恋と呼ぶには
結局。
婦人服店で立ち話を続けるわけにもいかず、一行は店の二階に設けられた応接室へと案内された。
元々はお得意向けの商談室なのだろう。
厚手の絨毯に重厚な調度品が揃えられ、窓からは帝都の街並みが一望できた。
ただ、その空間にいる面々が問題だった。
帝国軍元帥。第一皇女。一等星将。
国家の中枢たる面々が婦人服店の一室に集結している。
「なんというか……」
オフィーリアが呟いた。
「胃が痛い……」
「同感です……」
ヴィオレッタも青い顔で頷く。
一方。
「紅茶が美味しいですね」
ツルギは平然としていた。
「VIPともなると服を買うにも部屋を用意してもらえるとは」
「ハッハッハ、ここは古い馴染みの店でな。融通を利かしてもらった。あのままだと騒ぎになりかねんからな」
「その時は目撃者全員斬って終わりです」
「ツルギ!!」
ノクトが叱咤しても涼しい顔。
そもそもツルギ一人、アレクサンダーとディアナの対面に座っていること自体が妙な話ではある。
カップを置き、視線をアレクサンダーの隣に座るディアナに向けると、ディアナはビクッと怯えたように肩を震わせた。
「殿下を前に名乗るのが遅れて申し訳ありません。第一部隊所属、曹長ツルギ=ヴォルフラムです」
ノクトはツルギの脳天に拳を落としたい気持ちを抑え、姿勢を正して敬礼した。
「第一部隊隊長、ノクト=S=ミューラーです」
それに続き、階級順に名乗りを上げる。
「同じく第一部隊、中尉ヴィオレッタ=モルガンです」
「伍長、オフィーリア=オブライエンです」
「リゼ=シュヴェールト一等兵です」
エリザベートが名乗った時、ディアナは彼女に視線を集中させた。
「…………」
「……なにか?」
「あ、いえ……」
エリザベートは立ち場を隠匿している。
それは皇后エルメンガルトらからの魔の手を遠ざけるためであるが、染髪に眼帯と変装はおざなりであり、見る者が見れば一目で露見するレベルのもの。
仮にも家族。気が付かないわけはない。
そもそもこの変装はツルギの立案だが、ツルギ本人にエリザベートの護衛の意思が無いのを前提にしているためそれも仕様のない話ではあるが、それはさておき、ディアナはこの場で言及することをしなかった。
彼女は賢しかった。
母と兄が義妹を毛嫌いしている……ならばこれは身を守るための手段なのだろうと察し、柔く笑った。
「ディアナ=ヴェルトリーチェです。皆様、挨拶をありがとうございます。先程は無礼な態度を執り申し訳ありません」
「殿下、頭を下げるのはおやめください!」
「いいえミューラー大佐。私のわがままで、今も皆様の貴重な時間を奪っているのですから当然です」
「その自覚があるならまあいいでしょう」
ツルギの態度に、オフィーリアとヴィオレッタは冷や汗が止まらなかった。
「それで何故、殿下はこちらに? それも元帥閣下を連れて」
「それは……」
「公務ばかりでは気が滅入るからな。たまにはこうした息抜きの時間が必要なのだ。これが初めての外出というわけではないしな」
「失礼ながら閣下、皇族の護衛ならばシュナイダー大佐が」
「今朝方突然皇后殿下がお茶会を開くと言い出してな。第二部隊はそちらに駆り出されている。それで暇を持て余していた私が付き添いに抜擢されたわけだ」
「帝国最強の一等星将を小間使いに出来るのですから、さすがは皇女殿下と言うべきでしょうか」
「そう言うなヴォルフラム。私もそれなりに楽しんでいるのだから。とは言え、君たちの休日を邪魔したのはたしかだな。よし、私から君たちへの贈り物だ。この店の払いは私が持とうじゃないか」
「そ、そんな!」
「閣下、お気遣いの必要は!」
「なに構わん。普段部下を直接労えない分、こういう機会があってもいいだろう」
有無を言わさない若干の圧こそあったが、ツルギはふとアレクサンダーの隣で何か言いたそうにしているディアナを見やった。
「閣下の申し出は有り難く受け取りますが、それはそれとしてどうせ贈り物をするなら、殿下にも同じことをするのが紳士としての振る舞いかと存じます」
「ふむ……それはそうだな」
「い、いえ! 私はそんな! も、申し訳ありません叔父様……どうやら物欲しそうな顔をしていたようです……」
「ハハハ、何を遠慮することがある。姪御が大人ぶるものじゃあない。どれ、支配人に言って適当に見繕わせよう。君たちもそれでいいな?」
「か、閣下!」
「遠慮するなミューラー大佐。だが他の者には内密にな」
財布扱いされては敵わんと自虐的に笑い部屋を出る。
残された女性陣は、何処となく居た堪れなさを覚えた。
無論、ツルギを除いてである。
「殿下」
「は、はい。なんでしょう、ヴォルフラムさん?」
「殿下は元帥閣下に懸想しておいでですか?」
「ふぇっ?!!」
言われた瞬間、ディアナは顔を真っ赤にした。
「おいツルギ貴様……」
「まあまあノクトさん。これも女子会の延長ということで。恋バナというものをして盛り上がるのでしょう、たしか」
「いや、あの、えっと……ちょ、ちょっと、何を言っているのかよく……」
「ああダメですよ。私嘘がわかりますから。さっきまで早鐘を打っていた心臓が、閣下が部屋を出た瞬間落ち着いていますし。緊張の匂い、視線、小刻みに組み替える指先。私でなくともわかりそうなものです」
「はわ、はわわ……!」
「待ってツルギ。殿下と閣下は姪と叔父でしょ? 歳だって二回りくらい離れて……」
「愛し方なんて人それぞれですよ。年頃の女性が大人の男性に憧れるロマンスがわからない朴念仁でもないでしょう? オブライエンさん?」
「それはまあ……」
「尤も殿下の抱いている感情は、憧れとはまったく別のもののようですが。どうでしょう殿下」
「は、はい!」
「今私たちは女子会の真っ最中なんです。時に、ここには妙齢の女性だけ。相談くらいなら乗りますよ」
断言するが、ツルギはディアナの事情などこれっぽっちも興味は無い。
単純に話を聞いてアレクサンダーの人となりを知りたいだけだ。
それがいつかアレクサンダーと剣を交えることに繋がるかもしれないという、僅かな可能性を掴むための布石。
ディアナに差し出したのは石どころか藁であったが、他に相談出来る友人がいるわけでもなく、ディアナは溺れる者の気持ちでそれに手を伸ばした。
「じつは……私」
ゴクリ、とオフィーリアの喉が鳴る。
「婚約するんです」
叫び声が木霊するほどに。
切り出された言葉は予想外のものであった。
「ここここ婚約?! 殿下が?!」
「一大ニュースです……」
「殿下、失礼ながらそのお話はまだ」
「はい。叔父様やごく一部の者にしか知らされていません」
隊長にすら耳に届いていない重大な話。
一瞬前まで皇族のゴシップに色めき立っていた空気はどこへやら、部屋には一気に重苦しさが増した。
「婚約とは、まさか元帥閣下とではありませんよね? いったいどなたと?」
「近々発表されることですが、どうか他言無用でお願いします。婚約の相手は、ロン=ティエンシャン様。四獣皇朝の第一皇子です」
「四獣皇朝?!!」
驚きの声を上げるのも無理はない。
四獣皇朝とは、大陸西方を支配する巨大国家の名。
その国土は魔導帝国の約五倍。
皇帝を頂点とする絶対君主制を敷きながらも、各地を治める諸侯たちに大きな自治権を与えており、その姿は巨大な連邦国家に近い。
「婚約を結ぶということは、あの大国と魔導帝国が同盟関係になるということですか?」
ヴィオレッタの発言にディアナが頷く。
「ご婚約おめでとうございます。輿入れが決まっているのであれば、殿下の恋慕も泡沫に帰すということになりそうですが」
「ツルギあんたって奴はどうしてこうハッキリ物を言っちゃうの!」
「事実を言って何が悪いのでしょうか」
「というか、これ……もしかして聞いちゃマズい話じゃ……」
「恋バナの延長と受け取りましょう」
「どこが……コホン」
咳払いを一つ、ノクトは神妙な面持ちで切り出した。
「殿下、ここにいる全員……」
視線が一瞬ツルギに移る。
「とは言い難くも、無闇に口外し伝聞することはしないでしょう。しかし口にするのを憚られるのであれば、この話は」
「いいえミューラー大佐。先程申し上げたとおり、婚約自体はいずれ発表されます。双方の国同士が盟約を結べば、更なる富国強兵を目指せるでしょう」
「そう言う割に、この婚約に後ろ向きなご様子ですね」
言ったでしょう?とツルギは自分の唇に人差し指を当てた。
嘘はわかりますからねと言葉にする代わりに微笑みながら。
「後ろ向き……というわけではないのです。四獣皇朝の皇子殿下は人格者で知られていますし、見初められたのは大変光栄なことです。皇女として双国の鎹になれるのならば、それも名誉と自負しています」
「なのに浮かない顔をするのは、それほど閣下を慕っているからですか」
「慕って……ええ、そうですね」
ディアナは小さく苦笑した。
「恋……と、一口に言ってしまっていいのかはわかりません。何せ他に好きになった方もいらっしゃいませんから。強く頼りがいがあり、よく笑い、誰からも好かれる叔父様は、皇帝であり公務で多忙なお父様に代わり、よく私の面倒を見てくれました。一緒に過ごすうち、特別な憧れを抱くようになったのは確かです。変ですよね、家族なのに」
「閣下本人にそのことは」
「伝えられるはずもありません」
ディアナは膝の上で手を握り締めた。
「叔父様は優しい方です。もし私が打ち明ければ、きっと困った顔をしながらも傷付けないよう気遣ってくださるでしょう」
その声音は穏やかだった。
だからこそ、余計に痛々しい。
「叔父様を困らせるのは本意ではありませんです。私の思いなど、叔父様にとっては迷惑でしかありませんから」
部屋に沈黙が落ちた。
オフィーリアは何と言葉をかければいいのかわからず視線を泳がせる。
ヴィオレッタも同様に。
ノクトだけが静かに口を開く。
「殿下はお優しいのですね」
「優しくなどありません」
ディアナは首を横に振った。
「本当に優しいなら、こんな気持ちは抱かなかったでしょう」
「恐れながら、それは違うかと」
「え?」
「人を好きになることは罪ではありません」
「ミューラー大佐……」
「叶わぬ恋であろうと、報われぬ思いであろうと、その感情そのものは誰にも責められるものではないかと。……と、恋をしたことのない身で出過ぎた物言いをしたこと、どうかお赦しください」
ディアナは少しだけ目を見開き、それから、ふっと寂しげに笑った。
「ありがとうございます」
その時だった。
「では問題ありませんね。好きになったことは罪ではない。ノクトさんが仰ったとおりです。ならば婚約者が出来ようが好きでいればいいでしょう」
「そういう話じゃないでしょうが! ツルギのバカ!」
「何故です?」
オフィーリアに対し、ツルギは本気でわからないと言わんばかりに首を傾げた。
「別に婚約したからと言って他者に恋慕してはいけないなんて法はありません。また結婚も恋愛の終わりではありません。好きなら好きでいればいいだけです。何なら輿入れの後、閣下を愛人として囲ってしまえばいいと私は進言します」
「あ、愛人、ですか……?」
「恋愛観なんて人それぞれ。幸せの形もまた同じ。殿下は思いに蓋をしそれでおしまいと考えているのかもしれませんが、抑圧された感情はいずれ爆発します。継続的な愛人に抵抗があるなら、無理やりにでも押し倒して孕んでしまえばどうでしょう」
「は、孕ッ?!!」
「身籠ってしまえば殿下は皇籍から廃され、閣下もまた責任を取り職を辞する。そうなれば一等星将という立ち場は関係が無くなり、私は閣下を好き放題に斬れむぐぐ……」
「貴様に倫理観は無いのか! ……ああ、いや……いい。愚問だった。しかし少し黙れ!」
「そうだよ空気読みなってば! 無理だろうけど!」
ツルギの口を押さえ騒ぎ立てる。
その様を見て、ディアナは少しだけ吹き出した。
「フフッ……」
思わず漏れた笑い声に、全員が目を向ける。
「あ……申し訳ありません。こんなに騒がしくしたのは久しぶりで。楽しいものですね。気兼ねなく誰かと話すというのは」
ふとその視線が、今まで無言を貫いていたエリザベートへと向いた。
「あなたが羨ましい」
エリザベートが口を開く。
その瞬間のことだった。
「きゃあああ!!」
一階の売り場から絹を裂くような悲鳴が届いた。
「な、何でしょう……?」
真っ先に動いたのはツルギ。
次いでノクトとエリザベート。
廊下を出て階段を降りる……より早いと、三人は窓から飛び降りた。
読んでいただきありがとうございます!
おもしろいと思っていただけたら、リアクション、ブックマーク、感想、☆☆☆☆☆評価にて今後も応援してもらえたら嬉しいですm(_ _)m




