第九十話 JMC④
DAY 7 / 900km
Maverickは、応急処置を終えて再び走り出した。
速度は出せない。
さっきまでのように荒野を切り裂くような走りではなく、車体の痛みを確かめながら進むような走りだった。
Jr.はハンドルを握ったまま、ずっと黙っていた。
ポポも急かさない。
ただ地図を見て、必要な時だけ短く言う。
「次、左ネ」
「…了解」
「少し段差」
「見えてる」
「無理しない」
「分かってる」
その返事は、さっきまでとは違った。
熱に浮かされたような早さはない。
少し遅れて、けれどちゃんと届く返事だった。
第3チェックポイントを通過した。
そこから先も、道は簡単ではなかった。
細い谷、砂の溜まった低地、急に現れる岩場。
あちこちに停止しているマシンがあった。
救援を待つチーム。
タイヤ交換をしているチーム。
ボンネットを開けて立ち尽くすチーム。
難しい日だった。
全体的にタイムは落ちている。
それでも、Maverickはさっきのタイヤ交換で大きく遅れた。
ゴールが見えた頃にはJr.にも分かっていた。
今日はポイント圏外だ。
ゴールラインを越えた瞬間、ポポは小さく息を吐いた。
「着いたネ」
「…あぁ」
Jr.はヘルメットを外し、Maverickのハンドルに額をつけた。
「…くそ」
小さく漏れた声は、怒りというより悔しさだった。
ポポは何も言わなかった。
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その夜。
宿営地では、いつもより多くのチームが修理に追われていた。
DAY 7のコースは荒れていた。
足回りを壊したチームも多い。
タイヤを失ったチームも、途中棄権したチームもいた。
Jr.はMaverickの前で、黙々と作業を続けていた。
タイヤ。
サスペンション。
フレーム。
ブレーキ。
丁寧に確認している。
だが、手つきにいつもの勢いはない。
「Jr.」
ポポが声をかける。
「飯、食べるネ」
「…あとで」
「今」
「……」
Jr.は工具を置いた。
いつもなら文句のひとつも言う。
だが、今日は素直に立ち上がった。
それが逆に、ポポには少し痛かった。
簡易テントの中で、2人は遅い食事を取った。
しばらく、器とスプーンの音だけがした。
先に口を開いたのは、Jr.だった。
「…悪かった」
ポポは顔を上げる。
「何が?」
「今日」
Jr.は器を見たまま言う。
「お前の言うこと聞かなかった」
「うん」
「危なかった」
「うん」
「Maverickも、ポポも、俺も……落ちるとこだった」
声が少し詰まる。
「……ごめん」
ポポは少しだけ黙った。
それから、いつものように笑った。
「謝れるなら、大丈夫ネ」
ポポは大きな手で、Jr.の頭をぽんと撫でた。
Jr.は一瞬嫌そうな顔をしたが、今日は払いのけなかった。
「JMC、念願なんでしょ?」
「…あぁ」
「ずっと出たかったんでしょ?」
「…出たかった」
「だったら、最後まで頑張ろうヨ」
Jr.は顔を上げる。
ポポは穏やかに続けた。
「1位を取る日もある。取れない日もある。失敗する日もある。でも、そこで終わりじゃないネ」
「……」
「最後まで走った人だけが、勝負できるヨ」
Jr.は唇を噛んだ。
父を見返したい。
wildfoxを証明したい。
祖父の仕事で生きると決めた自分を、間違いじゃないと言いたい。
でも、それで落ちたら何も残らない。
Maverickも、ポポも、自分も。
「…明日は」
Jr.が小さく言った。
「ちゃんと走る」
「うん」
「勝ちに行くけど、壊しに行かない」
「それがいいネ」
「ポポの言うことも…聞く」
「今の録音しとけばよかったネ」
「台無しにすんな!」
Jr.がようやくいつもの声を出す。
ポポは嬉しそうに笑った。
「それでこそJr.ネ」
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DAY 8 / 400km
翌朝6時、DAY 7の結果が発表された。
1位 Frankie / Pegasus 12pt
2位 Scarlet Gear 10pt
3位 Orion Forge 8pt
4位 Grenard Works 7pt
5位 North Barrel 6pt
Jr. & ポポ / wildfoxの名前は、上位10位以内にはなかった。
ポイントなし。
Jr.はモニターを見上げ、拳を握った。
「…取り返す」
ポポが横で言う。
「今日、400kmネ」
「あぁ」
「目的地はマグノリア王国、マトリカリア」
「分かってる」
「短いけど、昨日の翌日だから無理はしない」
「…分かってる」
今度の返事は、ちゃんと落ち着いていた。
DAY 8、区間距離は400km。
マグノリア王国の都市、マトリカリアを目指す。
短い日だった。
だが、昨日の荒れたコースで多くのチームが疲弊している。
車体も、ドライバーも、サポートも、完全ではない。
ここで無理をしてもう一度壊せば、今度こそ大きく後退する。
Jr.はMaverickのボンネットに手を置いた。
「昨日は悪かったな」
小さな声だった。
「今日はちゃんと走る」
ポポは隣で、聞こえないふりをした。
スタート。
Maverickは昨日よりずっと静かに走り出した。
速い、だが荒くない。
Jr.は路面を見ていた。
ハンドルに返る振動を聞いていた。
エンジンの音を聞いていた。
ポポの声を聞いていた。
「この先、右は近いけど荒れてる」
「左は?」
「少し遠いけど安定ネ」
「左で行く」
「了解」
第1チェックポイントを通過した。
昨日なら、右へ行っていたかもしれない。
だが今日は違う。
Maverickを壊さない。
それでも遅く走るわけではない。
安定した路面で速度を保つ。
第2チェックポイントを通過した。
中盤で、前方にPegasusの車体が見えた。
安定した路面にも関わらず、Pegasusのマシンは速度を落としていた。
「何かあったネ」
ポポが言う。
「エンジン音が変だ」
Jr.はすぐに気づいた。
Pegasusの車体が、低く唸りながら速度を落としている。
エンジントラブルだ。
「抜くぞ」
「うん」
Maverickは無理なく横を抜けた。
窓越しに、フランキーがこちらを見た。
悔しそうだった。
だが、笑っていた。
「先行ってろ!!」
フランキーの声が飛ぶ。
Jr.は前を向いたまま返した。
「言われなくても!」
「追い抜いたのに踏まないネ」
ポポが言う。
「うん」
「偉いネ」
「子ども扱いすんな」
「12歳ネ」
「今それ言うな!」
第3チェックポイントを通過した。
終盤、マトリカリアの街並みが見えた。
紫の屋根。
白い壁。
風に揺れる花。
Jr.は最後まで車体を乱さず走った。
ゴールラインを越える。
Jr.はヘルメットを外して、深く息を吐いた。
「…よし」
「昨日から戻したネ」
「まだ戻しただけだ」
「でも大事ヨ」
そして、遅れてPegasusの車体がゴールした。
フランキーはエンジンを止めるなり乱暴に降りてきた。
「くっそ、圏外だろうな」
Jr.がそちらを見る。
「エンジンか?」
「点火系。最悪ではないけど、だるい」
「直せんのか」
「直すに決まってんだろ」
フランキーは悔しそうに笑った。
「ちょうど明日は休息日だ、助かった」
「こっちも助かった」
Jr.はそう言ってMaverickを見る。
昨日の傷はまだ残っている。
今日で無理をしなかったとはいえ、確認は必要だ。
「明日は休ませる」
ポポが言う。
「Maverickも、Jr.もネ」
「俺は別に」
「休むネ」
「…分かったよ」
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翌朝6時。
JMC DAY 8 / 400km
1位 Grenard Works 12pt
2位 North Barrel 10pt
3位 Jr. & Popo / wildfox 8pt
4位 Luca-Madis Team 7pt
5位 Scarlet Gear 6pt
発表を見て、Jr.は腕を組んだ。
「まあまあだな」
ポポが笑う。
「今日は本当にまあまあネ」
「悪くはねぇ」
「うん、とても悪くないヨ」
「つかれたな」
「明日は休息日」
ポポが言う。
「整備して、寝て、食べて、休むヨ」
「…はいはい」
「返事が軽い」
「分かってるって」
「昨日のこと忘れてない?」
「忘れてねぇよ」
Jr.は少しだけ真面目な顔で言った。
「忘れねぇ」




