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2.9

頭が痛い。まだ初夏だと言うのに凄く暑い。いつ朝になったかも覚えていない。心配した親が見に来て熱がある事が分かる。そうか、風邪か。

欠席の連絡を入れて貰い、病院代を渡され親は仕事に行く。僕も別にこの歳になって親に看病されたくは無い。日が差し込む窓を眺めてなんとなくの時間を想像する。いま学校は朝のHRが終わった辺りかとか、そんな事を想像する。

次第に覚醒する脳とは反対に、頭や身体はさらに重みを増す。

何故か鳴っているインターホンも遠くに聞こえる。誰が鳴らしているんだと、2階の窓から下を見る。もちろん玄関は見えない。これだけの動作で疲れてしまいまた寝転がると着信があった。愛理ちゃんだ。連絡先は交換したが、実際に使うのはこれがはじめてだった。

「颯希くん!熱が出たって聞いたけど」

そう慌てて彼女が言う。そうか、下に居るのは彼女か。鍵が空いている事、2階の自分の部屋を説明する。うちは不用心なので、誰か家にいれば日中は鍵は閉めない。面倒くさがりなのだ。電話が切れないままドアが開く音がして、携帯を持ったままの愛理ちゃんが部屋のドアを開けた。制服のまま、息を整えながらこちらを見る。何故か既に泣きそうな顔をしている。寝たまま頭を動かして情けなく笑う僕に、彼女も強がって笑って見せた。


水を飲んで、触れないように頭に冷やしたタオルを置いてもらうと、少し楽になる。目を閉じれば、微睡みはベッドの下にあった。

少し頭を動かして彼女を見る。ずっとソワソワしている彼女を放っておいて自分だけ眠る気にはなれない。

「…私のせいだよね」

そう切り出される。梨花さんと何を話したのだろう。

「そんな事ないよ」

本心だ。彼女がどうこうじゃない。僕がどうしたいのか、ここ数日ずっと悩んできた。その答えは、あと数ピースが埋まれば出てくるとそう確信している。

「…愛理ちゃんはさ、死ぬ事が怖くないの?」

その探したピースを選ぶように言葉を考える。彼女は静かに俯いて、手を膝の上で合わせる。

「死ぬことは…あまり分かりません。どう生きたいのか、そんな事ばかり考えていました」

「それは、僕がそう言ったから?」

彼女が静かに首を横に振る。顔を上げて目を合わせる。

「颯希くんがそう言った時、私と同じように考えていて、私のことを理解してくれようとしてくれて、凄く嬉しかったんです…颯希くんとなら、私の夢も、叶えることができるかなって…」

夢。死にたいとかそんなのじゃなく、彼女にとってキスをする事は叶えたい願望なのだ。そこに死が関わらなければ、きっと悩むことなんてなかったのに。

「…新しい夢が出来たんです。私、もっと颯希くんと一緒に居たい。もっと、颯希くんの事を知りたい」

そう笑いながら言う愛理ちゃんの顔を、ただじっと眺める。自分が泣いている事には知らないままでいたかった。

「だから…颯希くん。これからもよろしくね」

静かに頷いた。何度も何度も自分に聞いたその問の答えを、今はっきりと口に出した。

「僕も、愛理ちゃんの事もっと知りたい」

きっと、こんな事でいいんだろう。正解かな?そう何も言わない未来の自分に聞いてみる。

折り重なった掛布団を少し持ち上げる。その厚い布団越しにブレスレットのついた彼女の手が重なる。体温を感じる訳でもない。肌の質感を感じる訳でもない。それで良かった。手に乗る彼女の微かな重さが、その感覚が、僕たちのこれからを下から押し上げてくれるような。そんな気がした。

涙を浮かべるお互いの顔を見る、笑っておくれよ。僕がこれから負けないために。

すぐ上にある彼女の顔から落ちた雫が、僕の涙にぶつかって落ちる。

その涙がいつの日か、綺麗な花になってくれるといいな。なんて、ちょっとカッコを付けすぎかもな。

きっと風邪のせいだ。



いつの間にか眠っていた。今は何時だろう、窓から見える空を見ながら考える。身体が軽い。頭のタオルは今も冷たい。横を向くと、彼女が僕の買った恋愛小説を読んでいる。ゲーム機と制服しかないような部屋に一つだけ置いてある恋愛小説は、さぞ目に止まったのだろう。今になって、ちゃんと片付けをしてから呼びたかった等と意味の無いことを考える。

起き上がる僕を心配そうに見つめる彼女と目が合い、なんだか恥ずかしくなる。

「だいぶ楽になってきたよ。本当にありがとう」

そう言って固くなった身体を伸ばして解す。

「良かった…お水、取ってくるね」

そう言って彼女は部屋を後にする。一人残った部屋と、手に付いたブレスレットを見る。昨日まで部屋に充満していた、僕の苦悩や葛藤は今は感じなかった。だけどまだ、無くなったわけでも無かった。

「颯希はどうしたい?」性懲りも無く僕に聞く僕。

何も答えてくれない未来の代わりに、過去の僕に投げかける。

「今、僕は幸せだよ。僕も頑張るから」

未来の僕は、今の僕に何かを言いたいのだろうか。届かない位に、くだらない事ならいいな。

窓の外の大きな雲が、夏を教えてくれる。次は彼女とどこに行こうか。水を取ってきてくれた彼女と笑いながら、夏の作戦会議を始めた。

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