白虎の男
四獣皇朝は古来より、四体の聖獣を守護神として祀っている。
智慧と法を司る青龍。
娯楽と夢幻を司る朱雀。
慈愛と豊穣を司る玄武。
戦と勝利を司る白虎。
建国を宣言した四人がそれらに準じた魔術師だったことに由来するも、その伝承が真実かどうかを知る者はとうに存在しない。
しかし、山を割り大河の流れを変え、一夜にして城塞を築いたとされる彼らの偉業は、誇張として片付けるにはあまりにも多くの記録が残されている。
そして現代に至るまでに数度、神話の残滓をその身に宿して産まれてくるものが存在する。
彼、ジンウォン=シャオリーもまたその一人であった。
「はぁ、あ……不覚を取りました……」
「いったぁい……」
エリザベートは落ちた首と身体とを血で繋ぎ止め、フランは千切れた前脚を智天使の棘で再生、更に智天使の愛でのダメージの治療を完了し再び立ち上がった。
「ジンウォンの攻撃食らって普通に立ち上がるんや。黒髪のお嬢ちゃんは不死性の、小さいお嬢ちゃんは……何やろいろいろ混ざっててよぉわからんけど、二人とも堕天使系なのは間違いなさそうやね。怖い怖い」
「何だろうと関係ないダロ。おれがいる限りお前に手出しはさせン」
「過保護やねぇ。可愛い女の子はあんま怪我させんといてほしいんやけど」
(まあ、ジンウォンが手ぇ出さなあかん相手ってことか)
ユーフェイは視線をツルギにやった。
(今のを見ても顔色一つ変えんあたり、ジンウォンとやり合っても勝てるってことなんかな。どーしよかな。このまま暴れて仕事しづらくなるのは嫌やしなぁ)
しゃーないか……と、ユーフェイは肩を落とした。
「ジンウォン、やってもてええよ」
「あア」
「最初からその気になってくれればいいものを」
おもむろにジンウォンとの距離を詰める最中、エリザベートは跪いて謝罪の弁を述べた。
「申し訳ありませんブルー様。お見苦しい姿を晒し――――――――ッ」
一閃。
刃がするりとエリザベートの首を通り抜け、言葉が途切れた。
「役に立たないならせめてどきなさい」
「申し訳ありません……」
首を抱きながら後方へ下がる様の何と悍ましいこと。
フランはとばっちりが来ないよう大天使の影で影の中に消えた。
「仲間に手をかけるの、褒められたことやないんと違う?」
「仲間? フフ、変なことを言いますね。これは私の奴隷です。命令どおりに動けない愚図に温情をかけろだなんて、どだい無理な話でしょう。主人の命令一つ聞けない奴隷に生きる価値があるわけもなし」
「ああ、ほんまに……顔はめっちゃ好みやのに。価値観が合わん子やわ」
「結構です。斬られゆく相手にどう思われようと、知ったことではありませんから!!」
ツルギが飛び跳ねた地面が陥没する。
初速が最高速。
空気の壁を突き破る音がした時には、すでにジンウォンを通り過ぎ、剣の間合いにユーフェイを捉えていた。
「だから、あかんてば」
ユーフェイが不敵な笑みを浮かべると、間にジンウォンが割り込んだ。
「失セロ」
白い巨体が口を開けると、激しく放電する光の球体が出現し、衝撃波を伴う光線となって辺りを破壊した。
「ッ、なんだあれは……!!」
「ボス、このままじゃ街が!!」
「チッ……住民の避難を急げ!!」
DUST'は退避を選択したが、ツルギは建物の屋根に着地し、眼下のジンウォンを興味深そうに見下ろした。
「白い虎というだけでも物珍しいというのに。如何に魔術が想像力に由来するとはいえ、それだけでは今の攻撃は説明出来ませんね。明らかに魔術のルールの範疇を超えているように思えます」
たとえばツルギの堕天使の剣は、斬るという一点のみに限った権能を持つが、本人が斬ろうと思えば何であろうと斬れる。
岩や鉄など話にもならず、炎や水も、更には概念といった見えないものまで。
音を斬れば周囲に針の音一つ響かせず、気配を斬れば静謐の中であろうと気取られることはない。
また彼女の常人離れした運動能力も、常に身体能力の限界を斬っているが故のもの。
そのため膨大なエネルギーを摂取する必要があり、魔術のキャパシティを越えれば数日間は眠りについてしまうというデメリットもある。
そんな魔術でも、斬る以外のことは出来ない。
空に浮くことはもちろん、剣を振って雷を落とすといったことも不可能である。
ひとえに、魔術のルールから外れているためだ。
(フランのように複数の魔術を有している……。過去にそういった事例が観測されていないわけではありませんが、どうにもそれとは違うような気がします)
魔術の有無は才能であるが、魔術の使い方は魔術師の想像力次第。
例に挙げれば、エリザベートが有する堕天使の血。
これは恋心を抱かねば発動しないというデメリットがある反面、恋をする限り肉体の完全なる維持を可能にし、あらゆる苦痛を快楽に変換する……というのがこの魔術の特性だ。
頭が潰れようとも首を刎ねられようとも、堕天使の血は完全な状態の肉体を再現する。
それこそ指先の小さなささくれや、肌荒れといった小さな異常すら認めない。
が、そこに魔術師本人……つまりエリザベートの意思が介入すると、魔術の解釈が大きく変化する。
自身がその状態を完全だと思えば、体内に爆弾などの異物を埋め込むことも、血を硬質化させ肉体の強度を上げることも、更には血を遠隔操作することも出来る。
異質であるも、これはあくまでも魔術のルールの範疇に則っている。
魔術師は魔術を脱せない。
これが不変で絶対のルールである。
(私の知らない何かが魔術にはある……?)
ツルギはコンマ数秒思考を加速させたが、意味が無いと悟るなりすぐに止めた。
「何でもいいですね。斬ってしまえばそれで終わりです」
黒いオーラがツルギを覆う。
夜空に立ち昇る禍々しいそれを目に映し、ジンウォンは対となるような白い魔力で周囲を照らした。
獣から人へ。
四肢に虎の名残りを残したその姿もまた、厳かな神聖さを漂わせていた。
「お前は毒ダナ。そこにあるだけで花を枯らす毒。ユーフェイの視界入ることすら煩わしイ。さっさと、死ネ」
雷光が瞬き街を貫いた。
白い雷が尾を引き、十メートル近い距離をゼロにする。
真横から受けた蹴りで、ツルギの姿が掻き消えた。
「ブルー様!!」
建物の屋根から屋根へ。
身を翻して着地した時には、すでにジンウォンの追撃が迫っていた。
二度目の蹴撃。
先程と合わせ、剣を間に入れたことで直撃には至らなかったが、またも屋根の上を転がった。
ダメージは無い。
しかしツルギは自分が軽々と吹き飛ばされたことに驚いていた。
「重く、それに速い」
至近距離での弾丸さえ避けるツルギの目と身体、そしてどんなダメージすらも未来予測並みの精度で察知出来る超直感を以てして、ジンウォンの攻撃は受けてしまう。
それほどにジンウォンは速かった。
エリザベートは目を疑った。
「あのブルー様が、押されてる……?!」
人斬り令嬢の異名は伊達ではない。
一度剣を振るえば一騎当千。
疾風怒濤の剣戟で如何なる敵、兵器を圧倒してきた。
剣に愛され剣を愛す、それはまさに血に刻まれた鬼神の宿命とも言うべき才を持って、この世に生を受けた剣士。
だというのに、今は防戦一方を強いられている。
たった一人の魔術師にだ。
「ジンウォン相手にまだ人の形保ってるの凄すぎるなぁ人斬り令嬢ちゃん」
ユーフェイもまた、エリザベートとは違う意味で目を疑った。
(速くて鋭い。魔術で強化してるにしても、銃火器、機関銃、大砲、魔術が発達したこの時代で、あんな剣士がまだ存在するんか)
身体の強度、剣の冴え、戦術眼、どれを取っても超が一つや二つでは到底足りない一流。
だからこそユーフェイは称賛し、同時に痛惜した。
「やり合ってるのがジンウォンじゃなかったら、とっくに斬られてたやろけどな」
長引く戦いにツルギは陶酔し、そして同じだけ辟易した。
剣を振ろうと刃は掠りすらせず、虚しく空を斬るばかり。
未だ味わったことのない欲求不満が積もり、剣を握る手に力が込められた。
しかしそれはジンウォンも同じであった。
華園の守護者が、花を手折ろうとする害虫一匹の駆除にこうも時間を食っている。
ジンウォンは自身を恥じ、自身に憤慨した。
「鬱陶しいんダヨ、女ァ!!」
白雷を纏わせ、怒りのままに爪が振られる。
爪撃に加え雷が降るも、たかが雷とばかりツルギは容易に斬り落とした。
「鬱陶しいのはお互い様です。……斬られる気が無いなら、そこでお座りでもしていればどうですかァ?!」
ツルギの突撃に際し、ジンウォンも前へと駆ける。
振り下ろされた剣に合わせたのは、あろうことか左腕を上げるだけのただの防御。
ツルギの剣はジンウォンの腕を斬り落とした。
肉を断ち、骨をすり抜け、その命をも斬り裂く。
身の内に留まらぬ興奮に痺れ、劈くような歓喜で貧民街を震わせる。
はずであった。
「――――――――!!」
白い毛に覆われた腕は頑強で傷の一つも付かず、金属めいた音を鳴らして剣を弾いた。
「身の程を弁えなイ……力の差もわからナイ……だから女は嫌いなんだヨ」
一蹴。
時が止まったように硬直したツルギの手に握られた剣が、音を立てて砕かれた。
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