5.5
病院に戻って愛理ちゃんとよし姉と木島さんの所に行った。力のことを説明すると木島さんはぽかんとしてしばらく放心状態だった。
「…まだ、全部は信じてない」
眉間を抑えてそう言った。
そこで僕は一度みんなのもとを離れた。もう一人報告しておきたい人が居た。初めて連絡を取ると、気前よく待ち合わせ場所を教えてもらう。
「よう、待ってたぜ」
チェーンの喫茶店の席に紀章先輩が座っている。向かいの席に腰を下ろす。
「呼び出されちゃった。ドキドキしてる」
いつものようにふざける紀章先輩に安心する。
「進捗があれば報告と、言ってましたもんね」
その言葉に反応して、紀章先輩が真顔になる。ウェイターが来てそれぞれ飲み物を頼んだ。
「…キスした人を殺す?」
「はい」
紀章先輩の反応は当然だろう。もちろん僕もただ報告がしたくて来た訳じゃない。周りの「普通の反応」が見たかった。
「…随分と物騒だな。そんな子には見えなかったけどな」
「昔の力だそうなので」
「ヤンチャな時代もあったんだな。ギャップ萌えってやつか」
ポジティブに言ってもらえると素直に嬉しい。
「否定をするつもりは端から無い。お前はこれからどうするんだ?」
大事なとこだ。知った以上、僕はどう接して行くのか決める必要がある。
「…まだはっきりとは決まってないんですけど。昔と変わりません。出来ることをふたりで楽しむ。それだけです」
本当は、少しだけ拍子抜けしている。死ぬ覚悟がとっくに出来た状態で、死ななくて良くなったのだ。
もちろんこの覚悟を次は彼女とどう生きるかに注げばいいのだが、今はまだその切り替え期間と言う訳だ。笑顔で話を聞く先輩に、ふと思ってたことを聞く。
「先輩は恋人とは順調ですか?」
予想外の問に紀章先輩は少し戸惑う。
「あ?そうだな」
飲み物のコップをかたむけて、少し間を置いて先輩が話す。
「実を言うと、今は恋人は居ないんだ」
あまり驚かなかった。確かに言葉こそリアリティがあったけど、言葉の割にはずっと男友達といて、学校にも一番最後まで残ってたりする。
「…あんまり驚いてないな」
「実は恋人居ない説はずっとありましたし」
紀章先輩が軽く笑う。
「そうだな、俺のアドバイスは、ずっと俺の失敗談だよ。情けない話さ」
「先輩のおかげで、僕は今の道を正解だったと思えています。ありがとうございます」
「だといいな」
「それともうひとつ、言わなきゃいけないことがあります」
「おいおい、情報量でパンクしちまうよ。なんだ?」
「僕は、もう上手く走れそうに無いです」
飲んでる飲み物をゆっくりと置いて紀章先輩が目を開く。
「…どういう事だ」
「部活、辞めます」
今日一番面食らった顔をしている。
「お前も、その力とやつを持ったのか?」
説明を聞けば聞くほど紀章先輩の顔は沈んでいく。
「…ダメだ、部活を辞めることは許さん」
「でも」
「俺が見てやる。その体でも普通に走れるくらいにしてやる」
そこまで言われると黙るしかない。目を合わせる。
「…なんかプロポーズみたいですね」
そう冗談を言う。紀章先輩が笑った。
「おいおい、俺に寝取りの趣味は無いよ」
ふたりで飲み物を飲み干して立ち上がる。
「先輩の餞別だ、ここは奢るよ」
ここは先輩の顔を立てておこう。ありがたく受け取る。
つたない足取りで先輩に応援されながら病院まで走る。今までの僕よりもかなりタイムが伸びてるが仕方ない。走れるだけ感謝だ。
「バランス感覚が良くなればまた走れるな。俺が見てなくてもすぐだな」
「いや、見ててください。自信ないですから」
病院の門にたどり着いて、ここで先輩と別れる。そう思っていたらよし姉が門の所にいた。
「どうも、こんにちは」
「あ?あぁ先輩くん」
「紀章と言います」
手をあげて挨拶するよし姉とお辞儀をする紀章先輩。
「どうしたの?」
よし姉は渋い顔をする。
「彼女のお母さんがぶちギレた。愛理に誰かを愛する資格は無いって喚いてる」
「何すかそれ。意味わかんねぇ」
「うちも訳分からん。人の親ってのはあーいうもんなのか?」
「説得しに行きましょう。俺も行きます」
「紀章くんが来てどうする」
「分かりません。でも行きますよ」
二人が同時にこちらを見た。鶴の一声でも待っているのだろうか。
「…えっと、じゃあ。行こっか」
締まりが悪い!と二人から突っ込まれる。




