過去 1
ニーベル国内 人間界と繋がる扉の前
この扉は、周りの風景に溶け込むような色をしている。
ぱっと見ただけでは見つける事ができないが、この扉の存在を知る者のみ、触れる事ができる。
その扉の前には大きな木が立っている。
木のウロには鳥の巣があるのだが、暫くこの扉が開くことがなかったので、巣の主は留守にしているようだ。
一人の男——ブレザースタイルの学生服に身を包んだ、髪の長い男が、ピィっと指笛を吹く。
暫くすると、大きなカラスのような鳥が一羽、素早く飛んできて、木に止まる。
「最近餌があげれてなかったね」
そう言いながら、予め用意していた何かの小動物をあげると、黒い鳥は大きな口を開けて一飲みする。
「これを頼むよ」
そう言いながら、小さく折り畳んだ白い紙を渡すと嘴に挟み、バサっと飛び立っていく。
目の前に広がるのは広陵とした黒い大地と、赤い沼。
暫く戻ってこないかと思い、青年は扉の向こうに消えようとした。
大きな羽音がするので空を見上げると、さっきのカラスが舞い戻ってきたところだった。
男の肩あたりの高さの枝を見つけて鳥は止まり、何か白いものを挟んだ嘴をくいっと前にする。
「早かったね、ありがとう」
そう言って嘴からその白いものを受け取る。
先ほど彼がカラスに渡した白いメモだった。
早速広げてみると、中に一言だけニーベル語で書き足されている。
"明後日、午前9時"
「了解」
そう言いながら胸ポケットにその紙をしまい、男は扉の向こうに消えていった。
――――――――――
「面白いデータが取れたって?」
蔦で覆われた古びた洋館の大広間。
白いフードを被った男がそう質問をする。
「先日、影使いグルームシェイドを当て馬として、相手の力量を測らせてもらったが、やはりあれじゃあまり相手に致命傷を負わせれなかった。」
先日の騎士と守衛の戦いについて、レポートを数枚の紙にしたため、それを手渡しながら屈強な男がそう話す。
「あの鉄屑マニア?金具や電線といった、色んな金属を集めて喜んでる、変なやつ」
広間の真ん中のソファに腰をかけた、屈強な男より少し若い男性が質問する。
「あぁ、そうだ。あいつはそこそこ強かったし、隠密行動に向いていたから使ってみたけどな……」
そう、弟に返事をして、体格の良い男が報告の続きをする。
「姫さんの方は、あんまり攻撃出来ねぇみたいだけど、その代わり、騎士の奴は結界を張りながら、呪文を唱えた。しかも直前までそれに気づかせなかった。相当やるぜ、あいつ」
通常、呪文型の攻撃は、生来の特殊能力以外の技でも、修行次第で色んなことができる。
その反面、特に長い詠唱は、発動まで時間がかかる。
またその詠唱内容から、おおよそなんの魔法か予想されてしまう欠点があるのだ。
しかし騎士の場合、最後の一言まで詠唱していることに気づかせなかった。
「これは推測だが——」
そう前置きをし、屈強な男が言葉を続ける。
「あいつ、普通に会話をしながら、同時に呪文詠唱ができるかもしれない。
本当に、何か呟いている素振りを見せてなかった。そんなやつ、聞いたことがない。
しかも度々結界を張ったり光の剣を発現させるなんて、力を使う瞬間だけとはいえ、ちょっとやそっとのエネルギー量ではなく、かなりの上級貴族じゃないか」
「へぇ、それは武官の能力ではないかもしれないね。」
興味深そうにそう呟く、フードを被った男。
「護衛役だから、戦闘能力が高い者が側にいるかと思ったが、ちょっと違う視点で、だれが警護しているか割り出さないとダメかもね。」
それから、と言葉を続ける。
「姫君の方は、今のままだと扉は通過できないかもしれない。捕えて無理やり能力を解放させないと連れて行けないな。その方法も考えてみよう」
そう言うと、白いフードに包まれた青年は姿を消した。
――――――――――
襲われた日から3日後の2時間目、国語の授業。
次々と備品がなくなっていくのは、どうやら守衛さんのせいだったけど、あの日から今のところ、変な事は起きていない。
襲われた日の翌日、学校の中庭が荒れていて大騒ぎになったけど、なぜか監視カメラの電源が切られていて、守衛さんは現場と全く違うところで倒れていたらしい。
彼は現在入院中だけど、当日どころかここ数日の記憶がないらしく、事件は迷宮入りしそう。
あの時の事を誰かに話したい気もするけど、当然面倒なことになるので話さないまま、真唯佳に普段の学校生活が戻った。
彬からは、部活などでは周りに合わせて能力を出さず、目立たないようにするようにとも言われた。
そんなことを思い返しながら、窓の外をちらっと見やる。
——今日は彬がいない。
ニーベルに出向いているので、駅までの送り迎えは叉夜がしてくれる。
校庭が良く見える窓際の席なのを良いことに、今頃彼は誰とどんな話をしているんだろうと考えながら、真唯佳はぼーっと外を眺めていた。
彬は元々口数が多いタイプではないが、彼女が襲われて以来、輪をかけて無口になった。
何を考えているのか、さっぱりわからなくなってしまった。
考え込んでいるのはわかるけど、それは悩んでいるのか、不安なのか……
自分でも何かできる事があればいいのだけど、彼女は何も思いつかない。
帰ってきたら、少しは彼のその雰囲気が変わるといいのだけど。
――――――――――
「おにーさまがいなくて、話しかけやすい!」
破顔一笑しながら真唯佳に話しかける蒼。
「彬は物静かだけど、そんなに怖い人じゃないよ。」そう真唯佳がフォローするも
「そぉですか?オーラがすごいので、僕のような小物はびびってしまい、とてもじゃないけど近づけないです。」
と返す蒼。
真唯佳がクラスメイトと食堂でお昼を食べていたら、蒼が混ぜて!と声をかけてきた。
「二人は双子の兄妹なの?」
別の生徒が聞き返す。
「違うわよ、従兄弟。たまたま学年が同じだけ。」と、そっけなく返事をする真唯佳。
「そうだったのー。婚約者って噂もあるけど、だって一緒に登下校してるでしょ?」
「それはそうだけど、全然そういうのではないから!」
と別の女生徒の質問を否定しつつ、婚約者という3文字に、真唯佳は一瞬叉夜の言葉を思い出す。
今頃、婚約者さんとも会っているのかな……
あの戦いの後、彬に抱きしめられたのは、どういう意図だったのだろうか……。
気になるものの、真唯佳はちゃんと確認できていない。
恐らく、思わず抱きしめてしまうくらい、とてもとても心配をかけてしまったのだろうと、彼女は反省をしている。
だって、護衛を任されているのに、もしも自分が大怪我をしていたりしたら、国王からかなり怒られるのではないか。
だけど万が一、あんなところを婚約者に見られたら、また嫉妬されそうだな、と、先日のアリサの視線を思い出す真唯佳。
そんなことを考えていた時。
「そういえば、みなさんとメッセージを交換したいのでI Dなど教えてくださいよ」
と蒼に声をかけられ、彼女は我に返る。
一瞬何のことかと思ったが、恐らく携帯電話の話題になったのであろう。
携帯は、授業中は使わないように、生徒は全員登下校時以外は所定の場所に預けているので、この場では教えてあげられない。
「メッセージ、いいんだけど、私全然携帯見ないから返事遅いよ。帰りのHR終わったら声かけて」
そう真唯佳は返事をした。




