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Aster Crown 〜100勝するのが面倒で100人乱戦に出たら優勝して、最強の仲間ができました〜  作者: 辛子高菜


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第八十四話 襷



Jr.とポポがオキムムへ向かう前日の夜、Aster Crownのラウンジには珍しく全員が揃っていた。

テーブルにはビアンカが用意した軽食と、ターニャが淹れた温かい飲み物。

グレイはロッキーの足元で丸くなり、時々鼻をひくひくさせている。


「壮行会ってやつね」


ビアンカがそう言うと、Jr.は露骨に顔をしかめた。


「大げさなんだよ。ただレースに出るだけだろ」


「1万km走るレースを“ただ”って言うな」


ソロが呆れたように返す。


「しかもJMCだろ。過酷さで有名なやつだ」


「昔は命落としたレーサーもいたって聞いたよ」


ロッキーがぽつりと言う。

ラウンジの空気が、少しだけ静かになる。

今は安全基準も昔より整っている。

医療体制も、通信設備も、救助チームもある。

それでも、危険なレースであることに変わりはない。

荒野を越え、国を跨ぎ、1万kmを走る。

何が起きるか分からない。

Jr.は少しだけ目を逸らした。


「死にに行くわけじゃねぇよ」


「分かってる」


ロッキーはすぐに頷いた。


「でも、気をつけてね」


「お前に言われなくても分かってる」


「うん」


ロッキーは笑った。


「見送り、行けることになったから」


Jr.は一瞬だけ目を丸くする。


「マジか」


「うん、ターニャさんが許可してくれた。リハビリもだいぶ進んだし」


ターニャが横から釘を刺す。


「ただし無理はしない」


「はい」


Jr.は小さく鼻を鳴らした。


「…まぁ、来れるなら来いよ」


「うん!ちゃんと見送る」


その言葉に、Jr.は少しだけ照れくさそうに視線を逸らした。




ーーーーーーーーーー




しばらくして、ビアンカが後ろに隠していたものを取り出した。


「さて、本題」


「まだ何かあんのかよ」


「あるわよ。送り出すんだから」


ビアンカが広げたのは、鮮やかな黄色の襷だった。

Jr.のカラーに合わせた、明るい黄色。

縁には小さくAster Crownの星冠マークが刺繍されている。

その布には、メンバー全員からのメッセージが書かれていた。


Jr.へ

無事に帰ってきてね。

ビアンカ


勝って帰れ、待ってる。

ソロ


たくさん食べて、たくさん走るネ。

一緒に楽しむヨ。

ポポ


整備も体調も、どちらも大事に。

ターニャ


見ているわ。

最後まで無事でいて。

バイオレット


Jr.なら最後まで走れる!

Maverickとポポさんと一緒に頑張って!

ロッキー


そして端の方には、少し形の崩れた肉球スタンプ。


「これは?」


Jr.が指差す。


「グレイ」


「わふ」


グレイが誇らしげに鳴く。


「いや、何でグレイまで」


「応援したいって」


「言ったのかよ」


「わふ!」


「言ったらしいネ」


ポポが笑う。

Jr.は襷を見下ろしたまま、しばらく黙った。


「…こんなの、レース中に汚れるだろ」


「本番中にかけろとは言ってないわ」


ビアンカが言う。


「お守りみたいなもの」


「お守りねぇ…」


Jr.は照れ隠しのようにぶつぶつ言いながらも、襷から目を離さなかった。

ロッキーは小さな封筒も差し出した。


「あ、あとこれ」


「何だよ」


「グレイの写真」


Jr.が封筒を開けると、中には小さな写真が入っていた。

tiny ride model G 2号機の横で胸を張っているグレイ。

少し斜め上を見ていて、妙に勇ましい。


「疲れた時に見て、グレイも応援してるから」


ロッキーが真剣な顔で言う。


「…何でグレイを見ると俺の疲れが取れる前提なんだよ」


「可愛いから」


「……」


Jr.は写真を見る。

確かに、妙にいい顔をしている。


「…まぁ、悪くねぇ写真だな」


「やった」


「グレイ、よかったね」


「わふっ」


Jr.は写真を雑に扱うことなく胸ポケットにしまった。

その様子を見てロッキーは嬉しそうに笑う。




ーーーーーーーーーー




「せっかくだし、写真を撮りましょう」


ターニャが端末を構える。


「集合写真ね」


「えー、今撮んのかよ」


Jr.が嫌そうな声を出す。


「今撮るのよ。出発前なんだから」


ビアンカがJr.の背中を押す。


「ほら、真ん中」


「何で俺が真ん中なんだよ」


「主役だから」


ポポが笑いながらJr.の肩に手を置く。


「Jr.、襷かけて」


ターニャがさらりと言った。


「は?」


「その方が記念になるわ」


「いや、これは持ってくやつで」


「かけて」


ターニャの声は穏やかだったが、有無を言わせなかった。

Jr.はしばらく抵抗するような顔をしていたが、結局ため息をついて襷を肩にかける。

黄色い襷が、黒い作業着によく映えた。

ロッキーがぱっと顔を明るくする。


「似合ってる!」


「うるせぇ」


「ほんとだよ。Jr.カラーだ」


「だからうるせぇって」


耳が少し赤い。

ポポがそれを見てにやにやする。


「照れてるネ」


「照れてねぇ!」


「早く並ぶ」


バイオレットが静かに言う。

その一言で全員が自然と位置についた。

真ん中に黄色い襷をかけたJr.。

その真後ろにポポ。

右側にはロッキーとグレイ。

左側にビアンカ。

後ろにソロ、ターニャ。

少しだけ離れるように立っていたバイオレットも、ロッキーに呼ばれて結局ロッキーの隣へ寄った。


「ヴィオも入って」


「入ってるわ」


「もっと近く」


「…怪我に当たらない?」


「大丈夫」


バイオレットはほんの少しだけ距離を詰める。

Jr.がそれを横目で見て、ぼそっと言った。


「また切り抜かれんぞ」


バイオレットがじろりとJr.を見て、Jr.は慌てて目を逸らす。


「投稿するのかよ」


「するわよ」


「聞いてねぇ」


「今聞いたでしょう」


Jr.は諦めたようにため息をついた。


「はい、撮るわよ」


ターニャが端末をセットする。


「3、2、1」


シャッター音。

画面にはAster Crown全員が写っていた。

真ん中で少し不機嫌そうに、でも確かに誇らしげに立つJr.。

その肩には、黄色い襷。

襷には、仲間たちの応援の言葉と、グレイの肉球。

ロッキーは写真を見て、嬉しそうに言った。


「いい写真」


「…まぁな」


Jr.も小さく認めた。

ポポが大きな手でJr.の頭をぽんと叩く。


「頑張ろうネ、相棒」


「頭触んな、髪が乱れる」


「相棒だからいいネ」


「よくねぇ」


けれどJr.は、その手を本気で払いはしなかった。




ーーーーーーーーーー




その夜、ターニャはxNestに写真を投稿した。



ターニャ・モロゾーヴァ

@m_tanya



明日、オキムムへ。

JMCへ向かう小さなレーサーに、Aster Crownからエールを。


#本日のJr.

#wildfox

#JMC

#AsterCrown

#Maverick



投稿はすぐに広がった。



『Jr.襷似合ってる』


『グレイの肉球かわいい』


『Aster Crownあったかいな』


『小さなレーサーって書かれてるの草』


『Jr.怒りそう』


『でもいい顔してる』


『Maverick頑張れ』


『無事に帰ってこいよ』



Jr.はその投稿を見て、眉をひそめた。


「小さなレーサーって何だよ」


ロッキーが隣から覗き込む。


「でも、かっこいいよ」


「小さなってついてんだろ」


「小さくてかっこいい」


「褒めてんのか喧嘩売ってんのかどっちだ」


「褒めてる」


「余計ムカつく」


ロッキーが笑う。

Jr.は襷を丁寧に畳み、自分の荷物の一番上へ入れた。

その手つきは、いつもの乱暴さとは少し違っていた。

明日、オキムムへ向かう。

そしてその先に、JMCがある。

1万km。

荒野。

国境。

燃料式四輪。

Maverick。

楽しみだった。

怖くもあった。

でも、見送ってくれる仲間がいる。

黄色い襷がある。

グレイの写真がある。

隣にはポポがいる。

Jr.は荷物を閉じ、小さく息を吐いた。


「…見てろよ」


誰に向けたか分からない声。

けれど、その声にはもう迷いはなかった。




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