5.3
「死にたいのか」と問われると少し語弊がある。僕だってなんの意味もなく死ぬのは御免だ。きっとみんなそうだ。どうせ死ぬなら有終の美を飾りたい。
そしてそのタイミングが、僕にはたまたま早く来た。そういう事だ。
梨花さんの病室のドアをノックする。梨花さんは窓の外を見ていた。晴れてはいるけど遠くに黒い雲が見える。こちらを向いた梨花さんの感情は読めない。
「…颯稀くんは怪我は無い?」
「はい。ありません」
「歩き方がぎこちないわよ、本当?」
梨花さんは人の違和感を見抜くのが上手い。それが真相かどうかは置いておいて。
「愛理の事、面倒になった?」
首を横に振る。
「結局どれだけ言葉を並べても、あの子が障がい者である事に変わりは無いわ」
否定するには、僕も身に染みすぎた。今の僕の身体も、健常と呼ぶにはあまりに不便だ。
「もちろん愛理に不幸になって欲しくないわ。でも、愛理のせいで颯稀くんが不幸になるのはもっとダメよ。颯稀くんのことも心配なの」
「颯稀は大丈夫だよ」
よし姉が病室のドアにもたれて立っている。こちらに寄ってきて僕の頭をくしゃくしゃにする。
「ダメよ、取り返しのつかない事にならないように導かないと」
「どれだけ教わったって、最終自分の経験が一番効く。うちら大人はその馬鹿の青いケツを叩いてやる事しか出来ないよ」
「いいえ。前に立ち先導する事が私たち大人の役目よ」
「どちらもあっていいと思いますけど」
僕が首を突っ込む。梨花さんが先に口を開く。
「颯稀くん。もしあの子がキスしたいって言ったら、どうするつもり?」
「僕が代わりに死にます」
梨花さんは怪訝な顔をする。
「…ダメよ」
よし姉が笑う。梨花さんがよし姉を見る。
「あなたはいいの?颯稀くんが死んでも」
真剣な梨花さんとは反対によし姉は笑って応える。
「颯稀が選んだ生き方なら良いと思う」
「薄情ね」
「分厚いと、体温を感じられないしな」
よし姉が僕の頭に手を置く。
「こう見えてちゃんと考えてる奴だよ。経験不足だが」
フォローになってない。
「好きな女の為に必死で、ケツを叩くうちが居て、前で導くあんたが居る。だから颯稀は大丈夫だ」
梨花さんがため息をついてベッドにもたれる。
足立さんから受け取った石を取り出す。相変わらず手に持つと言い表せない気持ち悪さがある。探し物を見つける力。人ではなく物らしい。やや使いにくいがちょうどいい物があるでは無いか。手に付いてるペアブレスレットに触れて、その片割れを頭に浮べる。直感で行くべき方角が分かる。
「方角だけじゃ探すの大変だな。座標とか無いの?」
車を出しながらよし姉が愚痴る。僕だって可能ならそうしたい。
空が少しずつ曇ってきた。雨が降りそうだ。学校を過ぎても方角は変わらない。もっと先だ。
「検討はついてるか」
首を横に振る。全て分かっているなら初めから苦労はしてない。
少しずつ雨が降ってきた。遠くの方で雷も鳴る。方角はずっと変わらない。市を出てまだ進む。県外の大きな街に近づく頃にはすっかり雨も強くなってきた、休むこと無くワイパーが動く。
ここに来てやっと方角が変わった。ここからが大変だ。何度も徐行しながら道を曲がる。住宅街をゆっくりと進んでいると、幼稚園が見えてきた。その庭の隅っこに愛理ちゃんが傘もささずに立っている。
「行ってこいよ」
そう言って後部座席からビニール傘を取り出して僕に渡す。それを受け取って車を出る。
インターホンを鳴らすと女の人が出てきた。庭にいる愛理ちゃんの事を話すと驚いていた。
「え!?いつの間に入ってたの!?」
門をくぐって中に入る。愛理ちゃんは大きな木の周りに生えている赤い花を見つめてボーッとしていた。声をかける。雨の音がうるさいのか振り向く事は無かった。近づいて手を伸ばす。彼女を傘の中に入れると驚いて振り返った。
「…ありがとうございます」
「…おいていってごめん」
それ以外何を言うか決めてなかった。今まで雨の日はその屋内や軒下の小さな世界を感じることが好きだった。外に出た雨ざらしの今、雨の世界はうるさくて暗くて寒くて動きにくい。こんな世界にもう彼女を置いては行けない。




