5.0
起きた時の座った姿勢のまま付いているテレビのニュースをボーッと見ていたけれど、うちの町のニュースはひとつも無かった。ベランダでタバコを吸っていたよし姉が部屋に戻ってくる。
「ネットニュースにも無いわ」
そのままキッチンで水を二つ汲んで来て片方を僕に渡してくれた。受け取ろうとしたけど力加減が緩くコップを落として床に敷いた布団が濡れた。
ふたりでそれをボケっと見た後、よし姉がもう片方の水を渡してくれた。今度は落とすこと無く受け取り飲み干す。
「喉の調子はどうだ」
「まぁまぁ」
「じゃ大丈夫だな」
宛もなくふらついてたら車から声をかけられた。
「颯稀?何してんだこんな所で」
僕の顔と服を見たよし姉はすぐに車をおりて僕を軽バンに放り込んで走り出した。前に来たよし姉のアパートの部屋に入り、シャワーも浴びずに床に敷いた客人用の布団に寝かされたのだ。客人用の布団って何だよ。
バスタオルを肩に乗せられたのを視界で捉えて顔を上げる。
「とりあえずシャワー浴びろよおもらし君」
脚の間に落としたコップを拾ってゆっくり立ち上がる。
大して気持ちよさを感じなくなったシャワーを浴びて体を拭く。昨日着ていた服は僕の血と汗が酷いので捨てた。代わりによし姉の持ってる「ましな服」を借りる。大きいよし姉の服はどれもダメだろうと思ったけど、僕でもギリ着れそうなシャツを借りた。アニメ絵のプリントが大きく載っている。
「汚すなよ、推しVのシャツなんだから」
「推しV?何それ」
適当にはぐらかされて教えて貰えなかった。調べようにも携帯が無い。愛理ちゃんの横に置いた荷物に財布も含め全部残してきた。
正直、本当にあの人が最後まで面倒を見てくれたという保証は無い。でも携帯から木島さんの声はしたし、住所は話していたので多分大丈夫だろう。そう思い込む事にする。
どうせ僕は犯罪者だ。あの不良が死んだら、いよいよ二度と愛理ちゃんには会えない。昔から考え過ぎる癖に、いざという時に最善は取れない。
濡れた布団をベランダに干したよし姉が戻ってきて着替える。電気を付けてない部屋でテレビに密着してよし姉を見ないようにしながらニュースを見る。
「出かけるか」
「どこに?」
「とりあえず朝飯、その後事務所かな」
昨晩、掻い摘んで話はした。その時よし姉は缶の炭酸飲料を飲みながら何も言わずに聞いてくれた。僕が外に行きたくないのも分かってるんだろう。洗面台に僕を連れて行き僕の長い前髪をワックスで整えて髪型を変える。
「堂々としてれば大丈夫だよ。変装のメガネもいるか?」
よし姉が取り出したメガネは派手すぎる。パーティー用みたいだ。
「…ありがとう。メガネはいいや」
よし姉お気に入りの喫茶店は朝早いのにそこそこ人が居る。ダークブラウンの木材の床にコンクリートの壁。所々にあるCDの並んだ棚にアニメのフィギュアが飾られてる。窓際の喫煙席に向かい合って座った。
「確かに、よし姉は好きそう」
ウェイターの女の人が注文を取りに来る。僕はホットココアをお願いする。よし姉は「いつもの」とかっこ付けて言った。ウェイターの女の人が小さく笑い厨房に戻る。
「あの人が可愛くて何度も来てるんだ」
ヘラヘラと笑ってタバコに火をつける。女の人の手に付いてた指輪は見なかった事にしよう。
頼んだココアにトーストとゆで卵とヨーグルトが届いた。モーニングと呼ばれる物らしい。
「ここら辺じゃ珍しいけど、これが普通の地域もあるんだよ」
そう説明してよし姉はトーストを頬張る。僕も慎重にトーストを手に取って口に運ぶ。
「ダメージスワップみたいなもんか?」
ゆで卵の殻を剥きながらそう聞く。
「スワップじゃなくてダメージトレードかな」
「ふーん」と言いながらゆで卵に塩を振ってよし姉は一口で食べる。ゆで卵の殻を剥こうとするが手の感覚が鈍いと力加減が難しい。いつもよりも汚い形になってしまった卵を小さな口で食べる。
「君の代わりに僕が死ねたらいいのに」
そのアンサーがこれなのだろう。結果僕は彼女の温もりを感じることが無くなった。触れたらダメな彼女に触れても何も感じない僕。
「いつもの」であるホットコーヒーを啜りながらよし姉は唸る。
「過ぎたことを悔やむなとは言わない。人は後悔しても遅い事を経験して大人になるからな。悔やむだけ悔やんだら、ちゃんと前を見据えなきゃな」
カップをソーサーに置いてよし姉はもう一本タバコに火をつける。ひとつ煙を吐いて僕を見る。
「颯稀はどうしたい?」
よし姉のいつものセリフ。何度これに捕らわれ、何度これに救われただろう。でも今は、その大問の答えを出す気が起きなかった。
「…家に取り物があるから取りに行きたい」
ブレスレットを触りながら答える。願いは小さなことでいい。ハードルを倒したら、もう一度少しずつ飛び越えていけばいい。




