桜花会
「お嬢ちゃんが今のボス? 掃き溜めに鶴やねぇ。えらい美人さんやん。前のボスの娘さんかな? そういえばどことなく面影が」
「てめぇが知る必要はねぇよ」
合図を機に、ユーフェイたちに幾つもの銃口が向けられた。
が、当のユーフェイは呆れた顔をした。
「こんな狭い通路で右左から銃なんか構えてもて……どう考えても味方に当たるやろ。そんな物騒なもんしまった方がええよ。飴ちゃんでも食べて落ち着きや」
投げられたそれを掴むなり、DUST'のボス、テレジア=ハルトマンは地面に落とし踏み潰した。
「あーあ、もったいない。食べ物は粗末にしたらあかんって教わらんかったん?」
「こんなゴミを食い物と呼ぶ……てめぇらの程度が知れるな」
「プッ、これ以上……ああこれ以下かな。下から数えた方が早い底辺の街の住人が程度を語るなんて。今のボスさんは笑いのセンスが冴えてるなぁ。けど、そのゴミをこの街の人らは嬉しそうに食べてたで? コロコロペロペロ〜って。残飯よりご馳走に映ったんやろな可哀想に。ウチはなお嬢ちゃん、そんな可哀想な人らを助けたいだけなんよ」
手を握って開けば飴玉が一つ。
一度手を振れば飴玉が二つ。
宙に放って三つ、四つ。
子ども騙しの手品を見せたユーフェイは、ケラケラと足を遊ばせた。
「ドラッグで人助けだと? 笑わせんじゃねぇぞ!!」
テレジアの怒号にも涼しい顔。
「十年前もてめぇら桜花会はこの街にドラッグをばら撒いた!! いったい何人の家族が犠牲になったと思ってやがる!!」
「さぁ、どうやろね。幸せにしてあげた人の数なら、よぉ覚えてるんやけど。キャッハハハ」
血管を浮かばせ、引き金にかかる指に力が入る。
一触触発の空気の中、ジンウォンは気怠そうにあくびをした。
「く、あぁ……はぁ。帝国の裏組織は頭が悪いんダナ。暗がりに群がるだけの薄汚い蠅が、どうしてユーフェイと対等に目を合わせて話せるンダ? 身の程を弁えろヨ」
「なん――――――――」
テレジアが言いかけた瞬間、彼女たちの手に持った銃が一斉に破損した。
「ッ?!」
それがよもや彼、ジンウォンの蹴撃によるものと捉えられた者は、一人もいない。
「ユーフェイ、こいつら殺していいカ?」
「あーかーん」
「鬱陶しくてナ。捻り潰したくナル。ただゴミの上を飛び回るだけの羽虫を見るト」
「暴力嫌いなんよウチ。人には優しくせなあかんよジンウォン。それに前に言うといたやろ。べつにいいって。DUST'なんか居ても居んくても変わらんから。ウチらはウチらの仕事だけしてればええの」
「フン」
「仕事……? てめぇら、この街でいったい何をしようと……」
「あんたらには関係ないって」
「こっちは家族に手ェ出されてんだぞ!! それを黙って見過ごせるわけあるか!!」
「おお熱血やねぇ。ガツガツしたお嬢ちゃんも嫌いやないよ。お嬢ちゃんがそこまで言うなら、貧民街で仕事するのやめてあげてもええよ」
ユーフェイのあっけらかんとした物言いに、テレジアは一瞬肩透かしを食らった。
「お嬢ちゃんが裸で土下座して、お願いします〜家族には何もしないでくださ〜い……って、可愛くお尻振っておねだりするなら」
テレジアが顔を真っ赤に憤慨しかけたその時。
「それは笑えそうな催しですね」
人混みの向こうから、弾むような声が届いた。
「恥辱にまみれた芸で頬を染めるハルトマンさんも趣深いのはたしかですが、それよりも今はあなたに興味が尽きません」
DUST'の面々が恐怖に引き攣った顔で道を開ける。
ザッ、とブーツを鳴らして現れた少女たちは、ただ真っ直ぐに獲物を見据えた。
「ごきげんよう、花の香りのお嬢さん」
対し、ユーフェイもまたパアッと表情を明るくした。
「ごきげんよう、可愛い可愛いお嬢ちゃん」
キン……とツルギの腰で鍔が鳴った。
「子鬼……!!」
異様な空気であった。
DUST'の面々は、今しがたユーフェイたちと対峙していたときよりも怯え、または怒りを露わにしているのにも関わらずそのユーフェイとジンウォン、そしてその場に現れたツルギ、エリザベート、そしてフランは、もうその瞳に彼らを映していないのだから。
「よくやりましたねフラン。あなたのおかげで早く見つけることが出来ました」
「エヘヘ。あとでご褒美いっぱいちょうだいね」
「ええ。お腹いっぱい食べさせてあげます。斬ってバラバラにした食べやすいお肉を」
「ッ、おい子鬼!! これはオレたちの問題だ!! てめぇは引っ込んで――――――――」
「しぃ。今ブルー様がお話されています」
「……!!」
エリザベートは指を唇に当て、瞳孔が開いた真っ赤な目でテレジアを威嚇した。
静かな狂気に押し黙らざるを得なくなり、テレジアは後ずさり舌打ちを一つ鳴らした。
「また女が増えタ」
「ええやんええやん。女の子は居たら居るだけええよ。三人ともめっちゃ可愛いわぁ。お近付きの印に飴ちゃんあげよか」
「飴欲しい!」
素直に目をキラキラさせるフランの首根っこを掴んで制止し、ツルギは懐からくすねた桃色の飴玉を取り出した。
「キレイなものですね。どこからどう見ても普通の飴です。こんなものに夢中になるなんて」
「一口舐めたら桃源郷へご招待〜言うてね」
「色によって気配が違うのは?」
「おっ、わかるん? これなぁ、味にもこだわってるんよ。桃色の飴ちゃんは桃の味。赤は苺、黄色は鳳梨、緑は舐瓜、他にもいっぱい楽しめるようになってるんよ〜」
「大方服用した時の効果も違うのでしょうが、まあそんなことはどうでもいいとして。百花糖……と言いましたか。十年前貧民街で流行したドラッグ」
「ドラッグって呼び方可愛くないから好きやないんよね」
ユーフェイは小さく頰を膨らませた。
「こんなにおいしくて可愛らしいのに」
「これを作ったのはあなたですか?」
「ありゃ、そういえば自己紹介がまだやったね。せっかくやし挨拶しとこか」
「ええ」
「桜花会、ユーフェイ=シャオリー。ユーフェイって呼んでな」
「魔導帝国軍第一部隊、曹長、ツルギ=ヴォルフラムです」
「ツルギ=ヴォルフラム……銀髪に赤と青のオッドアイ……ああ! お嬢ちゃんがあの! いやぁ噂には聞いてたけど、まさかこんな可愛らしい子ぉやったなんて! 仕事やけど来てよかったぁ! 会えて嬉しいわぁ帝国の人斬り令嬢!」
木箱から飛び降りて爛々と目を輝かせるユーフェイ。
ツルギもまた目に淀んだ光を宿した。
「桜花会……四獣皇朝の裏組織ですね」
「エッヘッヘ、ウチのこと知っててくれるの嬉しいなぁ」
ふと、フランがエリザベートの袖を引いた。
「奴隷ちゃん、桜花会ってなーに?」
「四獣皇朝の闇社会に在籍する悪の組織、それら総てを束ねる裏組織の名前が桜花会と呼ばれています。その歴史は古く、四獣皇朝建国と共にその存在は囁かれ、歴史の節目で度々暗躍しているのが記録されていますが、規模、人員、関与した事件含め全容は掴めていません」
ユーフェイは小さな手を打ち合わせた。
「よくお勉強してるやん。偉い偉い。けど一つだけ間違い。悪の組織っていうのはちょっと違うなぁ。ウチらは慈善団体やよ。困ってる人を助けるのがウチらの役目」
「人殺しも慈善ですか?」
「死は救済やからね。生死合わせて自然の循環である言うてな」
「その思想に関しては大いに共感出来るところです」
「気が合いそうやねウチら」
「そうですね。残念でなりません。これから仲良くなれそうな相手を、斬らなければならないなんて」
表情と言葉が一切一致しないツルギは、鞘から剣を抜き去り、刃に鈍い光を煌めかせた。
目の前にいるのは裏組織の人間であり、魔導帝国にドラッグを持ち込んだ犯罪者。
加えてここは貧民街という、表の法が届かぬ無法地帯。
ツルギの目にはもう、ユーフェイは斬っていいものにしか映っていない。
彼女が誰で、今から何をしようとしているのかなどどうでもいい。
ツルギは目の前の獲物に口の端からよだれを垂らした。
そして、
「私は軍人ですからぁ、悪い人は斬ってもいいんですよ。ああもう無理、無理です無理です無理無理無理ィ……!! 斬りますね斬りますよ斬られてください!!」
昂る感情のまま地面を蹴った。
だが、その刃がユーフェイに迫ることはなかった。
「下がレ」
低い声、それと空間を抉るような蹴りがツルギを阻んだ。
無論ツルギは余裕を持って回避に成功したが、地面と両側の壁には、三本の大きな亀裂が刻まれていた。
「そちらの方、邪魔しなくてもちゃんとあなたも斬ってあげますよォ?!」
「女、誰に剣を向けてイル。ユーフェイは華園の主。お前如きが触れていい花だと思うナ」
ジンウォンは琥珀色の目を細め、ツルギを睨みつけた。
ツルギは尚も口角を吊り上げた。
身に浴びる引き裂かれるような殺気を、まるで春の陽気を孕んだそよ風の如く心地良く感じて。
「おれは番人。おれがいる限り、ユーフェイを手折らせることはしなイ」
「ま、そーゆーことやね。ウチに何かしたいんやったら、まずはジンウォンを倒さなあかんわ。ってことで、そろそろ行こかジンウォン」
「あア」
緊迫した空気など構わず、ユーフェイたちは無防備にツルギに背中を向けた。
肩透かしをくらったのは、ツルギの背後で成り行きを見守っていたエリザベートだ。
「逃げるつもりですか?」
「逃げる? アハハハ、変なこと言うたらあかんよ黒髪のお嬢ちゃん。べつにウチらにはやり合う理由も無いやん。人斬り令嬢ちゃんはウチのこと斬ろうとしてるし。ウチ痛いの嫌なんよね」
「安心してください。痛みも感じないまま斬ってあげますよ」
多少の毒気は抜けたものの、剣を手にしている以上、目の前の獲物を逃がすことはしない。
ツルギは腕を上げエリザベートとフランに合図を送った。
二人は同時に駆け出しツルギの脇を抜ける。
「堕天使の血!」
「堕天使の月!」
片や血を無数の刃に変え、片や身体を巨大な狼に変えた。
無論二人はツルギが確実に仕留めるための陽動で、自分たちにその役割以外が求められていないことは理解している。
むしろ自分たちが誤ってユーフェイらを仕留めてしまった場合、ツルギの怒りは計り知れなかっただろう。
だからこそ僅かながらの加減があったことは否めない。
「聞こえなかったカ?」
それが自分たちの首を絞めるとは到底思わず。
「ユーフェイに近付くナ、女共」
その脚は空を駆け、その爪はエリザベートの首を裂き、その牙はフランの前脚を片方噛み千切った。
「熾天使の尾」
ジンウォン=シャオリー。
その魔術は華園を守る聖獣を体現する。
「白い虎……」
尤もツルギの目には、その雄々しく神聖な姿さえも、斬っていいものの一つにしか映っていなかったが。
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