不協和音 4
学園大学の図書館。
彬は、普段から通い慣れた図書館の自習コーナーでいつものように調べ物をしていた。
すると周囲に結界が張られ、異様な西洋甲冑の亡霊が立っていた。
亡霊は剣を抜き放つ。
彬は後退しつつ、脳裏には一瞬、最悪な事態がチラつく。
同時に真唯佳が襲われていたら……!
こんなところで、自分が足止めを食うわけにはいかない。
彼は意を決し、周囲を見渡し、ブース内にあった本や椅子を手に取って投げつける。
甲冑がそれらに気を取られている間に、筆箱に入っていたカッターナイフを手に取った。
呪文を短く唱え、カッターナイフの刃から眩しい光が溢れ出し、光の剣が生成された。
彼は剣を構え、亡霊に向かって突進した。
甲冑の亡霊は剣を振り下ろして迎え撃とうとするが、彬の光の剣はその動きを見切り、正確に甲冑の隙間を狙った。
一閃のもとに、甲冑の首周りの接続部が裂け、その内部から暗黒のエネルギーが漏れ出す。
甲冑は鈍く震え、その瞬間、結界が僅かに揺らぐ。
彼は続けざまに攻撃を仕掛け、ついに、亡霊に深手を負わせた。
甲冑の亡霊は声を上げることなく、一歩、また一歩と後退していく。
結界が一気に崩れ、甲冑の姿も薄れていく。
彼は息を切らしながら、その光景を見つめた。
「……消えたか。」
しかし、安堵している場合ではない。
彬はすぐに荷物をまとめ、図書館を飛び出した。
「もしかして、彼女に……!」
彼は胸騒ぎを覚え、全速力で中等部の運動場へと向かう。
彼の心には、運動場にいるはずの真唯佳の無事を確かめるという一心だけがあった。
図書館での激闘を終え、汗だくで駆けつけた彼を迎えるのは、平和そのものの運動場。
生徒たちは、何事もなく部活や球技大会の練習を続けている。
彬は、息を切らしながら運動場に飛び込んだ。
胸の鼓動が耳元まで響く。
周囲を見渡すと、まるで何も起こっていなかったかのように、真唯佳たちは笑顔でソフトボールの練習をしている。
「あれ、どうしたの?」
真唯佳が、彬に気づき、軽く手を振る。
彬はほっと胸を撫で下ろしたが、彼女の無事を確認するまでは安心できなかった。
「なんでもないよ……いや、図書館でちょっと騒ぎがあって……」
彼の声にはまだ、緊張が残っている。
「図書館で?何かあったの?」
彼女は練習を中断し、彬に近づく。
真唯佳の顔には、心配の色は全く見えない。
彬は、言葉に詰まる。
さっきまで命がけの戦いを繰り広げていた自分と、そんなことは露知らずに過ごしていた彼女との間に、まるで別の世界が広がっているかのようだった。
「いや、ちょっとした勘違い……もう解決したから、心配いらないよ。」
彼女は眉をひそめたが、すぐに微笑んで肩をすくめた。
「ならよかった。図書館で何か起きるなんて珍しいね。ここは何もなかったわよ。」
彬は、その言葉に安堵を感じると同時に、違和感を覚えた。
図書館での異常事態と、ここでの穏やかな日常とのギャップが、彼の中で渦巻いていた。
「まあ、最悪な事態にならなくてよかったよ。」
彼はそう言うと、軽く息を吐いた。
「じゃあ私、練習に戻るね。」
彼女は、彬の身に起きたことにあまり興味なく答え、軽やかに友人の輪に戻っていく。
彬はその背中を見送りながら、一つの疑問が浮かび上がる。
狙われたのは、彼女ではなく、自分だけ……?
運動場の平和な風景と、図書館での死闘とのコントラストが、彼の心に深く刻まれた瞬間だった。
――――――――――
その頃、中等部グラウンド横の球技場。
蒼は、クラスメイトと和やかにバレーの練習をしている。
ソフトボールをしていたクラスメイトが応援に駆けつけているのだが、2組のクラスの特色なのか、喋ってばかりで真剣には練習をしていない。
「各務君、八重神さんのことが好きなの?」
蒼が模擬ゲームを終えて、コート脇でクラスの男子生徒と水分補給をしていると、女子に話しかけられる。
「どんなところが魅力なの?」
そう問われた彼は、えー、そうですねぇと言いながら
「派手でもないし、清純ど真ん中ってわけでもない。ちょっと人見知りするところがあるけど、優しくて気さくで、俺には会話のテンポが心地いいんですよね」と、爽やかな笑顔で惚気る。
「ま、八重神は密かに人気あるよね。」
隣にいた男子が、その意見に同調する。
「そんなに彼女の事が好きなら、告白しちゃえ。モタモタしていると、他の男子に取られちゃうかもね」
他人の恋愛話が好きそうな女子が、蒼に危機感を持たせて、そう提案する。
「いやぁ、それはないんじゃないですか。お兄様が目を光らせているんで」
「あぁ、笹薙君かぁ。確かに厄介。付き合ってないらしいけど、しょっちゅう一緒にいるよね」
蒼の言葉に、最初にを質問した女子が返事をする。
すると、一緒にいた別のクラスメイトが提案する。
「じゃさ、もしも男子バレーが学年一位取ったら、告白のセッティングしてあげるよ!」
「マジですか、そんなの、頑張るしかないじゃないですか。じゃ、今度の臨海学校で告白しちゃおうっかなー」
けしかけられて、告白宣言をしてしまう蒼。
一同、おぉと言いながら、蒼に拍手を送る。
まぁそれはいいんですけど、と、蒼は話題を変える。
「あの二人の情報をくださいよ。真唯佳ちゃんの異性の好みとか、どなたか知りませんか??」
「八重神さんって、持ち上がりじゃないよね。だからあんまり情報を知らない。聞きたいなら識瀬さんが一番よ。小学校も一緒って言ってたから」
「笹薙君の場合、稲沢君と仲がいいけど、「あえて聞いてみるなら」って感じよね。笹薙君も中等部からだけど稲沢君は初等部から。しかも稲沢君はあんまり噂話しないから、笹薙君のことも、同じ部活の八重神さんのことも教えてくれないと思う。」
親切な女子たちが蒼に、二人について知っていることをワイワイと教えてくれる。
「っていうか、笹薙って友達いるの?女子に人気があるの知ってるけど、そんなに良いのかね?」
その様子を見ていた男子の呟きに、あー、確かに、と横にいた男子学生も同調する。
「性格も明るいとか面白いわけでもなく、理屈っぽいし、あんなヒョロくて色白で、同性として、全然男の魅力っての感じないな。」
「一年のとき同じクラスだったけど、相談すると優しいし、聞き上手だなって思ったよ。年上タイプの子にはウケるんじゃない?中等部の男子ってガキっぽいじゃん?」
「お子様って言いたいのかよ」
女子の擁護に男子がムッとしながら反論する。
「あいつさ、落ち着いた年上っぽい雰囲気っていうか……むしろ年上疑惑あるよな。勉強は、あれだけ本読んで図書館通ってるから成績いいのは分かるけどさ。
運動はちょっとおかしい。部活に入ってるとはいえ、中学生って言われると疑問なんだよ。高校生って言われたら納得するんだけど」
「ほぅ」
ある男子の意見に、蒼が興味深そうに呟く。
「年上疑惑……ですか」
「それ、背が高いからそう見えるだけじゃない?そんなこと言ったら蒼君だって年上っぽいよ。彬君と同じくらいじゃない?」
女子が彬を擁護しつつ話を続ける。
そんな話で盛り上がっているうちに、2組の球技場の割り当て時間が終了してしまった。
――――――――――
満月の夜
髪の長い女性が一人、自室の窓辺に立ち、月の光を浴びている。
片手のひらを窓に押し当てるようにして、じっと佇んでいた。
目を閉じたまま、何かを確かめるように息を整えている。
やがて、手のひらが淡く光を帯び始める。
どうやら月光を集めているらしい。
しばらくして彼女はゆっくり目を開け、自分の手の輝きを見つめた。
「……今はまだ、早いから」
小さく呟く。
そして、光る手のひらを強く自分の胸に押し当てる。
次の瞬間、弾き返されるような衝撃が走り、彼女の体が背中から床へ叩きつけられた。
自分でかけた術の反動だった。
そのまま——彼女は意識を失う。
部屋には、何事もなかったかのように静かな月明かりだけが残った。




