地獄の蓋
「あーあー。えらい盛り上がってもて」
ユーフェイは、どうする?とエリザベートに向いた。
「どうするも何も。私たちもやりましょう」
「元帥さん相手にするよりはテンション上がるんやけど……あんま見たくなあんよね。可愛い子の死に顔は」
「ご心配無く。あなた如きに殺されるほど、ブルー様への愛は些細なものではありませんので――――――――ぁ?」
エリザベートの言葉が途切れる。
喉が、腹が、地面から突き出たそれによって貫かれた。
花。
滴る血で赤く、エリザベートの身体を突き破って美しく咲く花であった。
「あァ」
エリザベートは何のことは無いと、血を刃に変え花茎を切断。
腹、喉と順番に身体から引き抜き、千切れたそれを乱雑に地面に放った。
「なかなかキレイな魔術ですね。植物を操る魔術……それにしてはだいぶ異質なようですが」
「異質なのはお互い様やろ。長いこと生きてるけど、そんな歪んだ魔術見るのは初めてやわ」
「堕天使系は他三系統と違いそれぞれが唯一無二の固有魔術ですから」
「固有っていうのはどうやろね。実際堕天使系は稀有やけど、それはただ同じ時代に、同じ様にイカれた魔術師が存在せんと、同じ権能を持たんかったってだけやろうし」
「おもしろい考察ですね。だとするなら、これだけの堕天使系が同じ時代に生まれ集ったのは、偶然ではないのかもしれませんね」
「せやねぇ。ま、どーでもいいんやけどそんなこと」
ユーフェイは人差し指をスッとエリザベートへ向けた。
足元から伸びる巨大な食虫植物が口を開け、エリザベートの顔面を覆う。
葉の内側から分泌される強酸性の消化液が、惨たらしく彼女を融かした。
「だから、死にませんってば」
融けた顔の表皮ごと食虫植物を剥ぎ取り、肉と神経が露わになった顔で涼し気に言ってみせる。
ホラーめいたのは一瞬、エリザベートはすぐ元の容姿へと再生した。
「不毛だとは思いませんか? 殺しても死なない相手を殺すのは」
「まあ、やりようなんやない? 死なんのと負けんのはイコールじゃないやろ」
途端、エリザベートはふらつきを覚えた。
頭を押さえ、身体に起きた異変に嘔吐する。
「ぉえ……けほっ……なんれふか、こへ、は……」
「酔っ払うのは初めて? キツイやろ。度数九十超えの老酒をイッキ飲みしたみたいなもんやから」
「酔っ払ふ……?」
「不死でも痛みも効かんくても、殺す手段なんか万よりある」
ユーフェイは建物の壁に生えた花を撫でながら、ゆっくりとエリザベートへ距離を詰めた。
「ウチが生み出す花は、人に幸せを与える。幸せとは陶酔、酩酊、高揚、快楽、解放という名の万能感、全能感。人が忘我するほどに求める全て」
「ぐ、っ……!」
地面に膝をつくエリザベートの髪を引っ張り上げ、ユーフェイは冷たい笑顔で睥睨した。
「小さく固めれば幸せの味の飴玉。一度味わったらもう虜。幸せからは誰も逃げられん。堕ちて潰えて朽ちて果てるだけ」
コロン……桃色の飴玉をエリザベートの口の中へ転がし入れる。
身体の自由が利かないエリザベートは、無抵抗にそれを受け入れるしかなかった。
「つらいこと全部忘れて逝けるなんて、考えうる限りの幸せな最期やろ」
飴玉が口の中で溶ける。
濃厚な甘露が喉の奥へと流れるのと同時、麻薬的な快感がエリザベートを走った。
瞳の中で火花が爆ぜ、体感時間が引き延ばされるような、言葉に出来ない多幸感に包まれる。
「あ、は、ァ――――――――!!」
涙、鼻水、涎、その他の体液という体液が、とめどなくエリザベートから音を立てて溢れ花畑をしとどに濡らした。
その表情は恍惚。
今まで味わった痛みよりも、死よりも、熱く、甘く、鮮烈で、刺激的で、そして何より背徳的な、筆舌に尽くし難い幸せの毒。
常人ならば一粒で廃人になるほどの依存性、中毒性を内包した飴玉であるが、ユーフェイは呆けたところへもう一粒、もう二粒……とエリザベートの口の中へ押し込んだ。
このまま放置することも出来た。
だが、ユーフェイ=シャオリーは知っている。
裏の世界に生きる彼女は何度も目撃し、体験してきた。
堕天使系という怪物を。
この世の理の何れからも外れた彼らは、いつの時も異形として、異物として、異端として、異常として君臨した。
ユーフェイ=シャオリーは知っている。
堕天使系とは、やり過ぎて尚、足りぬ者であることを。
「!」
咄嗟に建物の屋上へと飛び跳ねた。
ユーフェイはたしかに見た。
廃人になるほどの幸福を堪能しながら、歪んだ笑みでこちらを見射るのを。
「気ィ持ち……良すぎひィィィ……!! オホッああダメヤバい大変気持ちひヤッべ絶頂くの止まんね下品なのキメちゃうゥゥゥ……!! こんなの……は、じ、め、てええええーーーー!!!」
身体から漏れ出た体液が、エリザベートの手の中で剣の形を成す。
数メートルと離れた地上で、汚泥の如く濁った体液の刃を構える。
天才と違い、彼女に剣才など無い。
だが……誰よりも斬られてきたからこそ、その身体は――――――――
「クヒッ!!」
人斬り令嬢の剣を覚えている。
「アヒャヒャヒャあァ〜!!」
自動障壁が発動したタイミングで、ユーフェイは斬りかかられたのに気が付いた。
「こんなのブルー様には見せられにゃい〜!! 下品で〜はしたなくて〜可愛くなァい〜!! 秘密ッ、絶対秘密絶対絶対ヒミツねェ〜!!」
「血の流れを意識的に加速させて、従来の魔術師特有の身体能力を更に……ほんまに、何回イラつかされたらええんやろなぁ!!」
「イラついてるゥ?! 生理なんじゃないのォ?!」
「もう来ォへんよ、そんなもん……!!」
「滾れ、堕天使の血!!」
「咲き狂え、堕天使の蜜!!」
鮮血令嬢と妖精令嬢。
もしも地獄があるのなら。
それはきっと、今この場所のことを指すのだろう。
その日、貧民街の一角が帝都から消滅した。
読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただけたら、リアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価にて今後も応援してもらえたら嬉しいです
m(_ _)m




