最強の食欲
爆音が轟く。
戦いの場は応接間から城の屋根の上へ。
三人の戦いは加速し激しさを増した。
「っは、そろそろ息が上がってきたんじゃないカ!!」
ジンウォンが声高らかに吼えるものの、三人の体力は著しく拮抗していた。
本来の魔術の性能だけならばジンウォンに軍配が上がっただろう。
しかし相手は若くして一等星将に成った才覚を持つレーヴェ、そして四獣皇朝禁軍は将軍を務めるウェイ。
体術や戦術は並々ならぬものがある。
炎と白雷が激しくせめぎ合う中、刻々と智天使の契約のタイムリミットが近付いていた。
「ヨウミン将軍、魔術で奴を縛るのは」
「以てあと数分かと」
「充分です」
と、レーヴェは右手に嵌めた黒い指輪を光らせた。
単なる円とも呼ぶべきそれこそ、レーヴェが賜りし宝具。
名をメビウス。
秘められし権能を解放した瞬間、その場に太陽が出現した。
「なんダ……? 魔力が膨れ上がっタ……?」
堕天使系という例外を除き、魔術師は魔力の容量を定められてこの世に生を受ける。
どれだけの修練を重ねようと、それだけは覆しようがない。
レーヴェの魔力の総量は平均的な魔術師よりも少し上のそれであるが、メビウスを解放すると話が変わる。
メビウスの権能、それは循環。
小さな円環の中に常日頃魔力を貯蓄する、無限の装填機構である。
もし、平時使用しない魔力全てが貯蓄されていたら。
もし、それを一度に解放しようものなら。
後には影も残らないだろう。
「おいおイ……この街を、この国を丸ごと焼き焦がすつもりカ……?!」
レーヴェは冷徹なまでに冷静だ。
冷静であるが故に、目の前の敵の危険度を肌で感じ、これ以上無いほどまでに排除を優先する。
「誇れ。魔導帝国の灰となれることを」
「!!」
空を覆い尽くすほどの炎の塊が放たれる。
無論そのまま直撃しようものなら、城はおろか帝都諸共炎に呑み込まれるのは必然だ。
しかし重ねて、レーヴェは冷静である。
激しい戦闘の中でも魔力の気配を感じ、近付いてくるその人物がジンウォンに気取られないよう、わざと極大の魔力の放出を演じた。
「チッ!!」
たとえジンウォンが白雷で応戦しようとも、それが叶わず回避に努めようとも意味は無い。
獅子の爪の先で、猟犬の牙は輝くのだから。
「大天使の翼!!」
ジンウォンが避けた炎が、暴風に巻き込まれ巨大な竜巻となってジンウォンを襲った。
「ぐ、おァァァ!!」
さながら火災旋風。
他への影響の一切を無しにした、ノクトとレーヴェの合技である。
空へと昇る火炎の竜巻を横目に、ノクトはレーヴェの隣へ着地した。
「合図も無しに……合わせるこちらの身にもなってください」
「ミューラー大佐を信頼していましたので」
そう、レーヴェは微笑みながら自分の胸に手を当てた。
ノクトはまったく、と肩を落とした。
「仕留めた……のでしょうか」
「そう思いたいものですが、まだ奴の魔力の気配がします。このまま焼き尽くして」
レーヴェが残る魔力を高め右手に炎を灯した、その時。
火炎の竜巻を白雷が迸った。
「!」
白雷は徐々に光を強め、竜巻を覆い、やがて天に届くそれを引き裂いた。
竜巻が消えて現れたのは、人の形を成した白虎であった。
「馬鹿な……まだ辛うじて契約は……!!」
ウェイは打ち込んだはずの契約印が消えているのを捉え、驚愕の色に表情を染めた。
「自ら腹を……契約印ごと焼いたのか……!!」
「余計な怪我させやがっテ……どいつもこいつも、鬱陶しく目の前でチカついてんじゃねぇヨ」
神々しさを纏うその殺気に、ノクトとレーヴェは身構えた。
「ほんの少し脅かすだけの簡単な仕事だったガ……まあいいダロ。星が何個潰えようが、大した問題じゃネェ」
白雷が天を衝く。
迸る魔力が大気を震わせた、その刹那。
「!!」
その場の四人……もとい、帝都の人間全員に言い表せないほどの悪寒が走った。
鉛よりも重い空気に似合わない、むせ返るほど甘い花の香り。
そして、地獄の釜の蓋でも開いたのかと思うほどの強烈魔力。
首の骨が折れようかという勢いで、四人の視線は揃って貧民街の方へと向いた。
「なんだ……このドス黒い気配は……」
「この魔力……ユーフェイ…………チィッ!!」
ジンウォンはノクトたちに目もくれず、その場を離脱するべく踵を返した。
「っ、待て!! 逃がすつもりはない!!」
「黙ってロ!! もう戯れつく時間は終わりダ!!」
予定外の出来事に……否、予定外というならば、この場に標的が存在しないこと自体がそうであるが、ジンウォンは焦りを覚え額に冷や汗を浮かべた。
ノクト、レーヴェ、ウェイはそれでも構わず目の前の敵の撃破ないし捕縛を優先しようとした。
が、ジンウォンは煩わしさを露わに蹴撃を一つ、激しい放電で三人を阻んだ。
「邪魔をするな死にたがり共ガ!!」
ユーフェイの鎮静。
今この時、ただそれだけを望む彼は歯をギリッと鳴らして空を駆けた。
そうしなくては、この国に生きる命全てが消えてしまうから。
自分自身も含めて――――――――
――――――――
"花"であった。
そこに佇むだけで可憐で、目を奪うほどに鮮やかで場が華やぐ……花園を連想させる一輪にして大輪の花。
ただしその花には毒がある。
いや、毒があるからこそ魅力的なのかもしれない。
彼女以上に甘い花は、この世界には存在しないのだから。
「誰でもええよ。幸せになりたい人からおいで」
妙な威圧感にリゼが微かに二の足を踏むと、隣のフランがスッと一歩踏み出した。
「あの人は奴隷ちゃんにあげるね。臭くてマズそうだから」
「……あんまりオイタをすると、あとでブルー様に叱られてしまいますよ」
「お姉ちゃんは怖いけど」
ペロリ……フランは舌舐めずりを一つ、目を爛々と輝かせ、おもむろに花を踏み締めながらユーフェイの脇を抜けた。
「ご馳走食べるの我慢しろなんて、そんなの絶対無理だもん。それに……お姉ちゃんのために強くなるなら、お姉ちゃんだって喜んでくれるよ」
こないだはお姉ちゃんに遠慮したけど……そう笑うフランの瞳孔が開く。
「今日はお腹いっぱいになるね!!」
口の端から唾液を垂らし、一直線にアレクサンダーへと突撃する。
アレクサンダーは手心を加えることなく、フランの小さな頭を鷲掴みにし花畑の地面へと叩きつけた。
「おとなしくしていろ」
頭蓋が嫌な音を立てたが、フランは構わず口角を吊り上げた。
それを見てアレクサンダーは、反射的に腕を引きフランから後退る。
「あっはァ、ざーんねん」
ゆらりと立ち上がったフランは、口角が吊り上がった、側頭部に出現した口から牙を覗かせた。
「あとちょっとでごちそうさまだったのに」
「異形……か」
フランは智天使の愛で身体を回復しつつ、右腕を真横に伸ばした。
熾天使の咆哮の狼の腕を、大天使の影の闇で覆い、智天使の足跡で巨大化。
智天使の棘の部分増殖にて腕中に口を開ける。
そのまま振り回すだけで必殺ならぬ必喰。
建物の瓦礫ごと喰らうその腕が、アレクサンダーを襲った。
「いっただっきまァーす!!」
アレクサンダーは短い呼吸を一つ、迫りくる壁の如き巨腕を両断した。
フランは魔術そのものでありながら、人間と同じ機能を持つ。
つまり感情も同じように覚える。
腕を斬られれば相応の痛みが身体を襲う……が、食欲は痛みを凌駕する。
「アッはァー!!」
「斬られたそばから回復と再生……!!」
加えてフランは魔術師として天賦の才を持つ。
彼女は紛れもなく非才であり奇才であり異才。
彼女を造った者がそうであるからなのか、魔術そのものであるが故に魔術への理解が深いのか、はたまた元となる魔術師がそうであったのかは定かでなくも。
その才だけならば。
口は、牙は、舌は、胃は。
帝国最強にも届きうる。
「堕天使の月ォォォ!!」
未だかつてないほど、輝かしく芳しい"ご馳走"を前に、フランは義姉を思わせる狂った高揚を見せた。
貧民街のくすんだ空を、大きな口が生えた影で覆いながら。
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