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魔王と聖女の異世界もの

TSして聖女になってしまった可哀想そうな少年のお話

連載版さり気無く開始しました https://ncode.syosetu.com/n3939ek/
 
「うう、ちくしょぅ……」

 ミレー……陽だまりのような髪と鳶色の瞳をした、明るく優しい少女。
 初恋だった、一目惚れだった、本気だった。
 愛らしい顔立ちに小柄な体、しかしそれ以上に、傍にいるだけで元気を与えてくれるような、彼女の生命力あふれる力強い内面に惹かれていったのだ。

 少年は告白するつもりだった。しかし……。

『モーリィ聞いて、私ね勇者さまと一緒に旅に行くことになったの!』
『え、ゆ、勇者?』
『勇者さまって私に一目惚れして、どうしても来て欲しいって、うふふ』
『ひ、一目惚れ?』
『うん、急な話だけどもう出発なの、モーリィも元気でね!』
『え、えええぇぇ!?』

 ほんのつい数時間前の出来事だ。

 モーリィはただいま絶賛売り出し中の、勇者とやらのどこぞの何某に、好きになった少女を横から奪われてしまった。
 そして今現在、モーリィの職場の先輩であり、何かと親身になってくれる騎士ルドルフの家で惨めに飲んだくれていたのだ。

「しかし、ミレーがあの最近噂の勇者にか……」
「うぅ、そうなんです。ちくしょうちくしょう」
「ふむ……まあ、飲め、モーリィ」
「うううううぅぅぅ」

 ルドルフが木製のコップに入れてくれた酒を一気に飲み干す。
 普段は酒を嗜まないモーリィだが、今夜は飲まずにはいられない。
 果実から造られた酒は甘いはずなのだが、何故かほろ苦い味がした。

 彼の細君であるターニャが追加の料理を持ってきてくれた。
 少しタレ目気味だが、緩やかな黒髪と褐色の肌を持つ愛嬌のある美人さんで、気立ても良く近所でも評判のいい女性である。
 面倒見の良いターニャとその夫であるルドルフには、モーリィが砦街にきた当初から何かと世話になっており、この夫妻には全く頭が上がらないのだ。

「大丈夫かい? モーリィ。しかしミレーが勇者とねぇ……わたし、てっきりアンタと一緒になるモノかと思っていたんだけどねぇ」
「うううっー!」
「おいおい、ターニャ……」
「あっ、ご、ごめんよ。モーリィ。わたし別にそんなつもりでは!?」

 モーリィは泣きながらテーブルに置かれた料理を焼け食いした。
 何が悪かったのか、何が甘かったのか、自分に何が足りなかったのか。
 いつまでも告白できない優柔不断さがダメだったのか、それとも今をときめく勇者さまはお買い得に見えたのか。

 今となってはわからない、後悔先に立たずだ。

「ちくしょおおおおおお。こんな悲しい思いをするんなら女なんていらない! 男になんて生まれてこなければよかったょぉぉぉ!!」

 振られた男は必ず同じことを思うし言う。
 ルドルフとターニャは二人して顔を見合わせた。
 流石にこれは処置無しと思い、失恋の最高の治療薬、つまり酒を好きなだけ飲ませてあげることにした。こういう場合は飲んで忘れるのが一番なのだ。

 しかしこの後に、少年の身に起きる出来事を知っていたのならば、そのような楽観的な考えは出来なかっただろう。

 知っていても、たぶん、どうにもならなかったと思うが。



 モーリィは辺鄙な田舎の村の出であった。
 そのまま辺境の地で一生を終えるものと思っていた。彼もそのことについてはそれほど嫌でもなかったので納得もしていた。
 そんなモーリィの運命を変えたのは十四歳の成人の儀式であった。
 儀式を受けた者はさまざまなクラスの恩恵を得ることが出来る、彼も両親と同じ農夫になると思っていた。

 クラス:???

 モーリィが得たのはそのような謎のクラスであった。
 これは極稀にあることで、管理者と呼ばれる存在すらも認識していない新しいクラスが出現すると、何らかの条件を満たすまではクラスの名称が不明のままなのだ。

 モーリィは直ちに王国の王都まで連れていかれ、王都の王宮内にある王宮魔導士の魔術施設で、さまざまなクラスの特性を測る試験を受けさせられた。
 結果は特性的に白魔導士が一番近いとされ、本来のクラスが発現するまでは実務経験が積める砦街で、騎士団所属の治癒士として仕事をすることとなったのだ。

 件の少女、ミレーとはそんな場所で出会った。
 もともと砦街は、街ならともかく砦自体は、一部の施設を除いて女っ気などは殆どなく、いるのは女と呼ぶのは少々憚れる、十数名の女騎士(ごりら)と下働きの多くのご年配のご婦人方であった。

 モーリィにとってミレーという少女はそんな場所に咲く一輪の花だった。同じ白魔導士系列に、同じ職場。近い年齢という事もありすぐに仲良くなった。
 周りの者達に、からかわれながらも、重度の脳筋達だが基本的に気のいい騎士連中の声援をうけ、遅々たる歩みではあるものの、出会ってから2年もの間ささやかな愛を育んでいった……そう思っていた。

 モーリィが愛の告白をする前に、ミレーは勇者と共に冒険の旅に出てしまう。

 『ちくしょうぅ! もう一生、女なんて好きになるものか!!』 

 ルドルフの家で失恋の自棄酒をしこたま飲んだモーリィは、そんな言葉を心の中で何度も繰り返して、砦の宿舎までフラフラに酔っぱらいながら戻ったのだ。


 朝起きると頭痛がしてわずかに熱があった。
 風邪……とは違う気はするが変な感じだ。
 そう思いつつ背中まで伸ばした長い髪を首元でまとめた。

 いい加減に切りたいのだが、そうすると砦の最高責任者である騎士団長が、凄まじい勢いで反対してくる。
 彼は宮廷の麗しい貴婦人方と浮世名を流すほどの貴公子であるらしい。
 だが騎士団長の自分にたいしての接し方で、それは世間体を誤魔化すための偽装で、男色家ではないかと密かに疑っている。

 宿舎の部屋に汲み入れておいた桶の水で顔を洗おうとする。
 ふと見た水鏡に映るのは、白銀色の髪に澄んだ空色の瞳と少女のような顔立ち。
 水に歪んだ自分のその顔にため息をつく、モーリィは母親似であった。

 彼の母親は昔から村どころか、周辺一帯でも一番の才色兼備(現役維持)として有名であり、父と一緒になるまで結婚の申し出が後を絶たなかったらしい。
 辺鄙な田舎にいるのは勿体ないほどの淑やかで美しい女性、それがモーリィの母親にたいしての周囲の評判である。

 もっとも息子の彼にしてみれば世の他の息子達と一緒で、母は口煩いだけのただのおもろいオバハンだった。

 そのような母親の美しい容姿どころか、男としては小柄な体格までも余すことなく受け継いだモーリィは、幼い頃から女だと勘違いされ数多くの悲劇を味わってきた。

 そのひとつが男に言い寄られることである。
 勘違いならまだいいほうだ。誤解が解けて親しくなった者も少なからずいた。
 危険なのはそれでもいいと言い寄ってくる男なのだが、むしろそれがいいっ! と言われ襲われた時は本気で自らの命を絶ちたい気分になった。

 余談ではあるが、その時は近くで井戸端会議をしていた母と友人のご婦人方が、叩く蹴る踏むもぎ取るなどの鉄槌を満遍なく加えて、救出をしてくれたので事なきを得たのだ。

 騎士団長にはそれらの連中と同じ臭いを感じる。
 確かめたわけではないが下手には聞けない、というか本人に確かめて本物だったら騎士団長の性剣と性技で、モーリィのお尻は切り刻まれる可能性があるのだ。

 かなり寝過ごしてしまったらしい。
 夜番と朝番の勤務交代の笛の音を聞き、顔を真っ青にして食事も摂らず、慌てて砦の中にある職場――治療部屋に向かった。

 短い距離だが何故か微妙に走りづらい。
 昨晩、部屋に戻ってきてからそのまま寝てしまったので、服は昨日着ていた物と同じ筈なのに、どうにも丈が合ってない感じで着心地が悪い。
 裾周りや腰は少し緩く余って、逆に胸やお尻は少しキツイ。
 股間まわりがスカスカしている気がして、朝から妙な違和感があるのだ。

 職場についてから深いため息を漏らした。
 考えてみれば治療部屋に勤めているのは、モ-リィとミレーの二人だけだ。
 そして今日から彼女はいない、つまり一人の勤務だから慌てる必要もなかった。
 それに例えモーリィが遅刻したとしても、優しいミレーはいつでも、きっと笑って許してくれたはず。

 思い出したら失恋の痛みに再び涙は溢れ出す。一人きりの孤独な部屋で椅子に座り机に突っ伏しおいおいと泣いた。

「おーい、モーリィいるか? て、オイッどうしたよ!?」

 扉を開けて治療部屋に入ってきたのはトーマスであった。
 彼はルドルフと同じ砦の騎士でモーリィの先輩でもあるが、頼れる兄貴分というよりは頼れる悪友といった間柄で色々と絡むことが多い。

 赤毛の髪にやや三枚目な顔立ちと細く長身な体つき、一見、優男風ではあるが砦の騎士をやっている、見た目に反して体力馬鹿な男であることは確かであった。

 そんな彼は、女顔という最高のネタ提供者であるモーリィを何かにつけてからかって遊ぶのだが、しかし今回は、泣いてるモーリィを見て大方の事情は察していたのだろう、彼の肩に手を置くと優しく話しかけてきた。

「あーうん、なんだ。ミレーのやつは残念だったな。今は辛くても、またいい出会いは必ずあるさ」

 そういって不器用に慰めると肩をポンポンと叩いてくれた。
 いつもなら同僚の恋愛破局話でも、容赦なく笑うのに珍しく励ましてくれる。
 初恋敗れたモーリィに対しては、そういう状況じゃないと判断したのだろう。
 思いがけない彼の優しさに感動して感謝した。たとえしばらく経てばそれをネタにからかわれるとしてもだ。

 モーリィは顔を上げて気を取り直すと、涙を拭いて微笑みを浮かべながらトーマスに向き合った。

「ありがとうございますトーマスさん。それで何の用事ですか?」

 涙の残る微笑み顔のモーリィを見た瞬間。
 トーマスは何故かそのまま口を開けてしばらく呆然としていた。
 徐々に彼の頬が赤く染まっていくのは何だろう?
 ゴクリと唾を飲みこみ喉を震わせたのは何だろうか?
 いつまでも何も言わない、彼の様子を疑問に思いモーリィは再び呼びかけた。

「あのトーマスさん?」
「あ……あぁ、わ、わるい。ちょいボーとしてた」
「は、はい?」

 トーマスはどうにも歯切れの悪い返答をする。
 彼は腕を組み探るような真剣な眼差しで、モーリィの顔をさまざまな角度から、じろじろ、ぐるぐると眺めた。
 そのような行動を取られると、モーリィも自分の顔に何かあるのかと、思わず手でぺたぺたと頬を触って確認してしまう。

「あの、トーマスさん先程から何ですか?」
「いあ、本当にわるい……あぁ、今朝は合同訓練があるから、怪我人出た時の為に外の修練場で待機してくれるか?」
「ええ、分かりました。準備してから向かいますね」
「おぅ、まってるぞー」

 トーマスは首を何度も傾げ治療部屋を出て行った。
 扉をくぐる時に『何だ、先のモーリィは妙に色っぽいかったな』と呟いたが、その声は小さすぎてモーリィには聞こえなかった。


 簡単な処置用の道具を背負い袋につめて、折り畳み椅子と一緒に持ち、治療部屋の扉に『外出中:野外修練場』と書いた看板をかけ、てくてくとその場所に向かった。

 野外修練場は砦の中に設置されており、かなりの大きさが取られている。
 第一から第五まである騎士隊の野外訓練や馬術など練習、砦街住人の緊急時の避難所、また隊別対抗運動会にも使用される場所でもあった。

 ちなみに隊別対抗運動会は年2回行われ、脳筋といわれる砦騎士の中でも、さらに選ばれたエリート脳筋と名高い第三騎士隊が優勝候補筆頭である。

 つまり、これに優勝するのは王国一の最高ばか名誉おめいを授かる事になるのだ。

 今週は第二騎士隊は砦警備任務中で、周辺警戒任務についてる第四と街の治安維持専門の第五は除いて、第一と第三で訓練である。
 少し離れた場所にいる騎士達の中に、第三騎士隊所属のルドルフやトーマスの二人がいた。こちらに気がついたようなので彼等の元まで歩いて行った。

「おはようございます、ルドルフさん。昨日はご迷惑おかけしました」
「ああ、おはようモーリィ。昨夜の事は気にするな、もう大丈夫か?」

 ルドルフは頷くとモーリィに挨拶を返した。
 灰色の髪に薄茶色の目、鋭い顔立ちと分厚い筋肉を持つが引き締まった肉体。
 どっしりとした立ち姿には貫禄があり、女顔で男としては小柄で細いモーリィが、密かに憧れている体つきであった。

 どちらかというと堅物な性格のルドルフだが、真逆の性格のトーマスとよく一緒にいる、幼馴染という事もあるだろうが公私に関わらず仲がいい。
 ルドルフは顎に手を当てモーリィの事をしばらくじっと見ていた。それからトーマスに無言で視線を向ける、彼はそれにたいして、どうよ? という仕草をした。

「トーマスの言う通り、少し頬がふっくらとしているな。太ったのか?」
「え、ええっ?」

 ルドルフから突然意味の分からない事を聞かれて、モーリィは返答に困ってしまった。失恋や恋煩いで太ったり痩せたりする話は聞いた事がある。だが一日で明確に分かる急激な変化はあるのだろうか?

「えっと……ルドルフさん?」
「ふむ、俺の勘違いかもしれん。済まない、気にしないでくれ」
「は、はい……?」

 困惑するモーリィを置いて、二人して修練場に歩いていった。
 修練場の外にいた騎士達は全員ぞろぞろと集まってきている。
 眺めていたら軽くお尻を叩かれた。
 見ると女騎士ごりら達が笑いながらモーリィに手を振り通り過ぎる。
 微笑み手を軽く振り返したモーリィだが、しばらくして深いため息が漏れた。


 モーリィに訓練で行う仕事はそれほどない。
 怪我人が出た時に治癒術を使う程度だが、元々この砦の騎士達は頭まで筋肉で出来ている可哀想な連中である、入隊時は普通でもいつの間にか知能を失うのだ。

 魔獣ひしめく山奥に全裸で放置しても、野生化して生きていける脳筋達である、骨折程度なら何もしなくても勝手に治してしまう。
 というより彼等は怪我をした事にすら気がつかない、本当に残念で可哀想な事に怪我というモノを理解できるだけの知能が既にないのだ。

 馬鹿は風邪をひかないのと同じ理屈である。

 モーリィが仕事をするのは手足が千切れる、もしくはその一歩手前のような重度の怪我を負った場合だ。
 流石にそこまでいくと彼等でも自然治癒には時間がかかるらしい。
 そのおかげで、ここ2年程で凄惨なモノに対しての耐性はついてしまった。今では内臓が飛びでた、腕が吹っ飛んだ、その程度の怪我では動じなくなっている。

 そのためにやる事はなく暇を持て余していた。
 折り畳み椅子に座り足を揃え両手の平に顎を乗せ、騎士達の訓練を見学していたが先程からやたらと視線を感じる。

 視線の先を追うと騎士達がこちらを見ており、モーリィと顔が合うと慌ててその場から離れていく、どの騎士達も頬を赤く染めているのが不気味であった。
 砦の騎士団長はアレである。もしかして配下の騎士達にもアレが移ってしまったのではないだろか?

 モーリィは自分の想像に身震いをした。
 騎士達を薙ぎ倒す女騎士ごりら達だけが頼もしい同士ともだちだった。
 後で砦の井戸端会議の時にでも、薬草農家から貰ったお菓子を持って行こう。


 そうして怪我人(重傷者)は出ず、午前の訓練は終わり昼食の時間となる。
 モーリィは治療部屋に一旦戻り荷物を降ろすと、ルドルフとトーマスの二人と合流し、厨房で食事を受け取ると食堂のテーブルについた。

 今朝はご飯を食べていないのでお腹が空いている。
 だがここでモーリィに異常事態が発生した。
 最初は口いっぱいに頬張って食事をしていたが、半分ほど食べたところでお腹は膨れ、口の中に料理が入っていかなくなったのだ。
 いつもはこの程度の量は余裕なのだが……。
 モーリィの様子に気がついたのか、二人が気遣ような視線を向けてきた。

「おいおい、大丈夫かモーリィ? 失恋がまだ堪えているのか?」
「トーマスの馬鹿が言う事はともかく、体調が悪いのかモーリィ?」
「わかりません、お腹にこれ以上は入りそうにないです……」

 モーリィは顔を伏せて悲しげに言う。
 トーマスはその表情を見て何故か頬を染めゴクリと唾を飲み込み、ルドルフはそのようなモーリィを見てわずかに眉間に皺を寄せる。
 モーリィは無言で、料理の残った食器を持ち上げると配膳に戻す事にした。

 沈んだ気分のまま、モーリィは治療部屋に戻るために通路を歩いていた。
 唐突にミレーを思い出して、ジクジクとした痛みが下腹部にはしる。
 そういえば今日は色々ゴタゴタしていて手洗いにも行ってない。
 モーリィは治療部屋に戻るのを止め手洗い所に向かった。

 手洗いの個室に入り、何故かお尻に引っかかるズボンを苦労しながらも下げる。
 下着から息子を取り出そうとして、全く手ごたえがない事に気がつく。
 慌てて深く手を突っ込むとご子息はご不在で、代わりに何かつるつるした感触と溝のようなものに指先が触れた。


 しばらくしてから、モーリィは女のような甲高い悲鳴を上げて意識を失った。


 ◇◇◇◇◇◇


 モーリィが目を覚ますと自室のベットの上だった。
 どうやら悪い夢を見ていたらしい、そう本当に悪い夢だ。
 モーリィは自分しかいないはずの部屋に人の気配を感じた。
 ベットの横に置いた椅子に腰かけて、こちらを心配そうにうかがうのは、砦にはいないはずのターニャだった。

「起きた? 大丈夫かいモーリィ?」
「あれ、何でターニャさんがここに?」
「モーリィ。あんた何があったのか、覚えているかい?」
「…………あっ!?」

 何かに気がつき、モーリィは急に立ち上がった。
 途端に立ち眩みを覚えてベットから転がり落ちそうになる。
 それだけではない、しばらく体を動かしてなかったかのように重い。
 ターニャは慌てて後ろから腕を回しモーリィを支えた。

 そのときモーリィは、自分の胸についている大きな肉の塊(・・・・・・)を彼女の手で掴まれるような感触を覚えた。

 ターニャはそのままモーリィを慎重にベットに誘導して寝かせる。
 そしてモーリィの目蓋を自分の手の平で撫でるようにおおった。

「ターニャさん?」
「モーリィ。まだ体が追いついてないみたいだから、もう少し休みなさい。話はまた起きてからしてあげるから」
「…………はい」

 目蓋に乗せられた、ひんやりとした手の平があまりにも気持ちよくて、ターニャの言葉に素直に従い再び眠りにつく、自分の身に起きた肝心な事も忘れて。


 そこは騎士団長の執務室であった。
 砦の行政施設の一室であるそこは、砦街の司令塔ともいえる重要な部屋であるが、モーリィ自身は出来る事なら来たくはない場所である。
 理由は言わずとも知れているが、少なくとも一人で来るほど命知らずで無ければ後ろの貞操観念も低くはない。

「つまりモーリィ。それが君のクラスという事だよ」

 騎士団長のよく通るはずのバリトンの声は耳に入ってこなかった。
 モーリィが倒れてから目を覚ましたのは三日後。そして再び眠りにつき次に目を覚ましたのが更に一日後だった。
 それからベットから起き上がれるようになるまでに三日かかり、倒れてから今日で八日目という計算だった。

 モーリィは対面のソファーに座る騎士団長を見た。

 見た目三十代ほどの、金色の髪に青い瞳のがっちりとした筋肉をもつ大男。
 しかし、その体格に反して非常に整った容姿の美丈夫でもあった。
 たぶん貴族としては珍しいタイプ、宮廷の貴婦人方に人気があるわけだ。

 様々な欠点を持つがそれ以上の長所を持つ男。
 それが砦の騎士達(脳筋)の彼に対しての評価であった。

 つまりこの男も基本的には脳筋(ばか)である。

 とはいえ国の重要拠点の一つである砦街の責任を、三十前後のこの若さで受け持つのだ。有能であることは組織構造に疎いモーリィにでも十分理解できた。
 騎士団長としては疑いのない確かな実力をもち尊敬に値する人物。
 ただ男色家の疑いがあり、それにモーリィが関わっていなければの話だ。

 そこでモーリィは思った。だが待てよ、今の自分の状況を返る見るに、騎士団長が男色家のほうが良いのではないだろうか? 

「モーリィ? 聞いているか?」
「あ、は、はい」

 騎士団長の呼びかけにモーリィは我に返って返答した。
 思わず眉を顰めてしまう、予想以上に高い声が出たからだ。
 人の声というのは自分で思っているより高い声質だが、さっき出た声は明らかにそのようなモノではなかった。単純明快に言うと。

「ハハッ、モーリィ。だいぶ愛らしい声になったではないか?」
「…………」

 それは、まごうことなき、うら若き乙女の声であった。

「そして愛らしさの中にも、濃艶であり清楚さをも同時に感じさせる、その可憐な姿と相まって、最高だモーリィ。実に素晴らしい完璧だ。スパスィーバ」

 そう言ってもったいぶった拍手だ。
 何ほざいてるんだこの騎士団長(ばかだいひょう)は、部屋にいた団長以外の全員がそう思った。
 頭が非常に愉快な人を見るような冷めた視線を全員が彼に向ける。

「まさに『聖女』として相応しい。そう思はないかお前たちも?」

 騎士団長がその場に居た全員をぐるりと見回した。
 その言葉で部屋が一瞬で沈黙に包まれる。
 モーリィの今まで不明だったクラスが発現したのである。
 そう、条件を満たし発現してしまったのだ。

 ――それが『聖女』であった。

 部屋にいたモーリィと騎士団長以外の人物。
 ルドルフとトーマスそして付き添いで来たターニャの三人は、体を震わせて俯く聖女を心配げな様子で見た。

「モーリィ。残酷なようだが、君には聖女として、いや、これからは女として様々な事を学んでいってもらわなければならない」
「…………」
「まだ混乱しているだろうが、現状を受け入れられるように努力して欲しい」
「…………はい」

 モーリィは色々な思いを飲み込み何とか騎士団長に答える。
 隣に座っていたターニャが気遣うように手を握ってきてくれた。
 こうしてのモーリィの生活は激変したのである。


 取り敢えずは本人の今までの役割も考慮して、砦預りのままには安心した。
 そして次に宿舎の移動をする事となった。

 男所帯(ぶたのむれ)の中に聖女を住まわせておくことは、危険すぎて出来ないからだ。

 そう今のモーリィは女なのである。
 女性的な容姿に相応しくなかった男という性から、その容姿に見合った女という性に変化してしまった。
 聖女というクラスである事は魔導具を使い既に確認済みだ。

 男から女への性別変換についてだが、これはクラスを得る事によって引き起こった、肉体変化ではないかという説が今のところ有力である。
 砦勤めの騎士達の頭のおかしな頑丈さもそれであった。
 実際のところは騎士のクラスを得ている者は数人しかいないので、連中は素で頑丈なだけかもしれない。

 だが女騎士達のクラスは全員が女騎士(ごりら)だ。

 流石に性別が変化するほど肉体変化を起こした前例がなく、宮廷魔導師が聖女の能力含めた検査を兼ねて砦城まで訪問してくれるらしい。

 引っ越し先は同じ砦内の女騎士達の特別宿舎に決まった。
 これは元々は要人宿泊用の施設で、やんごとなき王族のお姫さまなどが、たまに砦の訪問をされる際などに使って頂くものなのだが。

『わてくし前線の兵士達の生活にも理解がありますので贅沢は申しませんわよ?』

 などと素晴らしく慈悲深い無慈悲な事を仰り、折角準備していた街の高級宿を蹴って、砦に宿泊しようとした為にわざわざ用意した物である。

 砦の宿舎に普通に泊めたのでは、騎士(さる)達が無礼を働く危険性があるのだ。

 実はこのようなことを思いつきで仰る高貴な方々は多い、本当に御迷惑だから余計な事は考えないで、身のほどをよく理解して発言していただきたい。
 実働部隊ではない女騎士達が砦にいるのも、別に猿の調教をする為ではなく、そのような高貴な方々が来た際の護衛役であるからだ。

 どんなに頑張っても騎士達(さるのむれ)では女騎士(ごりら)達には勝てない。

 本当はルドルフの家に、ターニャが面倒を見る形で宿泊する案もあったが、そうすると夜間の緊急時に、治療術を持つ者が砦から居なくなるので却下された。

 女騎士達の部屋に囲まれる配置の部屋を貰った。
 元の宿舎の部屋の二倍以上の広さには、流石に苦笑しかできなかった。これでも特別宿舎の中では狭い方らしい。

 最初は聖女と言う希少クラスの力と、これからの貢献などを考慮して、やんごとなきお方が泊まる部屋の一つを解放する手筈だった。
 しかしあまりにも広すぎてモーリィが断ったのだ。
 手洗いだけでも、元の部屋と同じ大きさというのは恐怖しか感じない。

 しばらくの間、ターニャが一緒に生活してくれたのは助かった。
 ルドルフが騎士団長に直訴して頼んでくれたのだ。
 もちろん団長としてもお願いしたいところだったので喜んで許可をくれた。

 ターニャは、モーリィが今の体と生活に慣れるまで付き添ってくれた。

 しかし、着替えなどでは、モーリィが居ても当たり前のように脱ぐターニャ。
 緩やかな美しく長い黒髪に、張りのある艶やかな褐色の肌。
 豊かな胸と腰回りは妙齢の女性の完成されたそれであり、まだ女として慣れないモーリィが、見惚れて情欲を抱くには十分すぎる美しさであった。

 その事にたいして、ターニャとその夫であるルドルフに、どうしようもない後ろめたさを感じてしまう。
 だが二人ともモーリィに関しては、少し年の離れた弟としてみていた節があり、それが妹に変わったと思えば罪悪感も少しずつ薄れ慣れていった。

 それにターニャも、モーリィに女としての自覚を少しでも持ってもらうために、わざと自分の裸を見せていたのだ。
 そのことに気がついたのはしばらく後のことだが、感謝の気持ちしかなかった。

 ターニャが女としてのさまざまな事を教えてくれたのは助かった。
 男と女の生活習慣の違いから、男には聞かせられないたぐいの話、そしてモーリィには今のところ来ていないが、月のものが来た際の処置の仕方などを知識として知ることができた。

 女騎士達はそのような、女性らしい方面ではあまり役に立たなかった。流石は砦の(おとこ)より(おんな)らしいと噂され、街の若い娘たちの熱い視線を集める女騎士(イケメン)達は違う。

 女性が最低限持つべき男性に対しての警戒心に関してだが、モーリィはこれが普通にできていた。できていてしまったのだ。

 幼い頃より女とよく勘違いされ誤解される事の多かった不幸な人生が、ここにきて役に立ったのである。正直嬉しくも何ともなかったが。
 男に対しての警戒心は下手な田舎娘よりも高かく、少なくとも幼女といい勝負の女騎士達よりは遥かに上であった。

 女性的な立ち回りや言葉使いに対しては、いくつか指摘はされたがそれほど矯正される事はなかった。

 ターニャが、モーリィの気持ちを考えて無理に押し付けないほうがいいと判断したのと、元から攻撃的ではない落ち着いた物腰や、女性的な柔らかい喋り方や敬語が多かったので、それほど変える必要もなかったのだ。

 騎士団長からはいずれ公式の場に出ることを考えて、一人称を私にするようには言われたが、その程度のことなら何も問題はなかった。

 モーリィにも、聖女に、女になったことにたいして思い悩む事は色々とあった。
 だが、それらを自らを省みずに支えてくれる、ターニャやルドルフやトーマス、そして女騎士達といった周りの者達、最低限でも彼等の恩に報いるため、前向きに生きていけるように努力していったのだ。


 モーリィは油断をしていた。
 筋力全振りでいくら知力の低い砦の騎士達とはいえ、元男に対して懸想するような常軌を逸する行動を取る者は、そうはいないだろうと甘く見ていたのである。

 仕事復帰の一日目に治療部屋は大勢の騎士達で混雑した。
 以前は閑古鳥だったのが信じられない有様である。
 何しろ骨折や内臓破損などの怪我をしても、大抵気合いで治す彼等には普通の治療というものは、全く必要のない未知の世界の概念だったからだ。

 指を切った、擦り傷が出来た、虫に刺された。
 唾をつけるか痛いの痛いの飛んでいけ、をする前にもう既に治っています。

 お腹が痛い、頭が痛い、関節が痛い。
 毒液飲んで毒風呂入るような酷い状態でも、自然治癒で治りますよね貴方達? 

 ここまではいい、彼等はまだまともな騎士(あほ)だった。

 愛が欲しい、君が欲しい、その見事な胸部装甲(たわわ)揉んでもいいか?
 全くをもって意味わかりません。
 死んでいただけませんか、いえ、むしろ死ねばいいのに。

 ちなみに最後の、たわわ発言は愉快なトーマスさんだった。
 その時には夫婦共々モーリィの重度な兄(姉)馬鹿と化していたルドルフが、鬼の形相でトーマスを縛り裏の池に沈めた。冗談抜きで本当にヤったのである。

 その光景に女になりたてのモーリィは少しちびってしまった。

 一日目がこのような有様だったので、不本意ながらも騎士団長に相談したところ、急遽、女騎士の護衛が常時交代で付くこととなる。

  だが待ってほしい、彼等(ばか)にも言い分はあるのだ。

 モーリィが聖女となり、女の体に慣れるために砦の中をリハビリ散歩をしていた期間がしばらくあり、その時に見かけた騎士達は思ってしまった。

 ――え、誰だ。あの、今すぐにでも手を取り支えてあげなければ、倒れてしまいそうな美しく可憐な少女は、白銀色の輝く髪に澄んだ空色の瞳、儚げで美しい顔立ちに新雪のような汚れ一つない肌。背は女性としては少し高いが、あの抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体にほっそりとした手足、その身にまとう雰囲気はどこまでも無垢で清楚。そして何より――何よりもだ、あの母性を感じさせる素晴らしく、柔らかそうな、柔らかそうで、柔らかいであろう、胸部装甲(たわわ)っ!!

 見た目が極上で、男のツボをつく深窓の令嬢のような少女が、自由がきかない体をおして、一生懸命リハビリ治療をしている光景を見たのである。

 彼等はまがりなりにも、弱者を守る騎士道精神を遵守する騎士(しんし)であり、そして悲しい事にどこまでも騎士(さる)であった。
 こんなん惚れてまうのは当然の結果じゃまいか。

 ちなみにその時に行く者がいなかったのは、常に誰かしらの女騎士がモーリィの手を取り(おんな)前にリハビリを支えていたからだ。
 騎士たちの目には女騎士(ごりら)は脳内映像から消去され映らなかったが、野性的な危険察知能力が働き逝かなかったのである。

 モーリィの復帰一日目、騎士達にしてみればまさしく狩猟解禁日(ぱーぷー)
 当然結果は目に見えていた。

 モーリィが騎士団長に懇願した次の日の二日目、女騎士達の指導(ぼうりょく)のお陰で以前と同じような仕事に戻ることができたのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 モーリィに待っていた呼び出しがかかった。
 白銀色の長い髪をかきあげて手早くまとめると治療部屋から出る。
 そして砦の入り口にあたる大広場まで向かう。
 治療部屋から、そこまでは少し距離があるため早足である。

 一般女性に比べても大きな胸(たわわ)の為、やむ得ず下着をしっかりと着用しているのだが、手で押さえても上下に揺れる胸は相変わらず慣れなく邪魔に感じる。

 石畳で舗装された大広場に辿りつくと、一仕事終えたらしく端の方でげっそりしたように座っている、ルドルフとトーマスを見つけてそこに向かう。
 二人の様子を覗うと、ルドルフはため息をつきトーマスは肩を竦めた。

 二人とも疲れたような顔をしているが、まがいなりにも第三騎士隊所属のエリート脳筋の彼等である、体力的にではなく精神的に疲労を感じているようだ。

 モーリィは目の前の大広場にひろがる惨状に昔の事を思い出していた。

 それは成人の儀式を受ける前日の事だった。
 彼はヨーサクという名前の幼馴染だった、成人の儀式を受けるために近くの街にいく荷馬車の中で、同年代の者達と話をしていると彼はこう言ったのだ。

『俺には夢がある! 凄いクラスを得て英雄になったら、裸の女の子をベットの上に一列に並べて、後ろからお尻パンパンするんだっ!!』

 皆で一斉に大爆笑した。ヨーサクも多分本気で言ったわけではない、彼はそういうネタをたびたび挟んで、皆の笑いを誘うのが本当に上手い男だった。
 男の夢だよなーうんうん分かる分かると、皆で話が弾んだ。
 あの頃は本当に楽しかった懐かしい。

 なぜそのような事を思い出したかというと、砦の大広場の地面に敷かれた、野営で使用する大きな麻布の上には、何百人もの裸の男達が筋肉質な四角い尻を剥き出しにして、ずらりと一列に並べられて、うんうん呻いて寝ていたからである。


 砦街の役割、正確には砦の役割というものがある。

 たまに砦街に襲撃に来る獣王国の獣王さまの――

『おっ、おめえらっ強いやつ(脳筋)ばっかいるなぁ。よしっ! オラといっちょやってみっか!!』

 と仰る要望に対して、砦どころか国そして周辺諸国をも巻き込んだ、砦一武闘会を開催してみたり。
 この時は決勝戦で、獣王(ゴリラ)女騎士(ごりら)の数時間にも渡る殴り合いの末、女騎士(ごりら)が起死回生のボディからの八の字回転連撃を獣王(ゴリラ)に決め優勝した。会場の全員が立ち拍手するほど熱く激しく盛り上がり、モーリィも感動して少し泣いてしまった。ごりら。

 たまに砦街に襲撃に来る魔の国の自称魔王の――

『フハハハッ! 我は魔王なり、人族共よ我が力の前に跪くがよいっ!!』

 と仰る要望に対してその場にいた騎士達全員で魔王迎撃戦(あそんであげた)をこなしてみたり。

『うわああんっ御婆ちゃんに言いつけてやるうぅっ!!』

 この幼女(まおう)はそう言って泣きながら帰っていったので、魔王ちゃん(仮)とか魔王ちゃん(笑)と呼称されて親しまれている。
 そして迎撃戦成功に大はしゃぎをする大人げのない騎士達に、流石のモーリィも見るに見かねて『幼児相手にやりすぎですよ!』と叱った。

『アタシ参上!!』

 それから直ぐに、泣きぐずる幼女を抱っこした女性が砦にやって来た。
 ほっかむりに作務衣姿の何だかやたらと美人なその魔族の女性は、騎士たち全員をボコボコにした上に、女騎士達の合体奥義トライアタックすらも弾き返した。
 魔王ちゃん(仮)は手を叩いて大喜び。モーリィは自らの顔を手で覆った。

 そのまま彼女は魔王ちゃんを抱っこして砦の井戸端会議に参加し、お土産に魔の国の産地と思われる、大量の果樹植物や苔盆栽を置いて帰っていった。

 ちなみに、この最初から最後までクライマックス状態だった魔族の女性は、魔王様(真)とか魔王様(恐)と呼称され、街でも一時期流行した苔盆栽は、モーリィも治療部屋に置いて育てている心安らぐよね苔盆栽。

 そのようなことはともかく、砦と騎士達の本来の役割とは周辺の魔獣討伐。
 正確には闇の森からあふれ出てくる魔獣を迎撃する事にある。

 闇の森とは人族達と魔族の境界線となっており、以前は比較的楽に行き来できたようだが、四百年ほど前に起きた、人魔大戦とよばれる人族と魔族の悲惨な戦争の後に、森が急激に伸び人族達と魔族の領域を完全に分断する事となった。

 問題はこの闇の森で、広大な森林には恐ろしい魔獣達がひしめいているが、同時に数多くの貴重な資源や動植物などが存在し、それを得るため無謀な冒険者達が入り行方不明になることがある。
 自己責任なので勝手にしてくれが基本なのだが、たまに森の支配者である闇竜などを刺激し酷い騒ぎを起こすのだ。

 人間離れした砦の騎士達も、流石の闇竜達相手ではかなり分が悪い、というか騎士達の重傷原因の殆どが闇竜達の仕業である。
 特にポチと呼ばれる片目の闇竜の強さが群を抜いて凶悪だった。
 たまに砦街に襲撃(あそび)に来る魔王ちゃん(笑)よりも強いくらいだ。


 そして今回起きた出来事は、諸外国と色々と問題を起こす事に関しては、安定した信頼と実績を持つ、神を祭る宗教国家の手の者によって起こされた事件だった。

 彼等はよりにもよって闇の森の支配者、闇竜達の卵を盗んだのである。


 突然に闇竜達の大暴走の知らせがあり、慌てて騎士団総出で出向く事となる。
 流石に砦街を完全に留守にするわけにもいかないので、砦警備任務中の第三騎士隊と、街の治安維持専門の第五以外の、第一、二、四で出陣する事となった。

 騎士団長が王都に出向き不在だったので、指揮を第一騎士隊の騎士隊長が執り仕切り、彼を中心とし事件に当たる事となった。

 ちなみに話は少しずれるが、砦の騎士隊で騎士隊長になるには、ある最低条件がある……それは人としての知能を全て失っていない事だ。

 以前にも話したが入隊時は普通でも、砦で脳筋達に囲まれて生活していると、恐ろしい事にいつの間にか、全ての知能を理性と共に無くしてしまう。
 砦に送られて来るような騎士だと、最初は5程度の知能を持っているが、それがわずか数週間で2以下になり、そして数か月後には0に近い小数点あたりまで落ち込み、晴れて砦の騎士(さる)の仲間入りとなるのだ。

 一見して彼等の行動は常人と変わらないように思えるが、脳の筋肉が常に条件反射で動いているため、傍目にはそう見えるだけなのだろう。

 だが、隊長になれるような者だと元々の知能が高いのか、脳筋達に交じっていても元の半分の3程度の落ち込みで済むのだ。
 脳筋に交じっても知能と理性を失わない高い頭脳を持つ者、それこそ砦の騎士隊長に必要とされる重要な資質であった。

 参考までに普通の人の知能は最低でも10以上だ。

 そんな素敵に脳筋な彼等だが、まずは原因の調査とばかりに闇竜の偵察に向かう、そこで必死に逃げている怪しい集団を偶然発見した。

 頭脳はおそまつでも行動力と戦闘力は王国一の彼等である。
 ある意味では、はた迷惑な連中だがこの状況下ではいい方に転がった。
 手早く追跡し。手早く拘束し。手早く尋問し。手早く闇竜の卵を発見。
 おま、おまえらまじかよっ! ふざ、ふざけんなよぉ! という流れであった。

 闇竜達にすれば人族達が卵を盗んだのだ。
 僕達とは違う国の人が盗んだんです、僕達は貴方達の良き理解者です、僕達は平和主義者です、ですので、あの、あの……ま、まずはお友達からお願いします!
 などという初めての恋の告白は悲しい事にまず通用しない。

 しかし大暴走する闇竜達を放置すれば、国がいくつ滅びるか分かったものではない、彼等は王に剣を捧げ国と民を守る騎士として命を賭ける決断をしたのだ。 

 その場で最も高い知能を持つ第一騎士隊長の指揮のもと、炎ブレス避けの大盾と覚悟を持って全員で説得交渉を(みんなでわたれば)しに行こうか(こわくないよ)? で向かった。
 だが騎士達は闇竜の罠にまんまと誘き出され、背後に複数分散して潜んだ闇竜達の炎ブレスによる集中砲火を浴びせられる。交渉にもならなかった。

 同時に砦の騎士(さる)達の知能は、闇の竜(とかげ)には遥かに及ばないことが証明されしまった歴史的瞬間だった。
 全員がお尻を後ろに引いた、逃げ腰の、へっぴり腰だったのがいけなかったのか、こんがりとお尻を重点的に焼かれてしまったのだ。

 へたれ過ぎ王国の剣は?
 無茶いうな騎士達だって自分の身が一番可愛い。

 騎士達のお尻の姿焼きという地獄絵図なその場所に、炎のような色合いの髪と瞳を持つ、どこかで見たことあるような、やたらと美人な魔族の女性が現れた。

『なるほど貴様達は卵を取り戻して来てくれたようだな、良いだろう今回はその働きに免じて引いてやろう……だが次は無いぞ人族?』

 という女王様的な見下し視線と、ぞくぞくするような有り難い言葉を仰って、卵と卵を盗んだ者達の身柄と引き換えに、彼女と闇竜達は闇の森に帰って行った。
 この時の騎士(さる)の何人かは職変更して騎士(いぬ)になったかもしれない。

 そのような事がおき負傷した騎士達は、万が一を考慮して偵察に来ていた有能な女騎士達と、その知らせを聞いてやって来た、砦街の住民有志の協力によって、荷馬車に出荷前の豚のように大量に乗せられ砦まで運搬されたのだった。

 このよう(おまつり)な時の砦街住民の団結力(やじうま)は素晴らしいものがある。



 負傷した騎士達を剥く作業を、居残り組の第三騎士隊と、砦街のご年配のご婦人方と女騎士達で取り組んだ。
 モーリィも手間を省くため治癒しながら手伝おうとしたら、何故かご婦人方にご遠慮願われた。彼女達いわく年頃の若い娘さんが、そんな恥じらいのないことをやるものではないらしい。

 前々から感じていたのが、ひょとしてモーリィはここに来た当初から、街の住人達に女だと勘違いされていたのではないだろうか? 

 最初から砦の井戸端会議に参加させられたし、たまに相手が男のお見合いの話を勧められたし、それ以外にも思い当たる節が色々と有りすぎるのだ。
 それと二十代くらいの者が多い女騎士達(わかいむすめ)はいいのだろうか?

 そのようなことがあり騎士の剥き身の下ごしらえが出来上がるまで、モーリィは治療部屋で何とも言えない気持ちのまま、腕を組み待機をしていた。

 元男のモーリィとしては男の裸を見ても別に何も感じない。
 むしろルドルフやトーマスの二人のように、男の服を延々剥いていたらうんざりしていただろう。

 本物の女性なら何か思う事はあるのかと辺りを見回した。
 騎士達を剥いてくれたご婦人方や女騎士達は、腕を組みゲフフグフフといったご様子で、ニヤニヤニタニタと全裸の騎士達を眺め集まって何やら評論していた。

 どうやら、あんな連中でも本物の女性の方々には需要があるようだ。

 モーリィはため息をつき休んでいる二人に手を振ると治療を開始する事にした。
 並んでいる騎士達のお尻のひとつを軽くパンっと叩く。
 するとあれほど酷かった重度の火傷が、みるみるうちに治癒されていった。

 本来治癒の術は、ごにょごにょと呪文を唱える必要があるが、聖女の能力だと対象を軽く触るだけで治癒させることが可能である。
 正直その時だけは、聖女になってよかったとモーリィは心の底から思った。
 これだけの数の男の尻を目の前にして、呪文を唱えながら治療していたら、確実に精神が病んでしまったはずだ、それ以前に魔力が持たないだろうが。

 なるべくお尻を見ないようにしながら次々とパンパンしていく。

 ――騎士の皆様方、オゥフとかウッとかアフゥ、とか変な、お声を上げられますのは大変に気持ち悪いので、お止め頂けるようお願いいたします。

 しばらくそのように治療をしていたが、ふと集中力が切れて横を見てしまう。
 騎士達の治療を終えたお尻が密集するように並んでいた。
 ツルツルと綺麗になった筋肉質で四角いが様々な形状のお尻が並んでいた。
 モーリィはその場で天に向かって絶叫したくなった。


 ――ヨーサクお元気ですか? 私は元気です。あの頃の貴方の夢は裸の女の子を並べて、後ろからお尻をパンパンする事でしたね? 夢は叶いましたか無理ですよね? 実は今の私は貴方の夢を代理で叶えているところです。ただし目の前にいるのは女の子ではなく、むさ苦しい男達で、全裸にされた彼等のお尻を後ろからパンパンしております。不思議な事に涙が零れてきました。嬉し泣きというものでしょうか? ヨーサクもお体を大事にし日々を健やかにお過ごしください。かしこ。


 モーリィはそのように心を別の場所に飛ばし隔離した。
 死んだ目で無心に数百人以上の騎士達のお尻を治癒(パンパン)したのである。

 後日、それからしばらくの間。

 治療した騎士達はモーリィと会うたびに、頬を染め俯きチラチラと上目使いで雌の顔をしてくるのが、ひどくひどく苛立たしかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 モーリィはその日もいつも通りの仕事を行っていた。
 砦では近頃さまざまな出会いと出来事があった。

 恒例の魔王(ようじょ)ちゃんが襲撃し(あそび)に来たので、騎士達皆でお相手(あそび)をしてあげた。
 作務衣姿の魔族女性が一緒に来ていて、苔盆栽やお菓子などをお土産片手に砦のご婦人方やモーリィ達とのどやかに井戸端会議をした。
 あちこちの場所から集められた勇猛果敢な補充な新米騎士達が来ていた。

 既に何人かの新米騎士は上手く砦で適応(さる)しているらしい。

 中には辛うじて人としての知能と理性を保っている者がいるらしく、次期隊長候補として大事に育てられているとか。
 前に治療部屋で数日看病した彼のことだと思うが元気にやっているだろうか。

 砦に類人猿ではなく人類が増えるのは本当にいいことだ。

 そのようなことを何の疑問もなく考えるモーリィも、ここに来てもう3年目。
 自分もだいぶ砦に馴染んできたものだと、良いのか悪いのかよく分からない切ない気持ちになった。

 そんなモーリィの働く治療部屋に思いもしない人物が訪ねて来る。
 聖女になってからというもの色々とあり過ぎて、思い出すことも少なくなっていた彼女であった。

「や、やあ、モーリィ……お久しぶり」
「え……ミ、ミレー?」
「えへへ、戻ってきちゃた」
「戻って来たって……本当にお久しぶり! また会えて嬉しいよ!!」

 愛らしい顔立ちに、鳶色の大きい瞳と綺麗な茶色の髪、そして小柄な体。彼女は勇者と一緒に旅に出たはずのミレーだった。
 そして恐らくモーリィが聖女というクラスを発現させる原因の、失恋を教えてくれた少女でもある。

 ひどく申し訳なさそうな顔をした彼女が、部屋の扉に手を当てながらオドオドと治療部屋の中に入ってきた。
 しかし、モーリィの笑顔を浮かべて再会を喜ぶ様子を見て、ミレーは少しだけほっとしたような安堵の表情を浮かべる。

 モーリィは所在なさげに入口で立つミレーの手を取り、やや強引に椅子を勧めると、急いでお茶を淹れてテーブルの上に自分と彼女の分を置いた。

 護衛の為に壁際の椅子で待機している、女騎士の分も淹れてそれを手渡す。
 彼女はサムズアップをしながら無言で受け取り、ずずーと美味そうにすすった。
 以前は治療部屋にいなかった女騎士を、不思議そうに見るミレーにどう説明したものかと悩んだが、彼女に今までの話を先にしてもらうことにした。

「うん、勇者と一緒に旅していたんだけど、私以外にも数人の女の人がいてね」
「へぇ男女混合パーティというやつなのかな?」

 モーリィの何気ない質問にミレーは無言で首を大きく左右に振った。
 彼女のボブカットの柔らかい髪が、その動きに追従するように広がる。

「ううん、違うわ。勇者以外はみんな女の人だったわ」
「え……そ、それは」
「あっ! 別に彼女達との仲は悪くなかったわよ。むしろかなり仲良くなってね」
「へ、へぇ、そうなんだ、それは良かったね」

 案じるモーリィの様子に気づいたのか、ミレーは手の平をぱたぱたして明るい表情を見せた。どうやら心配させないための強がりではなく、本当にパーティの女性同士で仲良くやっていたらしい。

 あれ、でもそうすると何故、砦に戻って来ているのだろうか?
 モーリィは疑問に思ったが、とりあえずミレーの語る旅の話をそのまま聞くことにした。

「うん、よくオークの群とかを、女の人全員で討伐しにいってね、私は後方支援だったけど、たまにくるオークとかメイスで成敗してたのよっ!」
「おー、凄い、ミレーも活躍していたんだね」

 ミレーは、すこし興奮ぎみに、ぶんぶんと片手を軽快に振り回す動作をする。
 流石に冒険してたんだと感心するモーリィ。しかし彼女のメイスを振り回すと思われる動作が、どうにも下ぎみすぎるのは少々気になったが。

「仲間の女の人達もみんな強い人ばかりでね」
「うん、うん」

 久しぶりに見るミレーの元気なその姿に、最近の出来事で精神的疲労を感じていたモーリィは嬉しくなり、心が癒されるような気分になった。

「それでねみんな、凄い二つ名とかもっててね」
「へーどんな名前だろう?」
「えっとね、貫きのとか、切断のとか、抉りのとか、ね」
「え、ええ……う、うん……あれ?」

 モーリィは首をひねる。ミレーは嬉しそうに話していた。
 おかしいな微妙に癒されない。何故だろうか本当に不思議だぞ?

「私も何と、潰しのミレーって名前つけてもらっちゃたのよっ!」
「ああ、うん……何か、その凄いね……」

 ミレーは鳶色の目をキラキラと輝やかして、嬉しそうに下から上にメイスを振るような動作をした。その角度は酷くエグかった。
 なにかがキュとなった気がして、モーリィは自分の太腿をすり合わせた。
 この話題をこれ以上喋らせてはいけない。

「えーえっと、その、そうだ、勇者のほうはどうだったの?」
「…………」

 話題を変えるつもりで尋ねたのだがミレーの変化は劇的だった。
 にこやかな表情をしていた彼女の顔から突然感情が消えたのだ。
 今まで見たことのないミレーの様子から、モーリィは不穏なモノを感じた。

「あ、あの、ミレー?」 
「ああ、勇者ね……アレ、クズだった」

 温厚で人の悪口をあまり言わない彼女にしては、珍しい怒りの表情で吐き捨てるように言った。よく分からないがあまり穏やかな話ではないらしい。

「少し手ごわい魔獣を倒してね。勇者がちょと酷い怪我を負ったけど、私が治してあげてね。まあ、それはいいのだけど、街の人にも感謝されて、それで勝利の祝宴をしましょうかでみんなで宿に泊まったの」
「う、うん」
「その夜に勇者のやつが、私たちの部屋に入ってきて、いきなり女の人全員に服を脱ぐように命じてきたのっ!」
「え、えええぇぇぇ!」

 ミレーはその時のことを思い出したのか、拳を握りしめてこの場で足踏みしそうな勢いだった。

「いきなりね……俺の夢は裸の女を一列に並べて、後ろからお尻をパンパンすることなんだ。って意味の分からないことを言いだしてね」
「あ、うん……それは意味分からないね」

 悲しいことにモーリィには少しだけ意味が理解できてしまった。

「俺はお前たちの為に、今まで怪我を負っても我慢してきたんだ。そろそろ、お前たちの体で癒してくれよ。とか、ほざきやがったのですよっ! 最低最悪よ!!」
「…………ええ、最低最悪ですね」

 ミレーは怒りが心頭なのか言葉使いまでおかしくなっていた。
 それにたいして最近の騎士達の悲劇と、どこかで聞いたことあるような男子共通の夢の話を思い出し、額に手を当て何とも言えない気持ちになるモーリィだった。

「えっと、それでどうしたの?」
「女の人全員でぼこぼこにしてから、剥ぎ取って、もいでやったわっ!!」
「――――――」

 え……ええ? 剥ぎ取って……もいだ? もいだの? もいだって?
 よく分からない強い焦りを感じて、モーリィは恐る恐る尋ねてみる。 

「あの、ミレーさん……何をもいだの?」
「とにかく、ナニをもいだのよっ!!」

 ミレーのあまりの剣幕に、モーリィは、ひぃと悲鳴をあげ思わず股間を両手で押さえた。女になってから失って久しい、息子的なナニかがヒュンとなった気がした。少しちびってしまったかもしれない。

 その後に大声をだして心が落ち着いたのか、ミレーはいつもの穏やかで優しい表情に戻ると話を続けた。

「それでまあ、色々あってね。恥ずかしながら戻ってきたの」
「ああ、うん、そっか、その、ミレーも大変だったんだね」
「うん、えっと、団長さんには、お話はしたのだけどまた働けることになってね」

 ミレーはもじもじと自分の太腿の上で両手の指を組み重ねて、閉じたり開いたりを繰り返す、何か本人的に言いにくいことらしい。
 モーリィはどうしたんだろうと思いつつも、ミレーの言葉を待った。

「その……身勝手な話なんだけど、また、ここに居る事を許してもらえるかな?」
「許すも何もないよ! ミレーがいいなら大歓迎さ! 本当に嬉しいよ!」

 モーリィは、ミレーのそのような迷いなど何でもないように即答して喜んだ。

「うっ。あ、ありがとうっ……モーリィ」

 モーリィの返答を聞いてようやく安心できたのか、ミレーは涙ぐみながらお礼をいって微笑んだ。後ろで腕組みをして座っていた女騎士も、一件落着とばかりにうんうんと満足げに頷いていた。
 それに気がついたのか、ミレーは疑問に思っていたことを聞いてきた。

「あ、あの、それで彼女は?」
「ああ、えっとね」

 どう言ったものか話の取っ掛かりがなく、女騎士を何となく二人で見ていたら、見られていた女騎士は(おんな)前の表情でサムズアップをした。
 それで勇気づけられたような気がして、この状況の全てを話すことにした。

「あのねミレー、その……クラスが判明したんだ。のね」
「え、本当っおめでとうモーリィ! 良かった。それで何のクラスだったの!?」

 無邪気に喜び祝福して、無邪気に質問してくるミレーにモーリィは語った。

「聖女……つまりは女になってしまったんだ」

 瞬間部屋の空気は見事に凍り付いた。
 ミレーは小さく口を開けて、えっ……という表情でこちらを見ていた。

 あぁ、ちくしょう、ちくしょう、やっぱりこの子は可愛いよな。

 モーリィはミレーの愛らしい顔を見て現実逃避気味にそう思った。

 そのミレーはいきなりモーリィの胸を両指でむんずと掴んだ。
 悲鳴を上げるモーリィには構わず、壊れ物を扱うかのように繊細に優しくきゅきゅと揉みだしたのである。
 今まで感じた事のない不思議な感覚に、モーリィの口から変な声が思わず溢れ漏れてしまう。

「うん、違和感あったの、モーリィの声が何か高いし、厚手の医療服でわかりにかったけど胸が大きくなってるし、というか何か綺麗になってるしっ!!」
「ちょ、ちょっと、ミレー、む、胸を揉むの止めてぇっ!」
「何この胸。何この胸。うわうわっなんか凄すぎて止まらないのよ、うわっ!!」

 うわっうわっ言いながらミレーは壊れた。
 そして唐突に揉むのを止め胸から手を放すと、彼女はモーリィの胸に顔を押しつけ腰に手を回して力いっぱい抱きついてきた。
 驚くモーリィにたいして、ミレーはその胸に顔を埋めた状態で懇願する。

「モーリィ。このまま抱きしめたままで、お話しの続きをして欲しい」
「ミレー……?」
「ごめんなさい、お願い、モーリィ……」

 ミレーはわずかに涙声になっていた。
 どうしようかと視線を上げたモーリィと女騎士の目が合う。
 彼女は腕組みしたまま表情を変えず無言で頷いた。
 ほんと男前だな砦の女騎士様達はさっ……!

 モーリィはミレーの体に優しく手を回すと今までのことを話し出した。

 それは途切れ途切れで決して上手い話し方ではなかった。
 だが、一つ一つお互いの離れていた時間を埋めるかのように語っていった。
 そうして今までの全ての話は終わり、モーリィはまだ自分の胸に抱きついたままのミレーの背中を、落ち着かせるかのように、ぽんぽんと軽く何度も撫でる。
 すると今度は彼女がぽつりぽつりと話だした。

「モーリィあのね。私ね、今回の冒険の旅で、勇者とのことがあったから、男に幻滅して、男なんてもう一生いいって本気で思っていたの」
「え? う、うん……」
「でもね、でもね、今のモーリィだったら、私イけると思うの色々な意味で……」
「うん、え……ええっっ!?」

 話がおかしな方向にへと転がっている。
 ひどくひどく嫌な予感がした。それとも、これは悪寒なのだろうか?
 夢の中で空を飛んでいて突然に落下しているような感覚だ。

 ミレーはモーリィに抱きついたまま、その豊かな胸から顔をわずかに上げる。
 モーリィは彼女の鳶色の瞳の上目使いを見てゾクリっとした。
 そう、その表情はつい最近嫌になるほど見たことのあるものだったからだ。

「モーリィ、私と結婚しましょうっ!!」

 頬を染めて恍惚とさせ、潤んだ眼差しをモーリィに向けていた。
 お尻を治療してあげた騎士達が浮かべていた雌の顔てやつだった。

 モーリィはミレーの表情に恐怖をおぼえて縋るように女騎士を見た。

 彼女はモーリィに背中を向けていた。
 そして肘を折り曲げ横に広げたまま、両手の平を上に向け、首を俯き気味に左右に振っていた。すまない私には無理だ……彼女は処置無しというやつだ。

 女騎士の分かりやす過ぎる仕草は今のモーリィには異様に腹ただしかった。

「私のお嫁さんとして、絶対にモーリィのことを幸せにするからっ!!」

 結婚はともかく、そこはせめて夫にしていただけませんか?

 もう離さないとばかりに鼻息も荒くきつく抱きしめられ、胸部装甲(たわわ)をミレーの顔でぐりぐりと、縦横無尽に占拠されたままモーリィは呆然と思った。

 たまたま料理を持って様子を見に来たターニャが、状況を察して引き離してくれるまで、彼女はミレーに抱きつかれていたのであった


 その後。

 ミレーや騎士団の面子に常に付きまとわれて、襲撃しにきた幼女魔王になぜか懐かれて、さり気無く治療部屋に訪れる騎士団長や、訪問にきた宮廷魔術師長や一緒に視察に来た国の王子。ミレーを連れ戻しに来た勇者や、遊びにきた獣王などのおかしな連中に一斉に求婚されるハメになるのだが、それはまたモーリィの別の話。

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