したくないんだってさ」
そう、勝ち誇ったように蒼に指摘をする彬。
「で、誰も二段詠唱ができる人がいなさそうだね」
さらに挑発するように、彬が声をかける。
「俺たちができなくても、お前が歌を歌いたくなるようにしてやるよ。力ずくでな」
そう言いながら、屈強な男が彬に近づいてきた。




