5.4
「この花、ずっと昔からあったんです。なんて名前何でしょうか」
僕も見覚えがある。縁日で見たことがある。昔遊んだ記憶があるが名前は覚えていない。
「…私の事、嫌いになりましたか?」
「嫌いになんてなってないよ」
「ごめんなさい…何に怒ってるのか分かりませんでした…教えてください」
こちらを見るずぶ濡れの彼女が、泣いているのかどうか分からない。
「怒ってない。考えることに疲れちゃったのと…隠し事があったんだ。うしろめたくて」
彼女の手を取った。辛うじて何か掴んだ感覚のみ伝わる。喉の奥に異物感が増してくるけど痛くは無い。彼女は自身の体質が発現しないことに驚いている。喉の異物感を必死に飲み込んで手を離した。
「あの…これは」
「僕は、人の痛みを交換出来る力がある。こないだ出てきた」
「え…交換?」
「触れた人と痛みを交換するんだ」
咄嗟に彼女がもう一度触れる。また喉に違和感が出る。
「…交換出来ない」
「一度交換した痛みは、再度同じ人には帰らないから」
愛理ちゃんが手を離す。また血を飲み込む。
「ここは、愛理ちゃんの通っていた幼稚園?」
「はい…ここで初めて倒れて、そこから今の町に住んでます」
見渡してるとさっきの女の人が建物の中でこちらを見ていた。申し訳なくなる。
「帰ろっか」
「はい…」
同じ傘に入る。雨の中のこの傘の下が僕たちの世界。
ずぶ濡れで軽バンの後部座席に座る。タオルが何枚か敷いてある。よし姉がこちらを見て車を出した。
「颯稀くん…私も、言わなきゃいけない事があるの」
俯いたまま彼女が話す。雨が車の屋根を叩く音がうるさい。
「私ね、ずっと隠し事してたの。話そうってずっと思ってたんだけど、怖くって…」
モジモジと手を前でいじる彼女の手に触れる。3回もやればもう喉の異物感も慣れた。血を飲み込む、少し話しにくくなるけれど。咄嗟に彼女が手を離す。
「何?聞かせて」
「あのね、私ね…キスしたら死んじゃうって言ったけどね」
一度言葉を切る。
「本当は、キスしたら相手が死んじゃうんだ」
車が急停止する。よし姉が睨む。
「…それがどういう意味か分かってるんだろうな」
怯える愛理ちゃんを見て手を出してよし姉を止める。
「教えて、大丈夫だから。君のこと、もっと知りたいな」
愛理1.0
隠し事をすると上手く話せない。ずっと敬語で話しているのが申し訳なくなる。
またどうせ、私の元から去ってしまう。そう思っていた。だから嘘は隠したままにした。もしも離れるならその時は。だけど颯稀くんはずっとずっと私のそばに居てくれて、私の知らない世界を見せてくれる。私が辛い時、傍で支えてくれる。一緒にいれば居るほど、あの時の発言を後悔し続けている。
私は、大好きな颯稀くんを殺そうとしたんだ。あの子と同じように。
私の前から居なくなった時、罰だと思った。誰かに愛される世界を知った時、私はやっと自分の醜さを思い知った。
後悔してももう遅い。取り返しのつかない事をしたのだから。
きっとあの子も、こんな私の為に呪いの言葉を言ったのだ。それを理解して初めて私の初恋は幕を閉じた。私にあの石を持っている資格は無い。だから花火の時、颯稀くんから石は受け取れなかった。
それなのに、颯稀くんは私の所に来た。どうやってここまで来たのかは分からないけれど、私に傘を差し出してくれた。この広い空の下でまた世界を見せてくれた。
颯稀くんは、人の痛みを交換するって言った。こんな醜くて酷い私の呪いと違う。とっても優しい呪い。自分が情けない。
言った事は取り消せないし、私の背中には人殺しと嘘つきの名前が着いて回る。許されるなんて考えてない。車の中、颯稀くんは静かに聞いてくれた。そうして笑って「良かった。君は死なないんだね」と言った。きっと颯稀くんは、私の言った言葉をまだ覚えている。死んでも私とキスをするために。
最悪な私のこれからに何ができるだろう。颯稀くんの為に何が出来るだろう。ずっと、自分がどう生きるかばかり考えてきた。やっと、誰かの為にどう生きたいか考える事が出来た。
ノロマでバカで、ダメな私のスタートライン。
颯稀くんに追いつけるかな?それとも、やっぱりもう遅いかな?




