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3.0

携帯の着信で目が覚める。いつから寝ていたのか覚えてないが、辺りが真っ暗なのは間違いない。着信は親からで「今どこにいる」と言うシンプルな内容だ。家でない事は見渡せばすぐ分かる。

夜の空き教室は急に世界観を変えてくる。時計を見ると20時を過ぎた頃、夏とはいえ外はもう暗い。近くで寝ている愛理ちゃんに声をかけると「んん…」と唸って目を擦る。

期末試験も無事に終わり、放課後にここでお菓子とジュースを持ってきて乾杯をしたのだが、いつの間にか寝てしまったらしい。飲みかけのペットボトルを開けて残りの清涼飲料水を飲み干す。事態に気づいた愛理ちゃんがキョロキョロと周りを見渡している。部活動で夕方まで居ることは多々あれど、この時間に学校にいる事は初めてだった。怖いけど、正直少しワクワクしている。

「鍵…開いてるでしょうか?」

愛理ちゃんが心配する。開いてないだろう。

「反対側の非常口から出ようか」

小さく広げたお菓子をカバンにしまい、帰る準備を進める。お化けがいるなら起こして欲しかったなと、そんな軽口を頭の中で考えて部屋を見渡す。


二人で静かに空き教室を出て廊下を見る。非常灯の緑だけが静かにその下だけを照らす。いつも長く感じる美術室の廊下も、今日は更に長く感じた。2人の足音が自然と揃う。手を前で縮こませながら歩く愛理ちゃんが可愛いと思える位には余裕があった。以前「お化けなら触れ合うことが出来るか」と言っていた彼女も、怖いものは怖いのだ。

美術室は2階、廊下の反対側に非常階段があるのでそこから出るつもりだ。そこまでに図書室、1年生の教室、トイレが並んでいる。一直線の道だが、その暗さのせいで終点に見える緑の灯りしか見えない。

「僕、こういう雰囲気好きかも?」

「そう、ですか?私は…どうでしょう」

「怖い?」

彼女が小さく頷く。「大丈夫」と優しく声をかけて再び前を向く。

お化け屋敷と違い綺麗で、灯りなどのインフラも生きている。なのに人の気配がしないこの寂寥感と言うか、そういう感覚に胸が高鳴る。そういう雰囲気を歩くゲームがあれば是非やりたいなと考える。

「なんかさ、ここの人達が急にみんな居なくなったみたいな感じだね」

思いのままに口にする。彼女はうーんと唸る。

「何故、居なくなったのでしょう?」

勿論みんな下校したからだがそうじゃない。それを考えるのも面白い。静寂に耳を済ませる。ここに化け物は居ない。慌てて逃げた痕跡もない。人だけがすっぽりと抜け落ちたここには、もう人の声の残響すら聞こえない。ふと、変な事を思いつく。

「…初めから、人なんて居ないのかも」


二人の足音だけが小さく聞こえる。愛理ちゃんは人に触れられない。その彼女にとって、ただそこにあるだけの人間は僕らにとってのお化けと同じなのでは無いだろうか。もしそれならば、彼女にとってここは、本当に初めから人なんて居ないのでは無いか。そんな事を考える。

「…愛理ちゃんは、終末世界とかの、人が居ない世界は好き?」

「嫌いではないです。でも…」

優しく笑う彼女の顔が、小さな緑の灯りに照らされる。

「どちらかを選んで良いなら、私はやっぱり、今は人が居る世界が良いです。颯希くんも居ますし」

不意打ちの言葉になんだか照れくさくなる。


非常階段の扉の内鍵を回して、ギギギと音のなる扉を開ける。外は風があまり無くじめっとしていて暑い。それなのに、中よりも解放感があって伸びをする。

「鍵、開けっ放しでいいんでしょうか?」

「仕方ないさ、せめてちゃんと閉めておこう」

そう言って非常階段の扉を閉める。ゆっくりと降りる金属製の階段は人の足跡の形が残っている。教員が使うのだろうか、端は緑のコケが薄く張っている。

無事に地上に降りて、二人でホッと息をつく。少し離れた位置にある職員室はまだ灯りが付いていて、声をかければこんなことをせずに出れたかもしれない。別に僕は楽しかったので良かったけれど。

夏の夜空を見上げて歩く。星座はあまり詳しくない。「迷った時、星を知っていれば方角、時刻がわかる。航海時代の知恵だ。覚えておいて損は無いぞ」と昔よし姉が言っていた。そんな事態になる事は無いだろと聞き流していたが、こういう時の話題として知っていれば、少なくとも話題に迷うことは無いなと思う。

「あ、ありました!夏の大三角」

言われて空を見上げる。指のさす方向に確かに他より色の濃い星が3つある。しかし星座は分からない。

「えっと…下に見えるのがアルタイル、右に見えるのがベガ、左は何だっけ…」

そこまで出てこれば僕も分かる。

「デネブ、はくちょう座だね」

彼女が思い出したように首を縦に振る。もう一度空を見上げて星座を探す。

はくちょう座を見ながら、童話の「みにくいアヒルの子」を思い出した。みんなと違う事で泣いていた白鳥の子と、愛理ちゃんを重ねたのだ。

彼女が自由に羽を広げられる場所は何処かにあるのだろうか。そこに、僕は一緒に行けるだろうか。

少なくとも、ここでは無いのだろう。新たな場所を探すように、羽を広げた白鳥のように、二人で夜の校門を飛び越えた。

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