不協和音 5
ヴィンランド家 応接間の控室
改まった服装でジュリアンは現れた。
いつものラフな、ブラウスにジャケットではない。
ダークグレーのフロックコートは豪華な刺繍が特徴的で金ボタンがアクセントになっており、彼の濃紺の髪色を引き立てつつ、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
中にはシルク素材の、装飾が施されたベストを着ている。
黒の膝丈のズボンと黒のロングブーツを履いており、クラシックかつスタイリッシュな印象を与える。
髪も、いつものように無造作に束ねるのではなく、後ろで三つ編みをしている。
母親は、指示通りの着こなしをしている息子を満足げに眺めていた。
「父上……お久しぶりです。いつからこちらへ」
母の隣に座っている男性に声をかける。
土の翁、マクシミリアヌスは、国の陸軍の頂点に立つ存在で、彼の威厳は一目で分かる。
また四大元素を司る格を有しており、その地位は翁のヒエラルキーの中でも最高位に近い。
背丈は長身のジュリアンよりさらに高く、日焼けした肌は、肉厚で引き締まった体格と相まって、強い印象を与える。
彼のウェーブがかった黒髪は、後ろで軽く束ねられており、整然としてしっかりとした印象を与え、そのスタイルは野生味よりも貴族の洗練された風格を漂わせている。
常に品位を保ちつつも、軍人としての力強さと決断力を象徴するような存在感を持つ彼は、堂々とした姿で周囲を圧倒していた。
——この父親から、どうして自分が生まれてきたのか。
父はいわゆる、男が惚れる男であるが、対して自分は、いまいちおぼっちゃま感が抜けなない。
彼と同じ、40代半ばの見た目まで歳を重ねても、逆立ちしてもこの貫禄が出せる気がしない。
ジュリアンのコンプレックスの一つである。
「やぁ、ジュリアン。久しぶりだな。昨夜遅く、こちらに着いたよ」
ニーベルは赤の世界の1/4を支配下に置く、最大大国である。
領土の大半が陸地であり、最大規模の組織である陸軍が陸海空の中ではトップである。
その最高責任者である父親は、平時は地方拠点を視察することが多く、ここ数ヶ月家を空けていた。
「僕のために、わざわざすみません」
「何を言ってるんだ、息子の大事な用事のためなら、どこからでもすぐに帰ってくるさ」
すぐさま土翁は返事をする。
「ところで」と、話題を変えるマクシミリアヌス。
「普段、家を留守がちにしているダメな父親のために、お前の近況を確認しても良いかな。見合いの席でボロを出したくないからな」
父親にそう言われたジュリアンは、チラリと母親の方を見つつ、極秘任務についてどこまでを話そうかと思案していたところ——
「ラングレー様がお見えです」と、扉が開いて使用人が客人の到着を告げる。
「まぁ、予定よりも随分と早いお着きですね」
そう言って母ヴィクトリアが立ち上がる。
「私は客人のお相手をして参りますので、お二人は定刻になりましたら応接室にいらしてください」
そう言って、彼女は席をはずす。
おそらく、ジュリアンが任務について話しにくそうにしていたのを察して、彼女は率先して離席してくれたのだ。
控室は二人っきりになったのを確認して、話を続ける父親。
「特務で、除籍されたはずのジュリエットの忘れ形見を、護衛していると聞いたが」
「あ、はい。父上は、その件について、どこまでご存知でしょう」
ジュリアンの任務は機密事項を多分に含んでおり、いくら父親で、またかなり上位の士官でも話せること、話せないことがあった。
「それ以上のことは、何も知らない。なぜ姫が国内にいないのか、またなぜお前が選ばれたのか——」
「僕の近況は、一言で申し上げるなら、父上の先ほどのお言葉通りです。
普段は姫の警護をしているので、ほぼ国内におりません。
表向きは研究生として学院のラボや王室用の図書館に引きこもって、翁としての登録も保留にしてるということになっています。
ごくたまに、パトリック様を通じて、陛下に状況報告をしております」
そこまで話を聞き、意外そうな顔をしたマクシミリアヌスが質問をする。
「皇太子とお前は、長く冷戦状態だと聞いているが?」
「表向きは、そうですね」という息子の回答に、父は何かを察したらしい。
「……あれは陛下のお気に入りだったからな。第一王妃だったし。
陛下は昔から用心深かったが、あれが亡くなってからは、猜疑心が異様に強くなってしまってな。
予言があったとはいえ、それを娘に向けなくても良いと思うのだが」
さすが、国家の上層部にいるだけあって、何も知らないと言いつつ、父はかなりの情報を持っていた。
そこまで知っているなら、と、ジュリアンは話題を振る。
「……姫の周辺に、彼女を狙うニーベル人が数名おりまして、何度か攻撃を受けました。何名も刺客を送り込める大物が、黒幕ではないかと言われておりますが、何か心当たりはありますか?」
「先ほど言ったとおり、猜疑心の塊の陛下の周りは、今や敵だらけかもしれない。圧倒的な能力で支配しているだけだ。……刺客とは、どんな?」
「大抵は、そんなに強くはないのですが、キーパーソンとして、火球を操る術師がおります。なかなか手強いその男は、僕が騎士として護衛の任についた当時から彼女を狙っており、最近も姿を見かけました。ただ、火翁殿の部下でもなさそうなのです」
「あいつは……」と言いつつ、時計をチラリと見る土翁。
「おっといけない、仕事の話になると時間を忘れそうになる。そろそろ行こう」
そう言って彼は立ち上がり、ジュリアンもそれに続いた。




