お姉ちゃんとお狐さま
私達二人は例のお稲荷神社に来ています。
サクちゃんの股間に搭載されてしまったサクチンを取り外すため。
私の手には油揚げの入った容器が二つ。
サクちゃんの手にはお神酒替わりの使いかけの紙パック料理酒。
神様への供え物です。
油揚げは二種類。
袋に入ったままの物と、醤油と鰹節で簡単に味付けした物。
気に入ってもらえるといいのですが。
神様にはサクちゃんのサクチンを取り外す手間の掛かることを頼むのですから、心象を少しでも良くできれば言うことなしです。
お風呂上がりのサクちゃんにはそう説明。
すると彼女は、うっとりとした表情でつぶやく。
『流石は私の姉さんですね。そういう家庭的で気のきくところが……ふふ』
ふふ……て、もう面倒なので突っ込まないことにしました。
寂れた神社の敷地へ。
お稲荷神社は家から歩いて十分も掛からない場所にあります。
人気のない場所に建っているので普段から人はそれほど来ないのでしょう。
その結果、ますます寂れていく原因に。
懐かしい……小さい頃はサクちゃんとここで遊びましたね。
神社の敷地内に入るとサクちゃんは社に歩いていきます。
お姉ちゃんも彼女の後ろに続きます
大鈴と御賽銭箱をスルーして、その奥の扉に行くとトントンと軽く叩く。
「ごめんください、おこん様おられますか?」
神様の名前おこん様……お狐様だから、おこん様?
でもサクちゃん、ご近所様の声かけみたいなノリで神様って呼び出せるものなの?
『なんじゃ、だれじゃ儂を呼ぶのは?』
社の奥から、鈴のような綺麗な声が聞こえ扉がガラリと開く。
そこには巫女装束を着た中学生くらいの年頃の子がいました。
気が強そうですが、色白で狐色の髪を持った可愛らしい女の子。
ボブカットというよりオカッパといった髪型が和風なテイスト。
彼女からは存在しているのにどことなくぼやた印象を受ける。
なるほど……神様なのかは不明だけど、普通じゃないことだけはわかります。
お狐様というから狐耳や尻尾を少しだけ期待していたのですが生えてはいません。
しかし、神様らしき存在を目にしているのに何でこれほど冷静なのかな私?
『おうおう、サクではないか? どうした、どうした。まだヤッテないようじゃが早よう覚悟決めて姉に一発決めてこんか、ケケケッ』
「はい、実は今日はその件で伺ったのです」
『うん? どうしたのじゃ?』
「一発決めるのに失敗しました。それで姉さんをここに連れてきました」
ちょっ、な、なんて説明してるのよサクちゃん!
慌てて不敬にならないように姿勢を正しおこん様に挨拶。
「は、初めまして私はサクヤの姉の……」
『ひ、ひぇぇぇぇぇ吾妻の巫女っっ!!』
「は、はい?」
私を見るとおこん様は驚き怯えて震えだしました。
ぴょこんっとおこん様の頭とお尻から狐耳と大きい尻尾が飛び出る。
わぁ……もふもふ収納していたんですね?
といいますか、吾妻ってうちのうっかりお母さんの旧姓だよね?
『すまぬ、すまぬのじゃ、ほんの出来心なのじゃ、許してくれぇ!!』
おこん様ススッと板張りの上を流れるように動き。
ぷるぷる、ストンと……。
お見事すぎて教材にしたいくらい綺麗な土下座を決められました。
私が見る本日三度目の土下座。
おこん様から詳しい事情を伺うと、うちの母方の血筋は代々この土地の怪異を鎮めることを生業とする巫女の力を継ぐ者らしい。
この吾妻の巫女達の恐ろしいところは本人達は全くの無意識で鎮魂や退魔を行ってしまうことらしく、私にもその力が受け継がれているのだとか?
実感ないです、幽霊なんて見たことないですよ?
おこん様も歴代の吾妻の巫女達、特にうちのお母さんには散々な目に合わされて持っていた神通力をだいぶ減らされたのだとか。
ええ、ええ、なんかそれは分かる気が。
あの人なら可愛い可愛いと、おこん様の頭をぽんぽん無意識に攻撃してそう。
そんな話を社に上がって聞きながら、私とサクちゃんは持ってきたお供え物をおこん様に捧げました。
半泣きになっていたおこん様ですが、捧げ物には目をパチクリさせて大喜び、油揚げは味付けした物もいたくお気に召したもよう。
また持ってきますかと尋ねてみたら小躍りしそうなほど喜んでました。
神様は供えられた物以外は食べることが出来ないそうで。
この神社寂れてますし、お供えする人もまずいなさそう。
料理酒でも美味い美味いと仰ってますから、ずいぶん久しぶりのようですね。
まあ、それはそれとして……。
「それで、おこん様。出来心とは一体何のことですか?」
おこん様は飲んでいた料理酒を霧のように吐き出しました。
対面に座っていたサクちゃんはまともに被ってしまいます。
しかし精神強度の高いサクちゃんは全く動じません。
私は持っていたハンカチを彼女に渡しながら更に聞きました。
サクちゃんは無表情で自分の顔をハンカチでごしごし。
「たいへん失礼ですが、おこん様には何か疚しいことがありますよね? お聞かせしてもらってもよろしいですか?」
私はにっこりと微笑みを作った。
精神強度の高いはずのサクちゃんがヒイッと悲鳴。
おこん様はぷるぷる震えながら床に手をつき、また自然な感じで土下座をしそうになったので慌てて止めました。
日に四度も土下座を……しかも神様のなんて見たくはありません。
おこん様から話を聞いたところ。
最近神社に頻繁に願掛けをしに来る者がいる。
これが女なのに男になりたいという奇特な願いだったので、興味本位で呼びかけて詳しく聞いてみれば、何と懸想しているおなごは義理の姉で吾妻の巫女の娘。
つまり、今代の吾妻の巫女ではないか!?
好機と思い呪いを掛けた御立派様を取り付けたぞ、ケケケッ。
ということだそうです……なるほどなるほど。
私がサクちゃんにヤられると呪いが解放され、おこん様には吾妻の巫女達に減らされた神通力が戻り長年の雪辱が晴らせるのだとか?
神通力を奪うだけで命に関わるものではなく、サクちゃんの望みも叶えられるから騙してはいない。
むしろ皆が等しく幸せになれるから良いことだらけのはずと、おこん様は仰っておりました。
今代の吾妻の巫女……私の気持ちを考慮に入れなければそうかもしれませんね?
『いやいや、待て落ち着くのじゃ巫女よ。お主にだって良いことはあるぞっ!?』
「あ”? サクちゃんに一発ヤられるのが良いことですか?」
「ね、姉さん落ち着いて落ち着いてください! 握り拳はいけません、女性の……しかも姉さんの華奢な美しい指で握りはまずいです!!」
おこん様の狐耳をつかんでいた私をサクちゃんが後ろから取り押さえます。でも神様のことより私の心配をしてくれるのはどうなんだろう?
『ま、待て、お主がサクと一発決めればサクは完全な男になれるのじゃぞ!』
「は……はいっ!?」
『そうすればお主は、え、えっと、なんじゃ……そう、いけめん、いけめんじゃ! いけめんとやらを労せずを手に入れることが出来るんじゃぞ!?』
はぁ? いったい何言ってるのかしら?
サクちゃんが完全な男に? よけい不味いじゃないのっ!!
おこん様は私の手から逃げ出すとサクちゃんの体を平手でポン。
サクちゃんは眩い光に包まれ、それが収まると一人の男の人が立っています。
「あ、あれ姉さん、私は一体?」
……すんごいイケメン。
はっ!?
あれ、サクちゃんは?
……え、なにこの凄い好みな純和風美形男子の御方!?
姉さんって呼んでますけど私の知り合いに、こんな素敵な男子はいましたか?
え、ちょっと貴方様、不思議そうな顔で近づいてこないでいただけますか?
美形男子に対する、元々低い私の精神防壁はもう零を切っているのでっ!?
ひぃ、過呼吸になっちゃいますよ!!
「ど、ど、どういうことですかっ!?」
『ひぇぇ!?』
私は美形男子から必死の思いで視線を外すと、おこん様に詰め寄ります。
おこん様は私の剣幕にガタガタ震えながらも説明をしてくれました。
『こ、これが男になった状態のサクじゃよ。わ、儂の神通力で一時的に幻を見せておる。ど、どうじゃ凄い美形であろう? いけめんだぞ、いけめん?』
「た、確かにイケメン……男になったサクちゃん……イケメン」
『吾妻の巫女よ、よくよく考えてみるがよい? お主のような子ブタちゃんが人生においてこれほどの美形に出会い、惚れられる可能性がどれほどあるのかを?』
ぷぎぃっ! 神様のくせに何て悪魔の誘惑を!!
いやいやだめだめ、サクちゃんを元に戻さないとだめだよ、お姉ちゃん!
お姉ちゃんしっかりしてよお姉ちゃんっ!?
「どうやら男になった私は姉さんの好みだったようですね、嬉しい限りです」
サクちゃん(男)は優しく微笑みながら、私だけをじっと見つめ言いました。
何ですか、この今まで体験したことの無い乙ゲー的なシチュエーション?
「サ、サクちゃんあのね……」
「私はこう見えても生徒会長をする程度には有能な人間です。自分で言うのもなんですが将来有望。姉さんに生活で不自由させないくらいには稼げると思います。不幸にはさせません、私と一緒になってくれませんか?」
サクちゃん(男)の怒涛の告白は、お姉ちゃんの心の防壁をぎゅんぎゅん削る。
うぅ、しかし、ここで負けるわけにはっ!?
「お、男になったら色々と不味いでしょう、気がついたら性転換とか漫画じゃないんだから問題だらけよ? 生活とか人間関係とか下手したら実験動物として施設に保護されちゃうよ!?」
『あ、それは大丈夫じゃ』
私の必死な抵抗はおこん様にあっさりと封じられます。
『サクが男になった時点で呪いは成就され、お主とサク以外の者からはサクの性別は元々男だったと認識されるから問題は全くないぞ?』
ニヤリと笑うおこん様……なんてご都合主義!?
ぽんこつなのに無駄なところで有能でしょうがこん狐がっ!?
「姉さん返答を聞かせていただけませんか?」
『巫女よ、いけめんじゃぞ、いけめん』
ぬおぁ!!
一人と一柱は同時に来ます。
ニヤケた顔で同時に来ます。
不味いこのままでは不味い、誰か、神様ぁ、助けて神様ぁ!!
あうちっ、目の前にいるのが神様だ!?
サクちゃん(男)は微笑みを浮かべながら私のあごを優しく指でクイッとネ。
ウヒャァ、こ、これはあごクイッ!?
あ、あごクイッです、アヒャァ、初めてされましたぁ!?
近づいてくるのはサクちゃん(男)の凛々しいご尊顔。
ま、待ってくださいそれはいけません!?
これは女の子垂涎のシチュエーションです!?
だけど、いけません、いや、止めてぇサクちゃん(歓喜)
「もう離しません、誰よりも愛していますよ姉さん」
「あああ…………」
サクちゃん(男)の暴力的なイケメンチカラに、私の心も体もグズグズのドロドロに完全敗北を屈しようとしたその瞬間。
サクちゃん(男)の体がまた眩い光に包まれて……。
光収まると、そこにいつもの少女サクちゃん。
私のあごをクイッとしたまま『あれっ』という顔で立ってるんです。
たまらない静寂……どうやら、おこん様の幻は消えたもよう?
怒りと恥ずかしさに無言で震える私。
うわっ……と後ずさる一人と一柱の御方。
それからどうしたかって?
ええ、もちろん思いっきりぶっ叩きましたよ。
女性らしく握り拳じゃなくて平手ですけどね!!
「元に戻せないってどういうことですか!?」
『うう……そんな怒鳴られても無理なものは無理なんじゃぁ!!』
半泣きのおこん様に、サクちゃんの股間のサクチンを取り外すように命じ……お願いしたら無理との返答。
話を聞くとサクチンを取り付けるのに神通力の殆どを使ってしまい、取り外すどころか自分の身を維持することすら危ういらしい。
あと先ほど、私にビンタされたせいで神通力がまた減って?
そんなことは知りません自業自得。
サクちゃんの願いさえ成就すれば神通力は取り戻せるはずだったとか。
稼げるかどうか分からない博打を頼りに借金を重ねるどこのダメな人ですか。
この神様は想像以上にぽんこつだった。
おこん様と話し合った結果。
彼女の神通力が戻るまで毎朝、奉納の神楽舞を私とサクちゃんの二人で行うことになりました。
おこん様いわく一年もやれば、サクちゃんからサクチンを取り外せる程度の神通力は回復するそうです。
踊りや巫女衣装などは、おこん様が教えて用意してくれるとのこと。
無駄なところで有能ですよねこの神様。
それを指摘すると何故か得意げな狐顔。
ちょっとイラッときますね。
『まあまあサクよ。こうやって時間を引き伸ばし、そのうち隙をみて夜這いでもかけて強引に一発決めちまえばいいのじゃ』
「なるほど、いい案です、流石はおこん様ですね」
なにかひそひそと悪だくみの相談をしていますが気にしません。
でも部屋の鍵は常に掛けるように心がけたいと思います。
次の日の朝から寂れた神社にはお供え物の安酒と油揚げをつまみに、尻尾を揺らし満足そうにチビチビやるお狐様。
その前で神楽舞を練習しクルクルと回る凸凹巫女姉妹がいたのでした。