過去 6
翠陵学園大学附属図書館
ここは、附属生で中学生以上であれば貸出カードが作れる。
蔵書数は200万冊を超えるが、開架に出ていない本も少なくない。
貸出禁止のものが多いので建物内で閲覧する必要があり、彬の滞在時間は必然的に長くなる。
先日の帰国時に、"学院"の研究室に立ち寄り、新たな課題を受け取ったので、早速調べ物をしにやってきた。
「また偉いものを借りにきたわね……」
受付の大学生アルバイトのお姉さんが、慣れた風に話しかけてくる。
十冊ほど閉架から出してもらったが、うち三冊はかなり年季が入った本。
また五冊ほど、20センチほどの厚さがあるので一度で運べる分量ではなかった。
「ちゃんと内容わかってリクエストしてるの?こんな分厚いなんて想像してなかったんじゃないの?」
「もちろんわかってますよ、涼子さん。検索時にページ数の情報も出てますから。それは閲覧だけで済ませます」
しれっと答える彬。
「流石に、ワゴンを貸してあげるわ。運んであげるからちょっと待っててね。」
そう言いながら、一度カウンター奥の司書に貸出業務のヘルプを頼み、涼子は空のワゴンに彬の貸し出し分を載せる。
「どこまで運べばいい?」
そう言いながら、彬が確保している座席まで涼子がついていく。
調べ物の内容が機密事項のこともあるので、いつも奥まった場所を確保している彬。
だんだん人の気配がなくなっていき、個別ブースの一番奥に着いた。
「ワゴンは終わるまで確保していていいわ、ないと返却時に困るでしょ。それから」
そっと彬の腰に腕を回し、耳元に唇を近づけ、涼子がささやく。
「また、うちに遊びに来てよ」
そして、軽く唇を重ねる。
彬は抵抗せずに、それを受け入れていた。
――――――――――
もうすぐ定期テスト。
この時期になると、生徒たちは友達と出題範囲の情報交換をしながらテスト対策を行なっている。
今回は、各教科ともテスト範囲がそれほど広くないのか、そんなに追い込まれていないのだろう。
特に勉強する素振りも無く、やけに嬉しそうに、携帯電話を触りながら自宅のリビングでテレビを見てくつろいでいる真唯佳。
彬はてっきり、彼女は鈴乃とやりとりしていると思っていたが——。
「新しいお友達に親切ですね」
そう、叉夜に話しかけられた真唯佳は
「そりゃ、最初のテストは不安でしょう。私も転校生だったから気持ちがわかる。まぁ教えてあげてるっていうより、半分雑談だけど」
ニコニコしながら、そんな話をしているのが聞こえてきた。
テレビ番組のキリがついたようで、ちょっとお風呂入ってくる、と言って居間から出る真唯佳。
「新しい友達って誰のこと?」と、彬は叉夜に問いかける。
「確か、ななみさん……、違いますね、誰だったかしら」
そんな子いたかな……クラスの子かな。
鈴乃以外で仲良くしている女子なんていただろうか。珍しい。
「"ななみ"と言っていたの?」
「あ、加々美さんですね。ななみさんじゃないです」
彬の確認に対し、そうだった、という顔をしながら訂正をする叉夜。
加々美……
やっぱり、そういう名前の子も記憶になく、途中で気づく。
生粋の日本人ではない叉夜のアクセントに勘違いをした。
——違う、女子の名前ではない。
各務蒼のことだ。
今回は転校生は一人しかいないのだから、間違いない。
あいつ、いつの間に真唯佳に近づいたんだ。
彬のなかで、彼は要注意人物だ。
いまいち何を考えているかわからない。
ヤケに真唯佳に懐いているが、あれは恋愛感情からきているのだろうか。甚だ疑問である。
クラスが別だったのであまり気にしていなかったが、まさか学外でやりとりする仲になっていたとは——。
流石に、自分たちが普通の人間ではないことは話していないだろう。
そう信じたいが、確信が持てない。
彬は、二人に疑念を抱くようになっていた。
「真唯佳さんの交友関係が気になりますか」
「……まぁ、多少は。」
叉夜に聞かれて、神妙な面持ちで彬は答える。
「騎士の役割は多岐に渡りますね。でも、今の彬様の顔つきは、どちらかというと悪い虫がつかないか心配している父親みたいですよ」
彼は、叉夜にクスクスと笑われたのだった。
――――――――――
放課後 2年1組
クラスでは、テスト前最後の理科の授業が終わり、試験範囲には先日の実験内容が出題されると宣言された。
が、そもそも実験レポートすら提出していない者が多数おり、血相を変えて課題に取り組む生徒が居残りをしようとしていた。
「笹薙君」
部活がないので図書館に行こうとしていたところ、彬はクラスの女子に呼び止められる。
「この前のレポート、提出した?ちょっと教えてほしいんだけど……」
「あ、ごめん。その日は欠席してたから、先生に別の課題を出すよう言われてるんだ」
「え、そうなの?でも理科得意でしょ?少しヒントだけでも……」
理科が得意というより、成績が学年一位の彼を、同級生たちが簡単に解放するはずもない。
そう言っているうちに、いつの間にか十人ほどの居残りの輪に引き込まれていた。
「これなんだけどね……」
差し出されたのは、実験の模式図と考察の書き方についてのレポートだった。
どうまとめればいいのか、という相談らしい。
彬は実験の内容を聞き、それに合わせて図の修正点と、この単元で押さえるべきポイントを簡単に説明した。
すると、周囲から小さなどよめきが起こる。
「すごくわかりやすい!今の理科の先生、まだ二年目だからか、授業ちょっと分かりにくくない?」
「ほんとそれ。今度から笹薙君が先生やってよ」
「先生は、みんなに考えさせたいから、あえて肝心なところを言わないんじゃないかな」
生徒たちは授業への不満を口にしていたが、一応教師を擁護しておく。
彬は、表現に少し癖はあるものの内容自体はごく標準的な授業だと感じていた。
「でもさ、もう少し教え方あると思うのよ。あの先生、絶対意地悪だよね。笹薙君と違って、なんか“狂った科学者”って感じするし」
話題が実験から教師の愚痴に変わりそうだったので、レポート内容の方向性に問題がないことだけ確認すると、彬は教室を後にした。
廊下を歩きながら、ふと先ほどの「狂った科学者」という言葉を思い出す。
自分に対する同級生の評価に、違和感を覚えた。
……いや、僕こそ狂っているのかもしれない。
ニーベルでは、むしろ変人扱いなのだから。
そう呟きながら、人間界では祖国と評価が逆なのは皮肉なものだな、と思う。
気づけば、彼の思考はいつの間にか過去へと向かっていた。




