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過去 4

放課後


笹薙君の家に行くべきかどうか、授業中はずっと迷っていた。

だけど行かなかったせいで、学校で変な噂を立てられる方が、もっと怖い気もした。

結局、一度家に帰ってから、メモに書いてあった住所へ向かうことにした。


そこは自分の家からそれほど遠くない、まだ新しい建売住宅が並んでいる一角だった。

表札を確認して呼び鈴を押すと、笹薙君本人が出てきて、そのまま家の中に招き入れられる。


自分の家とは違い、静かで整った家だったことだけは覚えている。

彼の部屋に通され、お茶とお菓子を出された。

少し場の空気が落ち着いたところで、昨日のことを聞かれた。


チョークを浮かせていたのはいつからなのか——

他にどんなことができるのか——

そんな質問をいくつかされた気がする。


どう答えればいいのか分からず、考えながらお茶を飲み、コップを机に戻そうとしたときだった。

背中の傷が引きつり、思わず顔をしかめてしまう。

それで気づかれたのだと思う。

気がつけば背中の傷を見られていて、笹薙君に治療をしてもらっていた。


どうやったのか、今となってはよく覚えていない。

ただ、彼が自分の力に興味を持った理由は、自分にも似たような力があるからだ、と説明された気がする。

それから、さっきとは違う方法で、背中に残っている古い傷も治せると言っていた。

もし綺麗にしたくなったら声をかけてほしい、と。


そうこうしているうちに帰宅時間が近づき、その日はそこで帰ることになった。

また今度、この話をしよう。

そして——

自分たちのこの不思議な力は、誰にも話さないようにしよう。

そんな約束を、二人でしたはずだ。


いつもは傷が疼くので家では静かにしていることが多い。

けれどその日の夜は違った。

放課後に治療してもらったおかげで、体の痛みがかなり軽くなっていた。

それだけで、気分まで少し明るくなっていたのだと思う。

だからだったのかもしれない。

父親が帰ってきたとき、思わず日頃の不満を口にしてしまった。

その瞬間、空気が変わった。


父親の顔が一気に赤くなる。

次の瞬間、拳が飛んできた。

何度も殴られ、床に倒れても蹴りが止まらない。

背中、腹、足——どこを蹴られているのか分からなくなる。

最後に腕を強く引っ張られ、鈍い音とともに激痛が走った。

肩が外れたのだと、その尋常じゃない痛みで分かった。


「……っ!」

いつもは声を出さないようにしていたのに、その時は思わず悲鳴が漏れた。


父親は一瞬だけ動きを止め、やりすぎたと思ったのか、舌打ちをして言う。

「部屋に戻ってろ!」


足も蹴られていて、うまく立てない。

壁に手をつきながら、やっとの思いで自室へ戻る。

布団まで辿りつく力もなく、そのまま床に倒れ込んだ。


痛い。

息をするだけでも体が軋む。


しばらくそうしていると——

突然、居間の方が騒がしくなった。


何かが倒れる音。

誰かが叫ぶ声。

襖の方を見る。

隣の部屋から、煙がゆっくりと染み込んできていた。


……煙?

窓の外を見ると、赤い光が揺れている。

火だ。


どうして。

何が起きているのか分からない。


このままではまずいと思い、もう一度体を起こす。

肩は動かせない。足も力が入らない。

それでも、床を這うようにして襖まで進む。

煙が漏れている襖を、なんとか開けた。


次の瞬間、熱い空気が流れ込んできた。

居間は、すでに火に包まれていた。

母親が床に倒れている。

動いていない。


その向こうで、父親の服に火がついていた。

炎に包まれたまま、こちらに向かって手を伸ばしてくる。

「……たす、け……」

助けを求めているのだと分かった。

だけど——


体が動かない。

立ち上がることもできない。

煙を吸い込んで、咳が止まらない。


床に倒れたまま、視界が揺れる。

炎の光が大きくなっていく。

何かを叫ぼうとした気もする。

でも声は出なかった。


そのまま、意識が暗く沈んでいった。



――――――――――



気づいたとき、真唯佳は見たことのない和室で寝ていた。

畳の匂いがして、天井も知らない木目だった。


しばらくして、襖が開く。

知らない二十代くらいの女性と、笹薙君が入ってきた。

事情は、ゆっくりと説明された。


——近所で消防車が何台も集まっているのを見て、笹薙君が様子を見に行ったこと。

——その時、近所の人たちが「まだあの家の家族が避難していない」と騒いでいたこと。

それで燃えている家の中に入ったところ、真唯佳が倒れているのを見つけたらしい。


不思議なことに、火に囲まれていたのに、自分の体は光のようなものに包まれていて火傷一つなかったという。


両親も倒れていたが、すでに火が回っていて——

助けることはできなかった、と。


「私の方が死ねばよかったのにっ!なんで助けたの?」

その話を聞いたとき、最初に口から出た言葉はそれだった。

そして、もう一つ。

「あんな生活が続くぐらいなら、死にたかった!」


今思えば、ひどい言葉だったと思う。

だけど当時は、そんなことばかり口にしていた。


眠ると、両親の最期の姿を何度も夢に見る。

——炎の中で手を伸ばしてくる父親

——動かない母親

悲鳴を上げて目を覚ます。


当時はとても内向的な性格で状況が状況なだけに、起きている間は、一人生き残ってしまった罪悪感から逃げられない。

そんな状態が続いた。


ある時期から、笹薙君が用意した「心の安定剤」を飲むようになった。

どこから手に入れたのかは知らない。

ただ、飲むと少しだけ気持ちが静かになる。

その代わり、昼間は頭がぼんやりすることが多かった。

夕食後には、笹薙君と一緒に瞑想をするようになった。

眠りやすくするためのものだと説明された。


それがいつの間にか、毎日の日課になっていく。

その頃から、夜に目を覚ますことは少なくなった。

昼間に暴れたり、取り乱したりすることも減っていった。


数週間が経つ頃には、不眠も、日中の自暴自棄な言動も少しずつ落ち着いたものの、昼間は何もする気が起きず、ほとんど自分の部屋に閉じこもっていた。


少し落ち着いてから、改めて自分がどこにいるのかを教えてもらった。

そこは、自宅から数十キロ離れた山里で、古い民家を借りているのだという。

笹薙君と、世話役の叉夜さんと、三人で暮らしていた。


食事の時間など、何かのきっかけで部屋を出ることがあった。

そのとき、たまに笹薙君の部屋の前を通る。


中では、いつも机に向かって何かをしていた。


大量の本が積まれていることもあれば、ノートに何かを書き続けていることもあった。

パソコンを開いて、長い時間画面を見ていることもある。

近くの図書館から借りてきたという本が、部屋のあちこちに積み上がっていた。


何をしているのか、当時の真唯佳にはよく分からなかった。

ただ——

いつ見ても、同じように机に向かい、黙々と何かに取り組んでいる。

部屋に閉じこもってばかりだった自分とは、まるで別の世界の人のようだった。


勇気を出して、何をしているのか聞いたことがある。

彼は、自分は異国から来た学生で、将来の仕事に備えて勉強をしているのだと教えてくれた。

それ以上は、あまり覚えていない。


自分はほとんどの時間を部屋で過ごしていたし、その頃の記憶は、今振り返ると全体的にぼんやりしている。

だけど、不思議なことに——

机に向かい、本を読み続けている笹薙君の姿だけは、なぜか鮮明に思い出すことができた。


そんな、特に何も変わらない日々が二ヶ月ほど続いた。

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