離別 1
ニーベル国 皇太子の応接室
臨海学校から帰宅後、皇太子と面談すべく、ジュリアンは異世界にきていた。
事前に書簡にて、自分だけ単独で襲われたのち、自宅から遠く離れた海辺の町でも襲われた事を記した。
また、人間界にニーベルの情報を持っている人物が存在する事にも言及していた。
「遅くなった、すまない」
面会時間から5分ほど遅れて、パトリックが入室する。
柔らかく波打つミディアムショートの金髪で、前髪は自然に額にかかる程度。
整えられているが、あえて作り込みすぎず、ナチュラルな動きを保っている。
白や青を基調とし、金の装飾が施された華麗な軍装を身に纏い、肩には赤いマントが流れている。
挨拶もそこそこに慌ただしく皇太子が着席し、話し出す。
「本題だが……状況は承知した。またお前の要求も陛下と検討した」
マディラを守るにあたり、敵の接触状況を鑑み、ジュリアンは増援を要求していた。
「——相談したが、助けはない。一人で対処しろ」
冷たく、その一言が皇太子の口から発せられる。
優雅で貴族らしい顔立ちの彼は、普段は鋭すぎず、柔らかい表情が特徴的であるが、今は全くそう言ったものは消えている。
青い瞳は清涼感を通り越して冷徹さを表していた。
「考えてみろ。特に国家として騒乱が起きているわけでもなく、あくまで王家に関するちょっとしたトラブルだ。そんなのに上流貴族など、しかも異世界に派遣出来ないだろう。」
「……」
「また、中途半端な部下を追加したところで、お前の足手纏いになるだけだ」
要求が通らなかった悔しさと、今後激しくなる戦闘に引き続き一人で対応する不安が入り混じった表情をするジュリアン。
「英知よ。陛下は、同じ相手にいつまでも構ってないで、早く首謀者を捕まえろ、とのこと。わかったな」
パトリックは、そう突き放すように念を押す。
「仰せの……ままに」
頭を下げ、下を向いたまま、ジュリアンはそう声を絞り出す。
そう言うしかなかった。
「ま、その代わりと言ってはなんだが」
皇太子の声のトーンが一段和らいだので、頭を上げて耳を傾けるジュリアン。
「……これを持っていけ。さるお方から預かった。」
そう言いながら合図をすると、使用人が少し大きめの、丈夫そうな布袋に入ったものを持ってくる。
「こ、これは……」
中を確認し、驚きのあまり、パトリックを見つめるジュリアン。
「持つべきものは、何とかだな。これがあれば、なんだかんだ言ってお前なら、父上の厳しい要求に対応できるんじゃないか。期待しているぞ」
そう、いつもの穏やかで人懐っこそうな表情に戻ったパトリックは、明るい声で従兄弟を励ました。
――――――――――
人間界に帰宅後
彬がニーベルから戻ってきたのは深夜近くだった。
リビング・ダイニングの明かりは消されて誰もいない。
異世界から帰ってきたままの服装の、暗いチャコールグレーの、フード付きの長いコートを着用したまま。
最低限の明かりをつけてキッチンに立ち、グラスに注いだ水を飲んでいる。
夕刻、無理やり時間を調整してもらって皇太子と面談したが、自分の要求が通らなかった事を思い出し、まだ少し気が立っている。
そこに、微かな物音が聞こえる。
「誰だっ!」
反射的に、腰に下げていた脇差長の刃物を抜き、自分の斜め後ろの気配に向ける。
水を飲みに降りてきた真唯佳の鼻先と、切先は数センチしか離れていなかった。
「なんだ、君か。驚かすな」
そういながら彬は、剣を鞘に納め、額の汗を拭う。
彼は全身汗でびっしょりだった。
「あ……」
まさか、剣を自分に向けられると思っていなかった真唯佳は、ただ茫然と立ち尽くしている。
いつもなら、まず剣を向けたことを詫びて怪我がなかったか心配する彼が、余程心に余裕がないのか、全くそういった気遣いができていない。
そんな彬に向けて、彼女は手を伸ばそうとし、そしてやめる。
声をかけていいのか、それともかけない方がいいのか、判別できなかった。
いつもの自分らしくなくて戸惑っている彼女の反応を見て、彬はやっと自分がしてしまったことに気づく。
「水、飲むの?」
いつもの口調で、しかし短く確認したところ、無言で縦に首を振るので、彼は新しいグラスに飲み水を注ぎ、彼女に手渡す。
それを受け取った真唯佳は、灯りのついていないリビングのソファーに腰をかけ、少しずつ水を飲む。
静けさが、空間を支配していた。
――――――――――
古びた屋敷の応接室
「彼女を攫おうと思いましたが、失敗しました。申し訳ありません。」
ソファーに座っている白いフードの男性の前に立ち、サロモンが頭を下げる。
周りには、彼の兄と姉が立っており、そのやりとりを見守っている。
「良い、あれでは対抗できなくても仕方がない。英知が騎士役なら、その結果も頷ける。」
「お許しいただき、嬉しいです。ただ、この結果が悔しいです」
頭を上げず、険しい表情して、青年はつぶやく。
「まあ、ただ……」
フードの男が、皆に声をかける。
「そろそろ仕上げにかからないとな。姫を意のままに操るか、それとも封じ込める策でなんとか連れ去れそうだ。」
室内にいた全員の顔が、引き締まっていた。
――――――――――
彬がニーベルから戻って数日後。
彼が、リビングの机に何冊か本を重ねており、そのうちの一冊に手を伸ばして、ソファーに腰をかけて読書をしていた。
そこに、真唯佳が入ってくる。
毎日の登下校はいつもと変わらず一緒にしていたが、二人とも道中無言で何も話せていなかった。
先日の剣を向けられた時以来、真唯佳は自分の存在が彬の負担になっているのではないかと思い、なんて声をかければいいのかすっかりわからなくなっていた。
「僕に、用事があるの?」
入り口で立ったまま動かない彼女の気配を気にして、彬は本から顔を上げる。
その声色がいつも通りだったので、ちょっと安心した真唯佳は彼の真正面に座る。
「叉夜から、彬が婚約したって聞いた。知らないふりをするのが嫌なのと、おめでとうが言いたくて。」
「ありがとう」
社交辞令的な笑みを浮かべて、彬は返事をする。
しかし真唯佳の顔が、どうも心から祝福をしたいという表情ではない。
「何か言いたそうだね、その表情。」
そう言いながら、彬は持っていた本に栞を挟み、体ごと真唯佳の方を向く。
「好きな人がいるって……どういう感じ?自分の中で、他の人とどう違うの?」
彼女のその質問の真意は、純粋に自分の婚約に興味がある様子ではなかった。
それをきっかけに、何かを話したそうな雰囲気を察して、彬は逆に質問をする。
「どうしたの、急に……各務に告白されたの?……その顔は図星だな。」
彼女の明らかにモジモジした反応に、あっさり白状された状態の彬は呆れた。
彬は、いつかそんなことを真唯佳から知らされる日が来ると思っていた。
決して嬉しくはない。
それを聞かされた時、自分はどう反応するのか、何度も想像をしたこともある。
だがそれとは違うリアクションを取った自分に驚く。
もっと不機嫌になるのかと思いきや、案外平気だ。
「どう返事したの?」
「一応、断ったんだけど、断りきれなくて。たぶん、今までと同じなんだけど……」
断ったのか。
まぁ、各務のことだから、断られたところで真唯佳を追いかけ回すことは変わらないだろうが、OKをしなかったのは賢明な判断だ。
「蒼君のことが嫌いなら、答えは簡単なのだけど……」
「「いずれ月に帰るから」で十分だろう。彼もまさか引っ越してまで追いかけてこない」
各務はニーベルのことを知っている、だがニーベル人という確証はない。
そしてたとえニーベル人であっても、陛下がダメだと言えば二人の仲はそれで終わりだ。
真唯佳の気持ちが彼に傾いてから、結ばれぬ仲だと知るより、今のうちに切れてしまった方がお互いに楽だ。
「で、君はどうしたいの?」
彼は努めて冷静に耳を傾けた。




