三つ巴
口の中で棒付き飴を舐りながら、ユーフェイはこの際堪能した。
アレクサンダー=B=ヴェルトリーチェ。
帝国軍元帥にして、帝国最強の男。
英雄の頂を冠する一等星将の静かな威圧を。
「首領、ね。名乗った覚えはないんやけど?」
「これでもそれなりの地位に立っているからな。人よりも情報に敏いんだ。古臭い呼び方を嫌うならば、妖精令嬢と呼ぼうか。ユーフェイ=シャオリー、桜花会の創始者よ」
「久しぶりやわそんな呼ばれ方したの。妖精令嬢……字面は可愛いんやけどね。なんせもうずっと前の字やから黴も生えるわ。皆もう忘れてもたんやないかな。元々表の歴史に残るような立派な人間でもないわけやけど。ニッシッシ」
「情報として得てはいても、いざこうして対峙すると不気味さが際立つな」
ユーフェイは、酷いなぁとケラケラ笑った。
「一応女の子やよ?」
「ハッハッハ、四獣皇朝建国と共に在り続けてきた怪物を、そう呼ぶのは無理があるだろう」
アレクサンダーもまた豪快に笑って返す。
「まあ関係は無いんだがな。容姿で人を判断するほど、私は出来た人間でもない。敵ならば倒す、害ならば打ち砕く。それだけだ」
「怖いくらい立派やねぇ。こーんなか弱い女の子に、そんな物騒なもん向けんといてよ」
「戦いに年齢と性別を持ち込む意味があるか?」
「まぁねぇ。それにしても、英雄さんがこんなとこにいてもええの? 人に見られたら問題やと思うんやけど」
「心配してくれるな。どこにいようと、何をしようと、それで一等星の輝きが霞むことなどない」
「ますますご立派。男やなかったら惚れてたわ」
「ハッハッハ」
「ニッシッシ」
一閃。
アレクサンダーの振った大剣が周囲を破壊した。
「危ない危ない」
「まさか、受け止められるとは思っていなかった」
展開された薄桃色の透明な障壁越しに、二人は視線を交わした。
「なぁ元帥さん。ウチは娼館行こうとしてただけなんよ。元帥さんとやり合うのは仕事やないし、ここは一つ何も見なかったってことにせぇへん? ウチらは今日出会わなかった。これでウチも元帥さんも幸せ万々歳。どう?」
「ハッハッハ、無理な相談だ。この国で何かしようとしている、それだけで十分に排除の理由たり得る」
「そやねぇ……困ったわぁ。ウチ、戦うのも痛いのも苦手なんよね……」
はぁ、と肩を落とすユーフェイに、アレクサンダーは再び大剣を振るった。
黒く分厚い刃が空を薙ぐ度、破壊の波動が蔓延する。
にも関わらず、ユーフェイは薄い障壁の中で涼しい顔をした。
「ただの剣技じゃウチの盾は斬れんよ」
「さて、それはどうかな」
アレクサンダーが柄を握る手に力を込める。
そうして放たれた剣戟は残像を見せ、音、風圧、破壊、斬撃……それら全てが遅れてやって来た。
本来ならば至近距離での戦車砲も、百万の銃弾も通さないユーフェイの障壁を、アレクサンダーは剣一本で破ってみせたのだ。
「ありゃ」
ユーフェイは、これはアカンわ……と、砕けた障壁の破片を尻目に、アレクサンダーに背を向け脱兎の如く駆け出した。
「魔術も使ってないただの剣で……ね。さすが帝国最強。あんなん相手にしたら命がいくつあっても足りんわ」
「そう連れないことを言ってくれるな」
猛スピードで駆けた路地の先で、大剣を担いで待ち構えていたアレクサンダーに、ユーフェイは目を見開いた。
「速すぎやろ……って!」
ユーフェイは握った五指を開き、飴玉を四つ取り出し、それをアレクサンダー目がけて投げつけた。
それぞれが焼夷弾、催涙弾、炸裂弾、粘着弾の性質を持った魔術の飴玉である。
一度衝撃が加われば爆ぜてアレクサンダーの動きを止める……はずだった。
アレクサンダーは大剣を一振り、余分な破壊の一切を無しに、四つの飴玉を斬り落とした。
「!」
驚愕も束の間、ユーフェイの眼前に突きが迫る。
空間に穴を空けるそれは障壁を容易くすり抜けたが、ユーフェイは軽やかに身を翻し、髪先数ミリのところに掠める程度に被害を留めた。
互いに数メートルの距離を空ける。
ユーフェイは切られた髪先をいじり、深いため息をついて肩を落とした。
「あーあーウチの髪の毛が。もう伸びんのに……。女の子は優しく扱わなあかんやん」
「戦場に男女の概念が必要か?」
「うえぇ……男が口にする男女平等って、結局男本位やから嫌いやわ〜」
「女性が口にするそれも、敬え、譲れ、優先しろが前面に含まれるだろう」
「まあそやねぇ。やからウチは女の子が好きなわけやし。はーぁ、娼館行こうと思ってたからそれなりに昂ぶってるし、仕事はうまくいかんし、髪は切られるし、予定外の男の相手はせなあかんし……」
駄々をこねる子どものように上半身を左右に揺らした後、ガリッ……と飴を噛み砕く。
「あーもう最悪や」
身体から溢れる濃桃色の魔力が漂うと、周囲に甘い花の香りが蔓延した。
次いで魔力が触れた建物と地面が腐食し溶解を始めた。
「魔力の放出だけで事象を引き起こすとは。濃度が桁違いだ」
「骨の髄まで幸せにしたげる。殺さんかったらまあ……仕事に差し支えは無いやろし」
魔力が更に昂る。
対しアレクサンダーも魔力を迸らせた。
衝突した魔力は空気を震わせ、周囲に物理的な破壊を齎した。
そんな中、その二人はユーフェイの背後から悠然と現れた。
「ああ、よかった。ちゃんと見つけられて」
片や血のように高貴な真紅の魔力を、片や深い闇を思わせる底無しの魔力を纏いながら。
「……次から次へと。ほんまにもう……」
「そう邪険にしないでください。私たちはただ、ブルー様への借りを返したくてやって来ただけなので」
「先日は見逃したが、今回はそうは行かん。下がりなさい」
「そうはいきません元帥閣下……いえ、ここはあえておじ様と呼ばせていただきましょうか。ブルー様がいない以上、軍の命令を聞く必要はありませんし。そこの獲物は私たちが頂戴します」
「臭いから食べたくないんだけどなぁ。どうせならあっちのおいしそうな男の人の方がいい」
「ヴォルフラム中将の義娘か。揃いも揃って混沌とさせてくれる」
「おじ様が退いてくださるだけで、少しは整然とすると思いますが」
「ごちゃごちゃうるさいのやめん?」
ユーフェイは飴玉を一つ、宙に放った。
地面に落ちて砕けると、貧民街の一角が幻想的な光景に包まれた。
地面が、建物が、空気までもが花畑へと変わったのだ。
「これは……」
「みんな纏めて幸せになりや」
花の香りを吸い込んだ瞬間。
「ゴホッ!!」
「けほ……!!」
エリザベートとフランが揃って血を吐いた。
「毒の花粉……」
アレクサンダーも咄嗟に口と鼻を押さえた。
が、その様に納得いかない表情を見せたのは、他ならぬユーフェイだった。
「一吸いで鯨とか動けんくする毒なんやけど」
「その程度の毒で倒れるようなら元帥など務まらんよ」
やはり厄介なのはこの男だけ……と高を括ったユーフェイは、
「あー……気持ちいいですね……」
「うえぇ……臭いしマズいし最低〜……」
容易く立ち上がる二人にも同じだけの脅威を覚えた。
死なない相手に毒は効かない。
また空腹であるが故に毒をも喰らい、喰らったそばから魔術で回復するともなればそれもまた一種の不死性と言える。
「そういえば、あの人斬り令嬢ちゃんのお仲間やったっけ」
ああ、ほんまに……と。
ユーフェイは密かに、仕事を引き受けたことを後悔した。
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