第八十七話 JMC②
DAY 2 / 700km
朝6時の結果発表を見届けると、各チームはすぐに次の準備へ入った。
前日の400kmとは違う。
ここからがJMCの本番に近づいていく。
休憩エリアには、朝から整備音が響いていた。
工具の音。
燃料を入れる音。
タイヤを確認する声。
エンジンをかける低い唸り。
Jr.はMaverickの前にしゃがみ込み、タイヤの状態を確認していた。
「昨日より砂が多い」
ポポが地図を見ながら言う。
「途中から乾いた平地、後半は岩が混じるネ」
「速度出せる区間は?」
「前半の200km。だけど飛ばしすぎると後半で足回りにくるヨ」
Jr.は立ち上がり、Maverickのボンネットを軽く叩いた。
「今日も行くぞ、Maverick」
シグナルが変わる。
DAY 2、スタート。
Maverickがエリアを飛び出した。
最初の道は、硬く乾いた平地だった。
Jr.は昨日よりも早くリズムを掴んでいた。
エンジンの音。
タイヤが地面を噛む感触。
ハンドルに返ってくる振動。
全部が少しずつ手に馴染んでいく。
「昨日より安定してるネ」
「当たり前だ。昨日のデータで調整した」
「Jr.も慣れた?」
「慣れてねぇ」
「顔は楽しそうヨ」
「見んな」
第1チェックポイントを通過した。
その先で路面が変わる。
細かい砂が増えタイヤが少しずつ沈み始めた。
Jr.は速度を落としすぎず、ハンドルを細かく切る。
Maverickが砂を蹴った。
昨日よりも、Jr.の判断は速かった。
砂の深い場所を避ける、硬い地面を探す。
車体が沈む前にほんの少しだけ角度を変える。
ポポは地図を見ながら、短く指示を出す。
「右、少し高い」
「見えてる」
「その先、岩」
「避ける」
「第2チェックポイントまで、このまま行けるヨ」
「了解」
第2チェックポイントを通過した。
ここから後半、路面はさらに荒れた。
乾いた地面に大小の岩が混じる。
速度を出しすぎれば足回りを壊す。
慎重すぎれば時間を失う。
Jr.は舌打ちした。
「嫌な道だな」
「JMCらしくなってきたネ」
「楽しそうに言うな」
「楽しいヨ」
「お前、乗ってるだけだろ」
「ナビも大変ネ」
Maverickが大きく跳ねる。
ロールバーが軋み、車体が斜めに傾いた。
「っ!」
Jr.は瞬時にハンドルを戻す。
アクセルを抜きすぎず、車体を殺さない。
跳ねた勢いを、そのまま前へ流す。
着地。
Maverickは少しだけふらついたが、すぐに姿勢を取り戻した。
ポポが大きく息を吐く。
「今の、上手いネ」
「心臓に悪い」
「Jr.でも心臓に悪いんだ」
「悪いに決まってんだろ!」
それでもJr.は笑っていた。
怖い。
危ない。
でも、走れている。
楽しい。
Maverickは応えてくれている。
Jr.は前を見て、アクセルを踏んだ。
第3チェックポイントを通過した。
終盤、道は緩やかな下りに入る。
ここでJr.は一気に詰めた。
Maverickの軽さが生きた。
岩を避け、砂を抜け、下りの勢いを殺さずに進む。
前方の車を1台かわす。
さらにもう1台。
フランキーのマシンが大きく見えてくる。
「Jr.」
「何だよ」
「残り20km」
「分かってる」
「ここで無理すると明日に響くヨ」
「……」
Jr.の歯が鳴る。
追いたい。
抜きたい。
今日こそ。
でも、前の黒い車体はまだ遠い。
無理に追えば、Maverickを痛める。
Jr.は一瞬だけ目を細めた。
「…今日はここまでだ」
そう言って、速度をわずかに落とす。
ポポは何も言わなかった。
ゴールが見える。
Maverickは砂を巻き上げ、ゴールラインを越えた。
Jr.はヘルメットを外し、大きく息を吐く。
「…くそ」
「お疲れ様ネ」
「あぁ」
Jr.はMaverickの車体を見る。
泥と砂。
小さな擦り傷。
でも、大きな損傷はない。
「悪くねぇ」
ぽつりと言う。
ポポが笑った。
「まあまあ?」
「…まあまあだな」
その夜、Jr.は昨日のようにまずMaverickを見た。
食事より先に整備。
ポポは何度か止めようとしたが最終的に工具を渡した。
「終わったら食べるヨ」
「分かってる」
「寝るヨ」
「分かってる」
「ロッキーに返信するヨ」
「それは今やる」
端末には、ロッキーからメッセージが来ていた。
ロッキー:お疲れ様!今日もみてるよ!
ロッキー:Maverickすごい!!
ロッキー:グレイも見てるよ!!
写真も添えられていた。
画面の中で、グレイがMaverickの小さな模型を前に座っている。
ロッキーが作ったのか少し不格好だ。
Jr.はそれを見て、少しだけ笑った。
「…何してんだよ」
翌朝6時。
公式発表。
JMC DAY 2 / 700km
1位 Frankie / Pegasus 12pt
2位 Jr. & Popo / wildfox 10pt
3位 Grenard Works 8pt
4位 Orion Forge 7pt
5位 North Barrel 6pt
ポポは嬉しそうに手を叩いた。
「2位!10ポイントネ!」
Jr.は腕を組んだ。
「まあまあだな」
「昨日もそれ言ってたヨ」
「昨日よりはいい」
「嬉しいネ?」
「…少しな」
Jr.はモニターを見る。
1位はフランキー。
まだ前にいる。
でも、昨日より近づいた。
Jr.は小さく言った。
「今日こそ」
ーーーーーーーーーー
DAY 3 / 800km
DAY 3。
区間距離は800km。
数字だけ見れば、DAY 2より100km長いだけ。
だが、ルート図を見たポポは、朝から少しだけ表情を引き締めていた。
「今日は起伏が多いネ」
「山?」
「山ってほどじゃないけど、丘陵と乾いた谷。道を間違えるとかなり遠回りになるヨ」
「チェックポイントは?」
「4つ、第2から第3までが難しいネ」
「そこが勝負か」
「たぶんネ」
Jr.はMaverickのタイヤを確認する。
昨日の岩場で傷が入っていたが、交換するほどではない。
ただし、今日の路面次第では一気に消耗する。
「タイヤ、持つ?」
ポポが聞く。
「持たせる」
「いい返事ネ」
「技術者を誰だと思ってんだ」
「12歳」
「殴るぞ」
「事実ネ」
Jr.は舌打ちしながらも表情は軽かった。
昨日の2位で、少しだけ自信が戻っている。
いや、戻ったというよりJMCのリズムを掴み始めていた。
スタート前、フランキーが近づいてきた。
「昨日は頑張ったじゃん」
「上から言うな」
「上にいるからな」
「今日で下ろす」
「楽しみにしてる」
フランキーは笑い、マシンへ戻っていった。
Jr.はその背中を睨む。
「絶対抜く」
「長いレースだヨ」
「分かってる」
ポポはそれ以上言わない。
今日のJr.は、昨日よりも冷静だった。
シグナルが変わる。
DAY 3、スタート。
Maverickは朝の乾いた空気を切って走り出した。
序盤は緩やかな登りだった。
エンジンに負荷がかかる。
Jr.は回転数を聞きながら無駄に踏み込まない。
「抑えてるネ」
「登りで無駄食いしたくねぇ」
「昨日より大人」
「うるせぇ」
第1チェックポイントを通過した。
登りを越えると、視界が開けた。
乾いた谷が続いている。
地面は固い。
ただ、ところどころ深い溝が走っている。
油断すれば、タイヤを取られる。
Jr.は速度を上げすぎず、溝を跨ぐラインを選んだ。
前方に数台。
その中に、Pegasusの黒い車体が見える。
「見えてる」
Jr.が言う。
「追う?」
「追う、でも無理には踏まねぇ」
「いいネ」
「褒めんな」
「褒めてないヨ」
「嘘つけ」
Maverickは谷を抜ける。
Jr.の手つきは昨日より滑らかだった。
大きく切らない。
無理に押さえ込まない。
車体が跳ねる前に逃がす。
Maverickを従わせるのではなく、一緒に走る。
ポポはそれに気づいて、少しだけ笑った。
「何だよ」
「いい走りネ」
「だから褒めんなって」
「事実ヨ」
第2チェックポイントを通過した。
そこから先が難所だった。
乾いた谷がいくつも枝分かれしている。
見た目は似ているが、走りやすさがまるで違う。
ポポがルートを読む。
「左は近いけど細いネ。詰まったら終わり」
「右は?」
「遠い、でも幅があるヨ。速度は出せる」
「真ん中は?」
「地図上は通れるけど、標高差が読みにくい」
「…真ん中だ」
ポポがJr.を見る。
「攻めるネ」
「近い、詰まらない。そこそこ速度も出る。賭ける価値はある」
「了解ネ」
Maverickは中央の谷へ入った。
すぐに道が荒れた。
地面が波打ち、車体が上下する。
大きな段差を越えるたびに、フレームが軋む。
「思ったより荒いネ」
「行ける」
「無理なら戻るヨ」
「戻らない」
Jr.は歯を食いしばる。
ここを抜ければ、確実に短縮できる。
Maverickが跳ねる。
右前が浮く。
ポポがグリップを掴む。
「Jr.!」
「分かってる!」
Jr.はアクセルを抜かず、車体の向きだけをわずかに変えた。
着地。
大きく揺れたが、止まらない。
「Maverick!」
Jr.が叫ぶ。
「耐えろ!」
車体が応えるように唸った。
荒れた谷を抜けた瞬間、視界が開ける。
前方に、フランキーの黒い車体。
距離が縮まっていた。
「いたネ」
「だろ」
Jr.の口元が上がる。
「当たりルートだ」
第3チェックポイントを通過した。
そこからは、下りと平地が続く高速区間だった。
Jr.は一気に踏み込む。
Maverickが伸びる。
フランキーの車体が少しずつ近づく。
風の音が強くなる。
砂が後ろへ飛ぶ。
ポポの端末が揺れる。
「Jr.、このペース長く続けると熱が上がるヨ」
「あと少しだけ」
「どこまで?」
「あいつの背中をちゃんと見えるとこまで」
「…少しだけネ」
フランキーも気づいたのか、速度を上げた。
黒い車体が逃げる。
Maverickが追う。
2台の距離は縮まって、また離れる。
抜けない。
でも、離されもしない。
Jr.は笑った。
「いいじゃねぇか」
ポポが横目で見る。
「楽しそうネ」
「楽しいに決まってんだろ、念願だぞ」
第4チェックポイントを通過した。
終盤、路面は再び砂混じりになった。
ここでJr.は迷わず速度を少し落とした。
ポポが少し驚く。
「追わない?」
「追いたい。でもここで無理したら滑る」
「成長ネ」
「うるせぇ」
ポポは嬉しそうだった。
Jr.はフランキーを追う気持ちを殺して、Maverickを守る走りに切り替えた。
終盤で壊すわけにはいかない。
明日もある。
その次もある。
10000kmのうち、今日走っているのは800kmにすぎない。
ゴールが見えた。
Jr.は最後だけ少し踏んだ。
Maverickが砂を巻き上げて走る。
ゴールライン。
通過。
車体が止まる。
Jr.はヘルメットを外し、しばらく何も言わなかった。
それから短く息を吐く。
「まあまあだな」
「昨日より走りはよかったネ」
「…それはそう」
「焦らなくていいネ」
「焦ってねぇ」
「ほんと?」
「…少しだけ」
ポポは笑った。
ーーーーーーーーーー
その夜。
Maverickの整備を終えたJr.は、珍しくポポに言われず食事を取っていた。
ポポが驚いた顔をする。
「Jr.が自分から食べてる」
「うるせぇ、明日も走るんだよ」
「えらいネ」
「子ども扱いすんな」
「12歳ネ」
「だから何だよ」
ーーーーーーーーーー
翌朝6時、公式発表。
JMC DAY 3 / 800km
1位 Frankie / Pegasus 12pt
2位 Jr. & Popo / wildfox 10pt
3位 Grenard Works 8pt
4位 Luca-Madis Team 7pt
5位 Scarlet Gear 6pt
ポポが嬉しそうに笑った。
「また2位ネ」
Jr.は腕を組んでモニターを見る。
「…まあまあだな」
「それ、気に入った?」
「便利なんだよ」
「嬉しい時に使う言葉?」
「違ぇ」
「でも嬉しいネ」
「…まあ、悪くない」
累計ポイントが表示される。
1位 Frankie / Pegasus 36pt
2位 Jr. & Popo / wildfox 28pt
3位 Grenard Works 26pt
Jr.はそれを見て、息を吐いた。
差は8pt。
遠い。
でも、絶望するほどではない。
「まだ3日目だ」
Jr.は言った。
「10000kmのうち、まだ1900kmしか走ってねぇ」
ポポが頷く。
「長いレースだヨ」
「分かってる」
Jr.はMaverickを見る。
「行くぞ、Maverick」
JMCはまだ序盤。
Jr.とポポの挑戦は、ようやく熱を帯び始めていた。




