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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第八十六話 JMC



Maverickは、オキムムの港町を飛び出した。

低いエンジン音が、海沿いの街道に響く。

潮の匂い、朝の光、遠ざかっていく観客の歓声。

Jr.はハンドルを握ったまま前だけを見ていた。

初日は400km。

JMC全体で見れば短い。

けれど、初参戦のJr.にとってはすべてが初めてのことだった。


「第1チェックポイントまで、海沿いを80km。その先で内陸ルートに入るヨ」


隣でポポが地図データを確認する。


「道は?」


「最初は舗装路、途中から砂利が混じるネ」


「了解」


Jr.はアクセルを踏み込む。

Maverickが唸る。

車体は軽く反応も悪くない。

昨日まで何度も調整した足回りも今のところ問題ない。

Jr.の口元が少しだけ上がった。


「いい」


「調子良さそうネ」


「当たり前だろ、俺が作ったんだぞ」


「そうネ」


ポポは笑いながらも、端末から目を離さない。


「でも、まだ初日ヨ」


「分かってる」


「分かってない時の返事ネ」


「分かってるって!」


その時、前方で黒い車体が鋭く加速した。

Pegasus。

フランキーのマシンだった。

派手な黒の車体が、砂煙を上げながら一気に前へ出る。


「…あいつ」


Jr.の目が細くなる。

フランキーは窓越しにちらりとこちらを見た。

笑っているのが分かった。

挑発。

分かりやすいほどの挑発だった。


「追う?」


ポポが聞く。


「追う」


「今は追わない方がいいネ」


「何でだよ」


「第1チェックポイント前で速度上げすぎると内陸に入ってからタイヤが熱を持つヨ。今日は短いけど、休息日までこれから7日ある」


「……」


Jr.は舌打ちした。

追いたい。

今すぐ、あの背中に食らいつきたい。

でもポポの言うことは正しい。

今どの順位にいるかなんて、走っている最中には分からない。

見えている相手が前にいるからといって、タイムで前とは限らない。

逆に、見えない相手に負けている可能性もある。

だからこそ、焦った方が負ける。

Jr.はハンドルを握る手に力を込め、速度を少しだけ抑えた。


「…分かったよ」


「偉いネ」


「うるせぇ」


Maverickはフランキーを無理に追わず、一定のリズムで第1チェックポイントへ向かった。





ーーーーーーーーーー




第1チェックポイント通過。

ゲート横のランプが青く光る。

通過認証だ。


「通過確認、OKネ」


「よし」


海沿いの道を離れると、景色は一気に変わった。

乾いた丘陵地帯、舗装路は途切れ路面は砂利と硬い土に変わる。

ところどころに岩が出ていて、下手に踏めば足回りを痛める。

Jr.は速度を落としすぎず、けれど無茶をしないギリギリのラインで走らせた。

Maverickが跳ねる。

車体が揺れる。

ポポが片手で天井のグリップを掴む。


「乗り心地、なかなかネ」


「褒めてねぇだろ」


「褒めてるヨ。まだ部品飛んでない」


「基準が低すぎる」


前方で1台、車体を大きく揺らしたマシンがスピードを落とした。

タイヤを取られている。

Jr.はすぐにラインを変えた。


「右の尾根沿い、いけるか」


ポポが地図を見る。


「少し遠回りだけど路面は安定してる。チェックポイントも外れないネ」


「よし」


Jr.は迷わず右へ切る。

遠回り。

だが、荒れた路面で速度を落とすより安定したルートで踏み続ける方が速い。

Maverickは尾根沿いの硬い地面を掴み、ぐんと前へ伸びた。

さっきまで近くにいた車体が、少しずつ後ろへ離れていく。


「悪くない」


「いい判断ネ」


「まだ褒めるな。ゴールしてからだ」


「はいはい」




ーーーーーーーーーー




第2チェックポイント通過。


フランキーの車体は、遠く前方に一瞬だけ見えた気がした。

ただ、それも本当にフランキーなのか似た黒い車体なのかは分からない。


「フランキー、速いネ」


ポポが言う。


「見えたのか?」


「たぶんネ」


「たぶんかよ」


「砂で見づらいヨ」


「…まぁ、あいつが前にいる気はする」


Jr.は前を睨む。

フランキーの走りは派手だ。

だが雑ではない。

砂利道に入ってもマシンを乱さない。

速度を上げるところと落とすところの判断が早い。

レース慣れしている。


「やっぱ強ぇな、あいつ」


「ライバルだからネ」


「負けるつもりはねぇ」


「うん」


ポポは静かに頷いた。


「でも今日の仕事は、Maverickを壊さずゴールまで持っていくことでもあるヨ」


「分かってる」


「分かってるならいいネ」


ポポはそれ以上言わなかった。

Jr.が攻めたい気持ちも分かる。

けれど、ここで焦って壊せば初日から終わる。

長いレースだ。

それを忘れさせないことが、今日のポポの仕事だった。




ーーーーーーーーーー




ーー終盤。

第3チェックポイントを抜けた先で、風が変わった。

乾いた風。

細かい砂が舞う。

視界が少し悪くなる。


「砂が来るヨ」


「見えてる」


「左に低地、風避けにはなるけど地面が柔らかいネ」


「右は?」


「岩場だヨ、少し荒いけど硬い」


「右で行く」


「了解」


Jr.はMaverickを右へ向けた。

岩場の道は揺れ、車体が跳ねる。

衝撃が足回りに来る。

けれど、Maverickは耐えた。

Jr.はハンドルを細かく切りながら、車体を逃がす。


「いいぞ…耐えろよ」


まるで車に話しかけるような声だった。

ポポはちらりとJr.を見る。

楽しそうだった。

怖さも緊張もある。

でも今、Jr.は走っている。

ずっと出たかったレースを、自分の作った車で。


「Maverick、いい子ネ」


「俺の車だからな」


「ロッキーが名前つけたけどネ」


「…それも含めてだよ」


Jr.は小さく笑った。

そのまま、Maverickは砂の中を抜けた。

ゴール地点が見えてくる。


「ポポ」


「何?」


「最後、少しだけ踏む」


「少しだけネ」


「分かってる」


Jr.はアクセルを踏んだ。

Maverickが吠える。

最後の直線。

黒と黄色の車体が、砂埃を引きながらゴールラインへ飛び込んだ。




「……着いた」


「初日完走ネ」


ポポが笑う。


「完走だけで喜ぶなよ」


「喜ぶヨ、JMCの初日だもの」


「俺は順位が知りてぇ」


「明日の6時までお預けネ」


「長ぇな」


Jr.はゴールエリアの方を見る。

先に到着している車体が何台かある。

だが、時間差スタートのせいでそれがそのまま順位になるわけではない。

フランキーの姿も見えた。

彼女は自分のマシンにもたれ、こちらを見て笑っている。


「生きて帰ってきたじゃん、小さなレーサー」


Jr.が睨む。


「当たり前だろ」


「初日でそれだけ走れりゃ上等だ」


「上から言うな」


「実際上にいるかもな?」


「明日の6時まで分かんねぇだろ」


「私は分かってるけど?」


「その顔ムカつく」


フランキーは笑って去っていった。

Jr.はその背中を睨む。


「絶対前にいるだろ、あいつ」


「速かったネ」


「明日は抜く」


「まず今日は整備と食事と睡眠ネ」


「…分かってる」



その夜、補給エリアでは各チームが車体の整備に追われていた。

Jr.も休むより先にMaverickを確認する。

タイヤ。

サスペンション。

燃料系。

エンジンの熱。

ボルトの緩み。

ポポも隣で補助する。


「まず飯じゃない?」


「先に車」


「想定通りネ」


「うるせぇ、すぐ終わらせる」




ーーーーーーーーーー




翌朝6時

公式モニターに、初日の区間結果が発表された。


JMC DAY 1 / 400km


1位 Frankie / Pegasus 12pt

2位 Grenard Works 10pt

3位 Jr. & Popo / wildfox 8pt

4位 North Barrel 7pt

5位 Luca-Madis Team 6pt


発表の瞬間、宿営地のあちこちで歓声とため息が上がった。

ポポは両手を叩いて笑った。


「3位!8ポイント!初日としては最高ネ!」


Jr.は腕を組み、モニターを見上げる。


「まあまあだな」


「嬉しいくせに」


「別に」


「顔、少し嬉しそうヨ」


「見んな」


ポポはにこにこしている。


「Aster Crownにも送るネ」


「もう見てるだろ」


「それでも送るヨ」


ポポが結果画面を撮って送ると、すぐにロッキーから返信が来た。


ロッキー:Jr.すごい!!!!!

ロッキー:ポポさんもすごい!!!!!

ロッキー:グレイも喜んでる!!!!!


感嘆符が多い。

Jr.はそれを見て、思わず小さく笑った。


「うるせぇな、画面越しでも」


「嬉しいネ」


「…まあ」


Jr.はモニターを見上げる。

1位、フランキー。

まだ前にいる。

Jr.はゴーグルを握り直した。


「今日はもっと上に行く」


ポポは頷いた。


「長いレースだヨ」


「分かってる」


Jr.はMaverickの方を見る。

初日3位。

悪くない。

だが、まだ足りない。

1万kmのうち、走ったのはたった400km。

JMCは、まだ始まったばかりだった。





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