↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/86

不協和音 3

真唯佳(まゆか)がお見合い写真を見つけてから一週間。

球技大会でバレーを選択した鈴乃と、バスケを選択した彬は、二人でクラス練習の順番待ちをしていた。


いつもなら、他愛のない話題を鈴乃が持ちかけ、それに合わせて彬が受け答えをする。

だが今日は少し違っていた。

隣に並んで座っているのに、二人とも無言だった。


鈴乃は、ある出来事を思い出していた。

先週末、鈴乃が所属する吹奏楽部の演奏会へ向かう途中のことだ。

キャップを目深に被った背の高い男子と、その腕に親しげに絡みつく女子大生の姿があった。

よく見知った体格だと思い、注意深く青年の顔を見てみると——彬だった。


幸い、その場にいた誰もその話題を口にしていない。

気づいたのは自分だけのようだった。

彬は中等部で人気があり、彼に関する噂は、すぐに広まってしまう。

しかし、女子大生との関係など聞いたことがないので、おそらく真唯佳を含め、中等部でこの事実を知っている者はいないだろう。


鈴乃は勇気を出して口を開いた。

「……この前、大学生の人と仲良さそうに歩いていたけど、真唯佳は知っているの?」

二人とも壁にもたれて座り、他クラスの練習風景を眺めながら話している。

彼女は彬と視線を合わせないまま、そう問いかけた。

なんとなく、彼の表情を見るのが怖かったのだ。


返事はない。


あるいは小さく何か言ったのかもしれないが、ボールが床に当たる音ばかりが体育館に響いていた。

鈴乃は、そのまま言葉を続ける。


「この話、真唯佳にはしてないけど……もし何かのきっかけで伝わったら、まずいんじゃない?軽蔑されるかもしれないし。お役目もやりにくくなるんじゃないの」


先ほどは沈黙していた彬が、今度ははっきりと答えた。

しかし、その内容は彼女の想像とは少し違っていた。

「僕は聖人君子じゃない。むしろ、自分の欲望に勝てない弱い心を持ち、主君を実験台にするような冷酷な人間だ」

彬の言わんとしていることは、鈴乃には見当がつかなかった。


確かに、彼だって完璧な人格者ではないだろう。

それでも、仮にそういう一面があったとしても、真唯佳の前では見せないようにしている気がしていた。

「きっと彬くんの理想は、私たちが思うよりずっと高いのよ。自分では完璧じゃないと思っていても、私たちから見れば、十分立派な人だと思うけど」


意味が分からないながらも、鈴乃はフォローを入れる。

そして話を続けた。

「——真唯佳ね、彬くんのこと、本当に信頼してるの。すごくいい人だって、いつも言ってるよ。

『任務がなければ、本来自分みたいな人間と関わることもない、素晴らしい人だ。自分にはもったいないし、四六時中気にかけてもらって申し訳ない』って」


真唯佳が彬本人に同じことを言っているのかは分からない。

だが隠すような話でもないと思い、鈴乃はその言葉を口にした。

最近は、お見合いの話や蒼の件で不満をこぼすこともある。

それでも、この言葉だけは、二人きりになるたびに口にしていた。


「これは私の勝手な思いだけど……そんな真唯佳が、彬くんのことで傷ついてほしくないな。最近、なんだか二人の関係、前みたいじゃない気がして。このままだと、蒼くんに取られちゃうかもよ」

蒼の名前を出してよかったのか少し迷ったが、今ではあり得ない話でもなくなってきている。

彼女は思い切ってその話題を出した。


それまで黙っていた彬が、そこで一気に話し出す。

「真唯佳が僕を評価してくれるのは身に余る光栄だけど、任務を遂行するために一緒にいるだけだよ。

あの二人がお互いをどう思おうが、僕には関係ない。もっとも——彼女を好きになっても、待っているのは破滅だけだ」


「だいたい、彼は……」

そう言って、彬はさらに続ける。

「そもそも本気で彼女を好きなのかも怪しい。何か目的があって近づいている可能性だってある。君だって覚えているだろう?始業式の日の、あの強引な近づき方。

仮に本気だったとしても、お互い住む世界が違いすぎる。残念だけど、その想いは報われない」


彬の指摘にも一理ある。

始業式の日の蒼の接し方は、確かに少し強引だった。

それに真唯佳と彬はいずれ異国の地へ帰ってしまう。

だが、その日が来るまでに、蒼と真唯佳が両思いになる可能性だってある。

日本で充実した日々を送る未来も、決してあり得ない話ではない。


鈴乃の胸に、どこか釈然としない思いが広がった。

そして、それが次の言葉につながる。

「この前言ってた、好きな人って……」

——真唯佳のことじゃないの?


ずっと気になっていたことを、彼女は勇気を出して口にした。

しかし、その瞬間——ブザーが鳴った。

ちょうど練習の交代時間だった。


立ち上がった彬の顔を、鈴乃は見上げる。

彼には、ちゃんと聞こえていただろうか。

「王家から疎まれている者と付き合うのは、そんなに簡単なことじゃない」

彬は彼女の顔を見ないまま、静かに言った。

「真唯佳は帰国後、辺境の地へ送られるか、幽閉される身だ。まして彼女の中に眠るものが暴走したら、各務では止められない」

それだけ言うと、彬はそのまま歩き去ってしまった。


破滅って……。

帰国後は幽閉って……。

それじゃ、真唯佳は——本当は犯罪者みたいな存在なの?

守るために、彬君は一緒にいるんじゃないの?

彬君の言葉を、真唯佳はどこまで知っているのだろう?


真唯佳の将来が想像以上に過酷なものであること。

それを知りながら、主君の信頼を得て、穏やかな顔で護衛を続けている彬。

そのことが、鈴乃にはますます理解できなくなってしまった。



――――――――――



学園大学の図書館。


彬は、普段から通い慣れた図書館の自習コーナーにいる。

奥まった場所にあるブースで、調べ物をするのが彼の日課だった。

周囲は静かで、ほんの少しの物音も聞こえるほどの静寂が広がっている。


彬は、いつものように机に向かい、書籍に目を通していた。が。

突然、肌を刺すような冷気が辺りを包み込んだ。

彼は不審に思い、顔を上げる。

すると、自習コーナーの入口の、誰もいないはずの空間に、異様な西洋甲冑の亡霊が立っていた。


甲冑の亡霊は、ゆっくりとブース内に進み入る。

どこか重々しく、しかし音もなく動くその姿は、現実とはかけ離れた存在に思えた。

気がつくと、周囲が淡い光で包まれ、結界が張られていることを彼は察知する。


彬は瞬時に危機を感じ、後ろに身を引く。

「なんだこれは……!」

彼は驚きの声を上げるが、周囲に人影はない。

結界のせいで、図書館内の彼から遠くにいる人達には、この異変を一切感じていないようだ。


甲冑の亡霊は、無言のまま剣を抜き放つ。

その瞬間、彬の前で剣が閃いた。

彼は咄嗟に机を盾にして、一撃をかわす。

しかし亡霊の力は強大で、机は一瞬で粉々に砕け散った。


彬は後退しつつ、狭いブースの中で、どうやって鎧に対抗するかを必死で考える。

「逃げ場がない……でも、ここでやられるわけにはいかない」

彬の脳裏には一瞬、最悪な事態がチラつく。

同時に真唯佳が襲われていたら……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。