夢は夢のままで
『緊急事態発令! 緊急事態発令!』
平時の安穏を掻き消すが如く、無機質なサイレンが鳴り響く。
『皇城内に侵入者あり! 各員速やかに対処せよ! 繰り返す、皇城内に侵入者あり!』
帝国軍本部は第一部隊を初めとした面々が現場へと急行した。
隊員らが緊急車両に乗り込む中、先行し猛然と駆け出したのは帝国の一等星二人。
第一部隊隊長ノクト=S=ミューラー、第三部隊隊長ソフィア=S=ハイレーン。
外套をはためかせ、円状の城壁の上を駆けた。
「四獣皇朝から来賓があるタイミングでの襲撃……侵入者の狙いは、やはりそちらでしょうか」
「おそらく。……ハイレーン大佐」
「はい?」
「じつは、報告には上げていなかったことが。昨夜ツルギが桜花会と交戦しました」
ソフィアは静かに驚き目を丸くした。
「本人は魔術の行使が原因で昏睡していますが、居合わせた他の隊員に話を聞いたところ、ツルギが斬れなかった相手だとか」
「あの人斬り令嬢さんが……?! それほどの手練れだったということですか……も、もしシュナイダー大佐が交戦している人物がそれと同一であるなら、シュナイダー大佐といえど!」
「危ういかもしれません……ハイレーン大佐、先行します!」
足に風を纏わせ加速。
文字通りの突風となって、ノクトは一瞬でソフィアの視界から消えた。
風景を置き去りにするほどのスピードの中、ノクトは思考する。
(桜花会の目的は何だ……? ディアナ殿下が婚姻されたこのタイミング……奴らの狙いは婚姻の阻止か、それに関することで間違いないはず……だがそれにしては……)
影で百花糖を蔓延させていたかと思えば、白昼堂々の皇城の襲撃で騒ぎを起こす。
その行動の支離滅裂さがノクトに違和感を覚えさせた。
しかし思考を巡らせるには判断材料が足りない。
今自分に出来ることは、一刻も早い到着に向かうことだけであった。
――――――――
レーヴェ=R=シュナイダー。
彼が獅子の爪を拝命し、一等星将として第二部隊の隊長となったのは、もう五年も前のこと。
士官候補生の頃から、他の隊員とは毛色が違った。
誰よりも早い時間から誰よりも遅い時間まで訓練に励み、嗜好品の一切を摂らず、休日全てを奉仕活動に捧げる、ストイックとは一線を画す病的なまでの労働中毒者。
しかしだからと他者と交わることを嫌うことなく、むしろ周囲の意見に耳を傾け配慮を怠らない紳士的な一面もある。
そして、苛烈なまでの暴力性をその甘いマスクの下に秘めている。
そんな人間性は、第二部隊の主題にこれ以上なく適合していた。
獅子が標的を定めたならば、その爪は必ず獲物を捕らえ焼き尽くす。
「ふっ!!」
押しも押されたりの目まぐるしい攻防を繰り返し、三者は戦いを白熱させた。
炎を纏わせた蹴りを腕で止めながら、ジンウォンは不敵に笑みを浮かべる。
「大天使系の魔術師にしては、体術も相当ダナ。さすが一等星将ってところカ」
軽口を叩きながら拳を返す。
レーヴェはそれに合わせて身を翻し、身体を反転させながら再度蹴りを見舞った。
「口数の多い男だ。その舌はさぞ脂が乗っているように見える」
「普段はそうでもないんだがナ。一等星将相手に気分が昂ぶるのは仕方ないダロ」
「ならばその高揚ごと燃やし尽くしてやろう」
「そう熱くなるなヨ」
ジンウォンが腰を落とし腕を引く。
熾天使の尾……白虎の爪を顕現させようとした時。
「!!」
横から突き出されたパンチで、ジンウォンの身体が吹き飛んだ。
「チッ……」
膝をつきながら、ジンウォンは今しがた自分の身体に起きた違和感に眉根を寄せた。
「魔術が使えナイ……?」
「だろうな。そういう契約だ」
ウェイは光り輝く拳で祈るように構えた。
(智天使系……魔術を縛れるタイプの魔術ってところカ? 範囲は、持続時間……おれに攻撃を当てたあれが発動条件、カ……? 面倒ダナ……将軍ウェイ=ヨウミン……四獣皇朝最強の魔術師……)
魔術を発動出来ない状態にも関わらず、ジンウォンは不敵に笑った。
その最強は、桜花会を数えてないだろウ、と。
身一つで床を蹴り、低い体勢からウェイの顎先へと白雷を帯びた蹴りを放つ。
「くっ?!」
「生憎お前とおれとじゃあ、魔術のステージが違うんダヨ!!」
ウェイの身体は宙を飛び、部屋の壁を突き破った。
ウェイ=ヨウミンの魔術、名を智天使の契約。
智天使系に数えられるそれは、自身と他者に対し契約を締結し行使するという権能を持つ。
契約の際、契約印を打ち込むことが発動の条件となるのだが、今ウェイとジンウォンの間に結ばれた契約は、「自身が受けるダメージを増大させる」代わりに「魔術の使用を禁ずる」というもの。
相手に強いる契約の内容が大きいほど、自身もリスクを背負わねばならないというデメリットを持つ、智天使系の中でも異色な魔術。
しかしそれ故に強力で、契約の強制力から逃れた者など今まで存在しなかった。
だからこそウェイは驚き、瓦礫から立ち上がって数瞬の間呆けた。
「馬鹿な……」
「良かったな多少なり魔術が効いてる状態デ」
「何……?」
「でなけりゃ今頃お前の首はその辺に転がってイタ」
ジンウォンはつま先を二回、床に打ち鳴らした。
(まあ、実際大したもんではアル。何の魔術かは知らないが、熾天使の尾本来の性能が封じられてるんだからナ。天召でなかったらヤバかったカ)
余裕を崩さず視界にはレーヴェを捉え続ける。
(獣化は無理……この状態で一等星将と将軍を相手取るのは面倒ダナ。キリの良いところで退散すルカ……。まあ……)
どちらか一人を殺すくらいはわけはないケドナ、と、ジンウォンは白雷を激しく迸らせた。
「まだまだ遊ぼうゼ」
――――――――
ジンウォンが皇城で戦闘を繰り広げていた頃。
「フッフフ〜ン。キレイな女の子と〜ヌルヌルぐちょぐちょいい気持ち〜」
小気味よい鼻歌を唄いながら、ユーフェイは暗い路地をスキップしていた。
目当ては貧民街の楽園、薔薇の宿屋。
一夜で千夜の夢を見られることで知れた娼館である。
「楽しみやな〜。店の女の子全員に相手しても〜らおっと」
ニコニコ顔で路地の角を曲がった。
その時だ。
「全員を買うのは、何とも夢のある話だ」
声が一つ、ユーフェイの軽やかな足取りを阻んだ。
「申し訳ないが、その夢は夢のままにしておいてくれ」
服の上からでもわかる隆々とした筋骨と、身の丈ほどある大剣を片手に、その人物は立ち塞がる。
ユーフェイはつい数秒前の浮かれた気持ちに蓋をして、苦笑いをして肩を落とした。
「この展開は……予想してなかったなぁ。一応挨拶しとこうかな。よろしゅうね、帝国の英雄さん」
「ああ。よろしく頼む。ユーフェイ=シャオリー。桜花会の首領よ」
読んでいただきありがとうございます!
今回の章、いつもより長くなる予感……
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m(_ _)m




