不協和音 7
球技大会を通して、結果もさることながら、各生徒がクラスで一致団結して学園生活を過ごしているある日。
1学期最大のイベントが始まろうとしていた。
臨海学校である。
この日は、臨海学校の打ち合わせで、役割分担ごとに分かれて話し合う時間になっていた。
全クラスの班長は、全体の日程についての確認の会合があり、続々と一組に集まってくる。
次々に生徒たちが席を確保し、彬も最後列の自分の席近くで、クラスメイトと談笑していた。
開始時間の1分前、最後の空席を埋めるべく入室してきたのが、各務蒼だった。
「あらやだ、おにぃさんの隣しか空いてないのぉ?」
蒼が謎のオネェ系の言葉を発し、教室内が一瞬ざわめく。
真唯佳のことが好きらしいと噂の蒼と、その彼女と同居している彬が、当の本人不在で一緒にいるところなど見たことがないからだ。
「これはこれは英知殿、お隣に座らせていただいてもよろしいですかぁ??」
そう言って、隣の席に立ったまま彬に挑発的な目を向ける蒼。
彬183センチ、蒼181センチ。
二人とも中学生にしては恵まれた高身長なので、否が応でも目立つ。
「……許す」
蒼を一瞥し、一瞬無視をしたかと錯覚するぐらい、ごく小さい声でそう返事をしながら席に着く彬。
今の挑発的な言葉で、蒼は99%ニーベルの情報を持っているのだと彬は確信する。
しかし、真唯佳を狙う一味という証拠はまだない。
屈強な男も、守衛も、甲冑の亡霊も、微かにニーベル人のそれとわかるものを感じていた。
だが、蒼からはそういった気配を感じないのだ。
チャイムが鳴り、担当の教員が入室してきたので、他の生徒も次々に着席する。
会合開始後、彬は、蒼と二人がすっぽり入るくらいの緩やかな結界を張る。
外の音は伝わるが、結界内の会話は外に漏れない。
「彼女のこと、どう思ってるわけ?」
結界を張っている事を知ってかしらずか、両手を頭の後ろに組んで椅子の背もたれに寄りかかりながら、蒼が彬に話しかけてくる。
「僕に回答義務はない」
あくまで教師の説明を熱心に聞く姿勢を崩さず、冷たく、短い返事をする彬。
「おっしゃる通り、ないですけど~ぅ。ただ、本気で迫った後でクレームが出ないように、あらかじめお兄様に確認を取っておこうと思って」
「……何が目的だ」
「何って別に、一目ぼれしたんですってば」
彬の問いかけに対し、嘘か本当かさっぱりわからない返事を、しれっとする蒼。
「各務」
彬が、一瞬ちらっと隣の青年を横目で見、話しを続ける。
「僕が、君の事を快く思う/思わないというのと、彼女が君の事を好む/好まないというのは独立事象だ。大体真唯佳は、僕が口出しをしたからといって大人しく従うような性分じゃない。だから彼女と君がどうなろうと、基本的には口出ししないが——」
そこで一旦言葉を切り、そして彬はまた言葉を続ける。
「もしも彼女を傷つけるようなことがあれば、僕は、君を許したりはしない。絶対に。」
「おー、こわっ。一応承っておきま〜す。」
明らかに怖がっていない、ふざけた声色で返事をする蒼。
そこでチャイムが鳴り会合が終了する。それと同時に、彬は結界を解く。
「じゃ、そういうことで」
蒼はゆっくり立ち上がり、彬に対し後ろ手で右手を振って去っていった。
――――――――――
あっという間に、2泊3日の宿泊行事当日となった。
1日目、生徒たちは朝早く翠陵学園に集合し、バスで3時間ほどかけて、海辺の学園所有の宿泊施設に到着する。
残念ながら現地の天候が悪く、午後から予定していた遠泳の事前練習ができない。
そこで、あらかじめ実行委員が用意したプログラムに沿って、体育館で活動している。
クラス対抗のミニ運動会の後、休憩がてら施設が用意したお茶を飲みつつ、レク委員会が作成した動画上映が始まった。
担当委員が、要望があった人の好きな異性のタイプをインタビューした映像が投影される。
確か球技大会の時に、臨海学校の実行委員がカメラを回していたけど、何をしているんだろうと真唯佳は不思議に思っていた。
まさかこんな形で上映されると思わず、断っておけばよかった……
そう思っているうちに、自分の映像が流れ出す。
「好きな異性のタイプ……うーん、考えたことがない」
「そこをなんとか……ひと言でいいので!」と、2組の実行委員が一生懸命コメントを引き出そうとする。
映像の真唯佳は暫く沈黙した後、
「多分、話を聞いてくれる人がいいんじゃないかな。うちでは自分が一番下っ端だけど、高圧的に物事が決められるのではなくて……。
ちゃんと私の意見も尊重してくれるし、自分が納得するまで説明してくれるから。
友達同士だと、そこまでしないかもしれないけど、お付き合いするんだったらね……」
戸惑いながらも、そう答えていた。
「おーっと、八重神さんの好みの話のはずが、誰かさんの株が上がりましたよ!」と、マイクを握っていた実行委員がアドリブでコメントを差し込む。
「やっぱ笹薙君は器が違うわ。家でもそんな感じなんだ」
「各務、頑張れよ」といった声援が飛ぶ。
他にも数名の女子の映像が流れた後、男子のインタビューが続く。
最後に映し出されたのは彬だった。
部活前に呼び止められたらしく、体育館でバスケ部の青いジャージ姿のまま映っている。
「好きな異性のタイプ?品があるというか……ちゃんとしてる人、かな」
真唯佳の時とは違い、間を置かずに即答する。
品のある人——。
そんな人が身近にいたかどうか、真唯佳は少し考える。
学園内にもそれなりに人気のある女子はいるし、彼に好意を向けている人がいることも、最近はなんとなく知っている。
けれど、彬がそう評する相手となると、やはり思い当たる人物はいなかった。
やはり、故郷の人なのだろうか。
「噂によると、好きな人がいるそうですが……その方も、やはり品のある方なんですね?」
「……まぁ、そうですね」
「有名人で例えると?」
「有名人はちょっとわからないけど。身近な人で言うなら……うちの母親かな」
その答えを聞いて、真唯佳はわずかに息をついた。
身近と聞いて、ほんの一瞬、自分の名前が出るのではないかという考えが頭をよぎっていたからだ。
もちろん、そんなはずはないと分かっているのに。
「お母様のような……やはり、ご家族のお眼鏡に叶うような女性ということですね。果たして我が学園にそのような方がいるのでしょうか……っ!
では最後に、リクエストを預かっているので……ここで3ポイントシュートを決めちゃってください!」
促されるまま、彬は軽く走り込み、そのまま一本で3ポイントシュートを決める。
ボールがリングを通った瞬間、体育館に黄色い歓声が一斉に上がった。
真唯佳は思わず顔を上げる。
(……こんなに?)
彼が一定の人気を集めていることは知っていた。
けれど、それはあくまで「そういう人もいる」という程度の認識だった。
耳に刺さるような歓声の大きさに、思っていた以上の注目を集めているのだと、ようやく実感する。
「え……なにこの声」
近くにいた男子生徒たちは、その甲高い歓声に露骨に引いた様子で顔をしかめていた。
「ねね、八重神さん、笹薙君のお母さんってどんな人?」
ミーハーなクラスメイト数人に詰め寄られて、真唯佳は少したじろいだ。
「え、あ、ごめん……もう長いことお会いしたことはないのだけど……とりあえず貴族ってことぐらいしか知らなくて。上品な人って事なのかな」
彬の母親のことなど、これまで意識したこともなかった。
当然、詳しく聞いたこともない。
だが従兄妹という建前上、まったく知らないとも言いづらかった。
「き、貴族出身……筋金入りのお嬢様じゃないの、それ。ハードル高っ!」
級友たちは面白がるように声を上げる。
(……ちょっと、余計なこと言ったかも)
真唯佳は曖昧に笑ってその場をやり過ごしたが、あとから小さく後悔する。
そしてふと、先ほどの映像を思い出した。
——品のある人。
自分とは少し違う世界の話のように思えて、それ以上考えるのをやめた。




